第231話 戦後処理(2)
遅くなりました。金曜分の更新ですm(_ _)m
だいぶ長めです。
あと本話より、視点が変わる際の区切り記号を『-』の連続から『***』に変更しました。
チチチチチ……
大森林を貫き、聖国、連邦、王国を繋ぐ聖者の街道に、小鳥の鳴き声が響く。
邪神やその眷属達が討伐されたことで、森は以前の環境を取り戻しつつあるようだ。
その街道を、王国へ戻る遠征軍が西へ進んでいる。出発時より三千人ほど数を減らしてしまっているけど、三万弱の隊列はかなり長大だ。
僕ら『白の狩人』は、王国最強の紫宝級冒険者パーティー、『湖の守護者』の皆さんと一緒に、その遠征軍の後ろについている。
冬の寒さで吐く息も白く、少し雪が積もっているので路面状況は悪い。しかし、邪神討伐をやり遂げた僕らには殆ど苦にならない。
魔物の襲撃もないので、みんな暇を持て余して近くの人とおしゃべりに興じていた。
「しっかし、本当にあの一撃はすごかったよなぁ。一瞬巻き込まれて死んだかと思ったぜ!」
「す、すみません、必死だったもので……」
僕が今話しているのは、『山脈断ち』の異名を持つ紫宝級の万能型剣士、エレインさんだ。
邪神に止めを刺した僕の雷撃を、先ほどからしきりに褒めてくれている。 --褒めてくれているんだよな……?
「でも、エレインさんの『山脈断ち』も凄かったです。あの冗談みたいに硬い邪神の甲殻を破壊するなんて、他の誰にも出来ませんよ。お陰で僕の雷撃も通りましたし」
「ありがとよ。だがまぁ、あれは他の連中が地道に攻撃を重ねた結果だ。俺は最後の一押しを譲ってもらっただけだ。
--そういや、あんだけの事をやったんだ。あんたの新しい二つ名も考えねぇとなぁ……
ん〜…… 『傾国の霹靂』、『神殺しの傾国』、あとは--」
「ちょっ…… 待って下さい。あの、『傾国』は抜いてくれませんか? 割と真剣に困ってるんです……」
「あん? 何でだよ、一番あんたの特徴を表してる言葉だぜ? ん〜…… そんじゃあ、『傾城の雷帝』とかにしておくかぁ?」
「殆ど意味変わって無いですよ! 勘弁して下さい……」
エレインさんくらい影響力のある人が呼び始めたら、おそらくそれが正解になってしまう。
傾国とか傾城なんて文字が入らないよう、ここは断固として抗議しなければ。
その思いが通じたのか、何とかその場ではまずい二つ名がつくことを阻止できた。
でもこの人、気に入ったやつを思いついたら勝手に広めちゃいそうだなぁ……
かといって、自分から二つ名を広めるなんて真似は僕には出来ないし…… もういいや、成るように成れだ。
それから数日後、遠征軍の隊列は無事に聖者の街道を抜けた。
森を出た場所はベラーキからあまり離れていなかったので、隊列の皆さんに断って、僕らはダッシュで村に顔を出しに行くことにした。
ベラーキ村のみんなは、僕らの帰還と、連邦とのごたごたが片付いた事をとても喜んでくれた。あと。
「シャ…… シャムちゃんかわいい!」
「うぎゅっ。エマ、苦しいであります」
村に同年代の子供が居なかったエマちゃんは、よほど嬉しかったみたいで、自分と同じ背丈になったシャムを抱えて離さなかった。
村長一家やイネスさん達と小一時間話をして、一応軍務中だからとお暇しようとした時にも、シャムとの別れを惜しんで涙目になっていた程だ。
二人して大人気無いけど、僕とヴァイオレット様はちょっとシャムに嫉妬してしまった。
また来いよと送り出してくれる村のみんなに後ろ髪をひかれながら、僕らは村を出て隊列に合流した。
それからまた二日ほど進み、今度はヴァロンソル領の領都クリンヴィオレに到着した。
ヴァロンソル侯爵領所属の人間は殆どがここで遠征軍から抜け、ヴァロンソル侯爵、それから侯爵領の一部の高官と護衛のみが残った。
そして遠征軍はさらに北進し、一週間ほどかけてやっと王都セントキャナルに到着した。
王都に到着した遠征軍は諸々の解散処理に入り、僕ら『白の狩人』と『湖の守護者』は、侯爵達幹部級の方々と王城の会議室に向かった。
通された大きな会議室には、国王マリアンヌ三世陛下を始め、宰相閣下などのお偉いさんが揃っていて、僕らを迎えてくれた。
