第027話 井戸端会議(2)
爆弾を投下したイネスさんとエマちゃんは、水汲みを終えるとさっさと帰ってしまった。
二日酔いに加え、記憶に無い自分の所業を聞かされるダブルパンチは辛い。
散歩する気力も無くなったので村長宅に帰ろうかと思ったら、村を流れる水路のところにエマちゃんのお父さん、ダヴィドさんを見つけた。
水路の周りには他にも何人か男の人がいる。
昨夜は大分酒場で騒いでしまったようなので、一言だけお礼とお詫びを言っておこう。
「おはようございまーす」
水路まで歩いて行きガラガラ声で挨拶する。
「おー」
「やぁ、おはよう」
するとみんな少し眠そうに返してくれた。
みんなして髭を剃っているようだ。
「ダヴィドさん、昨日はありがとうございました」
「あぁ、こちらこそご利用ありがとう。いやぁ、すごいものを見せてもらったよ。30人くらいいたかな? そのほとんど全員に対してあんなにスラスラ褒める言葉が出てくるなんて、ちょっとした特技だよ」
ダヴィドさんも頬に直刃のカミソリをなぞらせながら答えてくれた。
「あははは…… 実はその、お酒のせいか全く覚えてなくてですね…… さっきイネスさんやエマちゃんに教えてもらいました。騒がしくしてしまったみたいですみません」
「だいぶ飲まされてたみたいだったからしょうがないよ。でも、昨日は飲み方としては綺麗なものだったよ。いつもはみんな脱いだり吐いたりで大変なんだから」
ぬ、脱いだり!?
「いたっ」
そこんとこ詳しく! と聞こうとしたらダヴィドさんが声を上げた。
彼の頬にはうっすらと切り傷ががついて、そこから血の玉が浮きてでいる。
「あ、すみません邪魔してしまって。大丈夫ですか?」
「あぁ、ほんのちょっとカミソリで切っただけさ」
手に持った直刃のカミソリを僕の方に見せながら彼は言った。
傷を増やしてしまっては申し訳ないので、黙って作業を見守る。
彼はそのまま水面を鏡にしながら残りを剃り上げ、木桶の水で顔とカミソリを濯いだ。
「ふー終わった」
布で顔を拭きながら息を吐くダヴィドさん。
「髭剃りって大変ですね。僕まだ生えて来ないんですよ」
僕は自分のつるんとした頬をなぞりながら言った。
脇もまだだし、何なら下の毛すら生えていない…… なぜだ。
父さんや兄さんはむしろ男性ホルモンドバドバなタイプだから、顔つきも含めて多分母さんの遺伝子が強いのかもしれない。
母さんは40代なのに今だに中学生に間違われるくらい童顔で小柄なので、父さんと一緒に歩いているとよく通報されてたな。
「まあね。今みたいに肌を切ってしまったり、剃った後に荒れたりで大変だよ。でも剃らないわけにもいかないしね」
「タツヒト君も、毎日剃らないと将来の妻達に嫌われてしまうかもしれないよ?」
「結構技能が必要ですよね。私なんかカミソリを研ぐのも剃るのも下手なのでいつも傷だらけですよ」
「これから冬になるから、特に荒れやすくなって大変です……」
ダヴィドさんの言葉に、周りの男性達も口々に髭剃りに関する不満を話し出した。
彼らがこんなに髭剃りを頑張る理由には、何というか文化的背景があるっぽいんだよね。
この国の一般的な家庭は、亜人と只人の男女の三人で結婚して出来上がる。
で、只人より亜人の方が身体能力が高いので、亜人の方が稼ぎや社会的地位が高い傾向にある。
それはこの国の永代貴族の党首が全て亜人だという話からも明白だと思う。
地球の感覚だと少し奇妙だけど、只人の男は亜人にとっては庇護対象で、男女の役割がほぼ逆転しているように見えるんだよね。
只人の男女間に関しては、亜人の下で同僚をやってますって感じだ。
いや、家庭内において亜人と只人の女性は義理の姉妹関係にあって結び付きも強いから、むしろ只人の男の立場は一番下なのかも……
ここからは推測だけど、亜人の人も庇護する対象は身綺麗な方がいいはずだ。
なので只人の男が身だしなみをよりきちんとする文化になっていって、髭を剃るのも当たり前になったのだと思う。
思えばこの世界、というかこの国に来てから、髭を生やした男性を見たことが無い。
もちろん亜人も只人の女性も身綺麗にするんだけど、こっちの男性は地球のに比べて綺麗好きで優男の割合が多いように思える。
エマちゃんのお父さんのダヴィドさんもそうだけど、村にいる男の人って、大半が線が細くてあまり戦うタイプには見えないんだよね。
え、ボドワン村長はどうなんだって? いや、あれは異常値だから……
ちょっと脱線したけど、村の男の人の大半は毎日の髭剃りに辟易しているみたいだ。
うーん。何かいい方法ないかな。
あ、そういえばヴァイオレット様は僕の異世界知識を期待してる節があったけど、やべっ、何もやってないぞ。
よし、多分この領の男性みんなが困ってることだろうし、ちょっと考えてみるか。
条件を確認してみよう。
髭剃りは毎日必ずする必要がある。
髭を剃る際に傷がつきにくく、なるべく技能が要らないようにしたい。
上記とも被るけど、髭を剃る時に肌が荒れないようにしたい。
そして、カミソリを研ぐのになるべく技能が要らないようにしたい。
……あ、すでに地球世界に成功例があるじゃん。
でもこの世界で再現するとなると、特に刃物のところがネックか。
「タツヒト君、黙り込んでどうしたんだい?」
考え事に没頭し始めた僕にダヴィドさんが声をかける。
いや、もしかしたらそれも何とかなるかも。
手元にはさっきもらった多めの報酬、そして解体場には鋭いカマを持つカマキリの死骸、今朝の朝食のじゃがいも……
これは…… 行けるのでは?
「整いました!」
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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