第273話 大地を蝕むもの(5)
金曜分ですm(_ _)m
「え…… アラク様!?」
「タ、タツヒト。どうしたのだ……!?」
突然虚空に向かって話しかけ始めた僕に、ヴァイオレット様はギョッとした様子だ。
この声、僕にだけ聞こえているのか? もしかして、追い詰められすぎて幻聴が……
『ほっほっほっ。幻聴では無いぞよ。言ったじゃろ? その槍は他にも色々とできると。例えば--』
また聞こえてきたアラク様の声。それと同時に、僕の脳内へあるイメージと言葉が流れ込んでくる。
僕は、それに突き動かされるように天叢雲槍を捧げ持った。
『--掛まくも畏き蜘蛛の神獣に、恐み恐みも申す……』
神器としての力を呼び覚ますように起句を読み上げ、脳裏のイメージを反復する。
アラク様の眷属であり、邪神とも呼ばれた死を紡ぐ蜘蛛。
その強大な蜘蛛の魔物は、紫宝級の戦士を一瞬でバラバラにするほどの強力な風魔法を得意としていた。
巨大な台風を超密度に圧縮したかのような力を更に研ぎ澄ませた、万物一切を断ち切る鋭き風の刃。それが漆黒の短槍の穂先に顕現する。
『都牟刈!』
ズッ……
天叢雲槍から異様な気配が迸り、その穂先の延長に不可視の刃が生成された。
物体としての刃があるわけじゃない。空間が捻じ曲がったかのような景色の歪みが、刃の形に存在するのだ。
刃が作り出す景色の歪みを注意深く観察すると、不可視の刃の中を何かが凄まじい勢いで循環していることが分かる。
さらに刃を生成した瞬間から、恐ろしいほどの魔力が消費されていく。
ジュゥンッ!
試しに足元に向かって軽く槍を振ると、背筋の凍るような破壊音と共に、ほとんど抵抗を感じる事なく地面が断ち割れた。
その断面はまるで溶断したかのように赤熱化していて、滑らかなガラスのようになっている。
槍から発される気配に当てられ僕に注目していたみんなが、ごくりと喉を鳴らす。
「タ、タツヒト殿。その槍は一体……!?」
「--みなさん、ここを頼みます」
「ま、待てタツヒト!!」
かつて無い万能感に支配されたまま、僕はヴァイオレット様の静止すら振り切って陣地の外へ駆けた。
プルーナさんの防壁を飛び越え、再び突進の構えを取ろうとしていた巨大岩蚯蚓に接近する。
奴は僕に気づくと身を起こし、まるで蝿でも払うかのように、長大な尾の薙ぎ払いを放ってきた。
途方もない質量が鞭の先端のような速度で迫る。普通なら背筋も凍るような状況なのに、何故か全く恐怖を感じ無い。
僕は尾が僕を薙ぐ寸前に跳躍すると、自身の下を通り過ぎる巨体に向けて槍をひと薙した。
ジュゥンッ!
瞬間的に延長された不可視の刃が、大木のような太さの尾を抵抗なく通り過ぎた。
「ギッ……? ギギィッ!?」
巨大岩蚯蚓が、寸断されて吹っ飛んでいく自身の尾と、焼け焦げた傷跡に気付いて悲鳴のように歯を打ち鳴らす。
着地した僕はそのまま身体を撓め、雄叫びと共に地を蹴って巨大岩蚯蚓へ肉薄した。
「オォォォォッ!!」
ジュゥンッ、ジュジュゥンッ!