以前とは違い、陛下の顔色はかなり良くなっていて、肉付きも元に戻りつつあるようだ。安心した。
その陛下は安心したように僕らを見回し、シャムを見てほんの少し目を見開いた。
「ふむ。全員無事、と言うわけでは無いようだが…… ひとまずは良くぞ戻ってきた。皆、ご苦労であったな。宰相」
「は。これより、三国による邪神討伐作戦の報告会を行う。遠征軍総指揮官プレヴァン侯爵。報告をお願いする」
「了解した、宰相殿。まず結論として、目標である邪神の討伐には成功致しました」
「「おぉ……」」
プレヴァン侯爵の端的な説明に、王都に残った重鎮達が表情も明るくどよめく。
「続いて、討伐作戦について順を追って説明します。現在の連邦の中枢、ヴィンケルの里に到着した我々遠征軍は--」
プレヴァン侯爵が討伐作戦の流れを説明していき、王都側の重鎮達が目をキラキラさせながらそれに聴き入る。
お年を召している方も多いけど、やはり神話の怪物を討伐した話を当人達から聞けるのは、幾つになっても楽しいらしい。もう作戦が成功したことは伝えてあるしね。
最後に僕が雷撃で邪神に止めを刺したところでは、会議室の皆様から拍手まで貰ってしまった。
立ち上がって全方位にお辞儀をして、拍手が収まる頃に座る。王都の皆さんは笑顔で周囲の人達と話し込んでいるけど、しかし僕ら遠征軍側はそうも行かない。
それに気づいたのか、陛下がすっと手を上げると一瞬でざわめきが治った。
「報告ご苦労、プレヴァン侯爵。侯爵達を始めとした作戦の指揮官達、現場で邪神と合いま見え勇者達、そして、邪神に打ち滅ぼしたタツヒトに最大限の賛辞を送ろう。本当に良くやってくれた。
しかし、気になるのがその勇者達の表情が優れぬ事だ。何か、追加の報告事項があるのだろう?」
「は…… その通りにございます。ここからはタツヒト、君に報告をお願いしても?」
「承知しました、プレヴァン侯爵。邪神討伐後に起きた出来事について、報告致します」
それから僕は、連邦でもそうしたように蜘蛛の神獣、アラク様や、彼女の娘さん達について話した。
最初は何を馬鹿な…… と言うような表情をしていた王都の重鎮方だったけど、遠征軍の重鎮達の表情を見て頭を抱えてしまった。
アラク様が温厚で友好的だったと言うことも念入りに伝えたけど、統治者からしたらそう言う問題では無いんだよね……
「なるほど、それが其方らの表情の理由か…… さもありなん。 --ヴァイオレット」
「は。なんでございましょう、陛下」
沈痛な表情をしていた陛下は、何かを思いついたようにヴァイオレット様に声をかけた。
「その古き獣の神とやら、美しかったのか?」
「は。遠目からでしたが、この世のものとは思えぬ美貌でございました。そしてかの神は、随分とタツヒトを気に入ったようでありました」
「なるほど…… さすがだな」
「「おぉ……」」
僕を見ながら感心したように呟く陛下に、王都側の重鎮達が感嘆の声を漏らす。いや、『おぉ……』て。
しかも、ちらほら『傾国……』、『神ですら……』、『陛下がお心を乱したのも無理からぬことか……』なんて声まで漏れ聞こえてくる。最後のは不敬罪を適用していいのでは……
会議室がざわつく中、今度は宰相閣下が咳払いで場を静めた。
「タツヒト殿…… 遠征軍全体が感じたと言うのだから、何か超常の存在が現れたと言うことに疑いの余地は無いであろう。
しかし、私はそのような存在を寡聞にして聴いたことがない。何か、その存在を示すようなものは無いのだろうか?」
「はい。先ほどの説明では省かせて頂きましたが、かの神より下賜されたものがございます」
僕は会議室にいた衛兵の方に、預けていたものを会議室に運び入れてもらうようお願いした。
すると暫くして、カートに乗ったそれらを、彼女は恐る恐るといった様子で運んできてくれた。
「む……!?」
「な…… なんだ、その槍は!?」
カートが会議室に運び込まれた瞬間、何人かの重鎮の方々が椅子から腰を浮かした。
その視線の先には漆黒の短槍。ここ二週間弱持ち続けて慣れた僕でも、たまにびくっとしてしまうくらいの異様な気配を放っている。
カートにはさらに、冷めてしまって湯気も立っていない香草茶の入ったカップと、その脇に白い布の塊が置かれている。
