第274話 桜花と雷
先週の土曜分ですm(_ _)m
「--あとは巣穴の処理と--」
「--補強部隊の到着を待って、本体も処理しなくては--」
徐々に覚醒してきた意識が、微かな話し声を拾った。背中に硬い地面の感触がある。
瞼を開けるだけなのに妙にしんどく、苦労しながらゆっくりと目を開ける。
するとそこには、驚いた表情で僕の顔を覗き込むロスニアさんが居た。なんだか疲れた表情だ。
「あ…… 皆さん! タツヒトさんが目を覚しましたよ!」
「何……!?」
すぐに蹄の音が響き、ヴァイオレット様が顔を覗かせた。
「ロスニアさん、ヴァイオレット様…… あれから、どうなりました……? うっ……!?」
体を起こそうとしたところで、体の左腕と頭以外のあらゆる場所に激痛が走った。
これは無理だと思って力を抜くと、他のパーティーメンバーのみんなも集まって来てくれた。
ゼルさん、キアニィさん、プルーナさん、シャム。良かった、『白の狩人』は全員無事みたいだ。
みんなの向こう側には、騎士団長やお頭さん達も見える。こちらも無事なようだ。
彼女達は主の部屋の中に散って、何かを探しているように見える。
「安心するにゃ。でかい蚯蚓はおみゃーが倒したにゃ。取り巻きの蚯蚓も殆ど片付いて、今は卵なんかが残ってにゃいか、他の連中がちょーさしてくれているところだにゃ。
おみゃーの手足、その辺に転がってる蚯蚓みたいにぐにゃぐにゃだにゃ。まだ起きあがない方がいいにゃ」
「吐血の量も相当でしたわよ? 今は大人しくしていなさぁい」
「その通りです。損傷の激しかった臓器の治療を優先して、骨折はまだ治し終えていないんです。
私の魔力が回復し次第治療しますから、少しの間は動かないで下さいね」
「道理で…… ありがとうございます。ロスニアさんには、いつも助けてもらってばかりですね……」
「いいんです。助けられて、本当に良かった……」
ロスニアさんを始め、みんなが安堵の表情を見せる中、ヴァイオレット様だけは険しい表情をしている。
「--タツヒト。君の働きがなければ、我々は徐々に魔力と体力を失い、全滅していただろう。
しかし、あの巨大岩蚯蚓に単騎で挑むなど、無謀がすぎる。運よく打倒できたからよかったものの、何故あんな無茶を……!?
全く君らしくない。一体、どうしてしまったと言うのだ……?」
ヴァイオレット様は困惑しながらも、僅かに目に涙を溜めながら叱ってくれた。
他のみんなもあの時の僕の様子を思い出したのか、心配そうな表情をしている。
罪悪感で強く胸が締め付けられ、喉の奥がきゅっと窄まる。なんて不甲斐ない。
「--本当にすみません、ヴァイオレット様。みんなも、心配をかけてしまってごめんなさい。
あの魔法、都牟刈を使った瞬間、なんというか気持ちが昂ってしまいまして……
今は、おそらくいつもの状態に戻っています。骨はぼきぼきですけど」
「で、でも、本当にすごい魔法でした! 相当強力に身体強化されているはずの巨大岩蚯蚓が、なんの抵抗もなく寸断しているように見えました。
風魔法なのか火魔法なのかも判然としませんでしたけど、一体いつあんな魔法を開発したんですか?」
「あー、あれね。えーっと……」
魔法大好きなプルーナさんが、身を乗り出すように訪ねてくる。
答えに窮していると、ヴァイオレット様がスッと目を細めた。
「私も今日初めて目にしたのだが…… 君は随分とあの魔法に習熟していたようだったな?
それに、あの魔法を使う前から、すでに君の様子はおかしかったように見えたが……」
何か隠しているのではあるまいな? そう言外に言いながら僕を見つめるヴァイオレット様と、そんな僕らを見守るみんな。
僕は早々に降参する事にした。
「--その…… 声が聞こえたんです」
「声、だと……? まさか……!?」
僕は、先ほど起こったことをみんなに洗いざらい話した。
イクスパテット王国の東に位置する大森林の支配者、蜘蛛の神獣の声と共に、都牟刈のイメージが流れ込んできた。
そして、魔法の発動から魔力が切れるまでの間、異様な万能感に支配されて恐怖心すら無くなってしまった。
思い起こすと、自分でも危険すぎる行動だったと感じるので、今は素面の状態のはずだ。
「そうだったのか…… それならば致し方あるまい。人の身で神に抗うことなど、どだい無理な話だろう。
しかし蜘蛛の神獣…… シャムの事で恩義があるとは言え、理外の力でタツヒトを惑わすとは、やはり邪神の類いであったか……」
「むぅ…… シャムは、お礼に加えて一言抗議したくなったであります!」
話し終えた僕にみんなは一応の納得を見せてくれたけど、今度は矛先がアラク様に向いてしまったようだった。
うーん。やっぱり悪印象になってしまったか…… アラク様のことだから、多分意図して僕の精神を操ったわけじゃないと思うのだけれど……
「あ、あの…… 僕の中に、力に酔う感情が皆無だったわけではありませんし、実際命を助けて頂きました。
なのでその、あまりアラク様を悪く言われるのは……」
「む。それはそうだし、君のその優しさは美徳だが…… エリネンが機転を効かせてくれたから良かったものの……」
「あっ、そうだ……! エリネンは無事ですか……!? 王国軍のカリスタ司祭も!」
騎士団長からもらった治療薬だけでは、彼女の傷は完治していなかった様子だった。
「おー、おまはんの隣におるで。カリスタ司祭はんもな」
声がした左の方にあわてて首を向けると、すぐ隣に、僕と同じような感じでエリネンが横たわっていた。
疲れた表情をしているけど、顔色はそんなに悪くない。
カリスタ司祭の方はすでに起き上がっていて、エリネンに治療魔法をかけてくれている最中のようだ。
「良かった…… あ、でも横になっているってことは、エリネンもまだ治療中?」
「せやねん。全身バキバキやわ。治療薬と司祭はんのおかげで、腹ん中は治ったんやけどなぁ。いてて……」
「まだあまり喋らないで下さい。肋骨が何本も折れているんですよ?」
「へへっ、こいつはすんまへん」
司祭様に嗜められて笑うエリネン。本人の言うとおり、今は骨折以外は大丈夫なようだ。
僕は安堵の息を吐くと、すぐ近くにエリネンから借りた夜曲刀が置いてある事に気づいた。
僕は動く左手でそれを手に取った。
「エリネン。これありがとう。本当に助かった-- あ……!?」
彼女に返そうとしたところで、柄の所に稲妻のような形の焼けこげた跡が残っていることに気づいた。やってしまった……
「ごめん! 電極として使わせてもらったせいで、柄の所が焼けこげちゃった…… 鍛冶屋さんにお願いして直してもらうよ」
手を引っ込めようとしたところで、夜曲刀の焦げ跡にエリネンが目を見開いた。
「……いや、そのままでええさかい返してくれや」
「え、でも……」
こんだけ焦げ焦げにしちゃったものをそのまま返すのは忍びないんだけど……
そう思って渋っていると、彼女は僕の手から夜曲刀を奪い取るように取ってしまった。
「治すなんてとんでもあらへんわ。これはこれでかっこええ。おまはんの好きな花、サクラゆうたんか? それが雷に貫かれとるみたいやないか。
うん、かっこええわ。このままでええ。まるで、ウチみたいやないか……」
彼女はそう言うと、夜曲刀を見つめながら仄かに微笑んだ。
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