第234話 懐かしの古代遺跡
好機……!
目の前に墜落した風竜に、僕はすぐに走り寄ろうとした。
しかし、先ほどの一撃で魔力のほとんどを持っていかれたようで、脱力感に膝をついてしまった。
「ヴァ、ヴァイオレット様!」
「……! 了解した! 皆、囲んで各自攻撃! 飛び立つ前に仕留める!」
「「応!」」
絞り出した僕の声に、ヴァイオレット様はすぐ応えてくれた。
みんなが彼女の指示に従い、竜を取り囲んで武器を構える。
しかし、攻撃が開始されることはなかった。全員、訝しぶむように竜をみている。
ここに来て僕も違和感に気づいた。こいつ、墜落してから微動だにしていないぞ。
するとヴァイオレット様が慎重に竜の口元に近づき、呼吸やら瞳孔を確認して頷いた。
「あの、もしかして……?」
「あぁ。すでに死んでいるようだ。 --おめでとうタツヒト。君の魔法は、青鏡級の竜種を一撃で葬るほどの高みに至ったようだ」
「す、すごいですタツヒトさん! 天からの雷で高位の竜種を倒すなんて、まるで神様みたいですよ!」
二人の言葉に、特にプルーナさんの「神様みたい」という言葉にぞくりとした。
僕が今手に持っている天叢雲槍。これは本当に神器なのだ。人類の枠を超えた、神域に近い力を振るうことができる。
達成の実感は無く、ただじんわりとした恐怖を感じてしまった。
「二人とも、ありがとうございます。でも、大半はこの槍のお陰です。 --自分が強くなったのだと、勘違いしないようにしないとですね……」
「相変わらず真面目だにゃあ…… 武器も含めて実力だにゃ」
「もう、ゼルは考えなさすぎですよ。でも、怪我人が出なかったことが何よりです。普通、竜種に襲われて全員無事だなんてあり得ないですから」
「ええ、そうですね。 --さて、ちょっと大変ですけど、目ぼしい素材だけ剥いでしまいましょう」
それから僕らは、風竜から魔石や爪、あとキアニィさんのリクエストで背中のフィレ肉にあたる部位などを剥ぎ取った。
王都で長期低温調理した竜肉のステーキを振る舞った時、みんな美味しい美味しいと食べてくれたけど、特に彼女は感涙に咽び泣いていたからなぁ。よほど気に入ってくれたのだろう。
ちなみに観察してみると、竜の背中の両翼の間、それから胸の中心付近は黒く焼け焦げ、周囲の鱗にも稲妻状の焦げ跡が残っていた。
多分、落雷は背中から胸に抜け、うまく心臓を焼く経路で電流が走ったのだろう。
こいつもまさか、怨敵を見つけてほんの十数秒で返り討ちに合うとは思っていなかっただろうなぁ。
そうしてはぎ取りや観察がひと段落したところで、キアニィさんが何かに気づいた。
「--あら? ねぇみなさん。この方の下、雪原が崩れておりませんこと?」
指摘されてみんなで覗き込んでみると、竜の墜落によって雪が吹き飛ばされた場所、そこに小さくクレバスが覗いていた。
底も見えない真っ暗な亀裂。そこに試しに灯火を投下してみたところ、十数m下の方で照らされる岩肌が見えた。
どうやら、目的の場所はすぐ真下にあったらしい。
風竜の巨体に、蜘蛛人族のプルーナさんに出してもらった糸を括りつけ、僕らはクレバスの下へ降りて行った。
糸を伝って十数m降下すると、そこは谷底のようになっていて、奥の方には古代遺跡への入り口が見えた。
「先に行くであります!」
「あ、シャム! 一人で行っちゃダメだよ!」
走るシャムの後を追って遺跡に入ると、そこは以前と変わらぬ姿を留めていた。
爆破されたように内側に吹き飛んだ入口の扉、のっぺりとした廊下と無機質な照明、寝室にはベッドを三つ並べて作った特大ベッドが置いてある。
「懐かしいであります…… シャムの世界は、ここから始まったであります」
寝室まで進んだ後、シャムは穏やかに微笑みながら呟いた。
あの頃は、あの特大ベッドでシャムを間に挟んだ僕とヴァイオレット様の三人で眠っていたっけ。
「ふふっ、あの日々は本当に楽しかったな……」
「シャムもまだ本当に赤ん坊で、ちょっとしか喋れなかったもんね」
「そ、それは忘れてほしいであります……」
「え…… 三人とも懐かしいっていってますけど、それってほんの一年前くらいですよね?」
「ああ。彼女は生まれ出て三日ほどで三歳児程に話せるようになり、四日目の朝には急に今程度の知能に成長したのだ。当時は我々も驚いたものだ」
「そ、そうなんですね…… すごいねシャムちゃん。僕ら人類はそれに十数年かかるのに」
単純に驚いたという表情で言うプルーナさんに、シャムはほんの少しだけ傷ついた表情を見せた。
「むぅ…… その言い方は、なんだかちょっと寂しいであります」
「あ…… ご、ごめんね。 --あの、ここまで生活設備らしいものしかありませんでしたけど、肝心のシャムちゃんの部品やその手がかりになるものはどこにあるんでしょう?」
