第272話 大地を蝕むもの(4)
間が空いてしまいすみません。木曜分ですm(_ _)m
目の前の魔物の群れと、後方の負傷者。双方を瞬時に確認した騎士団長が前に出て叫ぶ。
「くっ…… 防衛戦だ! 怪我人の治療が終わるまで、青鏡級以上の前衛で巨大岩蚯蚓の牽制する!
残りの者はできるだけ取り巻きを減らしてくれ! ヨゼフィーネ殿を始めとした土魔法使いは、防衛陣地の構築を頼む!」
「「お、おぉ!」」
巨大岩蚯蚓の真正面に立った騎士団長に、僕、ヴァイオレット様、お頭さんが続いた。
更に僕らの左右を、ゼルさんや騎士の人達を始めとした緑鋼級以下の前衛が固める。
チラリと後ろを伺うと、負傷したカリスタ司祭を治療しているロスニアさん、そしてまだ起き上がれないエリネンを囲むように、後衛が控えている。
その内、ヨゼフィーネ大親方をはじめとした鉱精族の土魔法使いは、必死の形相で地面に手を翳していた。
「……よし! 半径10メティモルの地面を、わしらの影響下に置いたぞ!
プルーナの嬢ちゃん、浅い所は残してある! 取り巻き用の防壁を作っとくれ!」
「はい! 『軽石樹!』」
大親方の指示に、プルーナさんが魔法を行使した。
僕らを囲うように枝分かれする石筍が生え、腰の高さほどの防壁を形成した。
「「キキキキキィッ!!」」
数秒で完成した半径10mほどの防壁に、岩蚯蚓の群れが激突した。
プルーナさんの防壁はその凄まじい衝撃に耐え切るだけでなく、鋭利な石筍の先端で何十匹かの岩蚯蚓を刺し貫いた。
「うむ、いい腕じゃ! わしらはこのまま陣地を維持する。でかいのが動いたら、ほんのちょっとでいい。軌道を逸らしてやるんじゃ。
心配ない。嬢ちゃんなら出来る! 最後は騎士団長達が何とかしてくれるじゃろ!」
「……! わ、わかりました……! あっ……!?」
防壁の前でもたつく個体の上から、大きめの個体が防壁を乗り越えようとする。
しかし、後方から飛来した亜音速の矢に頭部を撃ち抜かれ、そのまま後方へひっくり返った。
「取り巻きは任せるであります!」
「残念! あんまり美味しくなさそうですわね!」
シャムを皮切りに、キアニィさんは投げナイフ、騎士の人達は弓で攻撃を開始した。
それでも迎撃が追い付かず、何十匹もの個体が防壁を超えてくるけど、ゼルさんや夜曲の人達が迎え撃ってくれる。
岩蚯蚓は地に開いた穴から止めど無く溢れてくるけど、紫宝級の巨大岩蚯蚓の方は動かない。まだ刺激しないほうがいいだろう。
『雷よ!』
僕も取り巻きを減らそうと、群れのど真ん中に拡散型の雷撃を放った。
雷撃を受けた比較的小さい個体、長さが人の身長以下の個体は煙を上げて動かなくなった。
しかし、それより大きい個体の多くに対しては、まるでその体表に弾かれたように雷撃が曲がってしまう。
「え…… あ、あんまし効いてない!?」
なんでだ? 邪神やその眷属みたいに、体表が金属の甲殻ってわけじゃなさそうだけど……
あの柔軟で頑丈そうな質感…… そうか、きっとゴムのような絶縁体なんだ。
……ん? でも絶縁体としての性能ってゴムより空気の方が高かったような……
「--いや、ともかく効かないんなら色々試すしかない……! 『爆炎弾!』」
バァンッ!!
