第028話 マンティスカミソリと髭剃り液
突然大声を上げた僕に目を白黒させるダヴィドさん達に別れを告げ、僕はすぐにイネスさんを追いかけた。
イネスさんはちょうど酒場兼冒険者宿舎に入るところだった。
「イネスさん!」
「おや、タツヒト君さっきぶり。こんな朝から口説きに来てくれたのかい?」
「い、いえ、それはまたの機会に。あの、アルボルマンティスの素材って僕も貰えるんでしょうか?」
「あぁ、すまない。分配の話をするのを忘れていたよ。もちろん貰えるさ。何たって君がとどめを刺したんだから」
「よかった! できればカマの部分を頂きたいんでけど、難しいでしょうか?」
多分、魔核の他にはカマが一番買取価格とか高そうなんだよね。
「カマかぁ……前衛組が欲しがりそうだね。ちょうどいい、ちょっとみんなに聞いてみよう」
酒場にいたパーティーメンバーにイネスさんが声をかけ、その場で素材分配の話し合いをした。
もちろんそこにはリゼットさんもいて、僕も彼女も意識してしまってちょっと変な空気だった。
ありがたいことに、とどめを刺したお前が欲しいと言うならと、僕がカマを貰えることになった。
次に村長宅に戻って朝食を頂き、村長夫妻に事情を話して、今日は農作業なんかの仕事を休ませてもらった。
それと同時に、村長からは筆記用具とカミソリを借り、奥さんのクレールさんからじゃがいもをいくつか貰った。
何をしているのかと言うと、替刃式のT字カミソリとシェービングローションを開発するための準備だ。
この二つがあれば、みんなの髭剃りがだいぶ楽になるはず。
アルボルマンティスのカマはかなり鋭かったので、加工すれば替刃として使えるかもしれない。
そしてローションだけど、水にとろみをつけると言ったら片栗粉だ。
確か片栗粉ってじゃがいもが原料だった気がするから、とりあえず確保した。
僕はまずカマを確保しに、村の解体小屋に向かった。
ここは家畜を潰したりする時に使う建物で、アルボルマンティスの死骸も一時的にここに置いてある。
小屋にあったナタ借り、僕の腕の長さくらいあるカマを関節の部分から切り落としてつぶさに観察する。
見た感じ、刃の部分はやはりカミソリと同じくらい鋭い。
試しに自分の髪の毛を抜いて切ってみたら、ほとんど抵抗なく切れてゾクッとした。
リゼットさんは結構頑丈な防具を着込んでいたけど、それがさっくり切り裂かれてしまったのも納得の切れ味だ。
これなら切れ味は問題なさそうだけど、替え刃としてはちょっと分厚いなぁ。
どうしようかとカマを仔細に観察していると、カマが層状に重なった薄い刃によって形成されていることがわかった。
断面でイメージすると、真ん中の刃が一番突き出ていて、その左右に段々に刃が重なっている感じだ。
多分真ん中の刃が定期的に抜け落ちて、左右から次の刃が盛り上がってくることでカマの切れ味が維持されているんだな。
まるでサメの歯だ。そして、なんてカミソリの素材向きの生態をしているんだ、アルボルマンティス。
これならほとんど加工せずにカミソリの刃に使えるし、思ったよりもたくさん刃が取れそうだ
それからカマを担いで村長宅に取って返し、勢いで雑な設計図を書いてみる。
父さんが使っていたT字カミソリは4枚刃とかだったけど、いきなりあのレベルを作るのは大変だ。
加工もしやすいように最初はなるべく単純な形状にしたい。
替刃を取り付ける金属の土台と蓋、土台に対してT字につく木製の持ち手、そして替刃の四つの部品で書いてみた。
この村ではネジを見たことがないので、蓋と土台はうまく金属の弾性を利用して固定されるようにした。
午後、お昼を食べたらすぐにカマと設計図を持って村の鍛冶屋さんに突撃した。
「こんにちはー。親方さんいますかー?」
「おう、タツヒト。お、いいもん持ってんじゃねぇか。アルボルマンティスのカマか?」
親方さんは橙色の毛並みをした逞しい馬人族のお姉様で、頭に巻いた手拭いがチャームポイントだ。
彼女は村の工具や生活雑貨、冒険者の武器作りや補修を一手に引き受けている。
「はい。実はちょっと相談があって、このカマで新しいカミソリを作ってもらえませんか?」
親方さんにカマと設計図を渡すと、彼女は眉を顰めて唸った。
「……お前こんなん作れって、ただの村の鍛冶屋に無茶言うじゃねぇか」
「難しいですか?」
「バ、バカ言え、できらぁ! できるがそのー、高くつくぜ?」
その言葉を予想していた僕は、硬貨の入った袋をどんっとカウンターに置いた。
今朝村長からだいぶ多めに貰った護衛の報酬と、他のお手伝いで貯めてきた全額が入ってるので、結構な金額だ。
「これで足りますか?」
「お、おう。 まぁギリギリってとこだな…… あぁ、ギリギリ足りるぜ」
親方さんは袋の中身を確かめながら言った。
「よかった! じゃぁ早速何ですけど、ここの替刃のところがミソでして……」
親方さんと小一時間議論して、何とか加工を引き受けてもらうことになった。
あと親方さんの奥さんも髭剃りには苦しめられてるらしい。
あ、この世界で亜人の人がいう奥さんとは、自分と結婚している只人の男性のことを指すようだ。
ついでに、只人の男性が自分と結婚している亜人を指す場合は上の旦那、只人の女性を指す場合は下の旦那という。
さておき、五セット作るうちの一つを奥さん向けに譲ることで金額を低くしてもらった。
