第280話 二礼二拍手一礼(1)
殆ど朝…… 遅くなりましたm(_ _)m
プルーナさんが一瞬で製作した湖の遊泳場は、酷暑に喘ぐ村のみんなにとても喜ばれた。
早速水遊びしようという事になり、シャツに下着姿のラフな格好の人々が次々に湖に入っていく。
村のみんなが気持ちよさそうに戯れる様子に、僕らもいそいそと装備を脱いで後に続いた。
そこで、僕の姿を目にした女性陣から黄色い悲鳴が上がった。
驚いて辺りを見回すと、すぐに原因が分かった。シャツを脱いでる男、僕だけじゃん……
つい地球世界のノリで上裸になってしまったのだけれど、そういえばここは貞操観念が男女で逆転している世界だった。
すぐに村の男性陣が近寄ってきて、僕を叱りながらシャツを着せてくれた。
ちなみにその間、エマちゃん、プルーナさん、シャムの三人は、目を皿のようにして僕の方を見ていた。ちょっと教育に悪かったかもしれない……
そんなちょっとしたトラブルもありつつ、水遊びの後はそのまま村に一泊させてもらった。
翌朝になって村のみんなに別れを告げる時、今度はもっと早く遊びに来る事をエマちゃんに宣誓させられてしまった。
この誓いを破らないように、次の機械人形の部品は早めに入手しないとなぁ。
村を出た後で僕らが向かったのは、転移魔法陣の遺跡ではなく、村の東の広大な大森林だ。
また寄り道かと言われてしまいそうだけど、最近とある物凄く目上の方にお世話になったので、そのお礼を早めに伝えたかったのだ。
森の淵に足を踏み入れてから暫く経った後、キアニィさんと一緒に先頭を歩いていた僕は、少し開けた所で足を止めた。
「あら、こんなに浅い所でいいんですの?」
「ええ。大森林の中であれば問題ないはずなので。プルーナさん、ちょっと手伝ってもらえる?」
「はい、台座なんかを作ればいいんですよね?」
主にプルーナさんの土魔法を頼りに、僕らはその場にこの世界ではあまり見ないものを用意した。
中央に槍掛けに天叢雲槍を納め、その前の台座には珈琲豆やお酒などの供物を置く。
台座の左右の灯籠には灯火を灯し、来る途中で採集した、緑の濃い榊っぽい植物を飾る。
一体何なのかと言うと、記憶を頼りに可能な限り再現した、即席の神棚のような設備だ。
準備が整った所で、全員で口と手を水で濯いで神棚の前に行儀よく整列する。
僕はそこから一歩前に出ると、二回お辞儀をし、槍の向こう側の存在に語りかけるように祈り始めた。
『--掛けまくも畏き蜘蛛の神獣に、恐み恐みも申さく。
常も御側に坐し坐して見守り給ふ事、感謝び奉り辱み奉る。
この定命なりし者共を、どうか御許へ導き給へと申す事、聞食せと恐み恐みも申す……』
僕らが転移魔法陣に向かわずに大森林へ足を運んだ理由は、アラク様に魔導国で助けてもらった事へのお礼を言うためだ。
以前彼女にお会いした時は、大森林の中で天叢雲槍に祈れば、彼女の元へ呼び寄せてやろうと仰っていた。
なのでこうして、アラク様、いつも見守ってくれてありがとうございます。お手数ですが僕らを招いてくれませんかと仰々しく唱えているのだ。
ちなみにこの祈りの言葉は、神社でお参りするときに唱える参詞を参考にしている。
母方の実家が神社だったおかげで、こういうのほんのちょっとだけ分かるんだよね。
参詞の後はさらに二回お辞儀して、柏手を二回、そして最後にもう一度お辞儀した。
正直、このなんちゃって神棚やさっきの参詞、これらの作法などが異世界的に正しいのかは全くわからない……
けど、神様の御前に招いて頂くのに、あんまりラフに呼び立てるのも気が引けたので、可能な限り丁寧にしてみたのだ。
しかし、頭を下げてから体感で一分ほどしても、サワサワと森の木々の葉音が聞こえるだけで何も起きない。あれ……?
「あの、タツヒトさん。何も起こらないようですけど…… いえ、そもそも一信徒に神が応えて下さるなんて、奇跡のような出来事なんですが……」
後ろからおずおず声をかけてくるロスニアさん。彼女は聖教の司祭様なので、多分、この怪しげな儀式には内心首を傾げているはずだ。
「そ、そうですね…… あれー、おっかしいなぁ」
「にゃー…… 邪神ん時も一年間寝てたって話だったし、今も寝てるんじゃにゃいかにゃ?」
ゼルさんが意外にあり得そうな事を言ってくる。
「あー、そうかもです。うーん…… もう一回祈ってみて届かなかったら、今回は諦め--」
しかし、異変は台詞の途中で突然訪れた。周囲の景色や音を含む感覚が一瞬で消え去ったのだ。
これは……! 身構えていると、すぐに全ての感覚が復活し、足元に地面の感触が生じた。
危なげなく着地して辺りを見回すと、そこは以前も目にしない、木造の荘厳な神殿のような場所だった。
「きゃっ……」
「おっと……!」
隣でふらついていたロスニアさんを支えると、彼女が顔を上げた。
「ありがとうござい--!?」
しかし、その表情を驚愕に歪み、他のみんなまでも体を強張らせている。
慌てて背後を振り返ると、そこにはこの世のものとは思えない美貌の、蜘蛛人族の少女が立っていた。そして、その彼女によく似た大人の女性が四名側に控えている。
およそ半年ぶりにお会いする蜘蛛の神獣と、その眷属の皆様だ。
相変わらず背筋の凍るような、凄まじい気配を発しておられる。
「アラク様! よかった、起きていらっしゃんたんですね。お招き頂きありがとうございます」
「あー、うむ…… お主らの感覚では、久しぶりと言ったところかのう。息災そうで何よりじゃ」
「はい、お陰様で。アラク様も、眷属の皆様もお元気そうで…… あ、こちらは私の冒険者仲間です。
少し縮んでしまいましたが、以前助けて頂いたシャムも元気です。魔導国の事も含めて、全員で是非お礼をと…… --あれ。あの、もしかして、今は時節が悪いですか……?」
アラク様は表情が優れず、何やら気まずげな様子で僕と視線を合わせてくださらない。
「いや、時節はいつでも大丈夫なんじゃが…… その、この間の事を怒っておるのかと思ってのう……」
両手の人差し指をちょんちょん合わせながら、伏目がちにこちらを伺うアラク様。
どうしよう。可愛すぎるぞ、この神様。おっと、心を読まれたのか、眷属の皆様から微弱な殺気が飛んでくる。いかんいかん。
「えっと…… もしかして、魔導国で都牟刈の魔法を授けてくださった時の事ですか?
怒るなんてとんでも無い。あれのお陰で僕らは今生きているんです。感謝しかありませんよ。
あの時の僕の精神の異常も、意図したものではなかったんですよね……?」
「おぉ……! そうかえ、そうかえ! 怒っとらんのか。いやー、よかった!
そうなんじゃよ。魔法の要諦だけ伝えるつもりが、妾の力の一部や感覚まで送ってしもうてなぁ。まっことすまぬかったわえ。
おっと、客人を立たせたままではいかんの。ほれほれ、そこに座って良いぞよ?」
途端に笑顔になったアラク様は、弾むような足取りで上座(神座?)に座ると、僕らにも座布団のようなものを勧めてくれた。
--うん。やっぱりこの神様可愛いわ。
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