第225話 降臨
金曜更新分です。かなり遅れてしまいました。すみませんm(_ _)m
明日の午前中に土曜更新分、明日の夜に月曜更新分をアップ予定です。
「いいえ、まだです! まだ終わっていません!」
呆然と呟いた僕にロスニアさんが叫ぶ。
「ロスニアさん…… でも……」
失ってしまう恐怖に震えながら、なんとか視線をシャムに戻す。しかし現実は変わらなかった。
自身の血で真っ赤に染まったシャム。その四肢は失われ、臓腑は弾け飛び、呼吸も鼓動も止まってしまっている。
先ほどまでは辛うじて生気を宿していた双眸も、今は虚に開かれれたままだ。
脳裏に、これまで過ごしたシャムとの日々、彼女の天真爛漫な笑顔が思い起こされ、再び涙が溢れる。
僕が…… 僕があそこで邪神の殺気に竦んでしまったせいだ。そのせいで……!
『--神の人形に死よりも深き眠りを! 神聖偽死!』
叫んだ後も詠唱を続けていたロスニアさんが、何かの神聖魔法をシャムに行使した。
すると、シャムの体の周囲に突然半透明な極低温の液体が生成され、その液体ごと透明の膜で覆われた。
驚いてロスニアさんを見ると、彼女は安堵するように息を吐いた。
「ふぅ…… ひとまず、成功です。確かに、このままではシャムちゃんの命は失われてしまいます。でも、それを先延ばしにすることはできます。
この魔法は、シャムちゃんのような機械人形を強制的に冬眠状態にする魔法なんです。保護液で酸素を供給しつつ体液の流出を防ぎ、生体組織全ての活性を極限まで下げます。
もし私では治療し切れない傷をシャムちゃんが負った時には、これを使うよう猊下から教わりました」
「そ、それじゃあ……!?」
「はい! シャムちゃんはきっと助かります! でも、この死に瀕するほどの損傷は猊下にしか治療できません。
転移魔法陣を使って、急いで聖国の猊下の元まで戻りましょう!
この魔法の維持にはあまり魔力を消費しませんが、自然回復で追いつくほどでもありません。時間との勝負です……!」
力強いロスニアさんの言葉に、凍えるようだった体の芯に熱が灯る。
シャムが助かる……! なら、泣いている暇なんて無い!
「わかりました! すぐに『白の狩人』のみんなをここに呼びます! あ、一応シャムの四肢を探してもらえますか!?」
「はい、ただいま!」
ロスニアさんが離れたところで、僕は翻訳装具でアナウンスを掛ける。
『タツヒトから『白の狩人』へ! シャムが重傷! 直ぐにここへ集合されたし!
重ねて、タツヒトからエーデルトラウト将軍へ! 神託の御子の護衛、シャムが重傷!
特殊な治療を要するため、『白の狩人』は急ぎ聖国へ向かう! 治療が済み次第、からなず連邦へ戻る!
この事を、プレヴァン侯爵、商人のメーム殿、それから人型魔物の援軍の首領、緑鬼のエラフ殿へ共有されたし!』
アナウンスを終えるころ、ロスニアさんがシャムの四肢を回収し、それらを保護膜の中へ入れてくれた。
「ありがとうございます。上層部への必要最低限の連絡は終えました。みんなが集まり次第、直ぐに--」
ぞわり。
「「……!」」
凄まじい悪寒と重圧。突然生じたそれに、僕とロスニアさんは言葉も無く地面に這いつくばる事になった。
邪神討伐にあれほど湧き上がっていた狩場も、一瞬にして静寂に支配される。
一体、何が……!?
混乱のまま目だけで周囲を探っていると、視線がある場所に吸い寄せられた。
邪神の死骸の側。そこにいつの間にか、小柄な蜘蛛人族らしき人影が佇んでいた。
あれだ。この異様な気配はあの蜘蛛人族から発せられている…… でも、あれは…… あれは違う……!
三国の精鋭が総力を上げて辛うじて討伐した邪神、死を紡ぐ蜘蛛。そしてメディテラ界で遭遇した水竜、大渦竜。
本来人類の手には負えない理外の魔物、紫宝級の怪物達。これら二体でも比較にすらなら無いほどの、圧倒的な気配。
存在の規模が全く違うのだ。まるで、星一つを人型に無理やり押し込めたかのような……
あれが、人や魔物であるわけが無い……!
