第227話 体は子供、頭脳も子供
本日は二話更新でして、お昼頃に第226話を上げております。ご注意下さいませ。
ちょっと長めです。
トッ。
「おっと……」
突然復活した地面の感覚に、少しバランスを崩しそうになる。
シャムを抱き直して辺りを見回すと、そこは聖ぺトリア大聖堂前の広場だった。もう日が沈みかけているので周囲は薄暗い。
1,000kmの距離を魔法陣も無しに一瞬かぁ…… 場所もこっちの指定通り正確だし、流石アラク様。
っと、みんなも送ってくれるはずだけど--
ドササッ!
「痛っ!?」
「ここは……!?」
後ろから複数の着地音と声。振り向くと、『白の狩人』のみんながそこに揃っていた。
前衛職業の人達と多脚のプルーナさんはちゃんと着地に成功しているけど、ロスニアさんは着地に失敗してお尻を打ってしまったようだった。
「みんな! よかった、ちゃんと送ってもらえたんだね!」
僕がみんなの元に駆け寄ると、ゼルさんとキアニィさんが真っ先に反応してくれた。
「にゃ! タツヒト、無事だったかにゃ!」
「よかったですわぁ…… ロスニアから突然消えたと言われた時には、どうしようかと-- 送ってもらえた……?」
「はい。ちょっと偉い人にお願いして、みんなを聖都に送ってもらったんです。ロスニアさん、手を」
僕は手を差し出すと、お尻をさすっていたロスニアさんがガバリと立ち上がった。
「タ、タツヒトさん! 突然消えてしまって、一体今までどこに……
あっ、シャムちゃんはどこですか!? 私から離れたので、もう魔法が切れてしまっているはずです!」
目に涙を溜めて捲し立てるロスニアさん。そ、そりゃそうか。彼女視点だと僕より意味不明な状況だし、シャムの容体の面でも焦燥感が強かったはずだ。
その状態で呑気にアラク様とお茶していたと思うと、非常に申し訳ない気持ちになる……
僕は努めて穏やかな声で、布でぐるぐる巻きのシャムを彼女に見せた。
「安心してください。シャムはここです」
「え…… これがシャムちゃんですか!? い、急いで魔法をかけ直さないと--」
「いえ、大丈夫です。この布で巻かれている間、中の時間は止まっているそうなので」
「時間が、止まっている……? い、一体何を言っているんですか……?」
混乱の極みにあるロスニアさんの肩に、ヴァイオレット様が手を置いた。
「ロスニア、落ち着くのだ。 --タツヒト。あの蜘蛛人族の少女らしき超常の存在…… やはりあれが、本物の邪神だったのか?」
「--はい。僕らが討伐したのは邪神の眷属だったんです。でも、詳しい話は後にしましょう。今はシャムを猊下に見ていただく方が先です」
突然聖都に転移させられて混乱しているみんなを引き連れ、僕は大聖堂に向かった。
鬼気迫る雰囲気の僕らに引きつつも、職員の方は僕らをすぐに猊下の元へ通してくれた。
そして応接室には、いつもの悟りを開いたかのような様子では無く、人間的で不安げな表情をした猊下が待ってくれていた。
「……! 知らせを聞いて驚いた。だがひとまず、皆、よくぞ帰ってきた」
シャムと、僕が持つ黒い槍を捉えた猊下の目が、驚愕に見開かれた。やっぱり、ご存じなのか。
「はい。ただいま戻りました、猊下。まず端的にご報告します。連邦を襲っていた、邪神と呼ばれる強力な魔物は討伐することができました。
しかし、その時シャムが瀕死の重傷を負ってしましました。今はシャムの時間は止まっていますが、この布を外すと時間は流れ始めます。どうか、猊下のお力でシャムを治して頂けませんか?」
「時間を…… なるほど、大義であった。そして、やはり相対したのだな。あの、古き獣の神と」
「--はい。アラク様、蜘蛛の神獣は意外に友好的でした」
