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亜人の王 〜異世界転移した僕が平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
14章 禁忌の天陽

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第291話 密林の洗礼(2)


 高速で迫る双頭。それを迎え撃つべく、僕も含めた前衛の四人が身構える。しかし。


 ザザッ!


 双頭大蛇(ジェミニ・サーペント)は直前で軌道を逸らし、その頭部は僕らの両脇を走り抜けた。

 寸分違わず同じ動作、タイミングで行われたフェイント。それによってほんの一瞬だけ、戸惑いと硬直が生じた。

 奴にはそれで十分だった。やはり対照の動きで、今度はその頭部の向かう軌道を内向きへ変えたのだ。


「「……!!」」


 あっという間に、僕らは双頭の蛇の胴体が作り出す輪の中に閉じ込められてしまった。

 直感が警鐘を鳴らすのと同時に、急速にその輪が縮み始める。脳裏に、極太の胴体で締め上げられる自分達の姿が浮かぶ。

 身動きが取れなくなる前にすぐに攻撃を。そう思って胴体に武器を向けかけ踏みとどまる。だめだ、まだ生きている人がいるかもしれないんだった。ならば……!


「ヴァイオレット様!」


「ああ! 二人で止めるぞ!」


 声を掛け合った後、僕は身体強化を最大化させながら迫り来る円環に向かって突進した。

 そして奴に触れる直前、身体強化の技の一つである『重脚(じゅうきゃく)』を発動した。


 ドドッ!


 両手に凄まじい衝撃が走り、『重脚(じゅうきゃく)』により急増した自重によって足が地面に沈み込む。

 そのままずりずりと地面を削りながら体が後ろに押され、おそらく数十トンはあるはずの長大な巨体はやっと停止した。

 チラリと後ろを振り返ると、ヴァイオレット様も同じように双頭大蛇(ジェミニ・サーペント)の胴体を押し留めていた。


 その姿に僅かな安堵を感じた瞬間、突然頭上から影が差した。

 慌てて上を振り仰ぐと、僕を一飲みにできそうな巨大な蛇の頭部がすぐ側まで迫っていた。裂けんばかりに大きく口を開けている。

 直近に迫る刀剣のような牙と、顔にかかる生臭い吐息。しかし、それでも僕は恐怖を感じなかった。


 ドガッ!


「ジィィィィッ!?」


 頼れる仲間、キアニィさんが横合いから放った強烈な蹴りが、大蛇の頭部を大きく弾き飛ばした。


「タツヒト君を食べていいのは、わたくし達だけでしてよ!」


 彼女のセリフにちょっと脱力しそうになるのを、なんとか堪える。

 後ろの方からも、ゼルさんの裂帛の気合いと斬撃音が聞こえてきた。向こうも同じように凌いだらしい。

 双頭大蛇(ジェミニ・サーペント)のこの一連の動きは、かなり洗練されている気がする。おそらくこれが奴の必殺のパターンなのだろう。

 けど、連携ならこちらも負けていない。


「や!」


螺旋岩(サクスム・スピラテル)!』


 シャムとロスニアさんが放った矢と魔法が命中し、奴がそれぞれの頭部を仰け反らせる。

 そして熟練の土魔法使いであるプルーナさんが、八本の足で大地を踏みしめながら唱えた。


千連石筍ミリア・スタラグミーテ!』


 瞬間。彼女を中心に地面に(さざなみ)が広がった。

 波は外側に行くほど大きくなり、双頭大蛇(ジェミニ・サーペント)の胴体に触れた瞬間、地面から無数の石筍が飛び出した。

 石筍は枝分かれしながらアーチ状に成長し、反対側の地面に接したところで停止した。

 結果、奴の長大な胴体は、トンネル状に生成された石筍により地面へ縫い止められてしまった。

 あと石筍は、きちんと僕とヴァイオレット様のところを避けてくれている。


「「ジィッ……!?」」


 身動きができなくなり、戸惑ったように自身の胴体を振り返る双頭。こんな時まで寸分違わず同じ動きだ。

 致命的な隙。僕とヴァイオレット様は、お互いに声をかけることもなく同時に跳んだ。

 

