第232話 古巣
遅くなりすぎましたが、土曜分を更新しました。
ちょっと長めです。
近隣国家の中でも有数の国力を誇るイクスパテット王国。その王都であるセントキャナルは、三重の巨大な都市防壁、中央に聳え立つ白亜の王城、都市内を流れる幾つもの運河を持ち、その名に恥じない威厳と美しさを誇る。
そんな王都であっても、正道を歩めない者は他の都市と同じく一定数存在する。職を失った者、頼る宛の無い異邦人、犯罪者、そして、王家から切り捨てられた暗殺者。
彼女達が身を寄せる貧民街は、中央から三つ目の最も外側の防壁に、へばりつくように存在している。
そんな普通の者であれば決して近寄らない場所へ、マントを羽織ってフードを目深に被った女が一人、特に気負う様子も無く入っていった。
彼女は道端で物乞いをしている者に話を聞いたりしつつ、あたりを注意深く見回しながら、貧民街の奥へ奥へと進んでいく。
そしてたどり着いたのは、小さなボロ屋だった。しかし見るものが見れば、うらぶれた外見に反して頑丈な造りをしていてることが見て取れる。
彼女はそれを確認して頷くと、真っ直ぐにその建物へ歩いて行った。
「--敵襲だ!」
地表に見えているボロ屋は偽装であり、百名は収容できる地下施設への入り口だった。
そしてその地下施設は今、突如として現れた強力な侵入者によって、蜂の巣を突いたような騒ぎに陥っていた。
「一人でかかるな! 全員で-- ぐっ……!?」
「くそっ! 王家の刺客か!? だが、何故一人で!?」
侵入者、フードを被った女に、施設に詰めていた蛙人族の暗殺者達が次々に襲いかかる。
しかし彼女は、繰り出されるナイフを捌き、吹き矢を紙一重で避け、暗殺者達の顎先に的確に拳や足先を当てて昏倒させていく。
そうしてさほど時間を要することなく施設の最奥までたどり着いた彼女は、目の前の扉を勢いよく開けた。
バァン!
その瞬間、部屋の中から十数本のナイフや吹き矢が彼女に飛来する。
キキキィンッ!
しかし、彼女は凶悪な形状のナイフを高速で翻し、その尽くを一瞬で弾き飛ばしてしまった。
「--随分手荒い歓迎ですわねぇ」
「「……!?」」
部屋は会議室のような造りで、中央に大きなテーブルがあり、十数人の蛙人族が詰めていた。
そしてその全員が今の一瞬で襲撃者の力量を察し、冷や汗をかきながら武器を構え直した。
しかし当の襲撃者は、ナイフをしまって降参するように両手を上げてしまった。
「お待ちなさぁい。今日はわたくし、話をしにきましたのよ? 入口でもそう言ったのですけれど、全然話を聞いてくれないんですもの」
そう言って彼女が自身のフードを取ると、その下には緑色の蛙人族の顔があった。
妖艶で整った顔立ちに、髪は肩にかかるくらいのドレッドヘア。元暗殺組織ウリミワチュラにして、現在は冒険者パーティー『白の狩人』の斥候、キアニィだ。
彼女の顔を見て、その場にいた二人の蛙人族が目を見開き、リーダー格らしき黄色の蛙人族が怒りに顔を歪めた。
「貴様は……!? 緑の85番! この裏切り者め…… よくも我らの前に顔を出せたものだな!?」
「久しぶりですわねぇ、黄の72番。2年ぶりくらいかしらぁ?