「そうか…… 詳しく聞きたいところであるが、今はシャムの治療が先だ。ついてくるが良い」
席を立った猊下の後に続いて暫く大聖堂の中を歩くと、やはり地下の聖槽の部屋に辿り着いた。
部屋に入ると、シャムを布に包んだまま聖槽に入れるよう猊下に言われた。
僕が指示通りにシャムを聖槽に横たえると、猊下は大きく頷いた。
「よし…… 此度の治療には、少なくとも数時間は要するだろう。其方らは元の部屋に戻り、休息を取るが良い」
「い、いえ! シャムちゃんが大変な時に休憩だなんて--」
「プルーナよ、其方の気持ちは分かる。しかし、其方らは自分達が思っている以上に消耗しておるのだ。
病人が増えては敵わぬ。ここは、我に従ってはくれぬか?」
「……! わかり、ました。すみません……」
「よい。繰り返すが、気持ちはよく分かるのだ」
「--では猊下、シャムをよろしくお願いします」
「うむ、任せよ」
後ろ髪を引かれるような気持ちになりながらも、僕らは聖槽の部屋を後にし、素直に応接室に向かった。
部屋に戻ってすぐ、僕はみんなにアラク様から聞いた話を共有した。
最初は全員、信じられないというような表情をしていたけど、僕の話を聞く内に納得の表情に変わっていった。
時間を止める道具を作れたり、魔法陣無しで転移させるなんて、そんな人類どこを探しても居ないからだ。
何より、あの時狩場にいた全員が感じたはずだ。自分達が総力をあげてやっと倒した邪神、それ以上の存在があの場に現れたのだと。
そして、僕ら応接室に戻ってから数時間が過ぎた。
職員の方が出してくれた軽食もろくに喉を通らぬまま、全員が重苦しく黙り込んでいる。
窓に目を向けると、すでに日はとっぷりと暮れ、聖都の街並みからも光が消え始めている。
「深夜、になってしまったな……」
同じ事を考えていたらしいヴァイオレット様の呟きに、ロスニアさんが窓に目を向けた。
「はい…… 機械人形は構造が人間よりも複雑で、特に繊細な機械部品が損傷すると治すのが難しいそうです。
私は猊下に少しだけご教授頂きましたけど、まだ理解が及んでいないことの方がはるかに多いです。
だからきっと、とても時間がかかるんだと思います。私の技量がもっとあれば、お手伝いできたのに……!」
「ロスニア、あんまし思い詰めるんじゃないにゃ。おみゃーは十分よくやってるにゃ」
「そうですわよ。貴方が居なければ、シャムはすでに手遅れだったのかも知れませんわぁ。今はただ、猊下を信じて待ちましょう?」
「ゼル、キアニィさん…… ありがとうございます」
ロスニアさんを慰めた二人の顔にも、疲労の色が濃い。みんなかなり憔悴してしまっている。
当然だろう。激戦の後で疲労はピークのはずなのに、心がそれどころじゃなく全く休めていないのだ。
僕も同じだ。シャム。どうか、どうか無事に帰ってきてくれ……!
「みんな、お茶を淹れ--」
ガチャリ。
じっとして居られなくなった僕が席を立ったのと同時に、突如として応接室のドアが開いた。
部屋に入ってきたのは、猊下一人だった。そして彼女の沈痛な面持ちに、腹の底が凍りついてしまったかのような感覚を感じた。
僕はふらふらと席を立って猊下の前に進み、震えながら口を開く。
「げ、猊下…… シャムは……」
「--すまぬ」
その言葉を聞いた瞬間、僕は立って居られなくなり、ガックリと両手を床に着いた。
頭の中が自分を呪う言葉で満ち、呼吸もままならなくなり、視界がぼやける。
もう二度とシャムに会えない。僕のせいだ。叫びたいのに、声すら出せない。
--トトト。
すると軽い足音と共に、僕のぼやけた視界の中に入ってくるものがあった。小学校低学年くらいの、小さな靴だ。
子供……? こんな時間に、誰だろう?
