第260話 地下四階:シマを守る(2)
木曜分ですm(_ _)m
僕らは、ちょっと涙声のエリネンを他のみんなで茶化しながら、地下八階まで降りた。
そしてお頭さんの屋敷に向かおうとしたところで、街全体がざわついている事に気づいた。
大通りにいる人の内、特に鉱精族の工婦らしき人達と、夜曲の人達の表情が厳しい。
彼女達はひと所に固まって何やら話し合いをしているようだ。
「エリネン…… 何かあったみたいだね」
「あぁ。ちょっと話を訊いてみよか」
先ほどまでの浮ついた雰囲気を引っ込めたエリネンを先頭に、僕らは彼女達に近づいた。
「マブリの姉貴」
「ん? おぉ、エリネンか。頭に会いにきたのか?」
エリネンに気づいた強面で暗い赤毛の兎人族が、ふっと表情を緩めた。
「そうですわ。そやけど、姉貴達の様子が気になりまして。なんかあったんですか?」
エリネンの言葉に、マブリさんはまた硬い表情に戻ってしまった。
「わいらも、集金の帰りで偶然通りかかっただけやねんけど……
最初、雨水貯留槽の方から変な音がするいうて、鉱精族の連中が見に行ったらしいわ。
で、そいつらが戻らへんさかい、今度は警備部の連中が様子を見に行ったんやけど、もう一時間経つのにどっちも戻らんらしいわ。
今は入り口に人置いて、誰も入らんようにしとるそうやけど……」
「もしかして、みんなもう……」
その場にいた若い鉱精族の一人が、青い顔で呟いた。
「アホ! まだ分からんわ。やから、自分らで探しに行こうなんて思うなや? 今応援を呼んどるさかい」
マブリさんの部下らしき人が鉱精族の人達を宥める中、エリネンが眉間に皺を寄せながら呟く。
「この辺の警備部いうたら、あいつらか…… 黄金級が複数おったら厳しいやろな」
ちらりとこちらに視線を向けるエリネンに、僕らは全員大きく頷いた。
すると、彼女は少し済まなそうに小さく笑って頷いた。
「姉貴。ウチらが様子を見てきますわ。もし一時間してウチらも戻らんかったら、頭に知らせて貰えますか?」
「せやけど…… いや、後ろの連中が噂の『白の狩人』か。よっしゃ、ほなら頼むわ。でも、無理せんといてや?」
マブリさん達に案内された僕らは、人が戻ってこないという雨水貯留槽に向かって通路を歩いていた。
この先にあるのが施設は、大雨や地表の都市内を流れるテルム川が氾濫した際に、地下街全体が水没してしまわないようにするためのものらしい。
巨大な空間に水を一時的に貯めておくという単純な仕組みのものだけど、過去にあった水害はこの施設のおかげでかなり被害が抑えられたそうだ。
ちなみに、もちろんポンプなどという便利なものはない。水が溜まったら水魔法使いが頑張って地表に揚水して、テルム川の下流に放水するのだ。
長い通路を油断なく歩いていくと、通路の奥の暗がりから、微かに魔物の唸り声が聞こえ始めた。
僕らはお互いに頷き合い、さらに警戒度を高めながら歩を早めた。
そして通路を抜けた先、巨大な空間に出た時、そこには半ば予想していた光景が広がっていた。
ぐちゃぐちゃという耳障りな音。十数人の人達が、その倍ほどの数の魔物達に貪り食われていた。
夜曲の格好をした兎人族と鉱精族が数名づつ。
全員が地に伏し、魔物達にされるがままになっている様子から、最悪の結果が予想される。
彼女達が横たわるのは通路を抜けてすぐの平坦で開けた場所で、そのさらに先は崖のようになっており、よく見ると下階段らしきものが設置されている。
壁に設置された灯火では光量が足りずよく見えないけど、この奥が縦横100m以上はあるという巨大な雨水貯留槽なのだろう。
「グルルルル……」「ゴギャーッ!」
僕らに気づいた魔物達が唸り声をあげる。いつもなら、そんな暇さえ与えずに切り捨てるのだけれど、僕らは全員固まって動けずにいた。
理由は、目の前で牙をむく魔物達が、そこにいるはずのない連中だったからだ。
「なっ…… 四目狼に、食人鬼やと……!?」
「……! 驚くのは後、まずこの場の魔物を掃討するよ! みんな!」
