第265話 地下街の魔窟(1)
水曜分ですm(_ _)m
王城前広場から伸びる広々とした通り。その先には、10人は並んで降りれる地下街への大きな入り口がある。
僕ら『白の狩人』と夜曲のお頭さん達、それから国軍のリーダー格の人達を先頭にした隊列が、その入り口に向かってぞろぞろと進んでいる。
それを、通りに出てきた住民の方々が不安そうに見つめていた。
今回の件、一般の方々には地表では都市に魔物の大群が殺到していることと、地下街にも強力な魔物が出現したとだけ説明しているそうだ。
ただ、万に達する数の僕らが、魔物の大群が迫る都市防壁ではなく地下街に向かっているのだ。
よほど強力な魔物なのか、それとも別の何かか…… 一般の方々からしたら、地下街の脅威の方が不気味に感じられるはずだ。
「みなさん、とても不安そうですね……」
「ああ。だが、足元に推定200階層もの魔窟があるなど、軽々に知らせるべきでは無い。どれほどの混乱が生じるか、想像に難くない」
街のそんな様子を目の当たりにして鎮痛な面持ちのロスニアさんに、ヴァイオレット様が小声で応えた。
純粋に市民感情を慮る聖職者と、為政者側であった元騎士の二人なので、見方が違って当然だろう。
ズズン…… ズガァァァン!!
そうしている間にも、アシャフ学長が放つ魔法が都市防壁の外を薙ぎ払う音が聞こえてくる。
魔術師協会の尖塔から空に掛かる光の帯を、通りに並ぶ子供達は無邪気な笑顔で、大人達は畏怖の表情で見上げている。
一方、僕らの中でも特に耳がいいゼルさんは、顔を顰めてうるさそうに猫耳を抑えている。いや、チーター耳か? いずれにせよ可愛いけど。
「うにゃー、耳がキンキンするにゃ。でもアシャフのやつ、王様にめちゃくちゃ偉そうな口聞くだけあるにゃ。
あんなのすげーの撃てるにゃら、そりゃあふんぞり返っていられるにゃ」
「あら。貴方なんてマリアンヌ陛下を殴り飛ばしたじゃなぁい。ということは、彼女より凄いのを隠しているのかしらぁ?」
「ふふっ。あの時のゼルさん、真剣に怒ってくれてましたよね。僕はちょっと嬉しかったですよ」
キアニィさんと僕の茶々に、ゼルさんは途端に渋い顔になってしまった。
「--おみゃーら、それもう本当に忘れて欲しいにゃ。その話もう味がしにゃいにゃ……」
国家の危機に遭遇するのはこれでもう三度目くらいだ。慣れというのは恐ろしいもので、この極限状態においても僕らは自然体で構えていられる。
一緒に行軍している人達が緊張した面持ちでいる中、僕らはそんなふうに雑談しながら移動し、地下街へと入った。
お頭さんが先ぶれを出してくれていたので、地下街にもこの街に迫る脅威のことは伝わっていたようだ。
地下一階には普段の倍くらいの人数の人々が居て、広場にはテントの準備などもされ始めている。
多分、下層の住人達を一時的に上層や中層に避難させているんだろう。地下街でも人々の様子は変わらず、みんな不安そうだ。
人口密度はすごいことになっているけど、夜曲の人達が交通整理してくれたので、僕らはスムーズに魔窟の入り口、地下八階の雨水貯留槽に到着することができた。
深さ数十m、縦横100m以上はある巨大な雨水貯留槽には、現在その所々に煌々と灯火が炊かれている。
おかげで、以前は真っ暗でよく見えた全景、広大な空間に規則正しく石の柱が立ち並ぶ神秘的な様子がはっきりと見えた。
そして貯留槽底部の中央付近には魔窟の入り口が変わらず存在していて、その周りを夜曲らしき人達が見張ってくれている。
魔物の死骸を片付けている人もいるので、僕らが去ってからもちょこちょこ魔物が這い出て来ていたようだ。やっぱり、早くなんとかしないとな……
そのまま階段を降りて魔窟の入り口前まで行くと、彼女達が僕らに向かってビシリとお辞儀した。
「お頭、皆はん。ご苦労さんです。何匹か出てきよりましたけど、わしらで始末できるくらいの連中でしたわ」
「おう。ご苦労やったな、おまはんら」
「私からも礼を言おう。よくぞここで防いでくれた」
「へ、へい。どうもおおきに……」
お頭さんの隣にいた騎士団長閣下にまでお礼を言われ、夜曲のお姉さんが面食らっている。
団長は彼女に頷き返すと、僕らの後ろに控えていた騎士団、魔導士団、魔法型冒険者などの、万に及ぶ混成部隊を振り返った。
「よし。これより騎士団と魔導士団の指揮は、各団の副長に引き継ぐ! 各員、副長の指示に従い再編成を進めよ!」
「「は!」」
騎士団と魔導士団が、慌ただしく魔窟補強部隊の編成を進める中、僕ら魔窟討伐部隊も準備をし始めた。
「いつものように戦士型が魔法型を背負って走ったとして…… 今回の魔窟は下手したら一ヶ月くらいかかるかぁ」
僕は背嚢に水や食料なんかを詰めながらぼやいた。魔窟都市で100階層ちょっとの魔窟を討伐した時は、確か往復で二週間ほどかかったはずだ。
ちなみに、これらの物資は騎士団が急遽備蓄を解放してくれたものだ。正直食料の味には期待できないけど、あるだけ有難い。
「だろうな。中で魔物を狩るにしても、食料や水がかなり嵩張るな…… おっと、二人の分も詰めてやらねば」
ヴァイオレット様が補強部隊の方に目をやりながら、背嚢を二つ手元に引き寄せた。
それを手伝いながら彼女と同じ方を見ると、シャムとプルーナさんが自分達の魔法陣の説明をしているところだった。
「みんなに配った筒陣の中に、シャムとプルーナが作った魔法陣が入っているであります!
