第230話 戦後処理(1)
だいぶ遅くなってしまいました。すみませんm(_ _)m
結構長めです。
夜営を挟んだ翌日のお昼前、僕らは現在の連邦の中枢であるヴィンケルの里のすぐ近くまで来ていた。
一週間ちょっと振りに見る蜘蛛人族の里はやはり幻想的で、地上数十m高さに張られたその威容を思わず立ち止まって眺めてしまう。
すると、樹上で見張りをしていたらしい蜘蛛人族の兵士の人達が降りてきて、連邦語で僕らに誰何してきた。
プルーナさんが答えると、厳しい表情だった彼女達は驚愕に目を見開き、直後にめちゃくちゃいい笑顔で僕の肩を叩いてきた。
目を白黒させていると、彼女達はそのまま、早く早くという感じで僕らを里へ誘導し始めた。
「なんだか、めちゃくちゃ歓迎してくれてますね」
「ふふっ、それはそうですよ。タツヒトさんは連邦にとって救世主ですから。彼女達、『よくぞ戻った、雷光の英雄よ!』なんて言ってましたよ」
プルーナさんが、我が事にのように嬉しそうに教えてくれる。
「雷光の英雄…… ちょっとカッコ良すぎて恥ずかしいけど、『傾国』って呼ばれるより遥かに良いかな。ははは」
「にゃんだ。まーだ気にしてんのかにゃ。そんだけモテるってことにゃんだから、堂々と受け入れれば良いんだにゃ」
「いや、実際に国を傾けかけてるんで受け入れ難いですよ……」
そんな風に雑談しながらゴンドラで里に上がると、案内役の兵士の人が住民の方々に大声で何かを叫んだ。
すると、わらわらと人々が集まってきて、あっという間に取り囲まれてしまった。みんな笑顔で友好的な雰囲気だけど、言葉がわからないのでちょっと怖い。
マネージャーのように振る舞うプルーナさんに言われるがまま、里の人達と握手したりお子さんを抱っこしてあげたりしていると、暫くして聞き覚えのある声と共に人垣が割れた。
「タツヒト!」
走り寄ってきたのは三人。ブチハイエナっぽい種族である鬣犬人族の商人、メームさん。
それから、おそらくは人垣が割れた原因、緑鬼のエラフくん。
そして最後は、初めてみる只人の女冒険者っぽい人だ。小柄でこの辺では珍しい黒髪の短髪、そして人懐っこそうな顔つきをしている。
先頭を走っていたメームさんは、その勢いのまま僕を熱烈にハグしてくれた。ちょっとびっくりして固まってしまう。
「ヴァイオレット達も揃っているな! 全軍で捜索しても見つからなかったのに、お前達、一体どこに行っていたんだ!?」
「すまないメーム。やむを得ない事情があってな……」
ヴァイオレット様がシャムに視線を送ると、メームさんはやっと異常に気づいたようで、驚愕の表情を浮かべた。
今はプルーナさんの背に乗っているので、ぱっと見シャムが縮んでしまったことに気付きにくいのかも。
「シャ、シャム……!? どうしたんだその体は!?」
「ちょっと邪神に呪われてしまったであります! でも、解呪の見込みはあるから心配しないでほしいであります! それとメーム、タツヒトがちょっと苦しそうであります」
「あ…… すまない! け、怪我は無いようだな。うむ……」
「は、はい。メームさん、心配かけてすみませんでした」
赤面して僕から距離を取ってしまったメームさん。入れ違いに、緑色の巨体が僕らの側に立った。
「あら、あなたはタツヒト君のお友達の……」
「お、あん時の緑鬼だにゃ?」
「ウン。タツヒト。ソレニ、タツヒトノツガイタチモ、ブジデヨカッタ」
「エラフくん! 待っててくれたんだね。ありがとう!」
ニヤリと野生的に笑う彼と握手を交わす。三人目の小柄な冒険者の人は、そんな僕らを眺めながら言った。
「へー、この人が噂のタツヒトさんっスかぁ。なるほど、確かに可愛い顔してるのに強そうっスねぇ」
「あの、あなたは……?」
「アタシはマガリ! エラフの兄さんの番っス!」
「チガウ」
「んもー、兄さんてば照れちゃって、このこの!」
巌のような表情のエラフ君の脇腹を、マガリさんがニヤニヤしながら肘で突つく。ず、随分仲がよろしいようで。
「もしかして、マガリさんがエラフくんの先生?」
「--ウン。クロキクモニ、オソワレテイルトコロヲ、キマグレニタスケタ。
