第281話 二礼二拍手一礼(2)
木曜分ですm(_ _)m
促された座布団に座った後、僕はアラク様にみんなを紹介していった。
最初は各自で自己紹介してもらおうと思ったのだけれど、そうも行かなかったからだ。
眷属の方々は、おそらく紫宝級の中でも最上級の位階で、アラク様なんて文字通り神様だ。
爆発寸前の火山の目の前にいるような、ともかく次元の違う凄まじい気配のせいで体が硬直してしまい、話すこともままならないようだった。
僕? 僕はほら、なんか不思議と慣れちゃったから…… あまりに大きい存在を前にすると、もはや諦めの境地に達するというか……
そんな僕らの様子に気づいて下さったのか、途中から神様サイドの方々が気配を弱めてくれたので、今はみんな喋れるくらいの状態に落ち着いている。
ちなみに、眷属の方々からは名前を教えて頂けなかった。こちらに敵意があるわけじゃなく、興味もあるみたいだけど、圧倒的に見下されている感じがあるんだよね。
まぁ、実際彼女達からしたら、僕らは吹けば飛ぶような存在なんだろうけど。
「紹介ご苦労じゃった。皆ようきたの。妾は蜘蛛の神獣と呼ばれとる婆じゃ。アラクで良いぞよ。
妾の眷属の件では、お主らを始めこの辺りの人間達には迷惑を掛けたの。すまぬことをした」
「--お、お会い出来て光栄です。古き獣の神よ。タツヒトより事情は訊いております。
人の世の理に理解を示して頂き、感謝に絶えません」
フランクな感じのアラク様に、額に汗を浮かべながらヴァイオレット様が頭を下げる。
「ほっほっほっ、そうかえ。じゃがちと固いのう。アラクで良いと言っておろうに。
タツヒト、お主もじゃ。妾を呼び出すのにあまり、気を使わなくても良いのじゃぞ?
土産は嬉しいが、あの祭壇やら参詞やらはのう……」
アラク様が僕らの貢物を手に取りながら、ちょっと苦笑い気味に言う。どうやら不味かったらしい。
「す、すみません。何か作法に誤りなどがあったのでしょうか……?
こちらの建物やアラク様達の服装が、故郷のものにとても良く似ていたので、なるべく故郷の作法に似せてみたのですが……」
「あぁいや、何もまずい事はないぞよ。娘達などは、お母様の偉大さを理解しているとは、定命の者の中では見どころがあると褒めていたくらいじゃしの。
ただまぁ、あそこまでされるとなんじゃかむず痒いし、ここに来る度にいちいちあれをやるのはー、その、面倒じゃろ?」
「いえいえ! 面倒などではありません。むしろ、あんまり気軽にお呼びする方が気が引けるというか……
もしご不快で無ければ、今後もあのようにさせて頂きたいのですが……?」
僕がそう言うと、視界の端で眷属のお姉様方がうんうんと頷いているのが見えた。
アラク様は僕らを見比べ、数秒ほど悩ましげな表情で目を瞑った。
「--むぅ、そうかえ。ならば何も言うまいて…… ところで、そっちの童がシャムじゃったよな。
元気そうでなによりじゃが、何やらちょっと縮んでおるよの?」
「あ、そうなんですよ。その節は本当にお世話になりまして。シャム、自分でお礼言えるかい?」
「は、はいであります! アラク、様。助けてくれてありがとうであります!
