第249話 二時限目:基礎根源粒子学(1)
金曜分ですm(_ _)m
なんとか明日でペースを戻さなければ。。。
大学二日目の午前。僕、シャム、プルーナさんの三人は、揃って『基礎根源粒子学』という講義に出ていた。
高校の教室の数倍はありそうな広い講義室にはたくさんの生徒が座っていて、ざわざわとおしゃべりをしながら先生が入ってくるのを待っている。
生徒の人種は様々だけど、意外なことに年齢層は僕やプルーナさんとさほど変わらないように見える。
そんな講義室の様子に、一年ちょっと前まで受けていた学校の授業の情景が重なる。
「何だか懐かしいなぁ……」
思わず漏れ出た呟きに、僕の両隣に座っていたプルーナさんとシャムが反応する。
「懐かしい……? あぁ。タツヒトさんて、こっちに来る前は学生さんだったんですもんね」
「そこではどんなことを勉強していたんでありますか?」
「えっと、色々だね。国語、数学、理科、社会…… 今思えば、あっちの教育って本当に恵まれてたよ。
何せほぼ全国民が読み書きできてたからね。こっちだと字が読めない人も多いし」
ここの入学試験は結構難しかったし、教材費や学費を含めた諸々の費用も、一般の人からしたらかなり高い。僕らは免除されたけど。
なので入学できるのは、教育環境と資金力に恵まれた貴族や裕福な家庭の子達が殆どだ。
「そ、それはすごい国ですね…… あ、先生がいらしたみたいです」
プルーナさんの言葉に目を向けると、眼鏡をかけた若い兎人族の女性が講義室に入ってきたところだった。髪を後ろで綺麗にまとめていて、真面目な女教師といった雰囲気だ。
その人のウサ耳ついた翻訳装具らしきものを見て、僕らもいそいそと装具を装着した。
「***、***」
『はい、みなさん静粛にしてください』
教壇に立った先生が、魔導国語と翻訳装具による通信の双方で話すと、教育の行き届いた生徒達はすぐに静かになった。
国外の生徒も多く存在する魔導大学だけど、やはり教師にも生徒にも自国民の比率が多いので、自然と授業は魔導国語になる。
しかしそれでは困るので、こうして国外からの生徒には翻訳装具が貸与される。僕らは自前のやつを使っているけど。
『おはようございます。本講義、基礎根源粒子学を担当するコリーンです。よろしくお願いします。
この時間では、魔導を扱う上で重要な基礎である根源粒子について、その基本的な内容を学んで頂きます。早速初めていきましょう』
コリーン先生に言葉に、僕ら含めた全員が根源粒子の教本を開く。教壇の後ろには黒板のような便利なものは無く、口頭で教え伝えていくスタイルのようだ。
『根源粒子として現在存在が明らかになっているのは、魔素、霊素、念素の三つです。
私たちはこれらを意識することなく魔法を使うことも可能ですが、魔導の研究においてはこの三つについて正しく理解しておく必要があります。それぞれ簡単説明してみましょう』
先生の語りに、僕は少し前のめりになってしまう。この授業、実はかなり楽しみだったんだよね。
今まで僕は、この根源粒子とやらを大して意識せずに魔法を扱ってきた。精々魔素というものがあるらしいという認識だ。
しかし、これらを理解することでより強力な魔法を使えるかもしれないし、魔導士を名乗る上で知っておくべきだろう。
『まずは魔素。おそらく一番聞き馴染みがあるでしょう。私たちが魔法で引き起こす現象は、すべてこの魔素が力や物質に変換されて生じるのです。
体内の魔素は有限で、使いすぎるといわゆる魔力切れという辛い症状を引き起こします。しかし龍穴の上にあるこの都市の中では、余程使いすぎない限り魔力切れにはならないでしょう。
魔素は大気中や地脈、そして私達の体内など、あらゆる場所に存在しています。しかし魔物と違い、私達人類はそれを直接感じ取ることはできません』
うん。これはわかる。魔力切れは何度も経験してるし、領軍魔導士団時代に、魔素を放出して魔物を釣り出したこともある。
『続いて霊素。この霊素の保有量が、そのまま位階と魔素の保有量に関わってきます。
霊素保有量は基本的に成長と老化によって増減しますが、大幅に増やす方法も存在します。ではその方法とは?
