第277話 陽光と冥闇の交わる時
すみません、更新が朝になってしましました。。。
結構長めです。
機械人形の部品の回収に成功した翌日、僕ら『白の狩人』は王城に呼び出されていた。
場所は豪奢な謁見の間。広々とした部屋の奥、一段高い場所にある玉座に向かい、魔窟討伐部隊の面々が跪いている。
僕らとエリネン、それから騎士団長や魔導士団長が率いる王国軍精鋭パーティーと、お頭さん達夜曲の精鋭パーティーは、幸い誰も欠ける事なくこの場に揃っている。
僕らの他には、玉座の側に宰相らしき兎人族の老婦人、衛兵の人達が居て、部屋の両脇には見物客らしい貴族の方々も沢山いる。
あと、殆ど一人で地表の魔物の大群を始末した最大の功労者、アシャフ学長にも参集通知を送ったそうなのだけれど、忙しいと突っぱねられたそうだ。本当に強い……
ちなみに、エリネンは本当に覆面を着用して登城してきた。普通は絶対通して貰えないと思うけど、僕らからルフィーナ王女殿下に手を回していたので、なんとか警備の人達に見逃して貰えた。
彼女は口では仕方なく呼び出しに応じると言っていたけど、今は僕の隣でチラチラと玉座の方を気にしている。
女王陛下のことは恨んでいないと言っていたし、僕が語る王女殿下の話を楽しそうに聞いていた彼女だ。
身バレのリスクは極大だけど、それ以上に二人に会いたいという気持ちが強いんじゃないだろうか……?
「エメラルダ四世女王陛下、並びにルフィーナ王女殿下、御入来!」
ソワソワしているエリネンを眺めていると、衛兵の人の呼び込みの声が響き、二人が謁見の間に入ってきた。
その瞬間、エリネンの方から声にならない吐息のようなものが聞こえた。
二人が入り口の扉をくぐり、僕らの前を通って短い階段を登り、王座に着席する。エリネンは頭を下げながらも、その様子を瞬きもせずに凝視していた。
視線の先の女王陛下が、穏やかな笑みを浮かべて口を開く。
「面をあげよ。 --救国の英雄達よ。よくぞ集まってくれた。余がエメラルダ四世である。
其方らの働きが無ければ、この王都は早晩魔物達に蹂躙されるか、地の底へ崩れ去っていたことだろう。
この国を治める者として、その功績に心からの敬意と感謝を表したい。本当によくやってくれた」
「陛下、わたくしからも言葉をかけさせて下さいまし。皆、顔を見せなさい」
陛下からお言葉を頂いて恭しく頭を垂れていた僕らは、王女殿の声に再び顔をあげた。
「あなた方は王都70万の命を救ってくれました。この偉業に、わたくしの心は深い感動と感謝の気持ちで溢れていますわ。
そしてタツヒト、プルーナ、シャム。あの夜のあなた達の行動が、この結果を引き寄せたのです。
本当によく知らせてくれました。王女としてだけでなく、友人としても誇らしく思いますわ」
にっこりと微笑むルフィーナ様に、僕は笑顔を返しながら頭を垂れた。
が、お子様にこういった場所での振る舞いを教えるのを忘れていた。
「ありがとうであります!」
「シャ、シャムちゃん! 許可されるまで喋っちゃだめだよ……!」
元気よく返事してしまったシャム。それを慌てて静止する僕らを見て、ルフィーナ様が笑みを深くする。
「うふふ…… ところで、タツヒトの隣にいるのがエリネンですわね」
殿下の言葉に、僕の隣で息を殺していたエリネンの体がぴくりと震えた。
「タツヒトから、事情があって覆面での謁見を許可して欲しいと言われた時には驚きましたが……
もしや、今回の魔窟討伐で治しきれないような傷を顔に負ってしまったのかしら?
そうだとしたら、わたくしから枢機卿閣下に紹介状を書きますわ。お布施もわたくしがお出ししますから、是非教会を尋ねていらして?」
善意100%で気遣わしげに言う殿下。ど、どうしよう。実際には彼女の顔は綺麗なもので、傷なんてない。
エリネンの正体に勘付きつつ黙ってくれているらしい、王国軍の精鋭パーティーからも視線を感じる。
ここはなんとか誤魔化すしか無い……!