モウキズモナオッタノニ、マガリハカエラナイ…… ドウシヨウ……」
「いやいや! 兄さんの王国語は習得途中だし、アタシは恩義を返し終わってないっスから、まだまだ帰らないっスよ!」
本当に困ったという表情をするエラフくんと、ニコニコ笑顔のマガリさん。
「スキニシロ…… タツヒト。カオヲミタノデ、オレハムラニカエル。メーム、セワニナッタ」
「あぁ、気をつけてな。いつかお前の集落とも商売をしたいものだ」
「グッグッグッグッ、ソレハタノシミダ」
いつもの調子に戻ったメームさんと、エラフ君が友人のような距離感で話している。おぉ、何故か謎の感動を感じる。
「って、もう帰っちゃうの? せめて一緒にご飯でも食べようよ」
「スマン。ムラノヨウスガキニナル…… コンドハ、タツヒトタチガ、オレノムラニキテクレ。バショハ、メームガシッテイル」
「そっかぁ…… わかった、必ず遊びに行くよ!」
「ウン、デハナ」
そう言うと、彼はマガリさんをひょいと片手で持ち上げた。
「え…… ちょ、ちょっと兄さん。まさか……!?」
そして彼はそのまま里の端まで駆けていくと、地上数十mの高さから飛び降りてしまった。
「あぁ〜〜〜……!?」
マガリさんの悲鳴が遠ざかり、地面への衝突音が響く。だ、大丈夫だろうか……
しかし数秒後、下から微かに、マガリさんが文句を言う声が聞こえて来た。よかった。エラフ君がどうにかして彼女への衝撃を軽減したんだろうな。
「ふぅ…… あ、メームさん。エラフ君のこと、ありがとうございました。側についていてくれたんですよね?」
「あぁ。話してみると、ちょっと頑固だがいい奴だな、エラフは。
最初あいつは、お前達の捜索に群れで協力すると言ってくれたんだが、軍と人型魔物との間で同士討ちが起きる可能性が高かった。
なので丁重にお断りしたら、あいつは群れを村に返してしまって、自分は見つかるまでここで待つと言い出したんだ。
俺も捜索には力になれなかったから、ここで待つ間に色々と話して過ごしたんだ」
なるほど、それであの距離感だったのか。しかし、流石は人生経験豊富な商人さんだ。
この里の住人の人達の反応を見るに、メームさんのようにエラフ君を受け入れるのはかなり難しいはずなのに。
「おっと、ここで話している場合では無かった。各国の首脳部に、お前達の無事を知らせなければ。ついて来てくれ」
「わかりました。行こう、みんな!」
「「応!」」
メームさんに先導され、僕らは里の住人の人達をかき分けるように里長の館へ向かった。
『おぉ! 御子殿、雷光の英雄タツヒト殿、そして護衛の方々! よくぞ戻られた!』
里長の館の会議室に入った僕らに、エーデルトラウト将軍が真っ先に気づいて声を発した。
例によって、僕らや会議室に詰めている人達は、全員翻訳装具を着けている。
彼女を皮切りに、その場にいた各国の偉い人達が全員席を立ち、僕らを揉みくちゃにした。
連邦側は数人の州長が不在だったけど、ここの里長兼州長のヒルデガルド様や、その娘でプルーナさんの元上司、オルテンシア氏など、主だった面子は揃っていた。
全員が口々に僕らを讃えてくれてる中、ヒルデガルド様が翻訳機を使わず、何事かをプルーナさんに耳打ちするのが見えた。
こっそり観察していると、彼女はヒルデガルド様とオルテンシア氏を真っ直ぐに見返した後、ゆっくりと首を横に振っていた。
オルテンシア氏が、苦虫を噛み潰したような表情になっていたのが印象的だった。
王国側も主だった面子は揃っていて、ヴァイオレット様のお母さんであるヴァロンソル侯爵を初め、みんな僕らの無事をとても喜んでくれた。
不在の『湖の守護者』の皆さんは、今まさに僕らの捜索を行なってくれているらしく、すぐに呼び戻すそうだ。
そして聖国、ハージリア枢機卿とアルフレーダ聖堂騎士団長のお二人は、僕らが怪我なく帰投した事に心から安心してくれたようだった。
シャムの姿に関してはとても驚いていたので、すでに猊下に診て頂いて、これから治療のためにまた旅に出ることを耳打ちした。
二人とも転移魔法陣の事を知っていたようで、納得したような表情になっていた。