「それならこっちだよ」
僕は隠しスイッチになっている置き物を操作し、ロックの外れたクローゼットを横にずらした。
そして驚くみんなを引き連れ、クローゼットの裏にあった狭い通路を通って隠し部屋まで案内した。
隠し部屋は、中央に鎮座するコンソール付きの縦型カプセル、それに繋がる大きな装置、手術台のような物なんかも、全て当時のままの状態だった。
「すごい。山脈の頂上付近に、これだけ保存状態の良い遺跡があるなんて…… 中央の透明な容器といい、大聖堂の聖槽の部屋によく似ていますね」
「タツヒトが、あそこからシャムを取り出してくれたのであります!」
「ほへー…… そんじゃあ、あれがシャムの母ちゃんかにゃ」
「う、うむ。まぁ、間違ってはいないか……?」
珍しそうに隠し部屋の中を眺めるみんなだったけど、暫くしてここに来た目的を思い出したようだった。
目的はシャムの部品と、ここのような拠点の手がかりの捜索だ。
前者は猊下から手ほどきを受けたロスニアさんの元、それらしいものをこの場で探すことになった。後者についてはシャムにカプセルのコンソールで調査する。
古代文明の遺産、機械人形であるシャムの体は、邪神の強力な風魔法によって致命的な損傷を受けた。
四肢が吹き飛び、胴体の骨格、筋肉、内臓が全てズタズタで、その場では手の施しようが無いほどだった。
猊下によると、この内、生体ベースの筋肉や内臓はなんとかなったのだけれど、骨格だけは完全に修理することはできなかったらしい。
シャムの骨格は、高強度の金属骨格、兼集積回路、兼化学プラントなど、多様な機能を持つ超重要部品だったのだ。
この特殊な骨格によって、機械と生体という相反する要素から成り立つ機械人形は正常に機能できるらしい、
今のシャムの童女の姿は、骨格の破損部分を取り除いて切り揃え、生体部品の方をそれに合わせて無理やり縮小させた結果らしい。猊下、まじですげぇ。
そんなわけで僕らは、部屋にあった機械人形の骨格らしき部品を根こそぎ集めた。
ロスニアさんは、僕らが持ってくる部品を次々に診断していき、最後の一つを確認し終わったところで息を吐いた。
「皆さんお疲れ様でした。でも、とても残念ですが、シャムちゃんに使える部品はありませんでした。
見た目には劣化しているようには見えませんけど、世代が違うのか、故障か、内部の劣化か……
いずれにせよ、猊下から教わった診断魔法で使用不能と出てしまったんです」
悲しそうに告げるロスニアさんに、自然とみんなの雰囲気も暗くなる。
「そうですか…… ロスニアさん、確認ありがとうございました。 --シャム、そっちはどう?」
「ちょうど調べが付いたところであります! みんな、これを見て欲しいであります!」
「お、どれどれ」
全員でコンソールの前に集まると、画面にはこの星の世界地図らしきものが映し出されていた。
やっぱり地球の世界地図とそっくりだけど、ほんの少しずつ大陸や島の形が違う。
地図上には複数の点が光っていて、その内の一つはここ、南部山脈の古代遺跡を指しているらしかった。
地球でいうと、フランスとスペインを隔てる山脈らへんになるんだろうか?
「この光っている点が、ここと同じような古代遺跡の位置ということかしらぁ?」
「そうであります! この装置に残されていた記録から、ここを作った集団の過去、および将来作成したであろう拠点の位置を推定したであります!」
「おぉ、さすがシャム! それで、ここから一番近いのは…… ここかな?」
現在位置から一番近い光点は、地球でいうところのイギリス、多分首都のロンドンらへんを指していた。
「うむ。そこはは、イクスパテット王国の海を隔てた隣国、レプスドミナ王国だな。位置からしてその首都、ディニウムのあたりだろう」
「「ディニウム!?」」
ヴァイオレット様の言葉に、ゼルさんとプルーナさんが同時に反応した。
「あの有名な賭博都市かにゃ!?」「魔導士の都と言われる、あの!?」
「う、うむ。双方の面で有名な都市だな。体裁上、魔導都市などと呼ばれることが多く、国名も魔導国と略される」
「よっしゃ! シャムのためだにゃ! すぐに向かうにゃ!」
「そうですね! シャムちゃんのためですもんね! 行きましょう、みなさん!」
「……なんだか、納得が行かないであります」
テンションぶち上がりの二人に、シャムはじっとりとした視線を向けた。他のみんなも苦笑いだ。
ともあれ、僕らの次の目的地が決まった。隣国レプスドミナ王国の首都、魔導都市ディニウムだ。
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