その人影は、手を触れてひとしきり邪神の死骸を眺めた後、くるりとこちらを振り向いた。
そして一才瞬きすらしていないのに、いつの間にか僕らの目の前に立っていた。
高まる重圧に呼吸すらままならなず、思考が畏怖と恐怖に塗りつぶされる。
あまりに強大な存在故に、僕は目を逸らしたくてもそうする事ができなかった。
その異様な気配に対して、やはりその外見は蜘蛛人族の少女のように見える。
蜘蛛の下半身は邪神と似て闇よりも深い漆黒の甲殻で、腹部から赤く輝くラインが甲殻の各部に走っている。
裸体を晒す上半身は、人間離れした純白の白。黒い絹のような長髪の下には、異様に整った妖艶な美貌。
こんな時にどうかしているけど、思わず見惚れてしまう程の美少女だった。
その少女は無表情で僕らを見下ろしていたけど、シャムを見た瞬間に少し目を見開いた。
そしてすっと腕を上げると、いかなる魔法かシャムを地面から浮かびあがらせ、その手で触れようとする。
その光景に、数分前、シャムが僕を庇って邪神の攻撃を受けた場面が脳裏に浮かんだ。
瞬間。畏怖と恐怖に支配されていた僕の心が沸騰した。
だめだ…… もう二度と、同じことを繰り返す訳には行かない……!
巨人から押さえつけられているかのような圧力に抗い、手探りで槍を握る。
「--シャムに、触るなぁ!」
重圧を振り切り、四肢を使って地面から跳ね起きた僕は、その勢いのまま蜘蛛人族の少女の姿をした何かに槍を突き込んだ。しかし--
パキンッ……
緑鋼製の穂先を持つはずの短槍が、少女の首に触れる寸前で粉微塵に砕けてしまった。
あっけに取られていると、少女が少し驚いた表情で僕を見た。
再び強まる重圧に、たまらず膝をつく。くそっ、武器が効かないなら魔法で…… いや、なけなしの魔力も今の身体強化で使い果たしてしまった。
一体、どうすれば……!? 絶望が再び心に忍び寄る。
動けないでいる僕に、表情を嗜虐的な笑みに変えた少女が手を伸ばす。
そしてその手が僕の頭に触れた瞬間、音と光が消え、全ての感覚が消失した。
--死んだ。
完全にそう思ったのに、なぜか僕はまだ思考できていて、消えたはずの感覚も戻っていた。
恐る恐る目を開けると、僕は体育館ほどに広い木造の建物の中にいた。内装はどこか日本の神社っぽく厳かな雰囲気で、神殿のようだった。
「こ、ここは……? まさか、転移したのか……!?」
『立っておらんで座ったらどうじゃ?』
突然響いた甘やかな声に乗せて、一年以上聞いていなかった懐かしい言語が聞こえた。に、日本語……? なんで……!?
声の方に視線を向けると、先ほどの蜘蛛人族の少女のような何かが立っていた。
僕に向けるその表情は穏やかな笑みで、先ほどまで感じられていた異常な重圧も、邪神から感じられたもの程度に低減されている。
『ん? おかしいのう。この言葉なら通じるはずなんじゃが……』
『い、いや。通じているけど……』
『おぉ、そうかそうか。ならばほれ、そこに座らんか』
視線を一瞬下に移すと、座布団のようなものが二枚敷いてあった。
なんか友好的な雰囲気だけど、彼女の側にはいまだにシャムが浮かんでいる。
今すぐシャムをどうにかするつもりはないようだし、ここは大人しく言うことを聞いたほうが良さそうだ。
シャムをチラチラ見ながら座布団に座ると、同じく座った少女が僕の視線に気づいた。
『おっと、怪我人がおったんじゃったな。どれどれ』
彼女はシャムを手元に引き寄せると、つぶさに観察し始めた。
『ん〜……? これは、絡繰かぇ。すまんが妾の手には負えんのう。
ふむ、この術式…… なるほどなるほど。なればこうじゃ』
そう言うと彼女は、虚空から糸を取り出し始め、あっという間に真っ白な布を編み上げてしまった。
そして何を思ったのか、それでシャムをぐるぐる巻きにしてしまった。
『な、何を……!?』
『案ずるな。この布で包んでいる間、中の時は止まったままじゃ。
察するにあの術式は治療までの時間稼ぎじゃ。こちらの方がよかろう。この娘を治すアテは別にある。そうじゃろう?』
『え…… そ、その通りです。 --あの、ありがとうございます』
時を止めるとか、さらっと凄いことを言っていた気がするけど、嘘を言っているようにも感じられない。
僕は素直に彼女に頭を下げた。
『ほっほっほっ。良い良い。しかしこの絡繰の娘、どこかで見た顔と思ったんじゃが…… まぁ良いわい。
さて、まずは名を名乗っておこうか。お主ら人間達は、妾の事を蜘蛛の神獣と呼んでおった。じゃからアラクで良いぞ』
蜘蛛の、神獣……?