「しっ!!」


「ぜぁっ!!」


 僕の渾身の刺突が一方の頭部の脳幹を刺し貫き、ヴァイオレット様の斧槍(ハルバート)がもう一方の頭部を切り飛ばした。






 司令塔である脳を失った後も、奴の胴体は石筍の拘束の中でしばらく暴れていた。

 しかしその動きは徐々に緩慢になり、一分ほどしてようやく沈黙した。

 その段階になって僕らはようやく残心を解いたけど、まだ気は抜けない。


「プルーナさん、拘束を!」


「はい、今引っ込めます!」


 石筍が地面に吸い込まれるように消えるのと同時、僕らは双頭大蛇(ジェミニ・サーペント)の胴体に取り付いてその腹を掻っ捌いた。

 すると、外から見て異様に膨らんでいた部分から、人が十人、馬が二頭転がり出てきた。

 そしてその姿に絶句する。馬と半数ほどの人は、強力な消化液で既に体の大部分が溶けて無くなってしまっていたのだ。

 しかし残りの半数ほどは比較的軽症で、蕩けた体表から大量に出血しているものの、わずかに身じろぎしている人もいる。

 咄嗟に駆け寄ろうとして、流れ出てきた消化液が地面をじくじくと溶かしている事に気づいた。


「……! まず胃液を洗い流します! みんな離れて! 『穿水(ペルフェ・アクア)!』」


 威力を極小に絞った水魔法であらかた胃液を洗い流すと、ロスニアさんがすぐに怪我人の元へ駆け寄った。


「かなりの重症です……! 心肺蘇生と止血を優先します! 皆さんも手伝って下さい!」


「わかったにゃ! シャム、そっちを持つにゃ!」


「りょ、了解であります! あわわ、ドロドロであります……!」


 それから僕らは、先ほどの戦闘時よりもさらに忙しく立ち回った。

 ロスニアさんの治癒魔法を待たずにどんどん包帯を巻いて止血し、呼吸が止まっている人に関しては心臓マッサージと人工呼吸を施していく。

 そして数十分後、腹から救出した人達の内、比較的軽傷だった五名に関しては容体を安定させることができた。

 彼女達は首元に緑鋼の認識票を下げているので、アマンカさんが捜索に送った緑鋼級冒険者パーティーなのだろう。

 今は彼女達の溶けてしまった皮膚や筋肉に対し、ロスニアさんが順番に治癒魔法を施している。


「ロスニア、あちらの五人は……」


「はい…… 残念ですが、すでに亡くなられています。さぞ、苦しかった事でしょう……」


「そうか……」


 ヴァイオレット様の視線の先には、体の大部分が溶け、顔も分からなくなってしまった遺体が五つ並んでいる。

 僕らは、誰ともなく彼女達に黙祷を捧げた。

 短い黙祷を終えた後で目を開くと、視界の端に、入り口がヒビだらけの洞穴が見えた。


「そうだ、洞穴の中にも人が居たんだった……! キアニィさん、メームさん、手伝って頂けますか?」


「わかりましたわぁ!」


「ああ、心得た。みんな、後を頼むぞ!」


 三人で急いで駆け寄ると、洞穴は奥行きも無く、思ったよりもずっと狭かった。

 中には樹人族(じゅじんぞく)が一人と、只人の少年が二人、身を寄せ合ってぐったりと目を閉じていた。

 慌てて確認すると、三人とも微かに呼吸をしていた。


 樹人族(じゅじんぞく)の人の方は食虫植物系の人らしく、やや色素の薄い黄緑色の体色に、髪型は肩にかかるくらいのウェーブヘアーだ。

 目は閉じられているけど顔立ちはかなり整っていて、大柄で肉感的な体つきをしている。歳の頃は三十代前半くらいだろう。

 血や泥で汚れてしまっているけど、派手目で立派な商人然とした服装。聞いていた特徴と一致するので、おそらくこの人がコメルケル会長だ。


 只人の少年二人の方は、この辺りでよく見られる黒髪で浅黒い肌をしている。

 年は僕より少し下だろうか。幼さの残る顔立ちはそっくりで、どうやら双子のようだけど、髪型が短髪と長髪とで異なる。

 彼らの中性的な美貌の下、首元には隷属の首輪が嵌められていた。

 僕らは三人をロスニアさん達の元へ運び出すと、体をゆすりながら声を掛けた。


「大丈夫ですか!? しっかりして下さい!」


「えっとぉ、樹環国語では……」


『起きろ! 助かったんだぞ!』


 メームさんが樹環国語で話しかけると、コメルケル会長らしき人がうっすらと目を開けた。


『--ぁ…… 助け、だと……?』


『そうだ! 待ってろ、今ま水を飲ませてやる』


 メームさんが水筒を口元に持っていくと、彼女はそれを弱々しく手で制した。


『待て…… 他の、連中は……?』


『--後から来た緑鋼級冒険者達と、奴隷の二人は無事だ。彼女達以外は……』


『--そう、か……』


 鎮痛な面持ちで答えたメームさんに、彼女は呆然と涙を流した。

 

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【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】


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