第263話 砂上の都市(2)
遅くなりましたm(_ _)m
ちょっと短めです。
「ア、アシャフ殿。それはどう言う意味だ?」
エメラルダ陛下が若干頬をヒクつかせながら聞き返すと、アシャフ学長はいつもの調子で煩わしそうに答えた。
「はぁ…… 正確には今回の魔窟への対処は、単に討伐するだけでは不十分ということだな。ガートルード。お前も同意見だろう?」
「--はい。魔窟の討伐にはもちろん賛成ですが、それに付随して起こりうる壊滅的な被害への対策が必要でしょう」
ガートルード副学長は一応敬語を使っているけど、こいつと意見が一致するなんて忌々しい、と言った表情だ。
しかし、一体どういう事なんだろう。この場の全員の疑問を、殿下が代表して聴いてくれた。
「ガートルード先生。その、壊滅的な被害とは一体……?」
「--無策に魔窟を討伐した場合、この都市全体が崩落する可能性があります。地下も地表も関係なく、全です」
「崩落……!?」「そんな馬鹿な!」「どういうことや!?」
副学長の発言を受けて、会議室がにわかに騒がしくなった。おっと、仕事しないと。
「み、皆様! 静粛に、静粛に願います! --ガートルード副学長殿。詳しくご説明頂けますか?」
「うむ…… これは冒険者であるタツヒトの方が詳しかろうが、魔窟の本体を破壊すると、その魔窟は呼吸を止め、急速に崩壊する。そうだな?」
「はい。規模や構造にもよりますが、一日から十数日ほどで自壊してしまいます。
僕たち冒険者が魔窟討伐から帰る際には、その崩落に巻き込まれないよう急いで地上を目指すのですが…… あっ」
そうか。今回の魔窟を討伐したとして、それが崩落する時その上にある……
「そうだ。魔窟が崩壊した場合、魔窟が魔法で支えていた地下空間が一気に崩落する。
魔窟の上に何も無ければ良かったのだが、残念ながら今回はその真上に我らが首都ディニウムが存在する。
200階層もの深い魔窟が崩落した時、支えを失った都市はその階層分落下する。無事で済むわけがないのだ……!」
「そんな…… で、ですが。対策はあるのですよね……?」
「--難しいだろう。地上と地下の都市。それらすべての重量を恒久的に支える大魔法など、まさしく神の御業だ。
この都市のすべての土魔法使いを動員した重合魔法でも、おそらくは……」
ガートルード副学長が沈痛な表情で俯くと、会議室に再び沈黙が訪れた。
魔窟は成長する。そして、地脈に接続するほど地中深くまで成長したものは大魔窟と呼ばれ、人類には手の負えない存在となるそうだ。
そうなればこの都市は放棄せざるを得なから、魔窟を放置することはできないけど、下手に討伐すれば都市全体が崩落する。
破滅が早いか遅いかの違いで、打つ手がない状況。絶望が這い寄り、自分の立っている大地がひどく頼りない物に感じられた。
暫く重苦しい沈黙が続いた後、突然アシャフ学長が大きく舌打ちをした。
ギョッとして全員が注目する中、彼女は呆れたようにガートルード副学長を睨んだ。
「--おいガートルード。あまり俺を失望させるなよ?」
「きさっ……!? --失礼。学長殿、今なんと?」
……今、面と向かって貴様って言おうとしてたな。この二人、実は仲がいいのでは……?
「失望させるなと言ったのだ。なぜこの俺が、俺を嫌う貴様を副学長にしていると思う?
貴様をその程度には評価しているからだ。慣れない状況で頭が鈍っているのか?」
「……」
学長の、ただ貶すのとは違う言い振りに、副学長は怒りの表情を引っ込め怪訝そうな様子だ。
「落ち着いてこの場を見渡してみろ。答えはすでに、貴様の手の中にあるはずだ」
意外と素直に会議室の中を見渡した副学長は、プルーナさんとシャムを見た瞬間、その垂れ気味だった耳をピンと立ち上がらせた。
副学長と目が合った二人も、目を見開いて飛び上がるように席を立った。
「そうだ……! プルーナ、君の多孔質石筍魔法だ! あの魔法なら、魔力の面でも構造の面でも、非常に効率的に魔窟の空間を支えることができる!!」
「はい! 魔窟の経路内に石筍を張り巡らせれば、そこの崩落は十分に防げます!
あ、でも、魔窟の全経路に石筍を配置するとなると、僕の魔力では…… --いや、そうか!」
「そうであります! シャムの研究で、プルーナの魔法の魔法陣はすでに量産済みであります!
楽しくてちょっと作りすぎちゃったでありますが、おかげでこの都市の魔法使い全員に配っても十分な程在庫があるであります!!」
「「お、おぉ……!」」
興奮した様子でどんどん解決策を語りだす三人に、会議室にいた全員の表情がみるみる明るくなる。
すごい、これなら本当になんとかなりそうだ……!
チラリとアシャフ学長を伺うと、ほんのわずかに頬を歪めていた。大分無茶ばかりする人だけど、意外にもちゃんと教育者的側面があるんだよなぁ。
「そういうことだ。シャムの魔法陣を持てば、どんなボンクラ魔法使いでも今回は十分に戦力になる。
幸いこの都市には魔法使い、魔導士が多い。人手には事欠かんだろう」
「アシャフ殿……! さすが世界最高の大魔道士、魔導士協会長殿だ!」「希望が見えて来たぞ!」「よくわからんけど、なんとかなるっちゅーことか?」
アシャフ学長の発言を合図に、会議室のみんなが明るい表情で一斉に語りだす。
「--あぁそれと、ここにいる人間の殆どが忘れているようだが、最近頻発していた地震の原因は十中八九魔窟だろう。
いや、正確には魔窟に住み着いた何かか…… ともあれ、俺たちは魔窟の崩落を防ぎつつ、その何かにも対処する必要がある。そこを忘れるなよ?」
「「……」」
しかしその盛り上がりは、盛り上げた本人によってかき消されてしまった。
いや、とっても正しいご指摘なんだけど…… なんかこう、納得のいかないものがある。
「あのー、アシャフ学長。今回、学長は魔窟討伐にご参加頂けるのでしょうか……?
紫宝級と推定される魔窟の主相手に、紫宝級の魔導士の方が居てくださると大変心強いのですが……」
恐る恐る聞いてみると、彼女は不諸不精といった感じで頷いてくれた。
「……まぁ、今回は仕方あるまい。たまには魔窟に潜るのも--」
ガンガンガン!
学長の言葉の途中で、突然会議室のドアが乱暴にノックされた。
「何事だこんな時に…… 良い、通せ」
「は!」
女王陛下の支持を受けた衛兵の方が扉を開けると、汗だくの伝令兵らしき方が倒れ込むように入ってきた。
「ご、ご報告致します! 異常な数…… まるで大狂溢のような規模の魔物の群れが、この都市に向かって近づいて来ています!
このままでは、あと二時間ほどで第一陣が都市防壁に接します!」
「「……」」
その時の僕ら表情には、重大な脅威が現れた事への驚き以上に、もう勘弁してくれという疲労感が大いに現れていた。
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