よし、親方さんが頑張ってくれている間にシェービングローションの開発だ。
ものづくりたのしー。
シェービングローションについては結構時間が掛かった。
片栗粉の原料がジャガイモだと言うことは知っていたけど、作り方は知らなかったからだ。
ただ、「マ⚪︎クのポテトは水にさらして澱粉を抜くことでカリカリ揚がる」という話を聞いたことはあった。
多分その澱粉を粉にしたのが片栗粉のはずだ。
そう思って、木の板を削って卸金のようなものを作り、じゃがいもをすりおろして布に詰めて水桶にさらしてみた。
半日くらい放置して見てみると、水に色がついていた。
これを煮詰めればいいのかと思って鍋に水を開けたら、桶の底にすでに白い粉が堆積していた。
粉を一日乾燥させたら、馴染みのある感触の白い粉ができていた。結構何とかなるもんだね。
できた粉を水と混ぜて加熱し、粗熱を取って試すこと何度か。
理想的な水と片栗粉との配合を見つけた。
そこに森で見つけたミントっぽい葉っぱも加え、シェービングローションが完成した。
普段の仕事の合間に試行錯誤していたので、気づいたら一週間くらい経っていた。
シェービングローションもできたし、そろそろかなと思って鍛冶屋に顔を出してみた。
するとちょうどカミソリが完成したところだった。
親方から手渡されたそれは、設計図通り取手に刃がT字についた見覚えのある形状だった。
アルボルマンティスのカマから作った刃は、鋭くも琥珀色に透けていて美しい。
蓋の部分を操作すると、ちゃんと刃をつけ外しすることができた。
「おー、いい感じですね!」
「全く苦労したぜ。特に替え刃をおんなじ形に整えるが面倒だった。が、やりがいのある仕事だった」
満足のいく仕事だったのか、親方さんは達成感に目を細めているような様子だった。
「これとてもいい出来ですよ! ありがとうございます!」
僕は親方の手を握ってブンブン振り回す。
「お、おう。まぁ俺にかかりゃこんなもんよ」
親方さんは頭の後ろをかきながら顔を赤らめた。
いやー、ほんと職人さんてすごいな。
よし、早速明日みんなに試してもらおう。
翌朝、僕はブツを持って村の男性達がいつも髭を剃っている水場に顔を出した。
「おはようございます! 皆さん、ちょっと髭を剃る前にこれを見てください」
あ、そういえばこいつらの名前はどうしようか。
アルファベットがないのでT字カミソリと言っても伝わらないしなぁ。
とりあえず、マンティスカミソリと髭剃り液にしておこう。
僕は自分の全く髭生えていない顔で使い方を実演し、男性達に試してもらった。
「皆さんどうです? このマンティスカミソリと髭剃り液は」
「このカミソリすごくいいよ! 僕剃るの下手なのに、これだと刃が安定してすごく簡単に剃れる。しかも切れ味が悪くなったら刃を交換できるんでしょ? とてもいい!」
「髭剃り液もすごいよ! 肌に刃が引っかからないし痛くもならない。それに何だかスースーして気持ちいい」
「そうでしょう、そうでしょう」
やった。めちゃくちゃ好評だ。
みんな一昔前のカミソリのCMみたいなリアクションをしてくれる。
やー、大成功だな。
「ところで、これっていくらするの?」
あ……
男性の一人からの当然の疑問が飛び出した。
僕は恐る恐るカミソリの効果を見にきていた親方さんを見た。
「まぁたけぇわな。カミソリ本体と替え刃三枚の抱き合わせ、材料と俺の手間賃、お前さんの利益を考えると売値はこんなもんだろう」
親方さんの提示した金額は、領都の庶民の月給分くらいの金額だった。
金額を聞いた男性が、持っていたカミソリをそっと僕に返した。
「タツヒト君、これは確かにいいものだけど、その金額は流石に高すぎるよ……」
エマちゃんのお父さん、ダヴィドさんが残念そうに呟く。
「いや、でもこの髭剃り液だけでもすごく助かるよ。こっちはいくらなの?」
「あ、こっちはお家で作れると思います。あとで作り方とか保管の仕方とか教えます」
「本当かい? ありがとう、助かるよ! カミソリの方は、もしかしたら貴族の方や領都の裕福な人の奥さんなんかには売れるかもね」
「おぉ、確かにそうですね! ありがとうございます」
ダヴィドさんがいい助言をくれた。
というかそうだ。元々貴族のヴァイオレット様にお見せする予定の品だった。作るの楽しくて忘れてたよ。
でもどうやって見せよう。
確かしばらく村にいらっしゃる予定ないみたいなんだよね。
「ヴァイオレット様って、普段は領都にいらっしゃるんですよね?」
「ん? そうだと思うよ。あぁ、確かにヴァイオレット様にお見せするのが一番いいね。そうだ、近々領都に材木を運ぶらしいから、それに同行させてもらったらどうだい? うまくヴァイオレット様にお会いできるかはわからないけどね」
「領都! いいですね、ぜひ同行させてください。 そういえば僕、この国に来てからこの村以外に街とかに行ったことないんですよ」
「あぁ、そうだったね。それじゃあきっと楽しめるよ。何たって領都だからね」
ダヴィドさんはちょっと自慢するように言った。
領都かぁ。うまくいけばヴァイオレット様にも会えるし、今から楽しみだな。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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