第259話 地下四階:シマを守る(1)
水曜分ですm(_ _)m
※初稿をエリネン達のセリフを標準語のまま上げてしまいました。現在は修正済みです。
夕方。僕ら大学組は宿に戻ると、すでに集まっていた他のみんなに今日殿下達から聞いた調査の件を共有した。
みんな、頻発する地震に危機感を抱いていたし、数ヶ月過ごしたこの街の人々に愛着を持っている。
地震の原因究明のため、僕らが王城と夜曲の間を取り持つ事が出来ればいいよね、という話になった。
そんなわけで早速地下街に降り、エリネン達の詰所で話を聞いてみたのだけれど……
「あぁ、来よったわこの間。王城と魔導大学の偉っそうな連中がぞろぞろと。地震の調査だとかほざいとってましたわ」
「絶対に嘘やわ。適当に理由つけて捜査に来たに決まっとる。まぁ、実際見られたら困るもんがあるさかい、通さんかったですけど」
「ほんならあいつら、これやから色付きはとか言い出しよるんですよ。エリネンの姉貴が止めてくれへんかったら、危うく殺してしまう所でしたわ。
そう言えば姉貴、あの時けったいな頭巾被ってましたけど、なんでやったんですか?」
「--王城の連中とはちょいとあってな。まぁこないなわけやタツヒト。頭の指示で、怪しい連中は止める事になっとるんや」
うーん。ルフィーナ王女殿下達もそうだったけど、地下街の人達も、地表の人達に対して全く良い印象を持ってないんだよね。
エリネン達は地表のお偉いさん達を全く信用していないし、そもそも犯罪組織の巣窟である地下街の下の方は、見られたくないものに溢れているという事も問題だ。
彼女達の話を聞き終わったヴァイオレット様は、神妙な様子で頷いた。
「なるほど、話はわかった。タツヒト。まずはエリネンに……」
「そうですね…… エリネン、ちょっとこっち来てくれる?」
「あん? なんどいや」
エリネンと内緒話をするためにみんなから離れようとすると、彼女の部下達がニヤニヤし始めた。
「お、タツヒトの兄貴。大胆やな。まだ夕暮れですよ?」
「その辺でおっ始めるとガキ共の教育に悪いですよ、エリネンの姉貴」
「ち、違うよ!」
「コラァ! アホなこと言わんと、見回りでもして来んかい!」
「「へい、姉貴!」」
元気よく返事をして、逃げ散るように去っていくエリネンの部下の人達。
みんな、決してエリネンの事を軽んじているわけじゃないんだよなぁ。まぁ、風通しのいい職場って事かな。
「ったく。返事だけはええんよな、あのどあほ共…… それで、なんどいや」
「うん、ちょっと相談したくってさ。エリネン自身は、ここ数ヶ月頻発してる地震についてどう思ってるの?」
「そりゃあ、こないにデカいのが頻発するのは間違いなく異常やわ。街の外は殆ど揺れてへんちゅう話やしな。
ウチらもこれを放置するほど能天気やあらへん。暫く前から、鉱精族連中に調べさせとる。けど、まだ何も分かっとらへん。
少なくとも、原因は見て回れるような場所にはあらへんちゅうことやろ」
おぉ、思ったよりちゃんと動いてくれていた。でもそりゃそうか。彼女達は地下街の実質的な支配者だ。自分達の住処の安全を守るために手間は惜しまないだろう。
しかし、動いてはくれているけど地震の原因はまだ不明か。これは、やっぱり王城や魔導大学の調査隊と協働した方が良いのでは……
「そっか…… ちょっとまた独り言気味に言うんだけど、今日会った王女殿下の口振りからして、王城は本気で地震の原因解明を望んでいて、大学はそれに協力しようとしているんだ。
余所者の僕らが言うには差し出がましいと思うけど、原因の特定が難しいなら、地表の人たちと協力するのも手じゃないかな……?」
「--言うてることは分かるわ。理屈の上ではな。せやけど、おまはんらも知っとるの通り、ウチらは自分のシマを荒らされる事を一等嫌ろうとる。
この間みたいに、いきなり来て調査させろなんてのは絶対に受け入れられへん話や。色々と見られた無いもんもあるしな……」
彼女は親指で自分の顔を指しながら、少し自嘲気味に言った。
「うーん。そうだよねぇ」
……確かに。僕らがそうだったように、王城や魔導大学の人なら、エリネンがルフィーナ王女殿下に似ていることに気づくだろう。
先日の調査は覆面か何かで凌いだみたいだけど、毛並みが純白じゃないと言うくらいで王女を監禁してしまう国だ。
王族である彼女が夜曲をやってるなんてバレたら、暗殺者くらい送り込まれるかもしれない。
けど、地震の大きさや頻度はどんどん酷くなって来てるから、放っておいたら収まるって物でもないと思うんだよね…… もうちょっと踏み込んでみるか。
「例えばなんだけど、調査の場所や日時を決めて、その時だけ地表の人達に調べに来てもらうってのはどうかな?