あと、ロスニアさんのこともとても気遣ってくれていた。僕らなりに彼女を励ましたつもりだったけど、聖職者の先輩から頂く言葉も彼女の心に染み入ったようだった。
その後、『湖の守護者』の皆さんを含む不在だった面子が揃ったところで、首脳部会談が行われ、僕らはお互いの情報を共有した。
首脳部の方々から伝えられた内容はどれも衝撃的なものだったけど、中でもその死者数に僕らは全員息を呑んだ。
討伐に参加した約六万人の内、六千人程が亡くなったそうだ。これを耳にしたロスニアさんは気丈に振る舞っていたけど、机の下の両手は血が滲むほど強く握られていた。
しかし、僕らが首脳部に伝えた内容はそれを上回るものだった。
三国の精鋭が苦心してやっと討伐した邪神、それが実は眷属で、邪神以上の力を持つ眷属が少なくとも四体存在する。
さらに、狩場に現れた異常な気配は、さらに次元の異なる力を持つ蜘蛛の神獣。
もちろん、アラク様が温厚だったことも伝えたけど、説明を聞き終えた首脳部の方々は、全員絶望の表情で頭を抱えてしまった。
結局その日は、国民向けには邪神の危機は完全に去ったと伝え、大森林の深部には絶対に近寄らないように徹底するという結論に落ち着いた。
会議を終え、戦死者の弔いを厳かに終えたその日の夜には、超大規模な無礼講の打ち上げが行われた。
首脳部の人達は、アラク様の件を忘れようとするかのように激しい飲み方をしていた。
会議の最中は地蔵のようだったゼルさんも、打ち上げの時にはとても生き生きしていた。
翻訳機無しで連邦の人達と意気投合していたので、そのコミュ力の凄さに改めて感心してしまった。いやー、ほんとにすごい。
打ち上げの翌日。僕らは引き止める連邦の人達に別れを言って、王国と聖国の人達と一緒に聖者の街道まで来ていた。
僕らはこのまま王国の遠征軍について行き、ベラーキ村、クリンヴィレオ領都、王都に寄った後、やっと南部山脈の古代遺跡に向かう予定になっている。
軍の人達とメームさん達が隊列を整える間、僕は昨日の事を思い出し、隣にいたプルーナさんに声をかけた。
「プルーナさん。そういえば昨日、ヒルデガルド様になんて言われてたの?」
「え? あぁ。連邦軍に戻らないかって言われたんです。でも、丁重にお断りしておきました。僕の居場所は、ここですから」
そう言って彼女は、はにかみながら一歩僕の方に近寄った。お互いの体が触れ、彼女の暖かな温もりが伝わってくる。
「そっか…… なら安心。これからもよろしくね」
「はい! あ、そうだ。メームさん!」
「……ん? どうした、プルーナ」
呼ばれたメームさんが近寄ってくると、プルーナさんがその耳元に口を寄せた。
「ちょっとお耳を拝借……」
「なんだ? ……!」
プルーナさんに何事かを囁かれたメームさんは、赤面してその場から飛び退いてしまった。
「えへへ…… だから、メームさんは遠慮しないでくださいね?」
「わ、わかった。善処する……」
--どんな話なのか気になるけど、なんだか聞かない方が良い気もする……
そうこうしている内に隊列の準備が整い、メームさんと聖国の方々とのお別れの時間になってしまった。
「それではメームさん、バージリア猊下、アルフレーダ閣下。今回は本当にありがとうございました。
僕らはここで失礼致します。猊下によろしくお伝え下さい。道中、お気をつけて」
「ええ、承りました。皆さんも、あんまり危ないことをしてはいけませんよ?
それからロスニアさん。あなたは立派な聖職者ですが、一人で抱えられるものには限界があります。そんな時は、あなたの周りにいる大切な人を頼って下さいね」
「はい……! お言葉を胸に刻みました。ありがとうございます。バージリア枢機卿猊下」
「皆、旅の間も鍛錬を怠るなよ。シャム、君の体が治ったらまた弓を教えよう。いつでも聖国に帰って来るといい」
「はい! 絶対また会いに行くであります!」
聖者の街道を西に行く王国の人々と、東に行く聖国の人々。西に行く僕らは、東へと遠ざかる人々に名残惜しく何度も手を振った。
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