第269話 大地を蝕むもの(1)
月曜分ですm(_ _)m
巨大な青鏡級の首伸鶏を片付けた僕らは、食事休憩を挟んでからまた魔窟を下に降り始めた。
ちなみに、首伸鶏のテリマヨ焼きはみんなに大好評だった。
好評すぎて、用意してきたマヨネーズと照り焼きソースを使い切ってしまい、それを耳にしたヴァイオレット様とキアニィさんはガックリとうな垂れていた。
地表に戻ったらまた作って差し上げますから……
そして次の階層に進んだ僕らが目にしたのは、魔窟の中にあってもかなり異様な光景だった。
魔窟の構造は結構バリエーションに富んでいて、ここのようにオーソドックスな洞窟的なものもあれば、広大な渓谷、果ては大森林のような異常な地形まであるそうだ。
しかし、僕らの前にあるのはなんというか、漫画に出てくるチーズのような構造の空間だった。
広い広間の床、壁、天井。そのあちこちに、綺麗な円形の穴がいくつも開いているのだ。
穴の直径は5mほどのものから数cmほどのものまで様々で、床に空いた一番大きな穴は、底が見えないほどには深いようだ。
「こ、これって、魔窟本来の構造じゃないですよね……?」
僕は周囲を警戒しながらも、チラチラと上の方を見た。天井の方も穴だらけなので、崩落してこないかものすごく不安に思えたのだ。
「うむ。これでは上に存在する土砂どころか、天井の重量すら支えきれまい。全くもって危なっかしい……
魔窟が自分でこの構造にしたのではなく、何か別の存在がこのような状態にしたと考えるべきじゃろうな」
「でも、魔窟の強固な土魔法に干渉してこんなに穴だらけにするなんて、よほど高位階の魔物ですよね……
そんな魔物が沢山いるとは考えにくいです。魔窟の修復能力を考えると、何度も開けられた穴を魔窟が塞ごうしている結果が、この光景なのでしょう。
修復が全く間に合っていないようですけど……」
土魔法の専門家であるヨゼフィーネ大親方とプルーナさんの発言を受け、イヴァンジェリン騎士団長が口元に手を置いて考え込む。
「ふむ…… つまり、魔窟の土魔法に簡単に干渉でるほどに高位階の魔物。それが少なくとも一体存在し、魔窟の中を荒らしまわっているということか。
ヨゼフィーネ殿、この床の穴は--」
「んにゃ……? おみゃーら! 通路まで走るにゃ!」
騎士団長の発言を遮って叫ぶゼルさんに、全員が聞き返すことなく退避し始めた。
僕はプルーナさんを小脇に挟み、ロスニアさんはキアニィさんに手を引かれている。
すると、全員が広間から通路に退避した一瞬後で、洞窟内では絶対聞きたくない音がし始めた。
ズズッ…… ドゴゴゴォッ!!
魔窟全体を震わせるような振動と轟音。広間の天井が崩落し、僕らのいる通路まで瓦礫が傾れ込む。
崩落によって広間は完全に埋まってしまったけれど、連鎖的に全体が崩れるということは無さそうだ。
粉塵が漂う中、全員が呆然と広間の方を見つめる。
「--あ、危なかった……」「ほら、手ェかすで」
沈黙を破ったのは、逃げる際に転倒してしまった騎士の一人だった。その彼女を強面の夜曲の人が助け起こすの見て、全員が我に返った。
「お、お怪我は無いですか!? 他の皆さんも、負傷していたら知らせて下さい!」
「皆、欠員がいないか周りを確認せよ!」
ロスニアさんと騎士団長の声を皮切りに全員が動き始め、すぐに怪我人も欠員も居ないことが確認された。
「全員無事みたいですね…… 良かったぁ。ゼルさん、ありがとうございます。おかげでみんな命拾いしましたよ」
「にゃはははは。いいってことにゃ。ウチは耳がいいんだにゃ。 --しっかし、来た道が潰れちゃったにゃあ」
「せやなぁ…… まぁ、魔窟が生きとる間は修復機能が働くし、他にも帰る道はあるはずやわ。このまま進んでもうて構へんやろ」
広間の方を見て眉をハの字にしているゼルさんに、エリネンが明るい調子で返す。
「うむ、エリネンの意見に賛成だ。しかし今はそれよりも…… 魔窟を容易く穴だらけに、崩落を招くする存在。おそらくその魔物が、このところ頻発している地震の原因だろう」
ヴァイオレット様の言葉に、全員がハッと息を飲んだ。
なるほど。確かに、さっきの崩落は大した規模じゃなかったけど、もっと大規模な崩落が起きればその振動は都市まで伝わるだろう。