「ギギィィィィッ!?」
怯んだ隙を逃さず、その巨体を突く、薙ぐ、斬り下ろす。
触れるもの全てを断ち切る不可視の刃により、一撃一撃が身体強化の奥義である延撃のような必殺の威力を持つ。
僕の呼吸を忘れたかのような連撃は、巨大岩蚯蚓の強力な再生能力を上回り、その身を削り続けた。
奴は長大な身体を苦痛にくねらせながら、巨体を生かした薙ぎ払いや、初めて見せる岩石を打ち出す土魔法で反撃してきた。
しかし、最強の矛であると同時に最強の盾でもある不可視の刃の前に、すべては無意味だった。
薙ぎ払いを行ったその体は寸断され、岩石は刃先で撫でられただけで塵へと消えた。
「ギッ…… ギギィ……」
ほんの数分で、巨大岩蚯蚓の体には数えきれないほどの深い裂傷ができていた。
巨体から流れ出た大量の血液が巨大な水たまりを作り、僕らの足元を濡らしている。
長大だった体も、幾度も寸断されたことで随分短くなり、動きもだんだんと緩慢になって来ている。
僕は徐々に下がってきた頭部に向けて、トドメの一撃を放った。
「ゼァッ!」
硬質な甲殻をも抵抗く貫き、頭部の奥深くへ穂先が食い込む。仕留めた……!
ジュ--
勝利を確信したのと同時に、突如として限界は突然訪れた。
穂先の不可視の刃が消失し、強烈な脱力感に襲われる。魔力切れだ……!
自身を支配していた万能感までもが消え失せ、普段の思考が戻ってくる。
先ほどまでの自分の行動を思い起こし、背中に冷や汗が流れる。
ともかく急いでこいつから離れよう。そう思って槍を引き抜こうとした瞬間。
「--ギギィィィィッ!!」
巨大岩蚯蚓が身体中から血を噴き出させながら、凄まじい速度で動いた。
そしていまだに長大な体を僕の体に巻き付けようとする。
まずい……! 槍を手放して逃げようと試みるも、脱力した体は言うことを聞かなかった。
ギチィッ……!
「かはっ……!」
頭と左腕。そこ以外を大木のように太い胴体に締め上げられ、肺の中の空気が搾り出される。
身体強化で防御しようとするもろくに力が入らず、激痛とともに徐々に身体中の骨が折れ砕けてていく。
万全な状態の巨大岩蚯蚓なら、一瞬で僕を肉塊に変えられるはずなのに、その様子は無い。
お互い殆ど魔力切れのようだ。
「はっ-- タツヒト!」
「くそっ、ここからじゃあ延撃に巻き込んじまう!」
「待っているのだ! 今--」
巨大岩蚯蚓に締め上げられる僕を目にしたヴァイオレット様達が、必死の形相でこちらに走り寄ろうとする。
しかし、徐々に強くなる締め付け力により、僕の体は今にもペシャンコになりそうだ。骨だけでなく内臓も潰れたのか、胃の方から血が昇ってくる。
なんとか、なんとかしないと……!
右手の感覚は殆どないけど、まだ奴の頭部に刺さった槍を握っているようだ。
なけなしの魔力で、あと一発だけなら魔法を使える。ここから奴の体内に雷撃を放てば……
--いやだめだ。奴の体表はおそらく高性能な絶縁素材。電極が一箇所に刺さっただけの今の状態では、電流が流れない……!
あれ…… これ、死ぬかも……
「--使え!」
声と共に、視界の中に何かが飛来してくるのが見えた。
僕は唯一動く左腕を目一杯のばし、それを掴んだ。
霞む視界に映るのは、緑色の刀身と桃色の柄の夜曲刀だった。
エリネン……! 僕はその夜曲刀を思い切り巨大岩蚯蚓の体に突き立てた。
『雷、撃……!』
体に残ったなけなしの魔力。それを完全に使い切るように、両手の間に雷撃を放った。
右手に握った短槍、そして左手に握った夜曲刀が電極の役割を果たし、巨大岩蚯蚓の体内を電流が侵す。
ビグンッ!
いつもの空を割く音は全くしなかった。しかし効果は絶大で、巨大岩蚯蚓の体が大きく痙攣し、ぐったりと脱力した。
同時に僕も完全に魔力切れになったのか、体に全く力が入らず意識が遠のいていく。
「タツヒト!」
遠くにエリネンの声が聞こえた後、僕の意識は完全に途切れた。
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