第279話 湖畔で過ごす夏のひと時(2)
遅くなりましたm(_ _)m
招かれた村長宅。近況と、プルーナさんが僕らに加わった事情を話しすと、村長夫妻はやっぱり問題ないと判断してくれた。
連邦軍がここを占領した時、プルーナさんが当時の上官を助けようと必死になっていたのを二人は見ていたので、むしろ彼女に同情的ですらあった。
そう言うわけで気にせずゆっくりして行けという二人に、プルーナさんは正式に皆さんに謝罪と賠償をしたいと食い下がった。
すると村長は、ならちょうど昼時だから、村の連中に飯でも奢ってくれやと提案してくれた。
そんなわけで、突発的な昼食会が開催された。
村長の取りなしの元、プルーナさんの謝罪から始まった会は、およそ100人の村の人達全員が参加する大規模なものになった。
料理は、村の宿屋兼冒険者宿舎であるエマちゃんちの全面強力の元、僕とプルーナさんが中心になって準備した。
ちなみに、エマちゃんのご両親も元気そうで、妹のリリアちゃんはよちよちと4本の足で歩き回り、天使のような笑顔を振りまいていた。
その可愛さにノックアウトされた僕らは、魔道国で購入した玩具や絵本などを山ほど献上した。
もちろんエマちゃんにもお土産は買ってきていて、僕は夜曲刀の技術を応用した包丁をプレゼントした。
彼女は早速昼食会の準備にそれを使ってくれて、その鋭い切れ味にとても喜んでくれた。
さておき、昼食会のメニューは、村のお祝い事などの時に食べられている魚のパイ包焼きなどに加え、プルーナさん監修の連邦の郷土料理だ。
で、その乾酪鍋という郷土料理だけど、完全にチーズフォンデュだった。
領都で入手した、連邦産の硬質なチーズを白ワインで煮込んだソースに、蒸した野菜やパンなどを潜らせて食べるのだ。
ナッツのようなチーズの香りとワインの風味が絶妙で、乾酪鍋は大好評だった。
ヴァイオレット様とキアニィさんなんか、チーズを飲み干す勢いで食べていた程だ。
それをとっかかりに、プルーナさんは村の人達とあっという間に打ち解けた。
戦争のせいで敵味方に分かれてしまったけど、双方とも良い人達だからね。よかったよかった。
昼食会の後。僕ら『白の狩人』とエマちゃんは、村の近くの大きな湖の辺りでおしゃべりをする事にした。
木陰にいても少し暑いくらいなのに、エマちゃんはゼルさんの毛並みが珍しいのか、彼女に抱きついて離さない。羨ましい。
「うにゃ〜…… エマ、ちょっと暑いにゃ。離して欲しいにゃ」
「や! 暑いけど、ゼル、もふもふで気持ち良いんだもん!」
「エマちゃん。私の尻尾、ひんやりしてきっと気持ちいいですよ?」
そして、ちやほやされているエマちゃんに少しジェラシーを燃やす子が約一名。
「むぅ、エマは人気者でありますね……」
「シャム、あなたはここにおいでなさぁい」
「わーい、であります!」
キアニィさんの膝の上に収まったシャムが、にこにこと嬉しそうに笑う。
あまりにも平和な光景に自然と口角が上がり、同じような表情をしていたヴァイオレット様と目が合って、お互いにくすりと笑い合う。
「ふふっ。こうしていると、本当に帰ってきた実感するな…… しかし、ゼルではないが確かに今年の夏は暑いようだ」
人一倍代謝がいいせいだろう。彼女は首筋の汗を上品にハンカチで拭っている。
「だよねー。お隣のアンリさんとかパン屋のニナお姉ちゃんも、暑さでちょっと調子が出ないって言ったもん。
あーあ。こんなに暑いんだから、ここで泳いだりしてみたいなぁ……」
「あはは。気持ちは分かるけど、それはやめておいた方がいいね」
残念そうに湖を見つめるエマちゃんと僕に、話を聞いていたプルーナさんが反応した。
「--あの、とても綺麗な湖に見えますけど、ここは泳げないんですか?」
「うん。お魚の魔物が出るから危ないんだって」
「橙銀級くらいの腕前があれば大丈夫なんだけど、普通の人にはかなり危ないかなぁ……」
「なるほど…… もう少しお話を伺ってもいいですか?」
プルーナさんは、湖に出没する魔物の種類や強さ、そして特に大きさについて僕らに質問してきた。
そして幾度か問答を繰り返した後、彼女は顎に手をやりながら何度も頷いた。
「ありがとうございます。大体分かりました。うん、うん…… あの、ちょっと試してみていいですか?