「この槍は、蜘蛛の神獣より下賜された天叢雲槍です。
お気付きの通り、強大な魔獣のような気配を放つ尋常ならざる武器です。この場ではお見せできませんが、天候すら操る力があります。
また、銘は私が勝手につけたのですが、こちらの布は時絡めの白布といって、包んだものの時間を止める力を持っています」
槍については納得の様子だった重鎮方は、時絡めの白布の説明に流石に、それは盛ってるでしょと言うような表情を見せた。
うん。予想通りの反応だ。これなら仕込みが役に立ちそうだ。
僕は席を立ってカートに向かうと、布で包んでいたものを会議室の全員に見せた。
中には、湯気を立てる熱い香草茶のカップが入っていた。カートには、対照的に冷えてしまった香草茶のカップが置いてある。
それらを見て何人かの重鎮方は気付き、驚愕に目を見開いた。
二つのカップにはほぼ同時に熱いお茶を注いでいて、注いでからすでに1時間以上経っている。
にもかかわらず、時絡めの白布で包んだお茶は熱いままだったのだ。
僕の説明を聞き終える頃には、宰相を含む王都の重鎮全員がアラク様の異常さを認識してくれたようだった。
それを受けた王国の方針は連邦と同じで、公には邪神討伐は完了と宣言し、大森林深部には触れないと言うものだった。
その後は、戦後処理や邪神の素材分配、連邦への賠償請求内容の確認など、重要ながら細々とした議題が続いた。
そして大方議題が出尽くした頃、陛下が大きく頷いて口を開いた。
「うむ。本日話し合うべき事項はおおよそ話せたな。では会議を解散しようと思うが…… その前に、本作戦における第一の功労者たるタツヒトよ。其方、これからどうするつもりだ。
今は、この余を含めて其方を縛るものは無い。その功績を持って、王国に腰を据えるというなら歓迎するのだが……」
陛下の言葉と共に、会議室の視線が僕に集中する。
「--ありがとうございます。しかし陛下もお気付きの通り、私の仲間が邪神から少々厄介な呪いを掛けられてしましました。
この呪いを解くための素材を集めるため、少し世界を旅する必要があるのです。どこかに腰を据えるにしても、それが解決してからと考えております」
「そうか…… うむ、其方はそういう男だったな。よくわかった。では、本日は閉会とする。
--その心のまま行くが良い、獣の神の加護を授かりし英雄よ。そして見事をその娘の呪いを解いた暁には…… またここへ顔を見せに来るといい。吉報を待つ」
「ははっ!」
穏やかに笑う陛下に深く頭を下げ、僕らは謁見の間を後にした。
***
「--行ってしまったな」
タツヒト達を見送った後、彼女ともう一人以外が去った謁見の間で、国王マリアンヌ三世は小さく息を吐いた。
「陛下……」
そんな彼女を、側近であるケヴィン分隊長が気遣わしげに見つめる。
「案ずるなケヴィン。余はもう区切りを付けたのだ。今のは、そう…… 友人が帰ってしまったことが、ほんの少し物寂しく感じただけなのだ」
「は……」
「しかし、余の在位も残りあと10ヶ月程か…… 連邦や邪神の件で、想定外に時間を取られてしまった。
次代の女王の選定と引き継ぎ、それからウリミワチュラへの対応。全ての事を急がねばならぬ。
--ケヴィンよ。其方の忠節、余はとても嬉しく思う。しかし、其方の生は余が去ってからも続くのだ。
元凶となった余が言えたことではないが、そろそろ身の振り方を考えてみてはどうだ?」
「いえ。私は、最後の瞬間まで陛下と共にあります」
「そうか…… ふふっ、馬鹿者め。 --だが、ありがとう」
そんな言葉と共に、マリアンヌは玉座の肘掛けに置いていた右手をすっとあげた。
するとケヴィンは言葉もなくマリアンヌに近づき、彼女の右手をそっと握った。
その視線が合わさる事はない。しかしその手は離れず、二人は暫くの間お互いの温もりを確かめ合った。
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【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
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