第224話 神殺し
21時間程遅れましたm(_ _)m
だいぶ長めです。二話分くらいあります。
『エーデルトラウト将軍より全軍へ! 『山脈断ち』を撃つ! 総員、耐衝撃体勢!』
翻訳装具から入ったその通信に、狩場全体が士気を取り戻したように感じた。ついにエレインさんが仕掛けるのか……!
「二人とも!」
「はい!」
「分かったであります!」
二人は頷くと僕の背後にしゃがんだ。僕もそれに倣ってしゃがみ、前方に先ほどと同じような岩の防壁を生成した。
防壁越しに頭を出すと、他の近接部隊が下がり、エレインさんだけが大剣を携えて邪神に肉薄していた。
一週間ほど顔を合わせていて思ったのは、あの人は完全に感覚型の天才だということだ。
魔法も剣技も殆ど独学で身につけ、難解な術理も少し説明を聞くだけでサクッと再現してみせるのだ。
極め付けは、彼女が最近身につけたという強化魔法だ。
『--猛き血潮!』
エレインさんが発動させたその魔法は、僕のから数えて史上二つ目となる身体強化魔法だ。
なんでも、陛下の御前試合僕が使った雷化の話を聞いて、俺もできんじゃね? という感じでサクッと開発してしまったらしい。
初対面の時、彼女は有名な『傾国』に会えて嬉しいと笑っていたけど、強化魔法の使い手としても会ってみたかったらしい。
水属性である彼女の強化魔法は、自身の体の動きに同期させて血液を操るというものだった。
血液は腕や足など、体の各所に偏在する。つまり、この魔法により彼女の動作速度と攻撃力が跳ね上がるのだ。
もちろん、身体強化ができない魔法型の水魔法使いが同じことをやった場合、血管がボロボロになって一瞬であの世行きだろう。
水魔法にはあまり詳しく無いけど、自身の血流を阻害せずに三次元的な身体動作をアシストするなんて、ほぼほぼ無理ゲーだと思うんだよね……
でも、それを平然とやってのけるから彼女は今の地位にいるのだ。
「おぉぉぉぉ……!」
そして今、大上段に振りかぶった彼女の大剣が輝き、その刀身が十数mに延長される。
さらにその刀身の周りに、とぐろ巻くように水流が渦巻き始めた。
「だらぁっ!!」
裂帛の気合いと共に、輝く光と水の帯が邪神の頭部に向かって振り下ろされる。
激突の一瞬前、僕は防壁の裏に頭を引っ込めて耳を塞いだ。
ガッ…… バァァァァンッ!!
耳を塞いでいても貫通してくる凄まじい轟音と衝撃。まるで至近距離で火山が噴火したかのようだ。
エレインさんの二つ名でもある『山脈断ち』とは、身体強化の奥義である延撃と水魔法の併用だ。
強力な身体強化に、生成された水の質量をも加えた斬撃は、山脈を深く深く穿つ。
そしてその衝撃によって生じた膨大な熱量は、刀身を覆う水を急速に熱し、凄まじい規模の水蒸気爆発を引き起こす。
結果、刀身の周囲は吹き飛び、山脈すらも真っ二つに断ち割ってしまうのだ。
元から反則級の威力を誇るその攻撃に、強化魔法まで加えたのだ。その威力は、もはや人類最強の一撃と言っていいだろう。
「ギャァァァァッ!?」
討伐開始以来、最大の絶叫が響き渡る。その声に再び防壁越しに頭を出すと、あたりは生じた水蒸気よって全く視界が効かない状況だった。
固唾を飲んで様子を見守っていると徐々に視界が晴れてきた。
そしてその先の光景に目を疑う。狩場の中心には、いまだに踠き続ける邪神の姿が在ったのだ。
「う、嘘だろ…… あの攻撃を耐え切ったのか!?」
「神よ…… あ…… でも見てください、あれを!」
「頭部の甲殻が弾け飛んでいるであります!」
二人に指摘されて目を凝らすと、近接部隊がなん度も攻撃を当てていた頭部の傷跡。そこの甲殻が数mの範囲で無くなっていて、内部の軟組織が剥き出しになっている。
これは…… あそこに追撃できれば勝てる!
同じことを思ったのか、近接部隊が一斉に動き始めた。
先ほどの一撃で力を使い果たしたのか、ガックリと膝をつくエレインさんの横を通り過ぎ、アルフレーダ聖堂騎士団長が邪神に肉薄する。
「ギュィィィィッ!!」
しかしそこで、悲鳴のような鳴き声と共に邪神が発する放射光が強まり、その身を凄まじい勢いの暴風が覆ってしまった。
まるで結界。迷宮都市の風魔法使い、カウサルさんが似たような魔法を使っていた。
でも、離れていても感じる強烈な風と魔法の気配から、その威力が比べ物にもならないことが分かる。
そして、先頭を走っていた彼女は止まることが出来ず、その結界に足を踏み入れてしまった。
ザギュッ!!