そしたらその、見られたくない物も事前に隠せるわけだし、僕らはエリネン達と殿下の双方に伝手があるから、調整もできると思うんだ。
これなら、お頭さん。エリネンのお母さんも、地下都市の安全のために飲んでくれるんじゃないかな……?」
僕の言葉にエリネンは眉間に皺を寄せ、腕組みして押し黙ってしまった。
そしてそのままたっぷり十秒程沈黙が続いた後、彼女はやっと口を開いた。
「だぁー、分ったわ。確かにウチらは手ぇこまねいとるし、おまはんの頼みや。頭につないだる。
せやけど、話が受け入れられるかは分からへんで?」
「……! 十分だよ! ありがとう!」
よかった……! 僕は嬉しくなって、思わずエリネンの両手を握ってしまった。
「お、おぅ。 --ほんなら行こか。早いほうがええやろ」
「うん。そうしよう!」
何故かすぐに顔を逸らしてしまったエリネンの後に続き、僕らは下層への階段に向かった。
お頭さんがいる地下八階まで、ぽつぽつと会話をしながら階段を降りる。
この数ヶ月間、僕は独り言の体で、エリネンにルフィーナ王女殿下の近況を逐一報告していた。
最近彼氏ができてさらに幸せそうと伝えたら、そうか、と静かに笑っていた。
そうする内、彼女の方も独り言の体で僕に色々と話してくれるようになった。
実はそこまで女王を恨んでいない事。お頭さんの実の娘が組織の若頭的立ち位置にいて、その人とは折り合いが悪いこと。それでも今の生活が気に入っていて、自分を拾ってくれたお頭に恩を返したいと思っていること。などなどだ。
最初、そう言ったことは二人だけで話していた。けれど、そこにコミュ力の権化であるゼルさんが加わり、結局『白の狩人』の全員がエリネンさんと親しく話をするようになった。
今は、シャムが機械人形である事も明かし、彼女の復元のために古代遺跡を探している事まで話してしまっている。
それを話した時、エリネンがひどく申し訳なさそうな表情をしていたのが印象的だった。
「……おまはんらがここに来て、もう五ヶ月になるんか」
会話が少し途切れた後、エリネンがポツリと呟いた。
「そうだね。僕らも大分ここに馴染んできたかな?」
「へっ、馴染みすぎなくらいやな。 --魔物が落ち着いたら古代遺跡に案内するって約束しとったけど、魔物の数はむしろ増えとるし、地震も酷くなる一方や。
シャムの体の事もあるし、おまはんらをここに縛り続けるのは良くあらへん。おまはんらが魔導大学を卒業したら、例の部屋に案内したるわ。それで、仕舞いにしよか」
僕らの先頭で階段を降り続けているエリネンは、こちらを見もせずにそんな事を言った。
その様子に、僕らは顔を見合わせて肩をすくめてしまった。
するとその雰囲気が伝わったのか、エリネンはちょっと不服そうにこちらを振り返った。
「な、なんやねん。人が真面目に話しとるのに」
「エリネン。これほど色濃い時間を共に過ごしたのだ。君達が苦しんでいる中、我々が用事を済ませてさっさと立ち去るとでも? それは少々、みくびり過ぎと言うものだ」
「おみゃーは結構不器用な奴だからにゃ。素直に助けてくれって言えばいいにゃ」
「うふふ、そうですよ。ゼルなんて、賭博場で何度エリネンさん達に助けてもらったのかわかりませんし」
みんなが口々に、自分の言葉で最後まで付き合うと言う。
エリネンはほんの少し呆けたような表情をした後、すぐに前に向き直ってしまった。そして微かに、鼻を啜るような音が聞こえた。
「--ははっ、本当、人のええ連中やわ。ほんなら、とことん付き合ってもらうで。まずは頭を説得せなあかんわな!」
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