「お、恐れながら王女殿下。彼女は--」
「大丈夫やタツヒト。色々とおおきにな。 --けど、自分で言うわ」
しかし、それはエリネン本人に制止された。静かな目で僕を見つめる彼女に、僕は気づくと頷いていた。
エリネンは僕から殿下達の方に向き直ると、一度深呼吸してから話し始めた。
「--王女殿下におかれましては、私のような者に温情をかけて頂き、感謝の極みにございます。
されどこの顔は、両親より授かりし生まれついてのもの。この場で晒すことは憚れますが、ご心配頂いた傷などはございません。
どうか、お気遣い無きよう……」
「そ、そうなのですか……」
ちょっと納得のいかない様子の殿下。僕はというと、エリネンが急に標準語で話し始めたので面食らっていた。
あの訛りは、夜曲に馴染むために習得したんだろうな……
「--殿下。もしも許されるのでしたら、私から一つ申し上げさせて頂きたく。
殿下は近頃ご婚約されたと聞き及びました。誠におめでたいことにございます。臣民として、心よりお喜び申し上げます」
「あら、タツヒトから聞いたのね。うふふ、ありがとう。 --ねぇ。あなたの声、なんだかとても聞き心地がいいですわ。陛下と似ているように思えるのですけれど、それよりももっと近しいような……
あなたとは、私的な場でもう一度会いたいですわ」
「……! そ、それは……」
殿下からの思わぬ申し出に、エリネンが答えに窮する。どうしよう。殿下の勘が冴え渡っている。
しかしここで、状況を見守っていた女王陛下がはっと息を呑んだ。
「--ま、待て。ルフィーナよ、待つのだ」
「陛下……?」
「--フロー…… いや、エリネンよ。其方が無事に今も生きていることを嬉しく思う。
だが…… 其方は余を恨んでいような……」
「「……!?」」
鎮痛な面持ちの陛下の発言に、謁見の間がざわついた。不穏な雰囲気を察した衛兵の人達が、緊張感した様子で武器を握り直す。
バレたか…… 親子揃って勘の鋭い方々だ。もうエリネン引っ掴んで逃げてしまった方が良さそうだ。
そう思ってヴァイオレット様達に目配せし始めると、エリネンを凝視していた陛下が、ざわつく臣下達に気づいた。
「鎮まれ。今の余の言葉は忘れるのだ。 --エリネン。其方の顔について王家は詮索せぬし、善良な王国の民として振る舞う限り、一才干渉しないことを宣言しよう。
だが…… だが一つだけ答えて欲しい。今、其方は幸せか……?」
不安げに、消え入るような声で問いかける陛下を、エリネンは真っ直ぐに見返した。
「女王陛下におかれましては、過分なご配慮を頂き、誠にありがとうございます。
私はこの世に生を受けてから今まで、不幸であったことなどはございません。
ただ、今の生き方の方が性に合っているようでございます。陛下も、どうか去った者のことはお忘れになり、心身ともにお健やかにお過ごし下さい」
「--そうか…… そうであったか…… エリネン。其方も、どうか健やかであれ」
「あの、陛下。一体どういうことですの……? 先のお言葉といい、エリネンの事をご存知だったのですか?」
目を潤ませて微笑む陛下に、混乱の極みにある殿下が問いかける。
「いや…… エリネンという名の者の事は知らなかった。しかしいつか、其方にも話せる時が来よう……
宰相。式を進めるのだ。この英雄達に、王国は報いなければならぬ」
「ぎょ、御意に。では、魔窟討伐部隊の皆よ。その献身と功績を称え、女王陛下より勲章と褒賞を授与する。まずは王国軍騎士団長--」
陛下から指示を受けた宰相閣下が、魔窟討伐部隊に勲章と褒章を授与していく。
その間。女王陛下とエリネンは、まるで視線で会話しているかのように、じっと穏やかな表情で見つめあっていた。
陛下との謁見の後、都市全体を上げての祝賀会が開催された。お金は全て王家持ちの無礼講である。
街全体が会場だったので、王城でのお堅い祝賀会を終えた後、僕らは大学、冒険者組合、そして地下街を梯子した。
王城を出る頃には昼とも夜とも言えない時刻になっていて、街全体が夕陽でオレンジ色に染め上げられていた。
そして街のあらゆる場所で、地表性と地下性の兎人族が入り混じり、一緒になって都市の無事を祝っている様子を見ることができた。
多分、地表の街と地下街との蟠りが完全に解けたわけじゃない。
それでも、今は共に困難を乗り越えた事を喜び合おう。そんな雰囲気が街のあちこちで感じられた。
近くて遠い、表と裏のような関係の二つの街は、今後徐々に融和の時を迎えてくのかも知れない。
そしてその翌朝。僕らは都市防壁の門の内側で、半年間過ごした街を眺めていた。
実は、ロスニアさんも、僕らの大学卒業とほぼ同時に司祭の資格を取得していたのだ。
これで本当にこの街での用事は無くなってしまったので、お世話になった人達への挨拶は昨日の内に済ませておいた。
アシャフ学長や殿下、ヒュー先輩をはじめとした大学のみんな。お頭さんや警備部のみんなを中心とした夜曲の人々。それから冒険者組合のカサンドラさん。
約一名からは、そんなくだらん事で俺に時間を使わせるなと言われてしまったけど、みんな僕らとの別れを惜しんでくれた。
