第287話 樹人族の国(2)
木曜分ですm(_ _)m
樹環国最大の州であるラズィウ州、その北西の端に位置する港湾都市べレムに入った僕らは、門番さんに教えてもらった宿に向かって歩いていた。
宿に向かう道すがらざっくりと街の中を見回すと、帝国や聖国の影響が見て取れる木造や石造の建物が立ち並び、広々とした通りも整備されている。
そして外から見た通り、やはり内部には殆ど灰が落ちていないようだ。
街の四方には物見台のような高い建物があって、強化された僕の視力がその最上階で魔法を行使している人影を捉えた。
おそらく、都市お抱えの風魔法使いが常時微風を発生させ、降灰から街を守っているのだろう。
通りに目を戻すと、やはりというか、只人と樹人族の比率が高い。
ここべレムは、帝国、王国、魔導国、聖国など、海を隔てた諸外国との玄関口だ。
もう少し他種族がいても良さそうだけど、海路の封鎖は突然されたわけではないので、他国の亜人は殆ど自国に帰ったのかもしれない。しかし……
「やっぱり街の中でも、樹人族の人達はあまり元気なさそうですね」
「そうですね…… 少し不思議なのが、結構肌寒い気温なのに、樹人族の人達が、その、露出度の高い格好をしている事です。
体調が悪いなら暖かくしたほうが良いですし、只人の人達は普通に厚着しています。なぜなんでしょう……?」
街道で見かけたのと同じく顔色の悪い樹人族の人達に、聖職者であるロスニアさんが心配げな視線を送っている。
そして彼女の指摘通り、只人の男女は暖かそうな服装をしているのに、樹人族は水着より少しマシといった露出度だ。
衣服は極彩色の鳥の羽や色とりどりの組紐で飾り付けられているので、見た目にも鮮やかなのだけれど、着ている本人の様子のせいで心配のほうが勝つ。
「肌の色と服装からして、彼女達の肌には葉緑素のようなものが含まれていると推測できるであります!
この日照条件では十分な光合成ができず、必要な栄養素が不足しているが故の体調不良と考えられるであります!」
「にゃー…… よく分からにゃいけど、それって連中が飯をあんまし食えてないってことかにゃ?
それは辛いにゃ。元気もなくなるにゃ」
シャムの推測を受けて、ゼルさんが同情したように呟く。なるほど、ありそうな話だ。
通りを歩くうちに気づいたけど、この都市の建物には一つ特徴的な点があった。
中流階級以下っぽい木造、石造りの建物には必ず屋上があるのだ。
加えて上流階級っぽい建物には、北向き、南半球のこの場所においては日差しが差し込む方向に、一面ガラス張りのサンルームのような部屋まで設けられている。
寒さに震えながらも、肌に受ける日光の量を最大化する露出度の高い服装をして、更に高いコストをかけて日光浴のための設備まで整えている。
樹人族にとって、陽の光とはそれほど重要なものらしい。
門番さんから聞いた話だけでなく、街を実際に歩く事でそれを実感することができた。
しかし、火山から遠く離れたここでこの状況なら、南西の火山付近はかなりまずい状況なのでは……
「--それじゃあ、ちょっと状況が込み入りすぎているので、いったん作戦会議しましょうか」
門番さんから聞いたちょっとお高めな宿に入った僕らは、いつものように一部屋に集まって作戦会議を始めた。
お高い宿だけあって、上階に位置するこの部屋の一角も一面ガラス張りになっている。
しかしそこから差す陽の光は弱く、灰色の空を映すばかりだ。
「うむ。まず目的を再確認するとしよう。目的地は、ここ、ラズィウ州の港湾都市べレムから南西に3000イング、ブリワヤ州に属するラスター火山だ。
シャムの地図によるとそこに古代遺跡があり、そこに残っているはずの機械人形の部品を回収することが我々の目的だ」
「3000イング…… 転移の古代遺跡からべレムまで密林を抜けてきましたけど、やっぱりその距離を歩いていくのは相当大変そうですね。
