第256話 地下三階:盃を交わす(2)
土曜分ですm(_ _)m 夕方にも投稿しているので、お気をつけ下さいませ。
「--そんなわけで、殿下は今頃、意中の男子生徒と王城の空中庭園で夕食を楽しんでいる頃だと思うよ」
「そうか…… 王女様は彼氏と洒落た場所で相引きしてんのかぁ。へっ、この地の底のどんちゃん騒ぎとは大違いやなぁ」
台詞とは裏腹に、その顔にはとても優しげな笑みが浮かんでいた。殿下の話をすると、彼女は決まってこんな表情になる。
彼女の視線の先では、ゼルさんと夜曲のお姉さん達が賭け事を続けていた。
負けが込んでいるのか、ゼルさんはプルプルと震えている。
「うっし、上がりや! 残念やったなぁゼル! これで有金全部もろたで!」
そしてどうやら、今の勝負でゼルさんはすっからかんになってしまったようだ。ガックリと崩れ落ちた彼女から慟哭がこだまする。
「うにゃー、また負けたにゃ〜! 絶対イカサマだにゃ!」
「はい、もうお終いですよゼル。お小遣い全部無くしちゃったんですから」
監視のためゼルさんのすぐ側に控えているロスニアさんが、諭すように語りかける。
しかし、ゼルさんの目はまだ死んでいなかった。
「まだだにゃ…… ウチはまだ、有金を無くしただけだにゃ! ここからが本当の勝負だにゃー!」
闘志を目に宿したゼルさんはがばりと身を起こすと、突然上着を脱ぎ始めた。
肌着だけのスレンダーな彼女の体が顕になり、僕は思わず目を見開いてしまった。
「この服は冒険者用の頑丈で高い奴だにゃ! こいつで、もうひと勝負だにゃ!」
「おー、脱げ脱げー! そのまま真っ裸にしちゃるわー!」
「ゼ、ゼル! やめなさいはしたない!」
ゼルさんを中心に盛り上がる人々を見て、エリネンは呆れたように息を吐いた。
「……あいつ、早く何とかした方がいいんやないか? 絶対また奴隷落ちするで」
「何とか出来るならもうそうしてるよ…… この間買ったばかりの武器まで手放さなきゃいいけど……
あ、そうだ忘れてた。エリネン、これどうぞ」
僕は懐から細長い棒状のものを取り出すと、エリネンの目の前に置いた。
薄桃色に綺麗に塗装されたそれは、長さは30cm程でわずかに湾曲している。
「あん? ……! お、おまはん、これ…… 夜曲刀、しかも緑鋼かぁ!?」
驚いた表情で鞘を抜き放ったエリネンが、緑色に輝く刃にさらに目を見開く。
「うん。教えてもらった鍛冶屋さんに行って、全員分の短剣と、ゼルさん用に長剣を二振り作ってもらったんだけど、これが評判良くってね。
腕のいい鍛冶屋さんを紹介してくれたのと、普段お世話になってるお礼ってことで」
以前、日本刀っぽい夜曲刀が欲しくて、エリネンに鉱精族の鍛冶屋さんを紹介してもらった。
出来上がった夜曲刀の美しさと切れ味に、僕らは全員感心しきりだったので、お礼にエリネンの分を追加発注したのだ。以前、買い換えなきゃってぼやいてたしね。
ちなみに、流石に鍛治ともなると地下街では換気が間に合わないらしく、工房は地表の街にあった。
今日の買い出しの前にその工房によったら、ちょうど出来ていたのでここへ持ってきたという訳だけ。
「い、いや、そんなんお互い様やし、こないに高いもん…… そ、それにおまはん、意味わかっとんのか?」
エリネンは何故か顔を赤くし、僕と目を合わせずにゴニョゴニョと言う。
「意味……? それより、この配色結構良くない? 僕の故郷にサクラっていう花があるんだけど、僕それが大好きなんだよね。
花びらの色が、ちょうどエリネンの毛並みと同じ薄桃色で、すっごく綺麗なんだ。
満開状態でも見応えがあるんだけど、ちょっと花が散って、葉の緑が見えてる状態も趣があってさ。
それがまさに、その夜曲刀の薄桃色と緑の配色なんだよ。うん、やっぱり似合うよ」
「お、おう…… 確かにええ色合いやけど…… おまはん、そうやってあいつらも落としたんか? 敵わんわぁ……」
エリネンはさらに顔を赤くし、手に持った夜曲刀と、何故かヴァイオレット様達とを交互に見比べている。
あれ、何か妙な感じだな。何かのお礼に夜曲刀を贈ったらまずい風習でもあるんだろうか?