ヤケクソ気味に放った火球は、岩蚯蚓の群れの只中に着弾し、爆風と炎を撒き散らした。
すると今度はかなり効果的で、爆心地にいた個体の体は千切れ、火傷を負った個体は大小問わずのたうち回っている。
「や、やった……! 火魔法は効くみたいです!」
『水刃魚群!』
「「キキィッ……!?」」
僕の魔法の直後にルイーズ魔導士団長も魔法を放ち、回転する水刃の群れが数十体の蚯蚓をまとめて細切れにした。
「水魔法もです! どんどん数を減らしていきましょう!」
「はい!」
「つっても、これ、キリがにゃいにゃ!」
防壁内に侵入してきた岩蚯蚓。それらを次々に切り伏せながら、ゼルさんが喘ぐように言う。
彼女の言う通り、僕らはすでにかなりの数を仕留めているはずなのに、襲いくる岩蚯蚓の数は一向に減らない。
地面に開いた穴から、まるで無限に湧き出てくるかのように岩蚯蚓が供給されているからだ。
討伐数と湧出数、それらが均衡した状態がしばらく続いた頃、焦れてきたのか再び巨大岩蚯蚓が動き始めた。
「ギギィッ……」
耳を塞ぎたくなるような短い鳴き声。まるで退けと言われたかのように、蚯蚓たちが巨大岩蚯蚓と僕らの直線上から退避した。
「お、おぅ! でかいのがまた突っ込んで来そうやで!」
「向かって左に逸らします! 前衛の皆さんは右側へ! 『地よ!』」
プルーナさんの指示にしたがって僕らが移動したのと同時に、極々背の低い、しかし分厚い帯状の突起が地面から生え始めた。
上から俯瞰すると、円形の防衛陣地の内側に、ゆるく湾曲した袈裟斬りのようなラインが出現したように見えるはずだ。
そして突起の生成が完了した瞬間、巨大岩蚯蚓の体が僕らに向かって射出された。
ゴォッ!!
一瞬で距離を詰めた巨大岩蚯蚓が、円形の防壁を紙のように砕いて防衛陣地に侵入した。
--ザガガガガッ……!
だが、防壁内はこちら側の魔法使い達の影響下だ。自在に地面を操っていた巨大岩蚯蚓の突進は、地面との摩擦によって急激に減速し始めた。
加えてプルーナさんが生成した突起が、奴の突進を逸らすレールのような役割を果たした。
こちらに向かって真っ直ぐ突っ込んでいた奴の進行方向が、僕らから見て左へわずかにずれる。
だが、まだ足りない。このままでは、後ろに庇った後衛と怪我人が轢き殺されてしまう……!
「だめ……! そ、逸らしきれな--」
「任せよ! 皆、合わせてくれ!」
「「おぉ!」」
騎士団長の号令に、青鏡級以上の全員が一斉に動き、巨大岩蚯蚓の横っつらへ攻撃を加えた。
ドフッ!!
「ギッ……!?」
手練四人の渾身の攻撃により、僕らはやっと奴の進路を逸らすことに成功した。
誰も轢き殺せぬまま防衛陣地の左後ろへ通り抜けた巨大岩蚯蚓は、塒を巻きながら制動をかけ、どこか悔しそうにこちらに向き直った。
その身には僕らの攻撃によっていくつもの裂傷が出来ているけど、あまり堪えた様子は見られない。
「逸らせたか…… しかし、私の棍では攻撃の効果が薄い……!」
「せやけど、やっぱり切る攻撃は通るわ! このまま削っていくで!」
「了解です! へ……!?」
シュゥゥゥ……
予想外の光景に、思わず変な声を出してしまった。奴の体の裂傷が、逆再生のように見る見るうちに塞がっていくのだ。
まるで回復魔法…… こいつ、幾つ隠し球を持っているんだ……!?
同じ感想を持ったのか、ヴァイオレット様が治療中のロスニアさんを振り返って叫ぶ。
「ロ、ロスニア! 魔物が治癒魔法を使っているぞ!?」
「そんなっ…… ありえません! 治癒魔法は、洗礼を受けて聖職者になった者しか使えないはずです!」
「だとしたら、単純に再生能力が高いのか……!?」
ほんの数秒で無傷の状態に戻った巨大岩蚯蚓は、暫く僕らを観察した後、また陣地への突進を敢行した。
奴は特に工夫を加える事なく突進を繰り返し、僕らも最初と同じようにそれを逸らす。
そんな事を幾度となく繰り返す内、防衛陣地の中にじんわりと絶望感が漂い始めた。
まだ奴の突進を防げているけど、僕らの内の誰かがミスったり魔力切れになればもうどうにもならない。
加えて、地面の穴から湧き出る岩蚯蚓の群れはまだ途切れず、それらの迎撃を続けてくれているみんなにも疲労の色が見え始めた。
龍穴のすぐ近くであるここは、確かに魔力の自然回復速度が早いけど、このペースでは確実に消費速度の方が早い。
逃げることもできず、圧倒的物量を前にじわじわと体力と魔力を減らされている状況だ。
本当にまずい…… このままじゃ、怪我人の治療が終わる前に削り殺される……!
冷や汗が頬を伝って地面に落ちたその時。
『--やれやれ、一度だけじゃぞ?』
僕の耳に、甘やかで老獪な少女の声が届いた。
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