第240話 閃炎の魔導士(2)
大変遅くなりましたm(_ _)m
引き伸ばされた時間の中で、僕は同時に様々なものを知覚した。
瞬き程の間だけ部屋中を照らした紫色の光、アシャフ氏から一瞬だけ放たれた強烈な気配。
そして仮面の奥から覗く、僕を見定めるかのような眼光。
彼女の手から迸ったものが何なのか、強化された僕の視覚を持ってしても判然としなかった。
ただ、襲いくる猛烈に嫌な予感に従って、全力で横に身を躱した。
ボヒュッ!
ほぼそれと同時。アシャフ氏が掲げた手の延長線上にある壁から異音がした。
僕はそのままさらに距離を取ってから振り返り、アシャフ氏と壁の双方を視野に納めた。
アシャフ氏はちょうど掲げていた腕を下ろすところだった。一方壁の方には、ちょうど僕の頭の高さのところに、直径数cm程の綺麗な円形の穴が空いていた。
「……!」
風の音が聞こえるので、穴から外まで貫通しているらしい。
部屋の中には焦げ臭い匂いが立ち込めていて、今更になって冷や汗が背中を滝のように流れる。
「ふむ、やはり避けるか…… 強化魔法などと嘯くだけのことはあるな」
アシャフ氏が僕に向き直り、薄く笑いながら言った。こ、この人マジか……
言うまでもなく、避けなければ壁のとそっくり同じ穴が僕の頭に空いていたはずだ。
今の魔法は恐らく、僕がたまに使う螺旋火の超強化版のようなものだ。
火線の温度と流量が桁違いなせいで、殆ど知覚できない程の照射時間だったにも関わらず、石造りの分厚い壁をも貫通してしまったのだ。
加えて、魔法の発動が早過ぎる。魔法は、体の内側に意識を集中させて魔素に働きかけ、魔法を励起状態にし、狙いを定めて放つことで発動する。
この一連のプロセスは訓練によって短縮できるけど、彼女の速度に追いつこうとすると只人の寿命では無理だろう。
異常な威力の魔法を、ありえない発動速度で放つ。これが閃炎の魔導士。平然とこんな事をやってのける性格も含めて、ともかくヤバイ人のようだ。
「--てめぇっ!?」
「ちょっと笑えませんわぁ……」
「何のつもりだ!? カサンドラ殿の紹介とはいえ、許せぬ!!」
ゼルさんを皮切りに、キアニィさんとヴァイオレット様も武器を構えた。
他のみんなも険しい表情で臨戦体制に入っている。斯くいう僕も、今の一瞬で完全に戦闘モードに切り替わった。
いつでも踏み込めるように身体を撓め、槍をアシャフ氏に向けている。
「騒ぐな。言っただろう。少し評価を上げると」
しかし当のアシャフ氏は、殺気立つ僕らを前にしても動じず、ただ煩わしそうにそう言った。
「……どういう意味ですか?」
「はぁ…… タツヒト。貴様の位階は青鏡級の下位といったところだろう。
先ほど俺が放った魔法は、その位階ではギリギリ反応できないものだった。しかし、貴様は避けてみせた。貴様が自身で説明した強化魔法の効果だろうに。
俺は、俺が有能と評価した貴様の言葉を信じ、結果の分かりきった実験を行っただけだ。一体何の問題がある?」
「そ、それは…… 問題無い、のかな……?」
急にものすごく厚い信頼を示されたことで、気勢が削がれる。めちゃくちゃな理屈のはずなのに、なぜか納得してしまった。
みんなも、アシャフ氏の謎の説得力に当てられたのか、険しい表情のまま臨戦体制を解いた。
「よし。納得したのなら次だ。貴様がプルーナだな」
ギロリとアシャフ氏に睨まれたプルーナさんが青ざめ、慌てて僕の後ろに隠れてしまった。
そして顔だけ覗かせ、震える声で訴える。
「む、無理です…… 僕にはあんな動きできません! 死んじゃいますぅ!」
「……勘違いするな。魔法型である貴様の技量を、あのような方法で確かめたりはせん。
時間が惜しい。さっさと貴様の効率的らしい土魔法を見せてみろ」
「そ、そういうことでしたら……」
そう言っておずおずと魔法を使い始めたプルーナさんを、アシャフ氏はまた冷徹な視線で観察し始めた。
「ふむ…… 貴様ら二人、使えそうだな」
アシャフ氏が、円錐のような石塊を手で弄びながらニヤリと笑う。
プルーナさんが土魔法で生成した石筍の先端を、アシャフ氏が手刀で切断したものだ。
もちろん高出力の火魔法で溶断したんだろうけど、溶けたような跡は見られず、綺麗な断面からは特徴的な多孔質構造が窺える。やはりとんでもない技量だ。
最初はビビってたプルーナさんも、アシャフ氏のスーパーテクに目をキラキラさせてしまっている。
「--過分な評価をありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
