第257話 雷公
遅れすぎて最早朝ですね。。。すみませんm(_ _)m
「--んがっ……」
首がカクンと揺れて、僕は椅子の上で目を覚ました。
ん……? 僕どうしたんだっけ。あたりを見回すと、そこは見覚えのある詰所の広間だった。
椅子や床で夜曲のお姉さん方がが寝息を立てていて、あたりには空になった料理の皿や酒瓶なども転がっている。
そこに『白の狩人』のみんなも混ざっていて、ゼルさんは何故か殆ど裸のような格好で眠りこけている。
そうだ。生誕祭のお祝いをこの面子でやってたんだった。それで、エリネンから一杯貰って…… あれ、でも当のエリネンが見当たらないぞ。
彼女を探すために椅子から立とうとしたところで、諸々の違和感に気づいた。
膝の上に軽いけれど確かな重量感。そして腕と体の前面に温くて柔らかい感触がある。まるで誰かを抱っこしているかのような……
恐る恐る視線を下に向けると、僕の腕の中にいたのはやはりエリネンだった。顔を赤め、むすっとした表情でこちらを見上げている。
「おう…… ようやく気ぃついたか、このあほんだら」
「--ご、ごめんエリネン! 僕もしかして……!?」
もしかして一線を超えてしまったのか!? そう思って焦った声を出したら、エリネンがさらに顔を赤くして怒鳴った。
「あ、あほぬかすな! 酔うた男を襲う趣味なんかあらへんわ! --はぁ、そろそろ離してくれんか?」
そう言われて慌てて彼女をホールドしていた腕を離すと、エリネンはよろよろと僕の膝から降りると、体を解すように伸びをした。
この感じ、何時間も抱っこしっぱなしだったのかもしれない。非常に申し訳ない…… 人間は意外と成長しないのかも知れない。
「本当にごめんなさい。位階が上がったから、一杯くらい大丈夫かと思ったんだけど…… 怪我とかしてない?」
深々と頭を下げながら恐る恐る訊くと、彼女は表情を緩め、疲れたように笑ってくれた。
「……いや、ええわ。おまはんは一杯で止めようとしてたのに、無理に二杯三杯と飲ませたウチが悪いんや…… 怪我もしてへんから気にする必要はあらへん。
しっかし、位階の差で自力じゃ抜け出されへんし、手下もおまはんの女共も笑うてて手ぇを貸さへんしで、ほんま大変やったわ」
そう言いながら、彼女はしきりに自身のウサ耳を気にしている。よく見ると、両耳の毛並みが毛羽立ち、めちゃくちゃになってしまっている。
「あの、もしかして耳のそれ、僕がやっちゃったの……?」
「おう。おまはんがじっくり時間をかけてウチの耳を弄くり回した結果や。お、おまけに触りながら可愛い可愛い抜かしよるし…… ほんま腹立つわぁ。
おまはんやから許すけど、あんまり夜曲にこないなことするもんやないで? 体面ちゅーもんがあるんやから。
……まぁ、ウチのはもう無うなってしまったかもしれんけどな」
「ほ、本当に申し訳ないです……」
「あー、ええって。忘れたるわ。時間は…… そろそろ日の出か? こらおまはんら! んな所で寝とったら風邪引くで! 寝床へ行け寝床へ!」
「んぁ……?」
「うぅ…… 頭いてぇ」
パンパンと手を叩きながら怒鳴るエリネンに、夜曲のお姉さん方がもそもそと詰所の奥に移動し始める。僕もみんなを起こさないと。
「ゼルさん、起きてください。その格好だと寒いでしょう」
「んにゃぁ……? にゃっ!? なんでウチ裸にゃんだにゃ!?」
一番寒そうな格好のゼルさんを揺り起こしたら、案の定何も覚えていなかった。
覚えてないんかいと思ったけど、今の僕には何も言う資格が無い。あたりを見回すと、賭けに負けて剥ぎ取られたらしいゼルさんの衣服が、無造作に置いてあった。
僕はゼルさんに服を渡たした後、今度は硬貨を数枚エリネンに渡した。
「エリネン。巻き上げられたゼルさんの服、持って帰っていい? お代はこれで」
「はっ。黙っとりゃ有耶無耶になるのに、律儀な野郎やな。ええで、巻き上げたやつに渡しといたる」
「ありがと。よろしくね」
ゼルさんが急いそと服を着ていると、他の『白の狩人』のみんなも起き出した。
意外に寝起きが悪いヴァイオレット様は、しばらく望洋とした目をしていたけど、僕らを見て意識を覚醒させたようだった。
「おや、おはよう二人とも。それで昨晩はどうだった? 私は途中で寝入ってしまったようだが、君達は最後まで行けたのだろうか?」
「い、行くわけあらへんやろ! このダボ! はよ出て行かんかい!」
今度こそ激怒したエリネンから蹴り出されるように、僕らは詰所を後にした。
日の出に照らされながら宿に戻り、軽く仮眠をとった僕らは、我ながら驚くべき体力で冒険者組合へと向かった。
