第266話 地下街の魔窟(2)
木曜分ですm(_ _)m
一見洞窟のような魔窟の中は、壁自体がうっすらと発光しているかのように明るく、通路は広々としていた。
その入ってすぐの一本道を、魔窟討伐部隊である国軍精鋭パーティー、夜曲精鋭パーティー、そして僕ら『白の狩人』の三パーティーが高速で駆ける。
そして僕らの後ろからは、万に達する魔窟補強部隊の行進音がドカドカと聞こえてくる。
ただ数の多い彼女達は、あまり高速で走ると部隊内で衝突事故が多発してしまう。二つの部隊の距離は、徐々に離れてきていた。
「こんなに大勢で魔窟に入るのは初めてだなぁ…… 僕らの重さで崩れなきゃいいけど」
「その心配はありませんよ。魔窟の構造は、魔窟が自身の土魔法で強固に維持してます。
本体が討伐されて、魔窟が崩壊する段階なら分からないですけど、今は大丈夫なはずです」
僕の独り言に、背中に背負ったプルーナさんが反応してくれた。土魔法の専門家らしいコメントだ。
今回の魔窟討伐はRTAなので、討伐部隊の僕らは高速移動する必要がある。
僕がプルーナさんを背負い、隣ではヴァイオレット様がロスニアさんを背負って走っている。
他の二パーティーでも、同じように戦士型が魔法型を背負って走っている。
「そりゃそうか。さっすがプルーナさん。ありがと」
「はい!」
その後もひたすらみんなで走っていると、前方に最初の分かれ道が現れた。
以前100階層超えの魔窟を踏破した時を思い出す。あの時は一緒に潜ったカウサルさんというやり手の風魔法使いが、魔法で素早く正解の道を示してくれていた。
ここに彼女が居てくれたらと思うけど、今回は凄腕の土魔法使いが同行してくれている。
「婆さん! 分かれ道や!」
「わかっとるわい!『導の碑』」
今回は夜曲の精鋭パーティーとして参加している工婦組合の大親方。鉱精族のヨゼフィーネさんが、自身を背負う夜曲の人に怒鳴り返しながら魔法を行使した。
彼女が生成、射出した二つの小さな石礫がそれぞれ分かれ道の入り口に突き刺ささる。すると。
ビキキッ……!
それぞれの着弾点に石筍が生え始めた。ほんの数秒で成長が止まった石筍達は、右の道の方が膝丈ほどで、左のものはその二分の一ほどの高さしか無い。
事前に受けた説明だと、この魔法は地面への干渉のしやすさの差異により、魔窟本体への最短経路を見つけるものらしい。
本体に繋がる道の地面は、本体による土魔法の影響をより強く受けているので、他の術者の魔法が通りにくいのだ。つまり正解の経路は--
「うむ! 左じゃ!」
「よっしゃ! おまはんら、左やで!」
「「おぉ!」」
ヨゼフィーネさんの魔法のおかげで、僕らは立ち止まる事なく分かれ道を左に進んだ。
これなら、いちいち立ち止まって魔窟の呼吸の風向きを確かめる必要が無いし、後続への道標にもなる。
後続の魔窟補強部隊は、魔窟の浅い層を優先して補強していくのが基本方針だから、彼女達の何割かは石筍を見て右に進むはずだ。
なので『導の碑』は、今回のようなケースではとても重宝する魔法なのだ。
「さすが長命種。便利な魔法を使うね」
「……確かに、干渉抵抗の差異はそこまで大きく無いはずなのに、それを増幅してあんな風に視覚的に分かりやすく示しています。高度な技術に基づく有用な魔法だと思います。
でもタツヒトさん。200階層を超える魔窟、その全体の崩落を防ぐ手法の方がすごいと思いませんか?」
後ろの方。背中に背負ったプルーナさんから、ちょっと硬い声が聞こえてくる。
「そ、そうだね。それは本当にすごいよ。プルーナさんがいなかったら、そもそもこの作戦は始まってすらいなかっただろうし」
「……えへへ。ありがとうございます!」
僕の言葉に、彼女は途端に嬉しそうに身を寄せてくる。可愛いなぁもう。
しかし数百年は年上の相手に対抗意識を燃やすとは…… この人も結構大物だよね。
幾度か分かれ道を曲がり、数階層降りる頃には、後続の魔窟補強部隊の足音も聞こえなくなっていた。
そして通路を抜けた先の広間のようになっている所で、やっと最初の魔物と遭遇した。
「「グルルルッ……」」「「ゲギャッ、ゲギャギャッ!」」
広間に入ってきた僕らを威嚇しているのは、数体の食人鬼と、その取り巻きらしき数十体の小緑鬼だった。
「なっ……!? 報告には聞いていましたけど、こんな浅い階層に黄金級の魔物が居るなんて……!」
「ん…… おい! 見てみぃ、壁際!」
「あぁ、何という事じゃ……」
お頭さんの指す方に視線を移すと、魔物達の背後の壁際、そこに兎人族と鉱精族らしき遺体が無造作に転がっていた。
魔物に食い荒らされて人数すら判然としない有様だけど、おそらく魔窟発見時に行方が分からなくなっていた人達だろう。
自然と槍を持つ手に力が入り、隣にいるエリネンが歯軋りをする音が聞こえた。
「……後続の露払いだ! 殲滅する!」
「「おぉ!」」
最初に動いたのは、前衛四名、後衛三名からなる王国軍の精鋭パーティーだった。
リーダーのイヴァンジェリン騎士団長は、この辺ではあまり見ない棍の使い手だ。
「ぬぅん!」
パァンッ!