穴だらけの広間はきっとあそこだけじゃ無いだろうし、下層のそこらじゅうで起きているのであればあの地震の頻度も納得だ。
ん? けどそれって…… 僕の思考がまとまる前に、ヨゼフィーネ大親方が深刻な表情で口を開いた。
「--そうじゃろうなぁ。魔窟と地震とがいまいち結び付かんかったが、あんなふうに無茶苦茶しよる奴がいるのでは、起こって当然じゃろう。
加えて言えば、地震は規模も頻度も激しくなるばかりじゃ。放っておいたら、魔窟が地脈に接続するよりも先にこの辺全体が崩落して、上の首都までそれに巻き込まれかねんわい。
魔窟討伐も大事じゃが、あの穴を作った魔物の討伐も急務じゃろうて」
大親方の言葉に、僕らは残り時間の少なさを改めて認識することになった。
その後の探索は、さらに高難易度のものとなった。
これまで以上の頻度で青鏡級の魔物が出現し、さらに通路や広間に大小の穴がボコボコ空いているのだ。
単純に足場が悪いし、いつまた天井が崩落してくるとも分からない。実際に何度か崩落に巻き込まれそうになった。
そんな状況では攻略の速度を保つことは叶わず、僕らが主の部屋の前に到達したのは、魔窟に入って二週間ほど経過した頃だった。
他の魔窟同様、主の部屋への入り口は歪んだ光のカーテンのようなものに遮られ、向こう側が窺い知れない。
途中でショートカットしてしまったので推定になるけど、階層は想定通りおよそ200階層。
全員疲労は蓄積しているものの、幸い三パーティー計22名の全員が欠けることなくここへ辿り着いた。
今は全員、主の部屋の前の広間で決戦前の休憩をしているところだ。
僕も頭と体を休めるためにぼーっとしていると、突然隣に人が座った。横を見ると、エリネンだった。
彼女も少し疲れた表情をしているけど、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「よぉタツヒト、いよいよやな。びびって震えとらへんか見に来てやったで」
「ふふっ、残念。それが意外と大丈夫なんだよね。
冒険者をやり始めてまだ二年も経ってないけど、その間だけでも何度死にかけたか分からないからなぁ…… ちょっと感覚がおかしくなってるのかも」
僕がひょいと肩を竦めると、彼女は少し目を見開いた。
「そ、そうか…… シャムもプルーナも全然びびっとらへんし、おまはんら全員肝が据わりすぎとるわ……」
「ははっ、あの二人も修羅場くぐってるからね。エリネンは? 体調とか大丈夫?」
「ちょいと疲れとるけど問題あらへん。 --せやけど、正直ちょっとびびっとんねん。そうやさかい、ちょっと話に付き合うてくれへんか……?」
普段は凛としているエリネンが、膝を抱え、少し目を逸らしながらそんな事を言った。
僕はそんな様子に今すぐ彼女を抱きしめたい衝動に駆られたけど、なんとか堪えた。
「--もちろん。いくらでも」
それから僕らは、小一時間ほどくだらない雑談をした。
そろそろ風呂に入りたいとだか、帰ったらこれが食べたいとか、そんな取り止めもないことばかりを話した。
多分、お互いすごくリラックスしていて、僕は学校の休み時間に友達とダベるような心持ちになっていた。
「そういえばさ、結局魔窟を穴だらけにしたっぽい奴には遭遇しなかったよね。やっぱり主がそうなのかな……?」
「さぁなぁ。せやけど、主いうもんは主の部屋から動かへんもんやないんか?」
「うーん。大抵はそうなんだけど、必ずしもそうじゃないんだよねぇ……
主が穴を開けて回ってる奴と別だった場合、主を倒した後、魔窟本体の前にそいつを探して討伐しないなぁ」
「へっ、そいつぁえらいこっちゃ。せやけどまぁ、それやったら、もうちょいおまはんと一緒におれるなぁ……」
「そうだねぇ…… --え?」
驚いてエリネンの方を見ると、彼女も顔を赤くして目を見開いていた。
「……! あぁ、いや、その…… ほ、ほれ、騎士団長はんが動き始めたで。そろそろ始まるんとちゃうか……!?」
「う、うん」
そそくさと立ち上がってしまったエリネン続き、僕も騎士団長の元へ向かった。
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