第289話 追い求めし魅惑の果実(2)
「みなさん、今回は本当にすみませんでした……」
深々と頭を下げる僕を、みんなが慌てて静止する。
「まぁ待てタツヒト。時間がかかったとは言え、こうして素晴らしい甘味が完成したのだ。君が頭を下げる必要はない。むしろ胸を張るべきだ。
君のおかげで、人類はまた一つ新たな叡智を手に入れたのだからな」
「その通りだ。これはカッファと同じか、それ以上の影響を世界に与えるだろう。それに幸か不幸か、俺達も手をこまねいていた状況だったしな……
その点、お前達はきちんと成果を上げている。むしろ俺達の方が謝罪しなければならないところだ」
ヴァイオレット様とメームさんにそう言われて頭を上げると、二人は口元をチョコで汚しながら優しげに微笑んでいた。
--ちょっと笑いそうなったけど、腹筋に力を入れて何とか耐えた。
「あ、ありがとうございます。でも、その、手をこまねいていたというのは……?」
「あの、僕とシャムちゃんはちょっとお話を聞いていたんですけど……」
「中々芳しくない状況みたいであります…… みんな、タツヒトにも教えて欲しいであります」
プルーナさんとシャムの言葉に、他のみんなが今の状況を教えてくれた。
チョコレート開発を手伝ってくれていたは二人は断片的に聞いていたそうだけど、確かにあまり良くない状況だった。
僕らがカカウの世話を焼いている頃、他のみんなはきちんと情報収集や南西のラスター火山に向かう準備をしてくれていた。
まず、冒険者組合に顔を出して適当な依頼をこなすことで、ゾネス川流域の魔物の種類や生態について大まかに把握できたそうだ。
加えて何度も市場や港に足を運び、商会の人や船主の人達に顔を繋ぎつつ、交渉を重ねてきた。
しかし、10日ほど活動してみわかったのは、やはり今の時期にラスター火山方面に向かう船を借りるのは困難だということ。
降灰が甚だしい向こうからこの辺りに避難してくる船はあれど、わざわざ火山側に向かう船は食糧支援の船くらいだ。
それも州主導のものなので、長期間の船の護衛依頼等に潜り込むには、余所者の僕らじゃ信用が足りないのだ。
これは、一旦ここの古代遺跡は諦めて、噴火が落ち着いたらまた来ればいいのでは。そんな風にみんなが考え始めた時、メームさんがある事に気づいた。
噴火が落ち着いたら、もしかしたら古代遺跡に辿り着けない可能性があるそうなのだ。
「え…… どういうことですか?」
「--竜種は一般的に、貴金属や宝石などの光り物を好んで収集する。火竜は特にその傾向が強いそうだ。
お前達から聞いた古代遺跡の見た目は、丸屋根型で金属光沢のある建物なのだろう?
もし呪炎竜がそれを気に入って、噴火の止んだラスター火山から別の火山に持って行くなんてことをされたら……」
「げっ。そ、それはまずいですね…… シャムの地図があっても探すのに苦労するのに、そんな事されたらもう探せないですよ。
やっぱり、チョコレートなんて作ってる場合じゃなかったか……」
再び凹む僕を、ロスニアさんがフォローしてくれる。
「あ…… だ、大丈夫ですよタツヒトさん。時間的にはそこまで切迫した問題では無いそうですから。ね、キアニィさん?」
「ええ。噴火はそう簡単には収まらないそうですから、安心なさぁい。そういうわけでメーム。先にできることを片付けませんことぉ?」
「む、そうだな。今は…… まだ昼前だな。早速今から交渉に行こう」
「え、船のですか?」
「いいや。勿論、カカウの買い付け交渉だ」
僕が期待した通り、メームさんはチョコレート事業にかなり乗り気のようだった。それにはともかく原料を確保する必要がある。
現在、樹環国東側の海路が封鎖されているのは、海の魔物の縄張りが変化し、貨物船の航行が危険になってしまったからだ。
しかし、この封鎖は過去に何度もあったらしく、永遠に続くものでは無いらしい。
数ヶ月後か数年後か、そのくらいには復旧することが期待できるので、今のうちにカカオの仕入れ元と交渉を進めておこうという狙いだ。
あと、このペースだとすぐに手持ちのチョコレートを食べ尽くしてしまいそうなので、自分達のとお土産分くらいは追加でカカウを確保しておきたい。切実に。
それで、この間カカウを購入した露天の店員さんに頼み込み、仕入れ先を教えてもらった。
彼女がしぶりながらも教えてくれたのは、この大きな港湾都市で最大規模を誇るコメルケル商会というところだった。
その商会への道すがら、メームさんは何やら渋い顔でぼやいている。
「よりによって、コメルケル商会とはな……」
「その商会だと何かまずいんですか?」