「「応!」」
「グギャッ……!」
四目狼達を率いていた六つ目の大型個体。その心臓付近から槍の穂先を引き抜くと、そいつはガックリと四肢を折った。
そして、死の痙攣を始め血を流す狼を横目に辺りを見回した後、僕はゆっくりと息を吐いた。
どうやらこいつで最後らしい。見える範囲の他の魔物は、すでにみんなによって地に伏していた。
魔物達の中には、こいつを含めて黄金級の個体が数体居たけど、僕らは青鏡級も在籍する緑鋼級冒険者パーティーだ。このくらいの連中なら数分で片付けられる。
戦闘後、すぐに襲われていた人達の元に向かったけど、やはり息のある人はいなかった。
ひと所に集められ、すでに冷たくなりかけている人達に、ロスニアさんが静かに祈りを捧げている。
エリネンは泣きそうな表情でその様子を見た後、自身の足元に転がる魔物の死骸を睨みつけた。
「くそ……! なんで地下街にこないな奴らがおるんや……!?」
そう。この場に転がっているのは、食人鬼や四目狼なんかの地表性の魔物ばかりだ。
地下街によく出没する岩土竜や大おけらのような、土や岩盤を掘り進める地中性の魔物ではない。
では、こいつらはどこから来たのか……?
「ん〜…… む! タツヒト、あの辺りに灯りをお願いするであります!」
あたりを見回していたシャムが、通路に設置された篝火の光が届かない、雨水貯留槽の奥の闇を指した。
「あっちだね。了解。『灯火!』」
彼女の指示に従って大きめの灯火を射出すると、光に照らされて巨大な柱の群れが現れた。
林立する柱列の中を灯火が走る様は幻想的であり、ここが地下神殿であるかのような錯覚に陥る。
そして灯火が数十m落下し、雨水貯留槽の底付近に達した時、全員が息を呑んだ。
巨大な柱しか存在しない空間にぽつんと、高さ数mもの大きな盛り土のようなものが存在していた。
灯火が照らすその周囲は、平坦にならされた硬そうな岩盤層なので、とても異様な光景だ。
「エリネンさん…… あそこのあれ。雨水貯留槽には必要ない構造に見えるんですが、鉱精族の方が作ったものでしょうか……?」
プルーナさんが恐る恐ると言った感じで訊ねると、エリネンは頭を振って否定した。
「いや……! あないな物は知らへん! この間まであらへんかった!」
「--ここからじゃ、何もわかりませんわぁ。わたくしが先行いたします。近寄ってみましょう」
「お願いします。明かりは任せて下さい」
キアニィさんに先行してもらいながら、僕らは雨水貯留槽の底に至る長い階段を下った。
そして、偏執的にまで平坦な底部を歩いていくと、段々と風の音が大きくなり始めた。
ビュゴォォォ……
その大きな風の音の発生源は、やはり盛り土だった。正確には、僕らがいる方の反対側から聞こえる。
慎重に回り込むと、そこには全員が半ば予想していたものが存在していた。
穴だ。
粘土を捏ねたように不自然に盛り上がった岩石の小山に、直径数m程の大穴がぽっかりと空いている。
それがまるで巨大な生き物のように、音を立てて周囲の空気を吸い込んでいた。
穴の中は光源も見当たらないのに不自然に明るく、なだらかに下へ向かっている。
「嘘やろ…… なんで!?」
エリネンは、頭を抱えながら搾り出すように言った。僕も同じ気持ちだ。この場所に、突然この規模のものが発生するなんてあり得ない。
しかしその祈るような気持ちを嘲笑うように、空気の流れは一度ピッタリと静止し、今度は穴の中から外側に吐き出され始めた。
……呼吸している。
「エリネン、残念だけど間違いないよ。 --魔窟。それも、かなり成熟した奴だ……」
お読み頂きありがとうございます。
よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。
また、誤字報告も大変助かります。
【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




