第023話 杣人の護衛(2)
くそっ、だめだ……!
僕はリゼットさんの元に走りながらおそらく間に合わないであろうことを悟った。
僕の声に一瞬こちらを見た彼女は、すぐに上を向いて顔を引き攣らせた。
彼女はすぐに双剣を上に向けたけれど、樹上から迫る敵は軽く腕を振るっただけで双剣は弾き飛ばした。
そして。
「がぁぁぁっ!?」
樹上から降りた敵に捕まってしまった。
敵は体高2m以上もある巨大なカマキリのような姿をしていて、甲殻は樹木のような色合いだ。
リゼットさんは巨大な両鎌に上半身と馬体をそれぞれ挟まれ、身動きできない状態で激しく出血している。
「姉さん!?」
「エメ、サラ! 木こり達を森から離せ!」
クロエさんが悲痛な声を上げ、イネスさんがパーティーメンバーに指示を出しながら僕の後を追う。
リゼットさんを連れ去ろうとするカマキリの元へ辿り着いた僕は、走ってきた勢いのまま槍を突き込んだ。
「ッシ!」
狙い通り鎌の付け根、甲殻に守れていない関節のところに穂先が突き刺さった。
「ギィッ!?」
たまらずリゼットさんを放り出して僕に向き直る巨大カマキリ。
彼女は弱々しく呻くだけで動けないでいる。すごい出血だっ……
すぐに助けに行きたいところだけど--。
このカマキリは獲物に執着するタイプなのか、リゼットさんのそばを離れず僕を睨みつけている。
そこにイネスさんや他の冒険者の人達が僕に遅れて合流した。
「キシャーーッ!!」
カマキリが凶悪な形の口を開げ、威嚇の咆哮を上げる。
虫のくせに口から叫ぶんじゃないよっ。
「イネスさん! 何ですかこいつは!?」
「アルボルマンティスだ! でかいっ…… 魔法は使わないけど手強いよ! 囲んで関節の隙間を狙いな!」
イネスさんの指示に、僕を中心に、イネスさんパーティーの前衛の人、クロエさんの三人がカマキリを囲む。
イネスさんと、彼女のパーティーの後衛の弓兵二名はその後ろに控える陣形だ。
最初に弓兵の二人が弓を放った。
しかし、カマキリは風切り音を上げながら鎌を振い、飛来する矢を叩き落としてしまった。
その巨体に見合わない速度に、以前戦ったボスゴブリンを思い出す。
あいつもデカい体に対して異様に早かった。
「タツヒト、クロエ! 合わせろ!」
ハルバートを持った前衛の人が攻撃するのに合わせて、僕とクロエさんも攻撃する。
それぞれ甲殻の無い関節あたりを狙ったはずなのに、全て甲殻に当たって弾かれるか、その流線型状に流されてしまう。
カマキリが縦に横にと体を小刻みに揺らしているせいで、みんな狙いが定まらないのだ。
まるで軽量級ボクサーのような洗練された動きだ。
関節への攻撃を警戒し、それを防御する動きを身につけているということか。こいつ結構頭いいぞっ……!
僕の最初の一撃は、リゼットさんを抱えていたから被弾したということか。
それから何度も前衛組や後衛の弓兵が攻撃を試みたけど、刃物による攻撃はほとんど甲殻に阻まれてダメージが通らない。
クロエさんのメイスに期待したいところだけど、力が足りないのか弾かれるばかりだ。
リゼットさんの方を見ると、だんだんと呻き声や身じろぎも小さくなってきている。
時間がない。焦りがあるせいか、僕以外の人達も攻撃が少し雑になっている気がする。
「……射線開けて!」
イネスが叫ぶ。
僕はイネスさんとカマキリとのちょうど間にいたので、急いで横っとびに避けた。
『石弾!』
イネスさんの杖先から、拳大の石の弾丸が唸りを上げて射出された。
しかし。
ッガン!
