第290話 密林の洗礼(1)
アマンカ副会長と一緒に冒険者組合で手続きを行い、指名依頼を受領した僕らは、すぐにコメルケル会長達が向かったという村へ出発した。
問題の村はここから半日ほど行った密林の奥、小高い丘陵のような地形の中腹にあるそうだ。
カカウはその丘陵の上らへんに自生していて、村の人間が港湾都市べレムに売りにきたことでコメルケル会長の目に止まった。
それから彼女は村の農家と契約し、手探りしながらカカウの収穫量を少しずつ増やしてきた。
味はともかく、確かな薬効と物珍しさは富裕層に人気で、ブリワヤ州にある首都に売りに行くこともあるのだとか。
しかし、この灰が降り注ぐ天候である。カカウ栽培は始まったばかりの利益率の高い事業だったこともあり、コメルケル会長はちょくちょく村へ様子を見に行っていたのだとか。
なので道に迷ったということは考えづらく、彼女や様子を見に行った冒険者パーティーが帰ってこないのは、何らかのトラブルが生じているからだろう。
アマンカ副会長によると、実はもともと僕ら『白の狩人』に捜索を依頼しようか迷っていた所だったそうなのだ。
様子を見に行った人達というのが、この辺で一番腕の立つ緑鋼級冒険者パーティーで、それ以上となると今は僕らしかいなかった。
信用度の面で踏ん切りがつかなかったそうなのだけれど、こうして強い利害関係が成立したので依頼に踏み切ったらしい。
あと、彼女はとても言いづらそうに口にしていたけど、コメルケル商会の評判のせいで受けたがる人があまりいなかったのだとか…… 普段の行いって大事だよね。
「こうゆう捜索依頼ってあまり受けたことないですけど…… うちにはキアニィさん、シャム、それにゼルさんがいるから安心ですね」
「うふふ、任せなさぁい。タツヒト君やヴァイオレットを追跡していた時よりも、今回は遥かに難易度が低いはずですわぁ」
「望遠した視界には、今のところ対象は発見できないであります!」
「妙な音もまだ聞こえにゃいにゃ。にゃんか気づいたらすぐ言うにゃ!」
『白の狩人』の中でも特に五感や捜索能力に優れた三人が、頼もしい返事を返してくれた。
僕らは今、密林を無理やり土魔法で断ち割ったかのような道をひたすら北上し、件の村まであと四分の一程度の場所に来ていた。
急ぐ必要があったので、戦士型が魔法型を運ぶ高速移動モードだ。僕の背中にプルーナさん、ヴァイオレット様の背中にロスニアさんがおぶさっている。
ちなみに、メームさんは非戦闘員枠だけど戦士型の橙銀級なので、彼女にペースメーカーとして走ってもらっている。
道の上には灰が降り積もっていて、うっすらと馬車の轍や足跡のような跡が残っていた。
「……! みんな、止まりなさぁい!」
道が上り坂になり始めた頃、キアニィさんが声上げ全隊が停止した。
彼女はそのまま道にしゃがみ込み、しばらく何かの痕跡を調べてから立ち上がった。
「降り積もった灰の上に、何か大きなものが這いずったような跡が加わっていますわぁ……」
「……! メーム、まだ速度を上げられるか?」
「ふぅ、ふぅ…… あぁ、まだ大丈夫だ。それより急ごう。まだ会ってもいないのに商談相手を失いたく無い」
ヴァイオレット様の言葉に、メームさんは少し息を荒げながらも頷いた。
だんだんとはっきりしてくる巨大な何かが這いずったような痕跡と、乱れる馬車の轍と足跡。
それらを追跡しながら速度を上げて走っていくと、視界の先に横転した馬車を発見した。
アマンカ副会長から聞いた、コメルケル会長の馬車と特徴が一致する。本来ならここに会長を含めて四名乗車していて、さらに数人の護衛もついていたはずだけど……
キアニィさんはまた馬車近くの地面にしゃがみ、ふっと息を吹きけて灰を吹き散らした。すると、灰の下から赤黒い水たまりが現れた。
「馬も人影も無く、血の跡ばかり…… あちらの木々が倒れていますわね」
馬車に向かって右手。確かによく見ると、密林の木々が一部なぎ倒されたような跡が奥に続いている。
すると、奥を覗き込んでいたゼルさんの耳がピンと立った。
「にゃ! あっちから、なんか岩をぶっ叩いたみたいにゃ音がしたにゃ!」
「……! 急ぎましょう! 戦闘中なら、まだ生きている人がいるはずです!」
全員で警戒しながら密林に分け入り、木々がなぎ倒されて道になっているような跡を辿る。
すると、僕の耳にも断続的な衝撃音が聞こえ始めた。さらに足を早めて走ると、突然視界が開けた。
そこはちょっとした台地と密林との境界のような場所で、岩場なせいか木々が疎だった。
そして、衝撃音の原因と思わしき存在が僕らの目の前いた。冗談のように巨大で丸々と太った大蛇、それも二頭だ。
一つ一つの鱗がちょっとした盾のような大きさで、体色は茶色っぽく、黒い楕円形の模様が見られる。太さは1mから2m程、長さは数十mはありそうだ。
体の各部に傷ができているけど、どれも軽傷のように見える。
以前戦った巨大岩蚯蚓よりかは小さい。しかし、伝わってくる気配は、相手が図体だけの相手では無いことを示していた。
蟠を巻いた一頭が僕らに気づいて振り返り、シャー、と威嚇するよう鳴いた。
そしてもう一頭が、切り立った台地の壁に空いた洞穴に向かって突進を食らわせた。
衝撃音と共に壁にひびが広がる。洞穴は大蛇の頭部よりも小さく、無理やり入ろうと何度も突進したことが伺えた。
中は暗くて見えないけど、あれだけ執着しているということは……
「シャム! あの洞穴の中、見える!?」
「今、赤外線状態に切り替えたであります! えっと、おそらく三名! かなり衰弱している様子でありますが、生きているであります!」
「大変…… すぐに救護しないと……!」
「待てロスニア! まずは、こやつら…… いや、こやつを片付けねば……!」
僕はヴァイオレット様の言葉に臨戦体制を取りつつ、違和感に首を傾げた。が、その疑問はすぐに解消された。
洞穴への突進をやめたもう一頭がこちらに向き直った時、目の前の大蛇に尻尾が無いことに気付いたのだ。
「「ジィィィィッ……」」
尻尾のない蛇。体の両端に頭部を持つ双頭の大蛇は、まるで鏡写のように鎌首をもたげた。
「これは…… 双頭大蛇であります! 魔法は使えないでありますが、膂力と高速の連携攻撃は脅威であると、組合の資料にあったであります!」
「待て! そいつの胴体、何かおかしくないか……!?」
メームさんに言われて双頭大蛇の胴体に注目すると、確かに異様に膨らんだ箇所がある。
最初は丸々と太っているだけだと思ったけど、これは……!
「胴体に丸呑みにされた人がいる可能性があります! 攻撃は頭部周辺のみにして下さい!
ヴァイオレット様、ゼルさんは向かって左! 僕とキアニィさんは向かって右の頭です! 後衛は距離をとって牽制や妨害に注力を!」
「「応!」」
僕の指示にみんなが答えるのとほぼ同時。双頭の巨体が襲いかかってきた。
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