耳を塞ぎたくなるような音と共に、血を撒き散らしてアルフレーダ様が弾き飛ばされた。
「閣下!?」
「アルフレーダ!」
後ろから二人の悲痛な悲鳴が上がる。
僕も血の気の引く思いで見守っていると、吹き飛ばされた彼女を、エーデルトラウト将軍とベアトリス騎士団長の二人が助け起こした。
しかし、引き起こされた彼女の左上半身はズタズタに引き裂かれていて、左腕は根本からちぎれてしまっていた。
「まずい……!」
あの出血量。すぐに治療しないと手遅れになる……!
焦燥とともに駆け出しそうになったところで、将軍が千切れとんでボロボロの左腕を回収し、アルフレーダ様に渡すのが見えた。
そしてアルフレーダ様は自身の左腕を元の場所に当てがうと、その体を紫色に輝かせはじめた。
その僅か十数秒後、そこには傷跡が綺麗さっぱり完治し、左腕も元通りの彼女の姿があった。
さ、さすが世界最強と言われる聖堂騎士団の団長。なんつー再生速度だ。もしかしてこの人、不死身なのか……?
しかし、その後彼女は立ち上がることができず、エレインさんと同様に膝をついたままだった。あの強力な再生魔法は、さすがに相応の魔力を消費するようだ。
アルフレーダ様が一命を取り留めたのは喜ばしいけど、せっかく追い詰めたというのに打つ手が無くなってしまった。
暴風結界には、紫宝級の戦士ですらも近寄ることができない。
結界が張られた後も包囲部隊の魔法や矢による攻撃は続いていたけど、全て強力な風に吹き散らされてしまっている。
さらに不味いことに、暴風は邪神の脚を拘束している石筍すらも削り始めていた。
そして結界が弱まる様子もないので、セシルさん達にもあれは手に負えないもののようだ。
このままでは、邪神の酔いが完全に覚めるまで時間稼ぎされるか、それより先に拘束が解除されてしまう。
何か手を打てなければ確実に負ける。そんな状況で、翻訳機に通信が入った。
『エーデルトラウト将軍より特別班のタツヒトへ! 『雷』を使用されたし!』
どうやら、僕の出番が来てしまったらしい。
『タツヒトからエーデルトラウト将軍へ! 了解です!』
将軍の指示に応答した僕は、シャムとロスニアさんと頷き合うと、例の奇妙なオブジェの側に駆け寄った。
邪神に雷撃が通用する状況であること。そして他の攻撃手段が望めない場合に、僕が動くことになっていたのだ。
僕は二人に少し下がるようにお願いして、地面から生えた二本の金属の棒に手を翳して意識を集中させた。
『告げる!』
語りかける先は金属の棒の下。埋設した大きな蓄電装置だ。
以前、南部山脈の古代遺跡で作ったキャパシタを、一千倍ほどの容量に拡張したものである。
製造にはヴァランティーヌ魔導士団長や、プルーナさん、そしてシャムの力を借りている。
『箱庭に佇む万物の素粒達よ、今は静かに微睡む破壊の申し子達よ、我が呼び声を聴け……』
およそ一週間ほど、それこそ毎日魔力切れになるまで、僕はこの蓄電装置に蓄雷の魔法を掛け続けていた。
魔法で生成した物質は時間が経つと消えてしまうけど、消える前にまた魔力を通せば存在させ続けることができる。
おかげで、今やこの大きな装置には容量いっぱいの電荷が蓄積されていた。
『汝らは雷なり、空を裂き、大地を穿つ力の化身なり。
裂光を放ち、大気を打震わす雷よ。その滅びの御手たる所以を示せ……!』
物質を取り扱う具象魔法には、自分が保有する魔素を土や火に変換するやり方と、既に存在しているものに魔素を行き渡らせて支配下に置くやり方がある。
後者の方が魔力消費が少なくて済むけど、雷魔法でその方法は難しい。そう、こんなふうに電荷を貯めておく装置がなければだ。
今や蓄積された膨大な電荷全てに魔力が行き渡り、その全て僕の支配下に置かれていた。
『解放の時は今なり! 大いなる疾雷と成りて、邪なる黒き神を滅さん!!』
詠唱を終えた僕は、深呼吸してからひたりと邪神の頭部の傷口に狙いを付けた。
エレインさん達の尽力により、強固な金属質の甲殻が剥がれ、内部組織が露出している場所だ。
そして魔法名を叫ぼうとした瞬間、近接部隊を睨んでいた邪神が、突然頭をこちらに向けた。
自身の体が一瞬で数千に引きちぎられる。そんな光景を幻視してしまうほどの凄まじい殺気と、強烈なすぎる魔法の気配。
あまりに強烈なそれらに、僕はほんの一瞬だけ硬直してしまった。
「タツヒト!」
悲鳴のようなシャムの声。僕はぐいと襟首を掴まれ、真後ろに放られてしまった。
時間の流れがひどく遅く感じられ、驚愕に見開かれた僕の目が、こちらに手を伸ばしたまま安堵の笑みを浮かべる彼女に釘付けになる。
そして僕の体が地面に触れた瞬間、邪神の魔法が発動する。
バァンッ!!