治療してもらうときにちょっと縮んでしまったでありますが、シャムはこの通り元気であります。
みんなが部品集めを手伝ってくれているので、すぐに元の体に戻れると思うであります!」
「おうおう。やはり魔物も人も、童は可愛いのう。どれ、この婆にも具合を見せてくれんかの?」
目尻を下げながら手招きするアラク様に、シャムはおずおずと近寄った。
アラク様は、魔導国で出会ったシャムと同じ顔の妖精族、大魔導士アシャフがそうしたように、シャムの体をいろんな角度から観察した。
そしてひとしきり観察し終えると、そのままシャムを膝の上に乗せて大きく頷いた。
曰く、あれ程ボロボロじゃったのに、よくここまで綺麗に整えた。良い医者に巡り合ったようじゃの、との事だった。
さすが教皇猊下。あの方は神すら関心する腕前らしい。
そこからは、魔導国での出来後を中心に、近況報告しながら雑談した。
やはり娯楽に飢えていらっしゃるのか、アラク様も眷属のお姉様方も興味深そうに僕らの話を聞いてくれていた。
ちなみに、天叢雲槍の穂先に強力無比な風の刃を生成する魔法。都牟刈は、あの後一度しか使っていない。
初回と違って、一瞬で魔力切れになってしまったからだ。実戦では、使えてもトドメの一撃だけだろう。
先ほどアラク様も仰っていたけど、あのボス戦での無敵モードは完全にアクシデントで、一時的な物だったらしい。
合わせてお土産の説明も行った。今回は領都で手に入れた珈琲豆や銘酒、連邦産の硬質チーズに加え、最上級の魔法金属である紫宝を使った業物の夜曲刀も献上した。
神様にどこまで響くかは分からなかったけど、夜曲刀が生まれた歴史的経緯と合わせて、結構面白がってくれていたようだった。
どうやら、アラク様の出身地はやはりこの辺ではなく、はるか東にある日本に似た列島らしい。いつか行ってみたい。
あと、お昼の時間だけどどうしようかとなった時、アラク様が乾酪鍋、すなわちチーズフォンデュを所望された。
ちょうど材料は揃っていたので、眷属のお姉様方と一緒に準備して作って差し上げた。
大人数で食べるとまた格別に美味いのう。お主らも立っとらんと食べぇ。ほれシャム、妾が食べさせてやろう。
そんな感じで膝の上のシャムに手づから料理を食べさせる姿は、完全に孫が遊びに来てご機嫌のおばあちゃんという感じだった。
その姿を見て、結構警戒気味だったキアニィさんやプルーナさんも警戒を解いたようだった。
シャムは完全にアラク様に懐き、鍋を食べ終わった後は彼女の膝の上でうとうとし始めてしまった。
田舎のおばあちゃんちのような感じで過ごさせてもらったけど、そろそろお暇しなければ。
そう伝える僕らに、アラク様は名残惜しそうにシャムを返却してくれた。僕が抱っこすると、シャムはすぐに寝息を立て始めた。
「もう帰るのかえ。あぁいや、定命の者の時間は貴重じゃ。引き留めはすまい。例の聖都とやらに戻るのかの?」
「いえ。先に、以前お話しした友人の緑鬼の元を訪ねてみようかと思っています。
人伝に場所を聞いただけなので、うまく辿り着けるかは分かりませんけど……」
何かと縁のある知的な緑鬼、傷君にも、俺んちに遊びに来いよと誘われていたのだ。
誘ってもらってから半年以上経つので、そろそろ顔を出したい。
「おぉ、あやつか。あやつならの集落なら知っとるから、送ってやれるぞよ。どれどれ……」
そう言ってアラク様は虚空を見つめ始めた。
「え、いいんですか……!? すみません、ありがとうございます」
「転移って、そんなに気軽にできるものじゃ無いはずなんですけど……」
「にゃ? 送ってくれるって言うんだから、遠慮しにゃくていいと思うにゃ」
「ゼル、そう言う話では無いですよ。気さくなお方ですが、やはり神と呼ばれる存在なのですね……」
プルーナさん達が小声で話し終えた後、アラク様が声を上げた。
「お、おったおった。ん? あー…… すまんのタツヒト。取り込み中の様子じゃから、今はやめておいたほうがいいのう」
「え…… 彼は大丈夫なんですか!?」
「あぁいや、時節が悪いというだけで、心配することは全く無いのじゃ。どうするかの? 聖都には送ってやれるが……」
「そ、そうですか…… では、お手数ですが聖都にお願いします」
「うむ!」
そう言うことで、帰り支度し終え、眷属のお姉様方にも別れ告げ、いざ送ってもらうというタイミングで、何やら考え込んでいたキアニィさんが声を上げた。
「あの、アラク様。わたくし少しお聞きしたい事があるのですけれどぉ……」
「お、なんじゃ?」
「ありがとうございますわぁ。その、アラク様は遠くの場所も見聞きできるご様子……
そして、魔導国でタツヒト君の窮地を助けてくださったと言うことは、常に彼を見守ってくれているんですの?」
「おっと、バレてしもうたか。そうじゃよ。何せ妾達は暇じゃし、お主らは行く先々で何かに巻き込まれるからの。見ていて飽きないのじゃ。
タツヒトの世界風に言うと、お主らは人気ゆーちゅーばー見たいなものじゃ!」
「あはは、ユーチューバーですか……」
「--ゆーちゅーばーが何かは分かりませんけれど、その、もしかしてわたくし達が夜にどう過ごしてるかもご存知ですの……?」
「「……!」」
恐る恐るといった感じでそれを口にしたキアニィさんに、全員が質問の意味を察した。
も、もしかして、僕らがくんずほぐれつしている様子も、アラク様に見られていた……!?
若干赤面しつつ、アラク様に問いただそうと口を開きかけたところで、先制された。
「おっと、今日は別に用事があったんじゃった! また遊びに来るのじゃぞ。ではな!」
アラク様が早口でそう捲し立てた後、僕の視界は暗転した。
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