第282話 回収報告(左腕)
金曜分ですm(_ _)m
一瞬の無の後、地面の感触と共に石畳の広場の光景が目に飛び込んできた。
広場を行く只人や妖精族の方々が、突然現れたらしい僕らを指さしてざわついている。
広場の向こう側には、もはや親しみすら覚える荘厳な巨大建造物、夕陽を浴びてオレンジ色に染まる聖ぺトリア大聖堂がそこに在った。
どうやら、アラク様が聖都に僕らを送って下さったようだ。相変わらず出鱈目なお力だ。
ただ、その事よりも気になる事実を知ってしまった僕らは、誰ともなく顔を見合わせてしまった。
「み、みなさん。タツヒトさんとしてるところ、見られちゃってたんですね。
僕がする時も、きっと見られちゃうんだ…… うわぁ……」
赤い顔のプルーナさんが、僕の方をチラチラ見ながらそんな事を言う。な、なんでちょっと嬉しそうなの……?
「みんな、悪かったですわぁ。わたくしが余計な事を訊いたばかりに--
それとプルーナ。あなたはちょっと才能がありすぎですわぁ」
「いや、いずれ誰かが思い至っていた事だろう。しかし、むぅ……」
今度は全員がが僕を見ながら悩ましい表情をする。い、居た堪れない……!
しかし困った。今後そういった雰囲気になった時、絶対にアラク様の視線を意識してしまうぞ。
僕にはプルーナさんのような高尚な趣味は無いし……
僕までうんうん唸っていると、いつもの感じでゼルさんが背中にしなだれかかって来た。
「にゃー、神様相手に、覗きをやめさせる事にゃんてできにゃいにゃ。開きにゃおって気にしにゃきゃいい事だにゃ。
それに覗かれるからって、うちはタツヒトとヤルのを我慢できにゃいにゃ。みんにゃだってそうにゃ?」
ゼルさんのセリフに、全員がハッと息を呑んだ。
「--確かに、一理あるな。今後タツヒトと褥を共にしないなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことだ。ゼル。時折君は、本当に芯を捉えた事を言うな」
「にゃははは! もっと褒めるにゃ!」
「--あの、みなさん。ここは広場です。もう少しお声を抑えて下さい……」
ロスニアさんに指摘されて辺りを見回すと、通行人の皆さんがちょっと赤い顔で僕らをチラチラ見ていた。
確かに天下の往来で話すことじゃ無かった……
先ほどまでとは違った羞恥心に襲われた僕らは、そそくさとその場を離れて大聖堂へ向かった。
逃げ込むように大聖堂に入った僕らは、いつもの流れで面会依頼が速攻で通り、応接室で聖教の重鎮の皆様と対面した。
半年ぶりにお会いする教皇、ペトリア四世猊下は、シャムと全く同じ顔に仄か笑みを浮かべ、僕らを迎えてくれた。
たまたま予定が空いていたとの事で、聖教のNo.2であるバージリア枢機卿猊下と、アルフレーダ聖堂騎士団長も同席してくれている。
応接室に入った段階で、僕の腕の中で眠っていたシャムも目を覚まし、今度は猊下の膝の上に収まった。
「よくぞ戻った。皆、無事なようで何よりだ。そしてその表情…… どうやら成し遂げたようだな」
猊下は威厳に満ちた声でそうおっしゃるのだけれど、シャムの頭を撫でながらなので微笑ましさの方が勝つ。
「はい猊下。こちらが回収に成功した左腕です。私が確認した限り、使用可能のようなのですが……」
「ふむ…… 我も見てみよう」
魔導国の古代遺跡で回収した機械人形の左腕は、液体が充填されたカプセルに入っている。
肉の部分がないので、機械の骨格標本と言った感じだ。
ロスニアさんが手渡したそれを、猊下は魔法や目視によって確認していく。
しばらく緊張しながらそれを見守っていると、猊下は少し微笑みながら左腕を机に置いた。
「うむ。間違いなくシャムに適合した古い世代のもので、尚且つ使用可能な状態だ。皆、よくやった。シャム、元の体へ一歩近づいたな」
「--はぁ〜…… よかったであります!」
猊下の言葉に、シャムに続いて全員が胸を撫で下ろした。あれだけ苦労して手に入れたものだ。じんわりと達成感が込み上げてくる。
そんな僕らの様子に、バージリア枢機卿とアルフレーダ騎士団長が微笑む。
「あらら、よっぽど大変だったんですねぇ。猊下、まだお時間大丈夫でしたら、皆さんから武勇伝を聞いてみませんか?」
「うむ。全員また一つ死線を潜ったようだし、私も話を聞いてみたい」