魔法名は『軽石樹』、基本的に地面に使うことを推奨するであります!」
「魔力を込め続ければ、石筍はどんどん枝分かれして成長していきます。
通路、または広間の床から天井にしっかり接合するまで、十分に石筍を成長させて下さい。
あ、魔窟討伐部隊の帰り道だけは、人が退避できるくらいの隙間を残して下さいね」
二人がハキハキと実演を交えながら行っている説明を、魔道士団の面々は真剣な面持ちで聞いている。
そりゃそうか。あの魔法を使いこなせるかどうかで、討伐後に魔窟がどの程度崩落してしまうかが決まるのだ。
最もそれも、僕らが主を倒して魔窟を討伐しない事には始まらない。 --今更になってちょっと緊張してきたぞ。
部隊編成や物資のパッキングやらの諸々の準備が終わる頃、僕らのところに夜曲の精鋭であるお頭さん達と、一人、覆面を被った人物が近寄ってきた。
覆面を突き破ってウサ耳がぴょこっと出ているから、中身は兎人族なんだろうけど-- あれ、もしかして……?
「おぅ、タツヒト。準備できたんか?」
「あ、はい、終わりました。あのお頭さん、そちらの方は……?」
「あー、こいつがどーしてもおまはんらに着いていくゆーてな…… 悪いが、面倒見てくれへんか?」
「面倒ってなんやねん、面倒って」
不服そうにお頭さんに文句を言う声は、ここ数ヶ月で非常に聞き馴染んだものだった。
「その声…… やぱりエリネンか。てっきり、上層の警備に就いてると思ってたよ」
「そっちは頼りになる下のもんに任せて来たわ。 --ウチもおまはんらと一緒に行く。嫌とは言わせへんで?」
そう言われて、ちょっと悩む。戦力が増えるのは有難い。そして彼女とはそれなりの期間一緒に戦ってきたので、連携は問題ない。
でも、今の彼女の位階は黄金級の上位といったところ。紫宝級と予想される魔窟の主との戦いに参加するのは結構厳しい。
シャムとプルーナさんも同程度の位階だけど、彼女達は後衛だ。前衛のエリネンとは危険度が段違いなのだ。
あと、もし騎士団長達に顔を見られてしまったら、流石にエリネンと王女殿下が似ていることに気づいてしまうだろう。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど…… その、かなり危ないよ? それに戦ってる内に覆面が剥がれでもしたら--」
「あほ。んなことわかっとるし、今はウチの顔がどーのこーのゆーとる場合やあらへんやろ」
「エリネン。心配だから着いていくって、素直に言えばいいんだにゃ」
「う、うるせぇ! おのれらが頼りにならへんさかい、しゃあなしに着いていったるんや! ありがたく思わんかい!」
ゼルさんの茶々に、エリネンさんが吠える。彼女らしい不器用な言いように、僕は思わず頬を歪めてしまった。
「そっか…… ありがとう。じゃあ、よろしく頼むよ」
「お、おう……」
僕が差し出した手をおずおずと握るエリネン。
今回の作戦では、魔窟討伐部隊の危険度が一番高い。そこにお頭さんや僕らが参加するのに、自分がその場にいないことを彼女は許せないのだろう。本当に義理堅い人だ。
エリネンと握手をし終わった所で、今度は騎士団長達が近寄ってきた。彼女達も準備を終えたのだろう。
「タツヒト殿、リアノン殿。準備は万端のようだな。ん。そちらは……?」
覆面の人物を不審そうに見る騎士団長。僕は慌てて団長とエリネンの間に入った。
「えっと、急遽夜曲の方から加わってもらったエリネンです。
ちょっと彼女は恥ずかしがり屋でして…… でも、腕は確かですよ」
「あー、その、よろしゅう……」
「そ、そうか…… よし、では行くとしよう。我々魔窟討伐部隊はこれより魔窟に入る! 補強部隊は我々に追従しつつ広範に広がり、石筍による通路等の補強に努めよ!」
「「は!」」
騎士団長の号令に、後続の魔窟補強部隊が応えた。
それを見届けた彼女と僕らは頷き合い、巨大な怪物のように音を立てて大気を吸い込む魔窟の入り口に入って行った。
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