第283話 新進気鋭の大商会(1)
土曜分ですm(_ _)m
結構長めです。
樹人族が支配するカテナ・ラディクム連邦、通称樹環国は、以前国交が在った関係で王国語や帝国語、聖国語なんかも通じる場合があるらしい。
ただ今回は、現地の転移魔法陣がある古代遺跡から、目的の機械人形の部品がある古代遺跡までかなり距離がある。
そのため、現地で広く使われている樹環国語を、事前に勉強していった方が無難なのだそうだ。
そういう訳で、ある程度樹環国語が身につくまでは、しばらくは聖都で休暇兼勉強の日々を送る事になった。
ありがたい事に、教師の方は猊下が手配して下さるそうだ。でも、王国語、帝国語、聖国語、魔導国語ときて、今度は樹環国語かぁ……
覚えた言語が増え過ぎてそろそろ混乱してきそう。
大聖堂を出た僕らは、鬣犬人族の商人、メームさんのお店に向かった。彼女とも半年振りなので会うのが楽しみだ。
そういえば、これからメームさんのお店に顔を出すと伝えたら、猊下達は少し驚く事になるだろうと笑っておられた。どういう事なんだろう?
通りを少し歩いてメームさんのお店に着くと、まずお店の様相が変わっていた。
以前は珈琲豆などを小売している店舗と、珈琲を出すカフェが併設されていたのに、今は大きくなったカフェだけが営業している。
そろそろ日も暮れるという時間なのに、店内にはまだお客さんがたくさんいるので、相変わらず繁盛しているようだ。
「これが猊下達がおっしゃっていたことですかね?」
「小売店の方を潰して、茶屋の方を拡張したんですのねぇ。でも、驚くほどのことかしらぁ?」
「働いている人達も、見覚えのない人ばっかりであります! 入ってみるであります!」
全員でお店の扉をくぐり、応対してくれた品の良い男性店員さんにメームさんに会いたいと伝える。
しかし、最初は笑顔で対応してくれていた彼は、僕の台詞を聞いて表情を硬くさせた。
「お客様。ここはただの茶屋で、商会長はおられません。失礼ですが、当商会の商会長にどういったご用でしょうか?」
「あ、えっと、僕らはメームさんの知り合いでして--」
思わぬ反応にちょっと驚いていると、店の奥から見覚えのある若い犬人族の人が現れた。
彼女は僕らの方をチラリと見た後、目を見開いて二度目した。
「タツヒトさん……!?」
走らないギリギリの速度でこちらに寄ってきた彼女に、店員さんの方も驚く。
「店長、この方々をご存知なのですか?」
「あぁ。メーム商会長のご友人達だ。恩人と言ってもいい。ここはいいから、君は仕事に戻ってくれ」
「そ、それは失礼致しました。では……」
深々と僕らに頭を下げ、すすすと下がっていく店員さん。なんだかすごく教育が行き届いている気がする。
「すみません。最近入った連中は、タツヒトさん達のことを知らないもので」
「いえ、こちらこそ突然訪ねてしまって…… 久しぶりですね。えっと、ムルさん。お店の様子が変わっていたので、びっくりしました」
ムルさんは、メームさんの商隊にいた内の一人だ。長髪を上品に結え、格好も洗練されている。店長と呼ばれていたので、今はここを任されているんだろう。
「ははは、そうでしょうとも。本当にお久しぶりです。メーム商会長もラヘル副会長も、皆さんに会えなくて寂しがっていますよ。
紹介状をお渡しするので、お手数ですが本店の方を訪ねて頂けますか? 今日は二人ともそこに居るはずです」
ムルさんは一瞬で紹介状を書き上げると、面食らう僕らに本店の場所だという住所と一緒に渡してくれた。
会長やら副会長やら、あまり状況を把握できていない僕らは、とりあえず素直に住所の場所へ向かう事にした。
「こ、ここ、ですよね……?」
僕らが今いる通りは、聖都の中でも一番大きなものだ。周りの建物も豪奢で大きく、道を行く人達の格好も洗練されている。
そして僕らの目の前には、周囲の建物と比べてもなお大きい、10階建てはありそうな立派な建物が聳え立っていた。
教えられた通りならここのはずだし、お店の看板にもメーム商会とあるのに、思わず目の前の建物と住所とを何度も見比べてしまう。
