第226話 蜘蛛の神獣
土曜更新分です。ちょっと長めです。
アラク様に促され、僕は邪神討伐の経緯を説明し始めた。
大森林の深淵から現れた邪神が連邦を襲い、数十万人の住民を殺戮。連邦は国全体が大森林の浅層へ避難することになり、食糧難から内乱に乗じて王国へ侵攻した。
その後連邦は王国に返り討ちに遭うけど、邪神の脅威を重く見た人々によって聖国も含めた三国の同盟が成立、邪神討伐作戦が立案された。
肝心の討伐作戦では、自分の子供達で蠱毒のような事をしていたらしい邪神をキルゾーンに釣ってきて、珈琲で酔わせてタコ殴りにし、最終的に僕の雷撃で止めを刺した。
最初は本当にざっくり討伐作戦の流れだけ話そうとしたのだけれど、アラク様が所々で詳細を尋ねてくるので、途中で方針を変えた。
側に控えているアラク様に似た四人も蜘蛛人族も、僕の言語を理解しているのか、興味深そうに聞いていたのである。
この神様的な方達は結構娯楽に飢えている。そう思って、ちょっと物語的に話してみることにしたのだ。
あと、飲んでみたいとおっしゃるので珈琲を淹れて差し上げたら、アラク様達は懐かしいと言ってとても喜んでくれた。
なんだか猊下みたいなリアクションだったけど、気に入ってくれたようだったので手持ちは全部献上しておいた。
結局、僕が異世界から来てしまったらしいこと、王国に居られなくなったこと、知らせを受け取って王国の内乱を鎮めに行ったら連邦の侵攻に遭遇したことまで話してしまった。
意外にも、パーティーメンバーやマリアンヌ陛下との恋愛模様だとか、知的な緑鬼のエラフくんにも興味を持たれたようだった。
結構駆け足だったけど、それでも語り終える頃には一時間程は過ぎていたと思う。
『ふむぅ…… なるほどのう。あやつ、そんな真似までしておったのか……』
僕の話を聞き終えたアラク様は、そう言って悲しげに息を吐いた。一方、側に控えた四人は非常に険しい表情をしている。怖い。
僕は緊張で冷や汗をかきつつ、恐る恐る質問した。
『あの…… やはりあの邪神、では無いのかもしれませんが…… あの大きな黒い蜘蛛の魔物は、アラク様の……』
『うむ。お主らが仕留めたのは妾の眷属。こやつらと同じく、妾の娘のようなものじゃ』
アラク様は、側に控えた彼女に似た四人の蜘蛛人族を視線で指した。やっぱり……
『そう、ですか…… --あの、最後の一撃を放ったのは僕です。神様の眷属の命と釣り合うとは思えませんが、どうか僕の命で手を打っては頂けませんか……?』
僕は改めて姿勢を正し、深々と頭を下げながら懇願した。
この神々とは絶対に敵対してはいけない。彼女達の復讐の範囲がどこまでになるかは分からないけど、三国をそこに居る人々ごと消し去る事なんて造作も無いはずだ。
脳裏に、『白の狩人』のみんなやこの世界であった人々の顔が思い起こされる。今日はよくフラッシュバックを経験する日だ。
『これこれ、やめい。頭をあげよ。か弱き人の身であるお主らが、知恵を絞り、力を束ねて尋常な勝負の上で勝ったのじゃ。悲しくはあるが、恨んではおらぬよ』
『そ、そうですか……』
『--あやつは末っ子で、他の娘よりも気性が随分荒くてのぉ。妾を廃して自分が大龍穴を支配すると言って、何度も挑んできたのじゃ。
妾からすれば微笑ましい反抗じゃったのじゃが、あやつは負ける度に本気で悔しがっておったからなぁ。思い詰めてしまったんじゃろう……』
アラク様は先ほどの僕のように姿勢を正すと、深々と僕に頭を下げた。
今度は別の冷や汗が流れ、彼女の娘さん達もざわつく。
『えっ…… お、おやめ下さいアラク様! 頭をお上げください!』
『あやつのやったことは、生きるために糧を得ることを大きく逸した外道じゃ。それも、多分にして妾を倒すための行動よ。
そのせいで、随分とお主らには迷惑をかけてしまったようじゃ。すまぬことをした。
妾がもっとよく見ておればよかったのじゃが…… 情けない話、一年ほど寝ててさっき起きたのじゃ』
『謝罪を受け入れます! だからどうか……!』
『そうかえ。すまんのう……』
アラク様はやっと頭を上げ、本当にすまなそうに微笑んでくれた。あー、ガチで焦った。
確かに人間社会の道理で言えばアラク様が謝るのが筋なんだろうけど、彼女達は完全に魔物側で、しかも指先一つで国を滅ぼせるほどの力を持っている。
ただただその広い心で僕らに合わせてくれているのだ。ここは素直に感謝するべきだろう。
しかし、どこかの偉い人が、頭は立場が上の時に下げてこそ初めて効果があるって言ってたけど、あれって本当だったんだな……
--あれ、今アラク様はなんて仰ってた?
