第238話 どこかで見た受付嬢
遅くなりましたが、土曜分を更新しました。
本日はお昼頃にも更新しているので、ご注意くださいませ。
2024/10/01 タイトル変更
首都ディニウムに到着した日の翌朝。僕らは朝から宿を出て、この街の冒険者組合に向かっていた。
ここの古代遺跡はそう簡単に見つけられなそうな事がわかったので、依頼を片付けながら腰を据えて探索しようということになったのだ。
あと、多分位階や功績点で考えると、何人か昇級できそうな面子がいるはずなんだよね。
正直、邪神討伐の報奨金がかなりの額だったので、お金には結構、いやかなり余裕がある。
加えて、僕が設計したカミソリや髭剃り液の粉は、その販売マージンが僕の口座に振り込まれ続けていた。
僕とヴァイオレット様の手配が解かれた時点で覗いてみたら、口座にはびっくりするような額が入っていて、なおも増え続けている。
富裕層の男性向けの販売戦略は大成功のようだ。何しろ、ここ魔導国の港町でも王国産のカミソリを見かけたほどだ。ちょっと感慨深い。
そんなわけで、依頼をこなさなくても10年、いや下手したら死ぬまで優雅に旅することができるかもしれない。
ただ冒険者とは難儀なもので、懐に余裕があっても、依頼を長期間こなさないとソワソワしてしまうものらしい。
依頼をこなしてお金を稼いでる実感が無いと落ち着かないのと、何より体や勘が鈍ることに恐怖を感じてしまうのだ。
それに今回は違ったけど、南部山脈のことを考えると、次の古代遺跡は魔物の領域のど真ん中にある可能性も十分あり得る。
常に備え、牙を研いでおく必要がある。それがみんなの共通認識だった。
ちなみに、そんなかっこいいことを言っていたみんなは、今はお肌テカテカでとても機嫌良さそうに歩いている。理由は、昨夜の対戦でものすごく盛り上がったからだ。
昨日行った地下街三階の色町。あんな場所に行ったのだから、みんなムラムラしてしまうのは非常にわかる。とてもわかる。
でも一番の原因はゼルさんだ。彼女は、帰り道でこっそり男性用のスケスケ下着を購入していたのだ。
僕の名誉のために詳細は伏せるけど、大変恥ずかしい思いをしたとだけ言わせて下さい……
「む、どうしたタツヒト。顔が赤いようだが、体調が悪いのか?」
ヴァイオレット様が目ざとく僕の様子に気づく。誰のせいだと思ってるんですかという気持ちが湧き上がるけど、本当に心配そうにしている彼女の顔を見たら霧散してしまった。
「い、いえ。大丈夫です。ちょっと疲れはありますが、元気ですよ。あ、あそこじゃないですか?」
いつの間にか到着してた冒険者組合の建物は、首都のものだけあって立派な石造りで、ちょっとした城くらいの大きさがあった。
中に入ると、広い受付スペースは多くの冒険者達でごった返していた。兎人族はもちろん、王国出身らしき馬人族や妖精族、鉱精族もちらほら見える。
彼女達を横目に二階の黄金級以上の受付スペースに上がると、流石に一階ほどは混んでいなかった。
まずは昇級試験について相談しようと列に並び、前に進んでいくと、受付の人の声が聞こえ始めた。
……ん? 受付の人のこの声って-- でも魔導国語だし、こんなところに居るわけないし……
確信的な予感と、それを否定する思考の双方を感じながら待っていると、僕らの前の人が捌けて受付の人の顔が見えた。
「***-- あらみなさん! こんなところで奇遇ですね」
「--はい、本当に奇遇ですね。お久しぶりです」
妖精族特有の長い笹穂耳、透き通るように白い肌、輝く金髪。そして、シャムと全く同じ顔。
遠く帝国の冒険者組合で受付をしているはずのカサンドラさんは、にっこりと僕らに笑いかけた。
「カサンドラ!!」
後方からシャムの嬉しそうな声が響く。振り返ると、彼女がプルーナさんの背中から飛び降りたところだった。
脳裏に帝国の冒険者組合での一場面が蘇り、視界の端でヴァイオレット様があわててシャムに手を伸ばす。
あの時は、思わぬ再会に感情を爆発させたシャムが、身体強化付きの危険なダイビングハグをカサンドラさんにかましたのだ。
僕もシャムを止めようと動きかけたけど、その必要は無かった。彼女は一瞬何かを思い出したように立ち止まると、走らずにとてとてと歩き、僕の横に並んだのだ。偉い。
「カサンドラ、ちょっと縮んでしまったでありますが、シャムであります! 分かるでありますか……?」
少し不安そうな様子のシャムに、カサンドラさんは慈母のような笑みで答えた。
「ええ、もちろん。久しぶりですね、シャムちゃん。そしてタチアナさん、今はタツヒトさんとお呼びすればいいんですよね?
大体のことは猊下からお手紙で伺っていますよ。大変でしたね」
「--やっぱり、お知り合いだったんですね。はい、魔窟都市を出てから、本当にいろいろな事がありました…… あの、カサンドラさんはなぜここに?」
「うふふ。私、冒険者組合の支部を見て回るのが仕事なんですよ。本当に偶然ですね」
にこにことそんな事を言うカサンドラさん。いやー、ちょっとそれは無理があるというか……
猊下といい、この人も本当に底が知れない人だ。今手紙って言ったけど、聖都からここまで手紙が届いたにしては早すぎるし。
「シャ、シャムちゃんがもう一人……? 猊下の時も驚きましたけど、一体何人いらっしゃるんですか……?」
僕らのやり取りを見ていたプルーナさんが驚愕の声を漏らす。そりゃそうか。
シャムと全く同じ顔の人が、一人ならまだしも二人現れたのだ。驚くなと言う方が無理だろう。
「そちらの方が、新しく『白の狩人』に入られたプルーナさんですね。
ふむふむ…… 積もる話もあるでしょうから、ちょっと別室に行きませんか?」
カサンドラさんに別室へ案内された僕らは、魔窟都市を出てからの事と、今は古代遺跡を探している事をざっくりと説明した。
彼女になら話しても良い気がしたので、アラク様の件や、シャムが機械人形であることも洗いざらい話してしまった。
案の定彼女は驚く様子もなく、ふんふんと僕の話を聞いて頷くばかりだった。
ちなみに、その間彼女はシャムを膝の上に乗せ、ひたすらその頭を撫でていた。シャムもご満悦だ。
「--なるほど、事情は分かりました。皆さん、相変わらず持ってますねぇ……
さておき、私もシャムちゃんのために少しお手伝いをさせて下さい。ちょっとお待ちを」
そう言って彼女は、机の上にあった白紙の紙を取るとサラサラと筆を走らせ始めた。
「何時ぞやの時も助かったが、またどなたかに紹介状を書いていただけるのだろうか?」
「ええ。実は、ここに住んで長い知人がいるんですよ。今書いているのはその人への紹介状です。
結構立場のある人ですし、長生きなので、お探しの古代遺跡について何か知っているかもしれません」
「あ、ありがとうございます! それで、なんという方なんですか?」
「はい。アシャフといって、内壁街の中心あたりにある赤い塔に住んでいる魔導士です」
「え、それってまさか……!?」
名前に聞き覚えがあったのか、プルーナさんが目を見開く。
「肩書きで言うと、魔導士協会長さんですね。ちょっと気難しい人ですけど、私の紹介なら会ってくれると思いますよ。
--よし。はい、こちらをどうぞ」
カサンドラさんはあっという間に書き上げた紹介状を差し出し、いつものようににっこりと微笑んだ。
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