上手くいけば、魔物を気にする事無くここで泳げるように出来ると思うんです」
「え、本当!? やってやって、プルーナお姉ちゃん!」
「で、では……」
ゼルさんを放り出して期待の表情を浮かべるエマちゃんに、プルーナさんはやや緊張の面持ちで湖の岸に手を付いた。
彼女が目を閉じて詠唱を始めると、その体がやや黄色がかった緑色に発光し始めた。
海の向こうの魔導国。そこで200階層を越える魔窟の主を討伐した後、彼女とシャムの位階は緑鋼級に上昇していた。
暫くして一際放射光が強まったその時、プルーナさんは静かに魔法を発動させた。
『軽石樹』
--パシャッ。
プルーナさんの手のすぐそばの波打ち際に、小さな石筍が生成された。いつもの戦闘用の魔法と違って、先端が丸めてあるようだ。
え…… そ、それだけ!? そんな、ちょっと戸惑ったような表情でこちらを見るエマちゃんに、僕は頬を歪めながら石筍の方を指す。
エマちゃんが石筍に視線を戻すと、いつの間にか石筍は三つに増え、それらの間には網のような構造が生成されていた。
パシャッ、パシャシャシャ--
石筍はどんどん増殖、成長しながら、プルーナさんを中心に放射状に広がっていった。
そして小さな水音が大きな波音になる頃、石筍の列はやっと停止し、湖の岸から直径50mほどの範囲を半円状に囲んでしまった。
水面から数mほど顔を出した太い石筍の間には、普通の魚程度なら通れるくらいの網目構造が生成されている。
おそらくあの構造は湖底まで続いているんだろう。これなら、この湖に出現する程度の魔物は入ってこれないはずだ。
さすがプルーナさん。普段魔物を串刺しにするのに使っている凶悪な魔法を、一瞬でアレンジしてしまった。
感心して眺めていると、プルーナさんがぐらりと体勢を崩した。
僕はすぐに彼女に駆け寄り、蜘蛛の下半身と上半身に手を添えて支えた。
「っと、大丈夫?」
「は、はい、ありがとうございます。少し魔力切れでふらついただけです……
エマちゃん。水の中の魔物を外に追いやりながら、魔法で水中に柵を作ってみたよ。
この柵の内側にはもう魔物は居ないし、入っても来れないから安全だと思うよ。
あ、もし余計だったらすぐに消すんだけど……」
少し疲れた様子で語るプルーナさんに、途中から驚きで目を丸くしていたエマちゃんが走り寄ってくる。
「す…… すごいすごーい! これで湖で水浴びができるよね!? やったぁ!!」
「あわわ……!」
そしてそのまま熱烈にハグしてきたエマちゃんに、プルーナさんが目を白黒させた。
「ありがとう、プルーナお姉ちゃん! 待ってて、今みんなも呼んでくるから!」
「待てエマ。一人では危ないぞ?」
一瞬でハグを解いたエマちゃんは、ヴァイオレット様を引き連れて村の方へ風のように駆けていった。
「--えへへ…… やっぱり、使うなら人に感謝される魔法の方が良いですね」
「だね。お疲れ様、プルーナさん」
今日ここに来た時とは打って変わって、彼女は晴れやかな表情でエマちゃん達を見送った。
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