僕の故郷の連邦と違って、こっちの連邦は大きすぎますよぉ……」
ヴァイオレット様の言葉を受けて、プルーナさんはうへぇといった感じの表情になってしまった。
彼女の出身地である蜘蛛人族の国、アラニアルバ連邦は、12の小ぶりな州が集まった中堅国家だ。
一方ここ、カテナ・ラディクム連邦、別名樹環国は、六つの小国ほどの州が集まった大国で、総人口も一千万を超えるとか。
僕らが今いるラズィル州と目的地のブリワヤ州は隣り合っているけど、隣とは思えないほど距離がある。
しかも国土の大半が密林かつ魔物の領域で、未発見の魔物や動植物もまだまだたくさんいるだろうと言われている。
道の整備もあまりされていないようだし、魔物も凶暴化している。できれば陸路は遠慮したい。
「ああ。移動に関しては、やはり想定通りこの国を貫く大河、ゾネス川を遡上するのが良いだろう。
そのための船の調達は俺に任せてもらおう。と、言いたいところだが、この状況では難航するだろうな……」
「火山の麓に向かう船、ですものねぇ。多分南西に進むほど火山灰がひどくなるでしょうし、しかも目的には紫宝級の竜種まで居ますものねぇ……」
揃って渋い顔をするメームさんとキアニィさん。というかその紫宝級の竜種の名前、実は聞き覚えがあるんだよね。
「あの、呪炎竜って、確か魔導国の紫宝級冒険者パーティーが討伐に向かってた奴ですよね?
結局、彼女達は依頼にあった活火山では討伐対象を見つけられず、戻ってきたらしいですけど」
「肯定するであります! 付加情報として、そのパーティーが火山に到着した時点では、すでに噴火は収まっていたとの事であります。
そして呪炎竜は、現在噴火中のラスター火山に住み着いているであります。
この事から、対象は噴火中の火山を渡り歩く習性があると推測されるであります!」
シャムの推測に、ヴァイオレット様が頷く。
「うむ、そう言うことだろう。しかし、狙い澄ましたかのように困難が立ち塞がるな……
さておき、奴の強さだが、以前我々がメディテラ海で遭遇した大渦竜に伍する程だろう。
流石に邪神…… おっと、正体はアラク様の眷属だったな。王国、聖国、連邦の三国の精鋭が死力を尽くして討伐したかの黒き蜘蛛の魔物。奴よりは劣ると信じたいところだが……
それでも、我々だけで討伐できるとは思えない。現地で古代遺跡を探索する際には、奴に見つからないようにするべきだろうな」
「ええ、何せ竜種ですからね。知能も相当高いはずです。魔導国で討伐した巨大岩蚯蚓も紫宝級の強敵でしたけど、奴は正直そんなに知能は高くなかったですから……」
奴の攻撃は基本的に巨体を生かした強烈な突進で、魔法はアシスト程度にしか使っていなかった。
もしもう少し知能が高く、奴が戦略的に立ち回るタイプの魔物だったら、結果は違っていたかも知れない。
僕の言葉を最後に、部屋の中に沈黙が降りてしまった。
作戦会議で問題点ははっきりしたけど、その解決がかなり大変そうだともわかってしまったのだ。みんなの口も重くなる。
すると、みんなの顔を見回したゼルさんが、恐る恐るといった感じで声を上げた。
「--にゃあみんにゃ、ちょっと気晴らしに街を見て回らないかにゃ? せっかくこんなに遠くまで来たんだし、ちょっとは楽しんでもいいと思うにゃ」
「もうゼルったら、遊びじゃないんですよ?」
「にゃー……」
「シャムは賛成であります! 急ぐ旅では無いであります!」
「シャムちゃんがそう言うなら……」
「……」
すぐに発言を翻したロスニアさんに、ゼルさんがチベットスナネコのような表情になる。
その様子にみんな吹き出し、表情も少し明るくなった。
「あはは。それじゃ、ちょっと外を見て回ってみましょうか。何か良いものが見つかるかも知れませんし」
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