わたくしの元部下の二人も無事な様子…… 安心しましたわぁ。それだけが心残りだったんですの。
あ、わたくし今はキアニィと名乗っていますの。できればそちらの名前で--」
「黙れ! 一体何をしにきたのだ! 我らに成り代わり、王家に取り入ったか!?」
「まぁ、当たらずとも遠からずですわねぇ…… 取り敢えず、こちらを渡しておきますわぁ」
キアニィはマントの下から皮袋を二つ取り出すと、テーブルの上に放った。
ドチャチャッ。
思い音と共に着地した皮袋の中から金貨が溢れ出す。
その光景に暗殺者達は一瞬目を奪われたが、すぐにキアニィを睨みつけた。
「……なんのつもりだ?」
「王家から預かったあなた方の当座の生活資金と、もう一つはわたくしと、わたくしの強くてかっこよくて可愛い彼からの見舞金ですわぁ。
あまり良い関係では無かったとはいえ、彼女の古巣が困っているなら助けるのが筋でしょうって、本当に惚れ惚れしてしまいますわぁ。
調べてみた感じ、その…… わたくしが言うのもなんですけれど、あなた方今大変なのでしょう?」
「「……!」」
キアニィの発言に、蛙人族達が恥辱と怒りに顔を紅潮させた。
王家との蜜月の元、勢力を急拡大させた巨大暗殺組織ウリミワチュラ。
しかしその庇護を失った今では、人員の半数が逃亡し、残った者も細々と窃盗などで食い繋いでいる状況だ。
それを、その原因となった男にうまく擦り寄った裏切り者に言われたのだ。彼女達全員、はらわたが煮え繰り返るような思いだった。
そしてその思いが、黄の72番にこんな台詞を吐かせた。
「彼……? ふん。タツヒトとかいう、女に頼るしか能の無い雄ガキだろう? 大方お前も--」
ガァン!
会議室に轟音が響き、全員が弾かれたように音の発生源に注目した。
黄の72番の真横の壁。そこにいつの間にか、短剣が出現していた。頑丈な壁に刃の部分が見えないほど深く突き刺ささっている。
短剣の射線を辿ると、キアニィが投擲の姿勢から戻る最中だった。
全く反応出来なかった黄の72番の体から冷や汗が溢れ、他の暗殺者達も戦慄する。
今更になって実感したのだ。目の前にいるこの女は、その気になれば一瞬でこの場の全員を皆殺しにできるのだと。
「き、貴様、どうやってそれ程の位階に…… 2年前は俺の方が……!」
「もちろん、頑張って修行したからですわぁ。それで…… 今なんとおっしゃったんですの?」
キアニィの暗殺者にあるまじき凄まじい殺気。それに晒された黄の72番は、ごくりと喉を鳴らした。
「い、いや…… 失言だ。すまなかった」
「あら、素直ですのねぇ。それじゃあ素直ついでに、みなさん席に着いて下さる? 先ほども言いましたけれど、わたくしはお話をしにきましたのよ?」
脅されるように席に座らされた彼女達は、キアニィから王家の意向を一方的に聞かせられた。
曰く、組織の解体は決定事項であり、しかし構成員の処分までは行わない。
かといって、暗殺の技能を有する者達をそのまま野に放つ訳には行かないので、現在適切な配属先を調整中である。
調整が終わるまでは、連絡役を置くので、その人物と定期的に連絡を取り合いながら大人しく待つこと。
もし反抗するならば、構成員へ処遇について、王家は再考せざるを得ない。
暗殺者としての自負を持つ組織の人間からすれば、最低より少しましといった対応だった。
散々我々に頼っておいて何を勝手な……! 黄の72番を始めとした暗殺者達は、そんな風に強い憤りを感じながらも、どこかホッとしていた。
組織の長であるザハラが処刑された際、組織の意思決定をしていた上層部の老人達は真っ先に逃げてしまった。
その時、残された実働部隊である暗殺者達は、正直どうしたらいいのかわからなかったのだ。
これまで上からの命令に従って暗殺だけに打ち込んできた彼女達に、今の状況は辛すぎた。
疲れと諦め。そして何より、目の間の女には勝てないという直感が黄の72番の首を縦に振らせた。
「色良いお返事を頂けてよかったですわぁ。では、後の事は他の拠点の方々とも連携して、先ほどお伝えした連絡役の方と調整して下さいまし」
「あぁ…… なぁ緑の--」
「キアニィですわ」
「--キアニィ。お前も、俺達と同じく人殺しだけをして生きてきた屑のはずだ。なのに何故、そんなに楽しそうに笑っていられる?」
暗い表情の黄の72番は、対照的に弾むような足取りで帰ろうとするキアニィに声を掛けた。
キアニィは少し驚いた表情で立ち止まると、考え込む素振りも無く答えた。
「それはもちろん、わたくしの全てを受け入れてくれる素敵な彼、タツヒト君がいるからですわぁ!
