第254話 三時限目:月例報告会
遅くなりましたm(_ _)m
レプスドミナ王国の首都ディニウム。魔導士の都、または賭博都市と呼ばれるこの街に来て、およそ二ヶ月程が過ぎた。
日中の魔導大学での授業と研究、夕方からの地下街での助っ人警備員、それらが休みの時の冒険者業。
最初はかなり忙しく感じたけど、最近は大分この街での過ごし方にも慣れてきた気がする。
けれど、今日の僕はほんの少しだけ緊張していた。魔導大学への道を一緒に歩むプルーナさんも、硬い表情で僕の服の袖をしっかり掴んでいる。
一方、僕のもう片方の手を握っているシャムは、僕らを見て不思議そうだ。
「二人とも、今日はなんだか様子が変であります」
「いやぁ、変にもなるよ。緊張してちょっとお腹まで痛くなってきたし……」
「僕もです…… シャムちゃんは-- 全然緊張してないね……」
「してないであります! 頑張った成果をみんなに見てもらえるのは、とっても嬉しいであります!」
シャムの無邪気な笑顔が眩しい。僕もこんな時期があったんだろうな。今ではこんなに小賢しくなってしまって……
今日、魔導大学では月例報告会というイベントがある。月に一度、各研究室から選出された一名が登壇し、大勢の教員や学生達の前で研究成果を発表するのだ。
そして、入学後最初の報告会では聴講側で許してもらったけど、二回目の今回は必ず発表せよとアシャフ学長からのお達しがあった。
僕らに拒否権など存在しないので、こうして痛むお腹を抱えて大学に向かっているのだ。
小規模な発表会なら領軍魔導士団に居た頃にやったことがあるけど、今日のは聴講する人が千人を超える大規模なやつなんだよなぁ……
「大丈夫であります! シャムは、二人が今日のためにたくさん準備してきた事を知っているであります! もし失敗しても、シャムが慰めてあげるであります!」
ふふーん。といった感じで笑うシャム。 --少し緊張がほぐれた気がする。
「シャム…… ありがとう。ちょっと腹痛が治ってきたよ」
「うぅ…… 僕はまだお腹が痛いですぅ」
僕らはそのまま三人で励まし合いながら歩き、報告会の会場、魔導大学で一番大きな大講堂に入った。
大講堂にはすでに多くの学生や教員の人達が居て、発表側らしい学生達が、講壇に近い場所に緊張の面持ちで待機している。
月例報告会は一日がかりのイベントで、朝から夕方までぶっ通しで行われる。悪い事に、僕らの発表タイミングは午後の一番遅い時間だ。
大半の人は身内や興味ある発表だけ聞くみたいだけど、多分時間まで他の事が手につかないだろうから、僕らは今日の発表は全部聞く事にした。
そして、適当な席に座って待っていると、正面奥、講壇の所に翻訳装具をつけた教員らしき人が立った。
『時間となりましたので、月例報告会を開始します。では最初の発表者、パトリス研究室のトレイシーさん。お願いします』
そう言って教員の人が捌けると、代わりに同じ装具をつけた学生が講壇に立った。
すると、硬い表情の学生の真上に半透明の四角い映像が映し出された。そこには学生の手元にある資料が映っている。
まるでプロジェクターのような技術だけど、これも古代遺跡産の魔導具らしい。
『トレイシーです。そ、それでは発表を始めます。今回私が報告するのは--』
辿々しく、あるいはこなれた感じで発表する学生達に、優しく、あるいは威圧的に質問する教員や学生達。
発表の内容は実に様々で、中には最近都市で頻発する地震に関するものまであって、プルーナさんが興味深そうに聞き入っていた。
そんな、見ていてほっこりしたり、胃が痛くなったりするような発表を数十回聴き終えた頃、いよいよ僕らの発表の時間になった。
心強いことに、プリシッラ先生やヒュー先輩など、僕らの関係者の皆さんも講堂に集まってきてくれている。
そしていよいよ発表が始まるという時に、講堂がざわざわと騒がしくなった。なんだろうと思ってみんなの視線を辿ると、ワインレッドのローブを着た仮面の魔導士、アシャフ学長が講堂に入ってきたところだった。