弾丸はカマキリの胸殻をわずかに削っただけで、やはり弾かれてしまった。
「くそ、だめだ硬すぎる……! みんなそのままあともう少しもたせてくれ! そいつの甲殻を何とかする!」
後ろのイネスさんをチラ見すると、杖を掲げて集中する彼女の周りには橙色の光が淡く放射されていた。
何か大きな魔法の準備をしているようだ。
石弾が痛かったのか、カマキリはめちゃめちゃに両腕の鎌を振り回している。
先ほどまで防御主体だったのが、今度は怒りに任せて攻撃している感じだ。
嵐のような鎌の攻撃を捌ききれず、ハルバートを持った前衛の人が弾き飛ばされた。
僕は何とか隙をついて攻撃しようと機会を窺っているけど、防御だけで手一杯だ。
「イネスさん早く! リゼット姉さんが死んでしまう!」
クロエさんが泣きそうな声で絶叫する。
「わかってる! ……よしっ、行くよ!」
そう言い放ち、イネスさんが走りでて僕らに並んだ。
『放炎!』
彼女の杖先から目を覆いたくなるような激しい炎が迸り、カマキリの胸部に直撃した。
「ギシャーーーッ!?」
思わぬ攻撃にカマキリが両手の鎌をめちゃくちゃに振り回しながら後ずさった。
炎の熱に僕も思わず後ずさる。まるで火炎放射器だ。
このまま決着がつくかと思ったけど、炎の放射は10秒程で収まってしまった。
「姉さん!」
炎に押されて後ずさったカマキリに痺れを切らし、クロエさんが飛び出した。
「クロエさん、待って!」
僕の制止を振り切って、クロエさんがリゼットさんの元に駆け寄る。
しかし、そこはまだカマキリの間合いだった。
胸部を焦がしたカマキリの鎌が隙だらけのクロエさんに襲いかかる。
『風よ!』
そこにイネスさんが生み出した突風が吹き、カマキリの巨体を煽った。
ザクッ!
体勢を崩したカマキリの一撃は、クロエさんから逸れて地面に突きっさった。
「はぁっはぁっ…… 今だ! ぶちこみな!!」
魔法を連発して息も絶え絶えなイネスさんが叫ぶ。
彼女が叫ぶ前に駆け出していた僕の槍が、炎に炙られて脆くなったカマキリの胸郭を貫いた。
カマキリが絶命したことを確認した僕らは、急いでリゼットさんの元に向かった。
彼女の上半身と馬体の腹部には大きな裂傷があり、血がとめどなく溢れている。
顔色は殆ど白に近く、呼吸音も微かにしか聞こえない。これは……
クロエさんが急いで自分のポーチから治療薬を取り出した。
「待って! 今使ったら死んでしまうよ。急いで村まで運んで司祭様に治してもらおう」
イネスさんが治療薬を使おうとしたクロエさんを制止した。
通常の治癒の魔法薬では、体力までは回復しないどころか、むしろ傷を治すことでより体力を消耗してしまう。
そのため大怪我を負った人に使うと、傷は治るけどすぐに衰弱死してしまうことがあるのだ。
「でも、こんなに血が出てっ…… 司祭様のところまで持つんですか!?」
クロエさんの血を吐くような言葉に一瞬押し黙るイネスさん。
「わかったよ…… 使ってみよう」
「いえ、待ってください。これを使いましょう。古代遺跡から出た治癒薬です。これなら衰弱死も防げるかも知れません」
クロエさんの言葉に折れかかったイネスさんを今度は僕が制止した。
ヴァイオレット様が以前言っていた。
古代遺跡産の治癒の魔法薬は、今の技術では再現できないような高い性能を持つことが多いのだそうだ。
村長宅を出る時に持ってきておいてよかった。
「タツヒトさん…… お願いします! 姉を助けてください!」
懇願するクロエさんに頷き、イネスさんに目配せをする。
彼女が頷くのを確認し、僕は治癒薬の蓋を開けてリゼットさんの傷口に振りかけた。
するとプチュプチュという音と共に、数十秒で傷が塞がってかさぶたになった。
リゼットさんの様子を見ると、まだ意識は戻らないけど顔色は良くなり、呼吸も安定している。
「……うん、落ち着いたみたいです。もう大丈夫でしょう」
「姉さん!」
クロエさんがリゼットさんを抱きしめる。
「よかった……! ありがとうございますっ……ありがとうございますっ」
彼女は安堵の涙を流しながら何度も感謝の言葉を呟いた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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