「そのはず、です。ここは聖都の中でも一等地で、富裕層の方々が利用するお店が軒を連ねる場所です。そこにこんなに大きいお店を構えるなんて……」
「にゃー。メームの奴、すげー出世したんだにゃー」
「こ、こんなところに入ってしまって大丈夫なんでしょうか……? 服とか着替えたほうが……」
みんなが口々に感想を洩らす中、こういった場所に一番慣れているであろう元侯爵令嬢、ヴァイオレット様は臆することなく前に進んだ。
「紹介状があるのだ、問題ないだろう。それよりここで立ち止まっている方が目立つ。さっさと入ってしまおう」
ヴァイオレット様に先導されて大きな両開きの扉を潜ると、広々とした店内には珈琲や蜘蛛人族の糸から織ったらしき布や衣服、小麦の袋などが綺麗に並べてあった。
小売店としても機能しているみたいだけど、どちらかというと取扱商品の展示の役割の方が強いように見える。
視線を巡らせると、奥には受付兼打ち合わせスペースのような区画があって、身なりの良い人たちがコーヒーを飲みながら話し込んでいる。
全員でほへーと店内を見回していると、すぐに品の良い店員さんが声をかけてくれた。
そこで紹介状を見せると流れるように上の階に案内され、豪奢な応接室に通された。
そして出された珈琲を飲みながら待つこと暫し。扉の向こうから足早な足音が聞こえた。
出迎えようと全員が立ち上がると、ノックとほぼ同時に扉が開いた。
入ってきたのは、半年振りに目にする鬣犬人族の商人、メームさんだった。
切れ長な目と涼やかで中世的な美貌、アシンメトリーなグレーのショートカット相変わらず格好いい。
「タツヒト!」
「メームさん! お久し--」
目が合った瞬間、彼女は怜悧な顔立ちに喜色浮かべて僕を抱擁してくれた。
ちょっと驚きながらも、僕も再会の嬉しさに彼女のほっそりとした身体に腕を回す。
そういえば、この人は見た目に反して結構情熱的な人だった。
「わお! 会長、積極的っス!」
メームさんの後ろからひょっこり現れたのは、彼女の副官的な立場の小柄な犬人族、ラヘルさんだ。
「あ、ラヘル! 久しぶりであります!」
「お久しぶりっス! いやー、よかった。会長、一日に一回はタツヒト達はどうしているだろうか、無事だろうかって呟くもんだったから」
「ラヘル! 余計なことを-- あ…… す、すまない。つい、嬉しくてな」
メームさんが少し恥ずかしそうに抱擁を解き、一歩下がった。
「悪いことなんてありませんよ。僕も会えて嬉しかったですから」
「そ、そうか。ヴァイオレット達も全員無事のようだな。しかし、半年も音沙汰が無かったので、本当に心配したんだぞ」
「すまなかったメーム。時節が悪く、海を渡り、大森林を超えて手紙を届けられる者が見つからなくてな……」
「僕らは魔導国にいたんです。そこでシャムちゃんの…… 解呪に必要な触媒の一つを見つけて、今日一旦聖都に戻ってきた所なんです」
メームの言葉に、ヴァイオレット様とプルーナさんが答える。
メームさんはシャムが機械人形だと知らないので、彼女には邪神の呪いを受けて体が縮んだという事にしているのだ。
「魔導国か…… なるほど、長旅ご苦労だった。まぁ座ってくれ。土産話は聞かせてくれるんだろう?」
「もちろんです! ちゃんとしたお土産もありますよ」
それから僕らは、先ほど猊下達にしたように、魔導国での半年間をメームさん達に話した。
僕らの話に、相変わらず生き急いでいるなと顔を引き攣らせていた二人だったけど、お土産はすごく喜んでくれた。
贈ったのは夜曲刀の小太刀や、鉱精族が地下で使っていた防火灯なんかの、この辺ではかなり珍しい品々だ。
いろんな人に夜曲刀を贈ってる気がするけど、贈り物としてめちゃくちゃ重宝するんだよね。これ。
この殺伐とした世界では、商人だって立派な戦士なのだ。ここに居る二人も腰に短剣を差しているし。
--ん? 突然ジト目で僕を睨むエリネンが脳裏に浮かんだけど、なんでだろ?