彼女はみんなの反応を気にも止めずにズンズン歩き、一番前の席にどっかりと座った。まじかよ。これ、下手な発表をしたらまたあの即死級の熱線を撃たれるのでは……
発表は、シャム、プルーナさん、僕の順番だ。シャムはアシャフ学長の登場にむしろ喜んでいるけど、プルーナさんは緊張が頂点に達しているようだ。
『み、みなさん静粛に。 --では、ザスキア工房のシャムさん。お願いします』
『はい、であります!』
元気よく返事をして登壇したシャムの発表内容は、精密高密度な魔法陣の加工技術に関するもので、特に魔導技術学部の学生達が活発に質問していた。
次にガチガチの状態で登壇したプルーナさんは、自身が開発した高効率な多孔質石筍生成魔法に関して発表し、土属性の学生達から多くの質問を浴びせられていた。
講堂内の二人の発表への反応は上々で、みんな前のめりで興味深そうな様子だ。
アシャフ学長も、仮面でその表情は伺えないけど、発表を聞きながら時折頷いていた。
大学に刺激を与えるという僕らのミッションは、今のところ上手く行ってているように見えた。
『ありがとうございました。では本日最後の発表です。プリシッラ研究室のタツヒトさん。お願いします』
名前を呼ばれた僕は、ふぅと浅く息を吐いてから登壇した。
『はい。今回私が報告するのは、雷魔法の制御方法と強化魔法への応用についてです。まず--』
雷魔法は、過去に何人か使い手が居たらしいけど、みんなあまり扱えていなかったらしい。
僕の発表は、その辺りを上手く魔法で制御するための電荷云々の話から始まった。
次に、脳とか神経と筋肉とかの基本的な話をした後、それらを雷魔法でハックして筋力や反応速度を向上させる応用編へと続いた。
あまりこの世界では聞かない知識を沢山出したせいか、講堂内の人たちはみんな目を丸くしていた。
『--目下の問題は、この強化魔法がが万能型である私にしか使えないということです。
今後は、機能の全部、または一部を一般化できるよう研究を進めて参ります。以上です。ありがとうございました』
『はい、ありがとうございました。質問のある方は挙手を-- で、ではアシャフ学長、お願いします』
進行役の先生が、やや驚きながらアシャフ学長を指した。すると学長は、僕の方をじっと見据えて口を開いた。
『--質問では無いが、悪くない発表だった。この後少し話がある。ここに残れ』
『え。は、はい……』
怖い。悪くないと言ってくれたから、発表内容に関する叱責では無いと思うけど、一体なんだろう。
戦々恐々としながら他の質問を捌く内、月例報告会は終了した。そして、シャムとプルーナさんを含む講堂にいた他の人々が全て退室した後、僕は恐る恐る学長に近寄った。
「あの、アシャフ学長。それでお話とは……?」
「--これから伝える事。これは俺としても非常に遺憾だが、それでもお前には釘を刺しておく必要があると判断した」
彼女は本当に不服そうな様子で席から立ち上がり、僕に向き直った。いつも以上の威圧感を感じる。
「貴様がどこであの知識を得たのかは訊かん…… しかし、雷を扱うのは魔導に関する事のみに留めろ。
もし何か魔導とは違う技術を思いついたとしても、決してそれを広めようとするな」
そう言われて、ドキリとした。魔導とは違う技術…… アシャフ学長はおそらく、科学技術のことを言っているのだ。
なぜ彼女がそれを知っているのかは一旦置いておいて、どうして、地球世界のような電気による文明社会の訪れを防ごうとするのだろう……?
「わ、わかりました。 --ですがなぜでしょうか? その、あくまで推測ですが、上手く扱えばいろんな事がとても便利になると思うんです」
「--理由は言えん。だがそうだな。創造神の思し召しとでも思っておけ。ではな。確かに伝えたぞ」
アシャフ学長は吐き捨てるようにそう言うと、足早に講堂から立ち去ってしまった。
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