不思議がっていると、僕らの側をエリネンの副官のドナさんが通った。
「あれ? エリネンの姉貴、獲物を新しゅうしたんですかい? 奮発しやしたね!」
「ドナ。これはな、その……」
またゴニョゴニョしているエリネンさんを怪訝そうに見ていたドナさんが、ハッとしたように僕を見た。
「も、もしかして、タツヒトの兄貴が贈ったんですかい!?」
「へ? う、うん。そうだけど、何か--」
「おいおまはんら! タツヒトの兄貴が、エリネンの姉貴に夜曲刀を贈ったらしいで!」
大音声でドナさんが叫び、一瞬の静寂の後割れんばかりの歓声が上がった。
「「でぇーーっ!?」」
夜曲のお姉さん方が僕らに詰め寄り、興奮した様子で一斉に話し始める。
「あ、姉貴ぃ、おめでとうございます! あっしらは心配しとったんですわ。姉貴からは、ぜーんぜん浮いた話聞かへんかったさかい……!」
「めでてぇこってすわ! ん? せやけど、タツヒトの兄貴らがここを出て行く時、姉貴はどないするんで……?」
「あ、あっしらを置いてってまうんですかい……!?」
「あーっ!! うるさいわ! こいつの面見てみぃ! 夜曲に夜曲刀を贈る意味なんてわかっとりゃせんわ! 散れ散れぇ! 酒飲んで忘れてまえ!
--ヴァイオレット、おまはんらもや! 何笑うとんねん!」
椅子から立ち上がって部下の人たちを追い散らしながら、エリネンは広間の奥の方にも怒鳴った。
そこで事態を見守っていたヴァイオレット様やキアニィさんは、年長者特有の慈愛を含んだ笑みでしきりに頷いている。何、どういう事?
「ふふっ、失礼。続けてくれて構わない」
「やかましいわ!」
ひとしき声を荒げた後で、エリネンは乱暴に椅子に座り直した。
「えっと、何かまずい事しちゃったかな……?」
不安になって恐る恐る声をかけると、エリネンははっとしたように表情を緩めてこちらに向き直った。
「いや…… 何もまずことはあらへん。こいつはありがたく貰うとく。おおきにな。
ただそのー…… 男が夜曲に獲物贈るのは、そいつで自分を守ってくれっちゅー、まぁ、口説きみたいなもんなんや……」
「え……!?」
驚いて目を見開いていると、彼女は少し寂しげに笑った。
「その面、やっぱり知らんかったんやな…… まぁ、あんま軽々しくやんなや。 --勘違いされてまうで?」
「う、うん…… そうするよ」
それ以降、何と話しかけていいのか分からず。二人の間でしばらく沈黙が続いた。
「……だーっ! なんやこの空気! おいタツヒト、おまはんもたまには飲まんかい!」
痺れを切らしたエリネンが、カップにエールを並々と注いで僕の方に押しやって来た。
幾度となくお酒で失敗しているので、これまで彼女達から勧められても頑なに固辞してきたのだけれど、ちょっと今回はは断りづらいぞ。
--しかしエリネンのこの感じ。なんかベラーキの義理の姉上、リゼットさんを思い出すな。
あの時はひどい失態を演じてしまったけど、鍛錬の末青鏡級に至った僕の肝機能は、あの時とは比べ物にならない程強化されているはず……!
一杯くらいなら大丈夫かも。
「じゃ、じゃあ一杯だけ」
「おう、飲め飲め! --ほんで、今日の事は忘れてまえ」
僕は勧められるがまま、カップに入ったエールを呷った。
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