今日は大学組の授業が無いので、日中にサクッとこなせる依頼でも受けるつもりだ。
「あ、みなさん! 丁度よかった、この依頼受けて下さいませんか?」
組合の受付に行くと、カサンドラさんが助かったーと言うような表情で僕らを出迎えてくれた。
彼女が僕らに提示した依頼は、この都市周辺の魔物の討伐だった。
地下街での魔物の出没頻度も上がってきているのだけれど、同じことが地表でも起きていた。
街道や周辺の農村に魔物が頻出していて、街の経済に影響が出ているレベルなので、人手が欲しかったらしい。
討伐数に応じて報酬が出てるタイプの依頼だったので、僕らは頼まれるままその依頼を受注することにした。
『雷よ!』
「「ブギィィィッ!?」」
街道脇の林に潜んでいた十数頭ほどの猪型の魔物の群れと遭遇した僕らは、即座に攻撃を開始した。
出会い頭に僕やシャム達後衛組が遠距離攻撃で数を減らし、前衛組が突貫して残りを刈り取る。
そうして、全員怪我をすることもなく、戦闘は数十秒程で終了してしまった。
しかし、遭遇した場所が問題で、殆ど都市の目と鼻の先だったのだ。龍穴の上に立っているせいだろうけど、都市に魔物が引き寄せられているような印象だ。
「片付きましたけど…… 本当に魔物が増えているんですね」
「ええ。でも、あまり強い個体は居ませんでしたわ。この街は魔導大学の学生も居て層が厚いですし、数が多くても対応しきれないという事無いと思いますわぁ」
「だにゃ。でも、もうちょっとこいつらの切れ味を試したかったにゃ」
ゼルさんは、ちょっと残念そうに夜曲刀の双剣を血振りして鞘に納めた。
かっけー。今朝の醜態が嘘のようだ。エリネンの紹介で作ってもらった二振り長刀は、青鏡の刀身にうっすらと刃文が浮かぶ非常に美しいものだ。
ゼルさんの戦闘スタイルとかなり相性が良いようで、先ほども舞うような二刀流に少し見惚れてしまった。
「ふふっ、またすぐに振るう機会が来るさ。 --む?」
「あれは、王国出身の冒険者でありますか? おーい、何か用でありますかー?」
ヴァイオレット様が少し警戒気味に見つめる先には、いつの間に別の冒険者パーティーが居て、僕らの方を凝視していた。
馬人族だけで構成された彼女達は、先ほどまでは僕らからちょっと離れた場所で魔物を狩っていたはずだけど……
シャムに声を掛けられた彼女達は、顔を見合わせた後そのままこちらに近寄ってきた。
「すまん、ちょっと聞きたいんだが…… そっちの黒髪のあんた。さっき雷撃の魔法使ってたよな……? そんで女ばかりの中に男一人…… もしかして、『雷公』のタツヒトか!?」
リーダーらしき馬人族のお姉さんが、僕を見て興奮気味に言う。『雷公』?
「えっと、その二つ名は初めて聞きましたけど、タツヒトと言うのは僕です」
「やっぱり! てことはあんたらが『白の狩人』なんだよな!? 救国の英雄に会えて光栄だ!」
「あ。ど、どうも」
差し出された手を握り返すと、彼女のパーティーメンバー達も口々に話し始める。
「あの雷撃…… なるほど。強力な邪神を一撃で滅ぼしたと言うのも頷ける」「あぁ! そんで噂通り本当に女を侍らせてるぜ!」
……ん? 何か今、聞き捨てならない台詞が聞こえたぞ。
「『雷公』ですかぁ…… かっこいい二つ名ですね!」
「そうですね! ようやく世間がタツヒトさんの魅力に気づき始めたんですよ!」
ロスニアさんとプルーナさんは素直に喜んでくれているけど、これはちょっと確認する必要がある。
「あはは…… 所で、ちょっと聞きたいんですけど、その二つ名の由来ってご存知だったりしますか?」
「ん? あぁ! もちろん強力な雷撃を操るってことと、王侯貴族みたいに女をたくさん引き連れてかららしいぜ!」
「最初はそんな奴いるわけないと思ったが、実物を見て納得した」
「俺は信じてたぜ! なんたって、この二つ名を広めてるのは『湖の守護者』のエレインさんだっていう話だからな!」
「……」
彼女達のとても丁寧な回答に、思わず天を仰いでしまった。
そ、そういえばエレインさん。僕の二つ名を考えてくれるとか言ってたな……
確かに『傾国』より遥かにマシだけど、女云々のところはいらないでしょう! な、なんとか訂正しないと……!
あ…… 王国から魔導国に来た彼女達が知ってるってことは、すでに王国内でその二つ名が広まっていると言うこと……? --とほほ。
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