僕らの土産話が終わった後は、メームさん達のここ半年の話を聞かせてもらった。
元は小規模な商隊だったメームさん達は、半年前の時点でも、大聖堂の御用商人として聖都に店を構える新進気鋭の商会だった。
そして邪神討伐作戦後は、聖都に加え連邦と王国にまで手を伸ばし、珈琲豆を中心とした独占的な貿易で莫大な利益を上げた。
それを元手に人員や店舗を順調に拡大させ、現在では聖都でも五本の指に入る大商会に急成長したのだ。最近では銀行業も始めたそうだ。凄すぎる……
その分妨害ややっかみも多いらしく、店が嫌がらせに遭うこともあるらしい。
現在はムルさんが店長をしているカフェ。あそこの店員さんが最初僕らを警戒していた事にも、これで納得がいった。
しかしメームさん。小さな商隊のリーダーから一躍、いまや複数の国を相手どる大商会の会長さんかぁ。
もう成り上がりが完了しているな。こんなの完全に主人公だよ。
「す、すごいですね。ともかくおめでとうございます。でも、大商会の会長さんともなると忙しいでしょう。今後は、あんまり気軽に遊びに来れないですね」
冗談めかしていうと、メームさんは少し慌てたように首を振った。
「そんなことは無い! 今の俺達があるのはお前達のおかげだ。いつでも歓迎するとも。聖都にはしばらく留まるのか?」
「はい。次の、えっと触媒も遠い場所にあるみたいで、向こうの言葉を勉強する必要があるので」
「そうか…… いる間はいつでも訪ねてくれ。そうだ、今日は難しいが、明日の夜あたりに一緒に夕食などどうだ?」
「いいですね! 楽しみです」
話もひと段落して、少し場が弛緩したような雰囲気なった。
すると、その間少し静かにしていたシャムとプルーナさんが、互いに目配せして頷きあった。なんだろう?
「--メーム。さっきのタツヒトの報告には、おそらく無意識に省かれた箇所があるであります」
「……へ?」
「む、どういう事だ?」
ぽかんとする僕と、前のめりになるメームさん。
「あの、魔導国で協力してくれた地下街の方というのが、エリネンさんという、とても可愛い兎人族の方だったんです」
「ほ、ほぉ……?」
それからシャムとプルーナさんは、エリネンと僕とのエピソードを事細かに語っていった。
最初は殺し合いから始まり、命を助けたり助けられたり、一緒に仕事したりご飯を食べたり……
だんだんと二人の距離が縮まっていくことが目に浮かぶような、とても上手な語りだった。
が、当事者の僕としてはどんな顔をしたらいいのか分からない。というか、メームさんに知られるのはなんだか気まずいぞ……!
「--で、最後はお互いに別れることになったでありますが、熱烈にちゅーしていたであります」
「お二人とも涙ながらに抱擁を交わしていて、まるで物語の一場面みたいでした……」
「なん、だと…… くそっ、俺がモタモタしている間に……!」
「会長、このままでいいんスか!? うちは情けないっスよ!」
語り終えた二人に、メームさんは俯いて頭を抱え、ラヘルさんが鼓舞する。なんだこれ……?
「にゃははっ、二人ともおもしれーことするにゃ。よっしゃ、ウチも乗るにゃ!
メーム、ウチはこう思うにゃ。次の旅でも、タツヒトはどうせまた新しい女と仲良くなるにゃ。
おみゃーは、いつまでそうして足踏みしてるつもりなんだにゃぁ?」
「ゼ、ゼルさん……!? やめてくださいよ、人を節操なしみたいに……」
「タツヒト。いや、『雷公』よ。君を少しだけ悪く言い表した場合、その表現はかなり的を射ていると思うぞ?」
「ヴァ、ヴァイオレット様まで……」
みんな酷い。酷いけど全く反論できないので、酷いのは僕の方か……
ちょっぴり凹んでいると、メームさんが静かに顔を上げた。
「--ていく……」
「……へ?」
「付いていくと言ったんだ! タツヒト。次の旅には俺も必ず付いていくぞ! ラヘル。留守はお前に任せた!」
突然席から立ち上がったメームさんは、決意に満ちた表情でそう宣言した。有無を言わせない、本気の表情だった。
「ひゅー、女っスねぇ会長! --えっ!? う、うちが会長の代理っスか!? む、無理っスよ〜!」
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