「無論そのつもりだ。タツヒトよ。着いたばかりですまぬが、此度の部品回収について話を聞かせてはくれぬか?」
「承知しました。あ、そうだ。皆さんにお土産もあって--」
それから僕らは、三人にここ半年のことを報告した。
シャムが眠っていた遺跡から魔導国に渡り、半年かけてなぜか魔導士号を取ったり、魔窟の主を討伐して部品を回収した。
とても半年の間に起こったとは思えない濃密なエピソードに、三人ともかなり良いリアクションをしてくれていた。
シャムと同じ顔をもつ人として、カサンドラさんだけでなくアシャフ学長にも会ったことを猊下に伝えたら、うむ、元気そうで何より、なんて仰っていた。
猊下たちへのお土産は、主に鉱精族の土魔法や技が光る品々を選んだ。
猊下には、精緻な図柄で王城と魔導士協会の尖塔が描かれたティーカップセット。
アルフレーダ騎士団長には夜曲刀、眼鏡っ子で長い三つ編みのバジーリア枢機卿には変わった意匠のメガネフレームと髪留めをいくつかだ。
こちらも全員喜んでくれたようで、猊下なんか早速贈ったカップでコーヒーを飲み始めていた。
「うむ、よくわかった。やはり、生半可な旅では無かったようだな。土産物も大変嬉しく思う。
しかし、今回其方らは大聖堂の外から帰還したようだが、なぜ転移魔法陣を使わなかったのだ?」
報告を聞き終えた猊下は、そう不思議そうに僕らに尋ねた。そういえば、説明した中にアラク様に関する内容が抜け落ちていた。
「えっとすみません、説明が抜けていました。実は、魔窟の主を討伐する時にアラク様、蜘蛛の神獣からご助力を頂きまして……
そのお礼に大森林のお住まいにお邪魔させてもらったんです。
で、これから聖都に向かうとお伝えしたら、僕らをここへ送ってくださったんです」
「シャムは、アラク様にもこんなふうに抱っこしてもらったであります! ご飯もあーんしてもらったであります!」
僕とシャムの言葉に、猊下達は数秒ほど停止してしまった。
「……タツヒト、それに皆よ。あの古き獣の神と良き縁を結んだようだが、世界を滅ぼす力を持つ存在に対して少々気安くすぎ-- いや、これは相対した其方らも実感していような。 すまぬ、これはただの老婆心であるな」
「い、いえ、そんなことは…… 確かに、寛大なお方だったのでそれに甘えてしまっている所はありました。以後、引き締めます」
「うむ…… して、しばらくは聖都でゆるりと過ごせば良いと思うが、次に向かう先に目星はついているのか?」
「あ、それについては猊下からご助言頂きたかったんです。シャム、地図を出してもらえる?」
「了解であります! ペトリア、これであります。古代遺跡があると思われる位置に印をつけているであります。
魔導国の古代遺跡もこれを頼りに発見できたので、一定の信頼性があるはずであります!
でも、この大聖堂からは転移魔法陣のおかげで世界中に飛べるであります。なので、逆にどこから手をつければいいのかわからない状況であります……」
シャムが猊下に渡したのは精巧な世界地図で、世界中にバラける形で十数箇所にマーキングが為されている。
これは、シャムが眠っていた古代遺跡で得た遺跡の情報を、彼女が紙に正確に描き写したものだ。
猊下はそれを眺めながら暫し考え込み、大きく頷いた。
「なるほどな…… では、ここなどはどうだろうか」
猊下が指した場所を除きこむと、この世界では西ゴンド大陸と呼ばれる、地球における南アメリカ大陸を指していた。詳細な位置としては、多分チリの上らへんだと思う。
「こことは、聖都から聖職者を送ったり修行中の者を受け入れていたりと、以前はある程度交流も在った。
しかし、海洋の魔物の縄張りに変化が生じたようで船が出せず、近年ではほとんど国交がないのだ。
この大陸の南の魔獣大陸にはほとんど人は住んでおらぬし、孤立した状態で困窮しておらぬか、少々気になっていたのだ。
すまぬが、部品の回収がてら様子を見てきてはくれぬだろうか……?」
猊下の提案に他のみんなの顔を見回すと、全員意義なしという感じで頷いてくれた。
「わかりました。では、次の目的地はそこにしようと思います。それで、そこはどんな国なんですか?」
「感謝する。樹人族が支配する多数の州が集まった連邦国家、カテナ・ラディクムだ」
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