『えっと、僕はタツヒトといいます。連邦…… えっと、人間の国を襲っていた邪神、死を紡ぐ蜘蛛を討伐するために集まった冒険者の一人です。
あの…… もしかして、アラク様が本物の邪神だったりしますか……?』
『むぅ。確かに人間からしたら邪神かもしれんが、本人にそれを訊くとは…… 妾に一撃入れた事といい、お主、やはり肝が座っておるのう』
ちょっと呆れたような表情をするアラク様。た、確かに。めちゃくちゃ失礼だ……!
僕は慌てて頭を下げた。
『し、失礼しました! すみません!』
『ほっほっほっ。怒ってはおらん。関心してしもうたぐらいじゃ。さてタツヒトよ。そんへんも含めて少し話をせんか?
先ほど申した通り、この娘の時間は止まっておる。時間はあるじゃろ?』
『……わかりました。僕もお聞きしたいことがあります』
『うむうむ。おっと、茶も出しておらんかったな。おーい』
ぱんぱん。
アラク様が手を叩くと、彼女の後ろの戸が開いた。
「……!」
部屋に入ってきたのは四人。体格の差はあれど全員アラク様に似た印象で、蜘蛛人族の女性に見える。みんな巫女服のような物を着ていて、アラク様より年上に思えた。
そして、誰もが今のアラク様と同等以上。つまり、僕らが総力をもってやっと倒した邪神以上の強烈な気配を放っていた。
ごくりと喉がなり、体が強張る。
だめだ。彼女達とは絶対に敵対できない。とにかく慎重に対応しないと。
四人は茶道具やお茶請けなどを持ってきてて、テキパキと僕とアラク様の前にそれらを置き始めた。
その内の一人は畳まれた巫女服を持っていて、それをアラク様に差し出した。
「***」
『ん? おぉ、すまんの。寝起きじゃったんで忘れておったわい』
服を受け取ったアラク様が、僕の目の前でそれを着始めた。
--今まで僕は、人間離れした美貌と圧倒的強者の気配のせいで、彼女の裸体に美しさしか感じてなかった。
だけど服を着るという人間的な動作を目の当たりにした途端、急にもんむす美少女の生着替えという状況を脳が認識し始めた
先ほどとは別の意味でごくりと喉がなる。いや、ほんとどうしようも無いな、僕。
数十秒後、着替え終わったアラク様は座布団に座り直すと、途端に吹き出した。
『ぷっ…… あっはっはっはっはっ! お、お主、まさか妾に欲情しておるのかえ!? 肝が座りすぎておるわい! はっはっはっ!』
な、なぜバレた……!?
『い、いえ! そのっ…… ひっ!?』
なんとか弁明しようとしていると、お茶の準備を終えて側に控えていた四人から、凄まじい殺気が飛んで来た。
こ、殺される!?
まずい。絶対敵対してはいけないと思った途端に地雷を踏んでしまった。
『これこれ。やめいお主ら、大人気ない。ふふっ、しっかし、長生きはするもんじゃのう。
是非とも相手をしてやりたい所じゃが、まぐわいとなると妾も抑えが効かなくなるでな。もうちっと強くなってきてから出直して来やれ』
『えっと、その、はい……』
慈愛の笑みを浮かべるアラク様に、思わずはいと返事してしまった。
再び四人がピリつく気配を放つけど、先ほどと違って殺気までは飛んでこない。
『うむ! ではまず、お主から見た事の顛末を話してくれるかえ?』
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【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
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