「タ、タツヒト……! 顔を、顔を上げるのだ!」
ヴァイオレット様の声に涙をぬぐい、ゆっくりと顔を上げると、エマちゃんくらいの小さな女の子が立っていた。
ただ、驚いたことにその顔はシャムにとてもよく似ていた。
--いや、似ているというか……
「タツヒト、何を泣いているでありますか? 何か、悲しいことでもあったのでありますか?」
心配げに眉をハの字にするその子の声、そして喋り方は、シャムそのものだった。
驚いて猊下の方を見ると、彼女は少しバツが悪そうに口を開いた。
「--我の言い方が悪かったようだ。我では修理できぬ機械部品がいくつも損傷していたので、元通りには治せなんだ。
有り合わせの部品では、このような童の姿にせざるを得えなかったが、命は助ける事ができたのだ。すまぬ」
「げ、猊下…… 紛らわし過ぎます!」
「うむ…… 重ねてすまぬ」
珍しく語気を荒げるロスニアさんに、こちらも珍しく肩を落とす猊下。
いや、それよりも……
「シャム!」
「あぁ…… 神よ!」
「よがったにゃあ!」
僕が彼女を抱きしめると、他のみんなも僕ごとシャムを抱きしめた。そして全員、よかった、よかったと涙を流し始めた。
「も、もう、みんな仕方ないでありますね。縮んでしまってもシャムは大人の女なので、慰めてあげるであります!」
そう言って頭を撫でてくれるシャムの小さな体を、僕はいっそう強く抱きしめた。
***
ビーーーッ!
【……現地表記アラニアルバ連邦を急襲した、蜘蛛の神獣の紫宝級血縁個体が、現地人類の手によって討伐された模様……
……蜘蛛の神獣を始めとした、他の大龍穴融合個体は沈黙、コード00000、神威への発展可能性も基準値以下まで低下……】
【……コード00302を解除……】
【……外部機能単位より報告…… ……観察対象、個体名「シャム」が大破するも、中枢系は機能を損なうこと無く残存、機能縮小体へ退避することで生存に成功……
……追加報告事項として、蜘蛛の神獣と観察対象、個体名「ハザマ・タツヒト」が接触したとの報告が--】
ジジッ……
『--あー、あー…… どうじゃ? 聞こえておるかぇ? 妾じゃ、蜘蛛の神獣じゃ』
--ビーーーッ!
【……緊急事態、コード10003を発令…… ……侵入箇所を特定の上、該当の経路の遮断を--】
『これこれ、まぁ待つのじゃ。妾はちと伝言を頼まれただけじゃ。タツヒトという只人のいい男が、シャムという娘の件で礼を言っとったぞ。
あーっと、なんと言ったか…… そうじゃ、創造神じゃった。其奴に今のを伝えてたもれ。以上じゃ!』
【……上位機能単位へ、対応を請う……】
【……】
【……上位機能単位からの返答…… ……伝言に感謝する、古き獣の神よ……
……当方に貴殿らと敵対する意図は現在、未来においても皆無、友好な関係を望む……】
『ん? ほっほっほっ、わかっとるわい。前みたいな事は妾もあまり好きでは無いからのう……
まぁお主らが居るのなら、あんなことはもう起こらんじゃろうて。ではな--』
ジジッ……
【……】
【……上位機能単位からの指令…… ……個体名「ハザマ・タツヒト」を、最優先観察対象に引き上げ、引き続き観察を継続すること……】
12章 四八戦争:急 完
13章 陽光と冥闇の魔導国 へ続く
12章、および第三部 四八戦争編終了です。第三部は一繋がりの長い物語となりましたが、ここまでお読み頂き、ありがとうございましたm(_ _)m
第四部 世界紀行編、および13章は、明日から更新予定です。よければまたお付き合い頂けますと嬉しいです。
【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】