青鏡級の入り口に立った僕の目でも追いきれない異次元の踏み込み。
それを持って放たれた彼女の突きは、食人鬼の頭部を跡形もなく吹き飛ばした。
ほんの一瞬騎士団長の動きが止まり、小緑鬼達が殺到する。
しかし、彼女の後ろにはルイーズ魔導士団長が控えいた。
『水刃魚群!』
彼女ががそう唱えると、その周囲に極薄の水で形成された円盤が十数個出現した。
魔法名の通り優雅に、しかし高速で空を泳ぐ魚群は、そのまま唸りを上げて小緑鬼達の只中に突入した。そして。
「「ギャァァァッ!?」」
美しい見た目に反し、高速回転する水の円盤は凄まじい切れ味を持っていた。小緑鬼の群れは、あっという間に細切れにされてしまった。
夜曲の精鋭パーティーの方に目を移すと、すでにお頭さん前には切り伏せられた食人鬼が数体転がっていた。
両手に夜曲刀を構える様には、まるで明王のような凄みを感じる。
彼女が連れてきた夜曲の手練の三人と、鉱精族の三人も、次々に夜曲刀と土魔法で魔物を屠っていく。
もちろん、彼女達の戦い振りを横目に、僕ら『白の狩人』とエリネンも魔物を狩っている。
時間にして約一分後。黄金級の魔物を含む数十体の魔物の群れは、僕らの手で完全に沈黙した。
「ふぅ…… 戦闘終了、であります!」
「うむ。やはり王国軍も夜曲も層が厚い。あなた方がいれば、必ずやこの魔窟も踏破できるだろう」
転がる魔物の死骸を前に、元気よく終了宣言をするシャム。そしてその彼女の頭を撫でながら、ヴァイオレット様が騎士団長とお頭さんをヨイショする。
「へっ、おおきにな。せやけど、それはワシらの台詞やろ。おまはんらが戦う姿は今日初めて見たけど、どないなっとんねん、全く……」
「然り。その年でその位階、技量…… 末恐ろしいという言葉では表せぬほどだ。是非騎士団に欲しい」
「ふふっ、過分な評価に感謝する。だが--」
おぉ、ヨイショ合戦が始まった。ここは元貴族令嬢のヴァイオレット様にお任せしよう。
そう思って話の輪から一歩引くと、エリネンが僕らから離れて壁際に歩いていくのが見えた。
「エリネンさん……」
隣にはいつの間にかロスニアさんがいて、僕と同じくエリネンを見ていた。僕らは頷きあうと、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
エリネンは、無惨に食い荒らされてしまった人達の前にしゃがみ、手を合わせて一心に祈っている。
心情的には今すぐ家族の元へ返して差し上げたいところだけど--
「エリネン。残念だけど今は……」
「わかってるわ。やから、こうして手ぇ合わせるだけや。 --後で必ず戻ってくるさかい、堪忍な……」
「彼女達の魂に安らぎが在らんことを。真なる愛を」
三人で暫し祈りを捧げてからみんなの方を振り返ると、いつの間にかみんなも黙祷を捧げてくれていた。
「--行きましょう。先は、長いはずです」
僕の言葉に、全員が真剣な表情で頷いてくれた。そして誰ともなく、広間の先、魔窟の奥へと歩みを進め始めた。
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