僕が直前まで居た場所。ちょうどそこに即死級の極小台風魔法が炸裂した。
空間が歪んで見えるほどの異常な威力の風魔法は、その余波すら必死の威力を持つ。
僕の前でそれを受けてしまったシャムは、爆風を浴びたかのような勢いで弾き飛ばされた。
「シャム!?」
僕は瞬時に立ち上がり、血飛沫をあげて吹き飛んできた飛んできたシャムを受け止めた。
そして、その軽さに血の気が引いた。彼女の四肢は千切れ飛び胴体もズタズタ。止め処なく溢れる血と共に、臓器や金属の骨格までもが露出していた。
唯一、首から上だけが奇跡的に綺麗な状態だった。
「そんな…… シャムちゃん!!」
ロスニアさんが悲痛な声を上げながら駆け寄り、おそらく治癒魔法であろう、聞き覚えの無い詠唱を始めた。
間に合わない。直感的にそう思ってしまった。
このくらいの怪我だと間に合うし、このくらいだと治癒魔法を施しても間に合わない。一年ほど冒険者生活を続けたことで、僕の中にはそんな経験が蓄積されていた。
その知識が無常にも、彼女の存在がもう戻り切れない程死に傾いてしまっていることを知らせていた。
絶望が心を黒く埋め尽くし、呆然と彼女を見つめることしかできない。彼女の頬に、いつの間にか僕が流していた涙が数滴落ちた。
しかし、僕の腕の中で急速に命の輝きを失いつつある彼女は、それでも目の力までは失っていなかった。
もはや喋ることすらできない彼女は、僕の目をひたりと見据えた後、邪神の方を見た。
『やるであります』
翻訳装具も千切れ飛んでしまっているのに、はっきりとそう聞こえた気がした。
何をモタモタしているんだ。さっさとそれを放て、と。
--わかった。
視線をシャムから引き剥がすと、邪神の放射光が再び強まっていた。もう一度あの即死級の風魔法を使うつもりだろう。
しかしシャムの献身によって、今回は僕が先んじることができる。
詠唱を終えた時点で、既に全ての準備は整い、魔法は励起状態にある。
左腕で血ぬれのシャムを抱えながら、再び右手を邪神の頭部の傷口に向けて翳した。
そして、漆黒の殺意と共に叫ぶ。
『--神解!!』
パリッ…… バッ--
強化された視覚によって、暴風結界を素通りした極細の雷が、邪神の傷口に命中するのが見えた。
その刹那の後、背後の大型蓄電装置から立ち昇った極太の雷光が、最初の雷に導かれるように邪神の傷口に突き刺さった。
しかしそれは一瞬のことで、強烈すぎる光のせいですぐに視界が白飛びしてしまった。
耳元で凄まじい音が鳴った気がしたけど、聴覚も一瞬でイカれてしまったようで何も聞こえない。
これまで扱ったことがない程の大量の電子。それらを一気に放出した事によって、僕の魔力は冗談のような速度で失われていった。
急速な魔力欠乏によって耐え難い吐き気と脱力感に襲われ、鼻からぬるりと生あったかい液体が垂れる。
しかし止める訳にはいかない。溜め込んだ電荷全てをあの邪神に打ち込む。それだけを考え、ひたすらに放電を続けた。
そして永遠にも思えた数秒の後、蓄積していた全ての電荷を使い果たし、とてつもない脱力感と共に雷光が途切れた。
最初に視覚が回復した。視線の先には、傷口から濛々と黒煙を上げ、微動だにしない邪神が横たわっていた。
暴風結界も消え、ぐったりと脱力しているように見える。
次に聴覚がだんだんと回復してきた。徐々に聞こえ始めたのは、万を越す人間の勝鬨の声。
「「……ぉぉぉおおお!!!」」
勝った、のか……? 現実感の湧かないまま呆然としていると、翻訳装具に通信が入った。
『エーデルトラウト将軍より全軍へ! 邪神の沈黙を確認! 討伐作戦は成功! 皆、よくやってくれた! そしてタツヒト殿、君は英雄だ!!』
「「うぉぉぉぉぉ!!!」」
通信が全軍に行き渡り、勝鬨は大歓声となって狩場を満たした。
大森林の深淵より現れ、数十万の人間を殺戮し、自身の強さのために己の子供達すら喰らった悪夢の化身。
国家間の戦争の原因にすらなった人の身に余る大いなる黒い蜘蛛の怪物、邪神。
多くの犠牲と努力の果てに、僕らはついに神殺しを成し遂げたのだ。
「終わったよ、シャム……」
腕の中で暖かさを失っていく彼女を見ることができず、僕はただ静かにそう呟いた。
一昨日のほんの一瞬ですが、『[日間] 異世界転生/転移〔ファンタジー〕ランキング - 連載中』で221位にランクインしてました!
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12章も終盤、引き続きお付き合い頂けますと嬉しいです。
【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
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