第243話 ピンクのバニー
金曜分です。めちゃくちゃ遅れましたm(_ _)m
何とか今日の深夜ごろには土曜分を更新します。。。
「おらぁ!」
先頭にいたキアニィさんに、夜曲の一人が切り掛かる。
悪い事に、完全に遊びに来ていた僕らは、主武装を宿に置いてきてしまっていたし防具も着ていない。持っているのは精々護身用の短剣くらいだ。
けれど、彼女にそんなことは関係無かった。
「あら、怖いですわねぇ」
袈裟懸けの斬撃を紙一重で左に躱したキアニィさんは、流れるように左拳でカウンターを放ち、夜曲の顎先を掠めるように撃ち抜いた。
その瞬間、襲いかかってきた夜曲は糸が切れたように崩れ落ちた。
前は大丈夫そう。後ろはと思って振り返ると、ちょうど別の夜曲がドスを腰だめに構え、ゼルさんに突進している所だった。
「ちょうどいいにゃ! おみゃーらで憂さ晴らししてやるにゃ!」
「ぶげっ!?」
最低なセリフとは裏腹に鮮やかなステップを踏んだゼルさんは、反応する間も与えない速度で距離を詰め、渾身の右で夜曲を昏倒させてしまった。
二人とも大丈夫そう。僕も働かないとと思っていると、遅れて別の夜曲が路地から飛び出してきた。
「へへっ、こっちの兄ちゃんはわいと遊ぼうなぁ!」
こっちの世界では一般的に男は庇護対象だ。それ故かドスを持たず、ニヤニヤと覆い被さるように襲いかかってきた夜曲から、僕はするりと身を躱した。
そして、体勢を崩して丁度良い位置に下がったそいつの延髄目掛け、手刀を叩き込んだ。
「ゔっ……!?」
するとそいつは、一言だけ呻いて倒れ伏してしまった。よかった。位階が上がりすぎて最近加減が難しいのだけれど、うまく意識だけを刈り取れたようだ。
ここまでわずか数秒。あっという間に三人が伸されてしまった夜曲は、怖気付くようにその場に足を止めてしまった。
「なんやこいつら……!? ただの冒険者とちゃうぞ!」
「こいつ男とちゃうんか!?」
失敬な。ちょっと前まで女だったけど、最近やっと大手を振って男でいられるようになったのに。
警戒するようにこちらの様子を伺う夜曲達。その間に僕らは背中合わせに身を寄せ、連中に聞こえないように囁き合う。
「見た目は怖いですけど、あんまり精兵って感じじゃないですね。逃げるか戦うか…… どうします?」
「もちろんボコボコだにゃ! まだウサを晴らし終わってにゃいにゃ……! ウチがボロ負けしたのも、こいつらみたいな奴らが賭場の後ろについてるせいだにゃ! きっとイカサマだにゃ!」
僕の囁きに答えたゼルさんの声は、ほぼほぼ涙声だった。うーん。ゼルさん、今日はちょっと格好悪い日かも……
「ちょっと、落ち着きなさぁい…… ゼルに賛同するわけじゃありませんけど、ここにいる連中は一旦伸してしまいませんこと?
逃げたとしても、私達は遺跡探索のためにまたここに来る必要がありますわぁ。その度に絡まれてしまわないよう、ここで力の差を見せつけておきますの。
もしかしたら良い情報を吐いてくれるかも知れませんし…… うふふ」
なるほど、確かに。最後の台詞がちょっと怖かったけど、どう見ても堅気じゃない人達からお話を聞ける貴重な機会なのかも。
「了解です。では、やってしまいましょう」
「にゃふふふ…… ウチの悲しみを知れにゃー!!」
逆襲する僕らに、気勢を削がれた夜曲の人達はなす術も無かった。
殴られ蹴られ、どんどん倒れ伏していく人員を見て、リーダー格の夜曲が眉間に皺を寄せる。
そして、側で青ざめた顔をしている只人の女の人に怒鳴るように言った。
「くそ……! おう、もっと応援を呼ばんかい! それから警備部の連中にも知らせぇ!」
「へ……? い、いいんですかい?」
「このだぼ! あれ見て分からんのか!? さっさと行かんかい!」
「へ、へい!」
指示を受けた彼女は、折れた腕を庇いながら走り去っていく。
「キアニィさん、追加だそうですよ!?」
「ちょうどいいですわぁ! お話を聞ける人は多い方がいいですもの!」
「にゃはははは! 楽しくなってきたにゃ!」
どっちが悪役かわからなくなって来たけど、ともかく僕らは夜曲の連中を倒し続けた。
最初にいた人員を片付け、五月雨に駆けつける応援の人員も平らげると、残るはリーダー格。強面の兎人族の彼女だけになっていた。
「く、くそっ! 何なんやわえら! こないなことしてタダで済む思とんか!?」
ジリジリと後ろに下がりながら、怯えるようにドスをこちらに向けるリーダー。
「ゼル、タツヒト君。ちょっとあの方を取り押さえていただけるかしらぁ?」
「わかったにゃ!」
「了解です」
キアニィさんの声に応えるのと同時に、僕とゼルさんは一瞬でリーダーの元へ距離を詰め、ドスを弾き飛ばして彼女を地面に引き倒した。
「うぐっ!?」
そして二人で左右からリーダーの手足を押さえ、完全に拘束した。この絵面。いよいよどっちが悪役かわからないな……
「うふふ…… そちらこそ、逆恨みでわたくし達に喧嘩を売って、タダで済むと思っていらして?