もう行ってもよろしくて? そろそろ、彼が夕食を作り終える頃なんですの」
「--あぁ。さっさと帰ってくれ」
「ええ、それでは」
そう言って笑顔でキアニィが退出し、会議室が静まり返る。その数十秒後、むっつりと押し黙っていた黄の72番が口を開いた。
「男、か…… くそっ。実に腹立たしいが、少し羨ましいな……」
苦笑気味に吐き捨てる彼女の言葉に、周りの暗殺者達は無言で首肯した。
***
「よし…… 良い感じだ」
ヴァロンソル侯爵家の王都屋敷、その厨房で、僕は一人呟いた。
目の前の大鍋には大きな竜肉の塊が入っていて、三日ほど前からとろ火にかけていたお陰で、良い感じに仕上がっている。
竜肉は通常の方法で火を通すと固くなってしまうのだけれど、この長期低温調理法で柔らかく美味しく食べる事ができるのだ。
こんなにのんびり料理に興じていられるのは、今が待ち時間だからだ。
陛下への報告を終えた後、諸々の用事を終えるまで、僕らはこの屋敷に逗留させてもらえることなった。
用事とは、邪神討伐の報酬やら勲章の授与、戦死者の葬儀、報酬に含まれていた邪神の甲殻を使った装備の製作、暗殺組織ウリミワチュラへの対応などだ。
今日の段階で陛下に会ってから一週間程が経っていて、用事の大半は完了している。
残った暗殺組織の件も、今日で片がつく予定だった。
「とは言うものの、キアニィさん、一人で大丈夫かなぁ…… やっぱり僕も着いて行ったほうが-- わっ……!?」
突然後ろから抱きつかれ、慌てて振り向くとキアニィさんだった。
悪戯大成功! そう顔に書いてあるかのような良い笑顔だけど、全く気配がしなかったので本当に焦った。
位階が上がると気配が強くなるので暗殺には不向きだ。しかし訓練を怠らなければ、気配を消しつつ、ある程度身体強化を維持する術も身につけられるようだ。ちょっと反則だよね。
「うふふっ、心配してくださって嬉しいですわぁ。でもご安心を。お仕事は無事終わりましたわぁ」
「びっくりしたぁ…… お仕事お疲れ様でした。お怪我はないですか?」
「ありませんわぁ。それより、もしかしてそれって……」
「はい! 以前お話しした、長期低温調理した竜肉です。やっとこれをキアニィさんに食べて貰えますよ!」
ヴァイオレット様以外の面子には、まだ竜肉のステーキを振る舞ったことがなかった。
特にキアニィさんはもの凄く食べたがっていたので、この辺には仕事が片付くだろうと言っていた今日に合わせて準備していたのだ。
「タツヒト君……! 愛していますわ!!」
今度はするりと正面に回って僕を抱きしめるキアニィさん。その目には涙まで浮かんでいる。
「わっと…… ふふっ、厨房で危ないですよ? お肉は、もう引き上げてさっと焼くだけなので、みんなを食堂に呼んで貰えますか? 夕食にしましょう」
「ええ、わかりましたわぁ!」
弾むような足取りで厨房を去っていくキアニィさんに、思わず笑みが浮かぶ。
ウリミワチュラの件も片付いて、新装備も揃った。これでやっとシャムの体を元に戻すための旅に出られる。
最初の目的地は王国と帝国を分断する南部山脈、その山頂付近にある古代遺跡だ。
多分、僕らを激しく憎悪しているアイツがいるはずだけど、今の面子ならきっと大丈夫だろう。
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【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
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