ただ、エリネンとだけはなぜかタイミングが合わず、謁見以降会えていなかった。
「タツヒト…… まぁあいつは多分、さよならを言うのが苦手なんだにゃ」
このまま街を離れる事が名残惜しく、未練たらたらに通りの奥を見つめていた僕の肩に、ゼルさんが手を置く。
「--そうかも知れませんね。でも、できればちゃんと挨拶したかったです」
「エリネンさんも、きっと思いはタツヒトさんと同じですよ。ただ、少しだけそれを形にすることが難しいんだと思います」
「そうであります! それに、聖都からここに飛べる転移魔法陣もあるはずであります。落ち着いたら、また遊びに来れば良いであります!」
ロスニアさんとシャムも、僕を気遣うように言葉を掛けてくれた。
「うん…… そうだね。じゃあ、いつまでもこうしちゃ居られないし、そろそろ--」
「おーい、ちょっと待ちぃや!」
街に背を向けて歩き出そうとしたその時、この半年でだいぶ聞き慣れてしまった声が聞こえた。
振り返ると、覆面姿が怪しい、ピンク色の兎人族がこちらに向かって走って来る所だった。
「あ…… エリネン!」
「ふぅ、間に合ってよかったわ」
僕の目の前で立ち止まったエリネンが、息を整える。
「よかった! 発つ前にちゃんと挨拶したかったんだよ。見送りに来てくれたの?」
「あぁ。それもあるけどな、一個忘れもんがあったんや。タツヒト、もうちょっと近づいてくれへん?」
「え、うん。 --んむっ……!?」
笑顔で手招きするエリネンに素直に従った結果、思いっきり口付けされてしまった。
「あぁっ……!?」
「あー!?」
プルーナさんとシャムが声をあげる中、僕らは自然とお互いを抱きしめていた。
今更になって気づいた。僕はこの街じゃなくて、エリネンから離れるのが名残惜しかったのだ。
もしかしたら長い間そうしていたのかも知れないけど、僕らは短い抱擁を解いてお互いに見つめあった。
エリネンは、目に涙を溜めながら仄かに笑った。
「これで、心残りは無くなったわ…… --いや、嘘や。本当はおまはんと離れたくない。けど、ウチは頭も、地下街の連中も残して行くわけにはいかん……
せやから、これでさよならや。達者でな、タツヒト」
エリネンの言葉に胸が詰まり、僕の目からも涙が溢れる。嫌だ、付いて来て欲しい。喉から出かかったそれを何とか飲み下す。
その言葉は、多くのものを背負う彼女の想いを貶しかねない。そして、僕も全てを投げ出してここに留まる事はできない……!
僕は震える唇を何とか開いた。
「エリネン…… --軽々しく一緒に逃げようなんて言ってごめん。僕も君と離れたく無い。でも、行かなくちゃ行けないんだ…… ありがとう。君に会えて、本当によかった」
「あぁ…… ったく、おまはんまで泣くなや……」
エリネンは苦笑しながら僕の涙を拭うと、ヴァイオレット様達に向き直った。
「おまはんら、ウチが言うことやあらへんかも知れんけど、こいつを頼むわ。すぐ無茶するさかい、見ていてやってくれや」
「無論だ。任せてもらおう」
「あなたも人の事言えませんわぁ」
「エリネンさん…… 僕、負けませんから!」
みんながエリネンの言葉に大きく頷き、それから少し無言の時間が流れた。
しばらく名残惜しく、目線を下に向けて動けずにいた僕は、意を決してエリネンに向き直った。
「--それじゃあ…… またね、エリネン。きっと、もう一度会いに来るよ」
「……! あぁ。またな、タツヒト。期待せんと待っとるわ」
最後に笑顔で別れを告げ、エリネンは街の中の方へ、僕らは街の外の方へ歩いて行った。
***
ピーーーッ。
【……外部機能単位より報告…… ……現地表記レプスドミナ王国における準大龍穴の周辺の異常は、当該龍穴付近に寄生した魔窟によるものと判明……
……観察対象、個体名「ハザマ・タツヒト」、及び「シャム」を含む現地勢力により、魔窟は討伐され、外部機能単位により都市への被害も軽微の模様……
……追加報告事項として、観察対象、個体名「シャム」が初期型機械人形の左腕の入手に成功した模様、機能の完全回復には、これに加えて右腕、右脚、左脚、胴体の入手が必要……】
【……上位機能単位からの返答…… ……引き続き、個体名「ハザマ・タツヒト」、及び「シャム」の観察を継続すること……】
【……外部機能単位より報告…… ……レプスドミナ王国北部に定住していた紫宝級の火竜が、樹人族の国家群方面へ移動を開始した模様……
……加えて当該国家周辺において、不自然な魔素の大量消費を観測、対応について指示を請う……】
13章 陽光と冥闇の魔導国 完
14章 禁忌の天陽 へ続く
13章終了です。想定よりだいぶ長くなってしまいしたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
次の14章ですが、少しお時間を頂きまして、11/25(月)から更新開始とさせて頂きますm(_ _)m
【月〜土曜日の19時以降に投稿予定 ※次回更新11/25】
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