「あぁ…… いわゆる悪徳商会というやつだ。確かにこの街で最大規模の商会だが、聞こえてくる噂はよく無いものが多い」
僕の脳裏に、最近聖都で処罰された悪徳商会の人達の顔が過ぎる。
「あぁー…… そうすると、いつも以上に慎重に交渉を進めないとですね」
「そうだな。だが、そのあたりは任せてくれていい。 --ここだな」
辿り着いたのは、大通りに面したとても大きな建物だった。建物に対しても大きい看板にデカデカとコメルケル商会と書いてあって、この時点で主張の強さが窺える。
僕らは苦笑いで顔を見合わせてから商会に入ると、カカウの大口取引について相談したいと窓口の人に持ちかけた。
正直、門前払いされることも覚悟していたのだけれど、奥で何かを言われてきたらしい窓口の人に、丁寧に応接室へ案内してもらえた。
今度は別の意味で顔を見合わせながら待っていると、一人の樹人族の人が応接室に入ってきた。
ショートヘアのような葉っぱの集合かき分けるように、側頭部から可愛らしい白百合が咲いている。
しかし本人は四角い眼鏡をかけた真面目そうな顔つきをしていて、悪徳商会の副会長には見えない印象だ。
しかし、何だろう。彼女の表情に、何か緊張感のようなものを感じる。
「お待たせいたしました。メーム様、そして『白の狩人』の皆様。私は当商会の副商会長で、アマンカと申します。以後、お見知り置きを」
いきなり現れた偉い人に面食らいながらも、メームさんはアマンカさんと握手を交わした。
突然この街に現れた高位冒険者パーティーである僕らを、コメルケル商会はすでに知っていたようだ。さすが大商会。
「--副商会長殿が直々に応対していただけるとは、感謝する。私は遠く聖都で店を構えるメーム商会の会長、メームと言う。
ご存知のようだが、彼女達は私と行動を共にしてくれている冒険者パーティーの『白の狩人』だ。そして、彼がリーダーのタツヒト」
「どうも、タツヒトです」
アマンカさんにぺこりと頭を下げると、彼女は目を見開いた。
「なんと、そちらの方が……」
彼女はそのままチラリとヴァイオレット様に視線を送る。こっちがリーダーじゃないの? といういつもの流れだ。
この都市では僕はまだ冒険者として活動していないので、尚更だろう。
「あぁ、私はリーダーではない。因みに彼は私と同じく青鏡級の位階で、尚且つ万能型だ」
「ほほぅ! それはそれは…… おっと、失礼いたしました。それで、カカウの大口取引をご希望というお話でしたね?」
「ああ。早速だが--」
メームさんは、とりあえず僕らだけでも処理できる数、三千個のカカウの買い付けを打診した。
もちろん、聖都から遠く離れたここでは手形なども使えないので、数に見合いそうな金貨を机に置きつつの交渉だ。
加えて、海路が復旧したら、そのさらに数十倍から数百倍の数を定期的に取引したいとも持ちかけた。
アマンカさんは、驚きでずり落ちた眼鏡を直しつつメームさんに返答した。
「お、驚きました。この果物は最近発見されたもので、あまり数が出るものでは無いのですが……
一体どのような用途に使われるのでしょう?」
「それについては伏せさせてもらうが…… ただ、強い引き合いがあったとだけ伝えさせて頂こう」
「なるほど…… 承知しました。まず三千個については、この天候もございますが何とか用意させて頂きます。
そして海路が復旧した際のお話については、こちらはとても大きなお話となります。
ですので、是非一度、当商会の会長とお話し頂ければと思います。ただ……」
笑顔で話していたアマンカさんは、途中から表情を曇らせてしまった。
「む。何か問題だろうか?」
「--はい。実は現在、当商会の会長が行方知れずでして……」
「な、何だと……!?」
急に不穏な話となり、部屋の中の雰囲気が張り詰める。
「ちょうどカカウの契約農家の村へ視察に出たきり、帰ってこないのです。
一度、当商会と懇意の冒険者パーティーに迎えに行かせたのですが、彼女達も戻ってきません。
どなたか腕の立つ方に見にいって頂きたいところなのですが……」
アマンカさんが、祈るような表情で僕らをじっと見つめる。なるほど、それでこんなにあっさりと会ってくれたのか……
僕らはお互いに目配せして頷き合った。
「わかりました。冒険者組合に指名依頼を出して頂ければ、すぐにでも探しに行きましょう」
「ありがとうございます……! では、早速ですが組合へご同行願います!」
椅子を蹴倒す勢いで立ち上がったアマンカさんに続き、僕らは冒険者組合へ向かった。
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