「さて。貴様らは、この街にあるらしい古代遺跡を探しているのだったな?」
お、やっと本題に移れるぞ。
「はい。別の古代遺跡を調査した際に、この都市内を示す位置に遺跡があるという情報をつかんだんです。シャム、アシャフさんに地図をお見せできる?」
「はいであります! えっと、都市のこの位置に遺跡があるはずが、地表にそれらしいものは無かったであります。
もし大昔の火災でも損壊していないのであれば、地下のどこかに埋もれてるはずだとシャム達は予想しているであります。でも、地下街が広大すぎてちょっと途方に暮れているであります……」
シャムがアシャフ氏に地図を見せながら状況を説明してくれた。
「なるほどな。貴様らが探している古代遺跡の外殻は、生半可な事では破壊できん。恐らく無事だろう。
ふむ…… 取引だ。今から出す条件を達成すれば、有益な情報をくれてやる。
場所については過去の資料からの推定する程度のことしかできんが、恐らく遺跡は特殊な方法で施錠されている。
その解錠方法であれば、正しい方法を教えることができるはずだ」
「本当ですか……!? それで、その条件とは?」
アシャフ氏の言葉に、僕を含めた全員が色めき立つ。希望が見えてきた。
「タツヒト、プルーナ。貴様ら二人とも、魔導大学に入学して魔導士号を取得しろ。それも数ヶ月以内にだ」
「「……へ?」」
予想外すぎるの条件に、僕とプルーナさんは揃って気の抜けた声を出してしまった。
「貴様らはいくつか基礎が抜けているようだが、すでに魔導士水準で魔法の研究開発を行い、実地で運用している。少し学べばすぐに魔道士号を取得できるだろう」
「その、評価して頂けて嬉しいのですが、なぜそのような条件を……?」
僕と、恐らくプルーナさんも、魔法についていつか体系的に学びたいと思っていた。
こちらとしては嬉しいだけの条件だけど、それだけに裏がありそうでとても怖い。
僕の疑問に、アシャフ氏は不機嫌そうに顔を歪めた。
「--俺は魔道士協会の会長と、ディニウム魔導大学の学長を兼任している。
だが、最近の学生や教員どもはたるみきっている。論文の数ばかりで質の低下が甚だしい。
そこに、学のなさそうな冒険者が二人やってきて、通常数年かかる魔導士号を数ヶ月で取得してみろ。
少しでもまともな奴なら、奮起して魔導に対する態度を改めるはずだ。
--それでも態度を改めないボンクラ供は、処分して質の引き上げも行う」
なるほど。意外にもちゃんと教育者らしい理由だった。最後ちょっと怖いこと言ってたけど。
みんなの方を振り返ると、賛成多数のようだった。プルーナさんも首がもげそうなほどに頷いている。
「わかりました。条件を受け入れます」
僕の返答に、アシャフ氏はニヤリと頬を歪めた。
「よし、決まりだな。では早速手続きを--」
「あ、あの! アシャフ。シャムも、学校に行ってみたいであります……」
アシャフ氏を制し、もじもじと上目遣いでおねだりするシャム。
僕だったら二つ返事でOKを出してしまう可愛さだけど、この冷徹な魔導士に通じるだろうか……
「……まあ、貴様もいたほうが面白いか。いいだろう。魔導技術学部の方に入れてやる。だが、入るからには必ず卒業…… 魔導技術士号を取得しろ」
「あ、ありがとうであります!」
「……ふん」
おぉ、通じたよ。やはりカサンドラさんや教皇猊下と同じく、自分と同じ顔を持つシャムには優しいようだ。
そのアシャフ氏は僕らから視線を外すと、机の上にあったベルを鳴らした。
先ほどの騒ぎでは誰も来なかったのに、すぐにノックと共に先ほどの給仕の方が部屋に入ってきた。教育が行き届きすぎている。
アシャフ氏が給仕の方に人を呼ぶように申しつけると、数分後には三人の人物が応接室に集まった。
三人はそれぞれ妖精族、兎人族、鉱精族で、バラエティに富んだ面子だ。
「お呼びでしょうか、協会長」
代表して、温和そうな妖精族の方がアシャフ氏に尋ねた。
「ああ。この三人を魔導大学に入学させろ。数ヶ月で魔導士、あるいは魔導技術士になれるだろう。
プリシッラは黒髪のタツヒト、ガートルードは橙髪のプルーナ、ザスキアは白髪のシャムの面倒を見ろ。
それと、あとそこの壁も直しておけ。ではな」
アシャフ氏は早口でそう伝えると、さっさと部屋から出ていってしまった。
「「……」」
残された僕らは、無言で見つめ合い、どちらともなく苦笑を浮かべた。
彼女の被害者という連帯感で、早くもこの三人と打ち解けられそうな予感がする。
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