でも、あなた方は幸運ですわぁ。わたくし達ちょうど探し物がありまして、ちょっと質問にお答え頂いたら見逃して差し上げましてよ?」
キアニィさんは動けないリーダーの顔を覗き込みながら、とても丁寧にお願いした。
「ふん! なめんなや! わいがよそ者にペラペラしゃべるっち思とんか!?」
「あら、強情ですわねぇ。でもご安心を。わたくしとお話する方は、何故だかすぐに素直になってくれますのよ?」
じゃら……
一体どこに仕舞っていたのか。彼女は懐から凶悪な形状の器具をいくつも取り出した。
器具はどれも、工具か、はたまた医療器具か、その用途が判然としない形状だった。
けれどなぜか見ていて不安や恐怖を掻き立てられるデザイン。多分、というか絶対拷問器具だ。
そして、それを目にしたリーダーの顔が青ざめた。
「な、何やそれ……!?」
「さて、何でしょうねぇ? それじゃあまずはこれ。行きますわよ〜」
キアニィさんは器具の一本を手に持ち、ニコニコの笑顔でリーダーの顔にゆっくりと近づけていく。
なるほど、すごく効果的な脅しだ。笑顔でやっているあたり、いかれた感じがしてとても怖い。 --脅しですよね?
「ま、待て! 何が聞きたいんだ!? 話す、話すから--」
「わえら、何しよるんや!?」
そこに、鋭くも可愛らしい声が響いた。顔を声の方に向けると、十数人ほどの兎人族の集団と、先ほど走り去っていった只人の女性がいた。
兎人族の方は、格好からして夜曲の増援だろう。
今気づいたけど、彼女達の毛並みは灰色や焦茶など、暗い色合いのものが多い。しかし、増援の集団の先頭に立っている兎人族は違った。
背は僕より少し小さいくらい。薄いピンク色のツインテールに、前にやや傾いた同じくピンク桃色のウサ耳。そう、彼女だけ鮮やかな桃色の毛並みなのだ。
表情は非常に厳しいものだけど、顔つきはお人形のように整っていて、大きな目と小さな口が幼さを際立たせている。一言で言うと、めちゃくちゃ可愛い。
「エ、エリネン! 助けてくれや! こいつら頭がいかれとる!」
「フィリスの姉貴…… あんま情けないとこ見せんといて下さいよ。まぁ安心してください。ウチらが来たさかいに--」
僕らに取り押さえられ涙目のリーダーの訴えに、エリネンと呼ばれた彼女はやれやれと言った感じで答えた。
そんな容姿に対して大人ぶった振る舞いを見て、僕は思わず呟いてしまった。
「可愛いな……」
ビタッ。
そんな効果音が聞こえそうなほど急激に、エリネン氏が停止した。
「「あっ……」」
彼女の部下らしい夜曲の集団が、恐れるように彼女から距離を取る。
あ、あれ…… 僕、なんかまずい事言っちゃいました?
一瞬の静寂の後、エリネン氏が一瞬で懐からドスを取り出し、鬼の形相で僕に突進してきた。
「こっ…… このダボがぁ! 殺したらぁぁぁ!!」
「ちょ、ちょっと!?」
突進の速度は、片手間でいなせるものでは無かった。
僕は拘束していたリーダーから手を離し、後ろに下がりながら短剣を引き抜いた。
ギィンッ!
エリネン氏のドスを短剣で防ぐ。あの速度とこの膂力。多分黄金級の上位相当の実力者だ。
彼女は初撃を防がれた事に驚いた表情を見せたけど、すぐにまた端正な顔を憎しみに歪め、僕の首や腹目掛けて斬撃や刺突を放ってくる。殺意が高い。
しかし、こう言う時にも位階の差は残酷なほどに効いてくる。僕は放射光を発するほどに身体強化ぜずとも、彼女の斬撃を危なげなく弾き続けた。
そしてその場の全員が見守る中で数十合打ち合った後、エリネン氏が息を乱し始めた。
「ぜっ、ぜっ、ぜっ…… くそっ、何やこいつ、全然当たらへん!」
「すみません、気に触ってしまったようでしたら--」
「うるせぇ! わえら、何ぼさっとしとぉ! 手伝えや!」
ボゴォン……!!
エリネン氏が部下達に叫んだ瞬間、路地の向こう側から岩が崩れるような音と衝撃が伝わってきた。
それと同時に、その場にいた僕ら以外の全員が停止し、険しい表情を音の方に向けた。
「こ、今度は何ですのぉ?」
キアニィさんの呟きのすぐ後、遠くから人々の悲鳴が聞こえ始めた。
「ぎゃーっ!?」「魔物だー!!」「おい、夜曲の姉さん方に知らせろ!」
魔物。確かにそう聞こえた。
その瞬間、エリネン氏は僕をひと睨みすると、後ろに跳んで大きく距離を取った。
「--くそっ! わえら、行くど!」
「「おう、姉貴!」」
エリネン氏と部下の夜曲達は、僕らを放って悲鳴の方に向かって走り去ってしまった。
残された僕らは一瞬固まってしまったけど、すぐにお互いに目配せをしてエリネン氏の後を追った。
そして追いついてきた僕らを見て、エリネン氏達が目を剥く。
「な、なんで着いてくるんどいや!?」
「魔物が現れたんですよね? 一応僕らは冒険者なので、討伐を手伝いしますよ」
「……ふん! 勝手にせぇ!」
不機嫌そうに吐き捨てるエリネン氏は。よかった。めちゃくちゃキレやすい人かと思ったけど、地雷を踏まなければ理性的な人のようだ。
しかし、地下とはいえ、都市の真ん中に何で魔物が……? 嫌な予感を感じながら、僕らは悲鳴の方向に向かって走った。
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【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
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