『あの、今仰った大龍穴というのは何でしょうか?』
『お? 今の連中は知らんのか? 大龍穴は、この星の巡る魔素の噴出口である龍穴の内、最大規模の物を指すのじゃ。
魔物の領域は大抵龍穴の周りに出来るもんで、大龍穴を支配するから妾達は神獣と呼ばれておるらしいのう』
--最大規模…… 妾達……
『もしかして、アラク様以外にも、神獣と呼ばれる方々がいらっしゃったりしますか……?』
『うむ。あと六柱ほどおるよ』
ひ、ひぇぇ…… この世界の人類が絶滅していないのって、実は物凄く幸運なことなのかもしれない……
『さて、ずいぶん時間をとらせてしまったのう。定命の者の時間は貴重じゃ。年寄りにあまり付き合わせるのは忍びない。
そろそろ-- おっと、そういえばお主の槍、妾が壊してしもうたのう。詫びの印に何かやりたいことじゃし…… ふむ』
何か思いついたような表情をしたアラク様は、座るために畳んでいた八本の脚の内の一本をすっと延ばした。
そしてその脚に手を添えると、そのままブチリともぎ取ってしまった。
『ア、アラク様!? 一体何を……!?』
思わず立ち上がる僕と、同じように仰天する娘さん達。
『あー、まぁ落ち着くのじゃ。すぐ済む故』
アラク様は手で僕らを制すると、目の前に持ってきたご自身の脚をまるで粘土扱うかのようにこねくり回し始めた。
すると、段々と脚は細長い棒状になっていき、最終的には漆黒の短槍に変形した。
穂先は脚の棘がそのまま反映されたのか、中程から根元にかけて波刃になっていて、見ていて思わず後退りたくなるような凄みを感じる。
『銘はどうしようかのう…… この穂先、形は雲に見えんこともないか。おぉ、そうじゃ。天叢雲槍なんてどうじゃ? 雲と蜘蛛で洒落も効いていよう。ほれ』
そう言って、アラク様はその異様な存在感を放つ槍を僕に差し出した。
あまりの事態に半ば思考が止まっていた僕は、ふらふらと近寄って素直にその槍を受け取ってしまった。
しかし、八岐大蛇作戦に天叢雲槍かぁ…… ちょっと出来すぎだよね。
『あ、ありがとうございます。大事に使わせて頂きます』
『うむ! 名前の通り、雨雲を呼んだりもできるぞよ。他にも色々とできると思うんじゃが……
まぁ、ここで全部話されてしまうのも興醒めじゃろう。使いながら見つけていくのも楽しかろうて』
雨雲って…… 天候を操るとか、かなり強力な魔導具なのでは…… さすが神様。スケールが違う。
あ、そういえば。
『アラク様。どうやらこの子、シャムは創造神様に気に入られているようでして、仲間の僧侶が彼女の助けとなる神託まで受け取ったんです。
アラク様は僕ら人類が信仰している創造神様とは違う方だと思うんですが、創造神様とお知り合いだったりしますか? もしそうだったらお礼をお伝え願いたいと思うのですが……』
『創造神? ん〜……? あぁ! そう言うことかえ。ほっほっほっ、なるほどのう……
あいわかった。伝えておいてやろう。うむ、多分あやつじゃろう』
『ありがとうございます! やっぱり神様同士お知り合いなんですね』
『まぁそんなところじゃ』
『さて。名残惜しいが、今度こそお主を元の場所へ送り返してやらなければのう』
どっこいしょと立ち上がるアラク様に、僕は思い立って恐る恐るお願いしてみる。
『あのー、アラク様。もしお手間でなけれなんですが…… あの場に居た僕の仲間達と一緒に、僕らを聖国へ転移して頂くことなんて、お願いできますか……?
シャム、この子を治せる人がそこにいるんです』
『ん? ほっほっほっ。人使いの粗い奴じゃ。なんか新鮮じゃよ。
まぁよかろう。ではその仲間の姿と、聖国とやらの場所と方角を思い浮かべよ』
『は、はい! ありがとうございます。寛大なお心に感謝します!』
『うむ!』
心からの感謝と共に頭を下げた僕は、そのまま『白の狩人』のみんなの姿と、聖国の聖ぺトリア大聖堂前の風景、それから大森林から見た大聖堂の方角を思い浮かべた。
メームさんも一緒に転移してもらうか悩んだけど、彼女には別に仲間もいるし仕事もある。今回は『白の狩人』の面子だけでいいだろう。
思い浮かべる間、アラク様は僕の頭に手を触れていた。どんな原理かわからないけど、これで必要な情報を読みれてしまうらしい。
『ふむふむ…… ひぃ、ふぅ、みぃ…… お主の仲間は此奴ら五人じゃな。
それから送り届ける先が…… ここから南西に千km程の、この洒落た建物の前じゃな。あいわかった』
上手く伝わったことを確認した僕は、布でぐるぐる巻きのシャムを抱え、頂いた槍を持って姿勢を正した。
『アラク様。改めて、シャムの命を救って下さりありがとうございました。おまけにお身体から槍まで創って頂いて…… 落ち着いたら、またお礼に伺わせて下さい』
『うむ。お主の話は面白かった。また遊びに来るとええぞ。大森林の中であれば、その槍に祈ればここへ呼び寄せてやろう。
ではさらばだ、只人の勇者、タツヒトよ。またまみえるまで、健やかであれ』
『はい。アラク様も、皆様もお元気で』
アラク様と居並ぶ娘さん達に頭を下げた所で感覚が消失し、僕は転移した。
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【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
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