そう、他の生物の殺害です。生物が死亡した際には、保有していた霊素が周囲に放出されます。
放出された霊素の幾らかが体内に吸収されることで私達の位階は上昇し、それによって術者はより効果の高い魔法を使えるようになります。
霊素は、一定数の魔素とゆるく結合する性質があるので、位階が高いほど最大魔力量が高いということになります』
これもなんとなくわかる。魔力は使い切っても徐々に回復していくけど、その最大量は位階に依存しているという実感があった。
魔物を殺すたびに位階が上がっていくので、経験値的なものが存在するとは思っていたけど、それが霊素だったらしい。
『最後に念素。これが無いと、我々は魔法を使うことができません。
私達が魔法である現象を引き起こす際、その効果は現象に対する理論的理解度、感覚的理解度、そして思念の強さに依存します。この時の思考によって放出されるのが念素なのです。
この念素の波によって聖素から魔素が分離し、波を受けて分離した魔素は励起状態となり、術者の思考に基づいた力や物質に変換されます。
念素はこのように重要な根源粒子で、唯一私たち人類でも知覚可能なものです。だというのに、一般における認知度はとても低い。
私は念素に関する研究も行なっているので、今のこの状況が残念でなりません……』
なるほど…… なんとなく使っていた魔法の仕組。それを今、ちょっとだけ理解できたような気持ちだ。
思考によって念素が放出され、それによって聖素から魔素が切り離され、なんらかの現象へと変換されるのだ。
しかし、コリーン先生本当に悲しそうな表情をしているな。よほどその念素に関する研究が好きなんだろう。
そう思って見ていると、先生と目が合った。あれ、何か嫌な予感がするぞ……?
『--ところで皆さんは、魔法以外にも念素の利用法があることをご存知ですか?』
笑顔で生徒を見回すコリーン先生だったけど、講義室に内に首を縦に振る人はいなかった。
『では、その実例を体験してみましょう! 幸運にもこの教室には、高位の冒険者の方がいます。タツヒトさん、ご起立頂けますか?』
『へ? は、はい、コリーン先生』
僕は戸惑いながらも素直に席から立ち上がった。学長あたりから僕の事を聞いたのだろうか?
『はい、ありがとうございます。彼はなんと、若くして英雄と呼ばれる青鏡級の位階にあります。保有する霊素の量も膨大なはずです。
さてタツヒトさん。ここにいるみなさんに、軽く殺気を飛ばしてみてもらえますか?』
ざわ……
講義室全体がどよめき、生徒のみんなが怪訝な表情で先生と僕を見る。僕も似たような表情だ。
『え…… その、いいんですか? 慣れていない人は、結構苦痛だと思うんですが……』
『構いません! ここにいる方の大半は軍属になりますし、魔導に関わる人間は全員が体験しておくべきと私は考えます!』
『--わ、わかりました。では』
僕は講義室全体に意識を向け、ほんの少し、位階の低い魔物を追い払うような心持ちで殺意を向けた。
ズッ……
「ひっ……!?」「……!」「うぁ……」
その瞬間、講義室にいた全員が一斉に体を振るわせ、僕から距離を取った。自分でやっておいてなんだけど、人からこういう反応をされるとちょっと悲しい。
あぁ、シャムまでもがちょと怯えた表情をしている。ごめんよ。
でもあれ…… 気のせいかだろうか。プルーナさんはなんかちょっと嬉しそうだぞ?
『……はぁっ、はぁっ、はぁっ! み、皆さん感じましたか!? 今のが魔法以外の念素の利用法、すなわち殺気です!』
--ここにも嬉しそうな人が居た。コリーン先生は冷や汗を垂らし、髪を乱しながらも、笑顔で教卓にしがみついている。
生真面目そうな見た目に反して、念素狂いの変態さんなのかも……
『彼と目すら合っていないというのに、背筋が凍り、体が震え、恐怖に心が支配されましたね!?
彼から発せられた強力な念素の波が、私達の保有する聖素に干渉、魔素との結合が一時的に不安定となり、強烈な魔力切れに似た症状を引き起こしたのです!
位階に大きな差がある場合、このように他人の聖素、そして肉体や精神にまで影響を及ぼすことができるのです! なんと素晴らしい!』
目を爛々と光らせて語る先生に対し、生徒さん達はいまだにショックから立ち直っていない様子だ。
いや、単純にコリーン先生に引いちゃってる可能性もあるか……
『戦士型の方は、今のように殺気を飛ばすだけでなく、念素の放出を押さえて気配を消すといった芸当まで行います。
加えて身体強化という、私達魔法型にはできない強力な技能まで操ります。それも殆ど無意識に!
本当に不思議です。その体内で一体どんな原理が働いているのか……
--おっと、失礼しました。タツヒトさん、ありがとうございました。着席して頂いて構いませんよ。
皆さん! 素晴らしい学びの機会をくれたタツヒトさんに拍手を!』
--ぱち、ぱちぱち…… ぱち。
ものすごくまばらな拍手が巻き起こり、生徒のみんなは僕を恐怖に慄いた目で見ている。
ひ、酷いですコリーン先生。大学デビュー、大失敗だ……
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