第223話 荒ぶる神
ごめんなさい! めちゃくちゃ遅れましたm(_ _)m
「スコシマエ、タツヒトヲミカケタ。ソレデ、トオクカラヨウスヲミテイタ。
スルト、オオイナルクロイクモヲ、カロウトシテイルノガワカッタ。
アノクロイクモハ、オレノナカマモ、クラウ…… ダカラ、ナカマヲツレテ、カセイニキタ」
「そうだったんだ…… ありがとう、ものすごく助かったよ」
僕が彼に歩み寄って右手を差し出すと、彼はその手をしっかりと握り返してくれた。なんかすごく嬉しい。
実はこの世界で一番古い付き合いの彼に、僕は勝手な友情のようなものを感じていた。
まぁ、出会った瞬間に殺し合ったひどい初対面だったけど……
「でも一年位前に会った時と比べて、すごく王国語が上手くなったよね。びっくりしたよ。位階も随分上がってるみたいだし」
前回は僕の名前をギリギリ言えるくらいだったのにすごい成長だ。位階も、以前は多分緑鋼級だったのに、青鏡級あたりまで上昇している。
槍や鎧なんかの装備も以前の素朴なものではなく、魔物素材を丁寧に加工して作ったと思われる立派なものだ。
その上彼は緑鬼としてはものすごい恵体で、筋骨隆々で身長も2m以上ある。うん。改めて見るとカッコいいなこの人。
「ウン。コトバハ、オシエテクレルヤツガイテ、レンシュウシタ」
「え、本当? どうりで…… あ、ちょっと待ってね。ロスニアさんごめん、名前を使わせてもらってもいい?」
「へ……? ど、どうぞ」
僕はロスニアさんにお礼を言ってから、翻訳装具でアナウンスした。
『神託の御子の護衛、タツヒトより全軍へ! この場に現れた人型の魔物は味方!
彼らの目的は我々と同じく邪神討伐! 彼らに討伐軍を攻撃する意図は無い! 繰り返す! この場に現れた人型の魔物は味方!』
すぐにゼルさんを始めとした全軍から問い合わせが殺到し、その一つ一つに返していく。
やがて、防衛部隊からどうやら本当に味方らしいという報告が複数上がり、全軍にその内容が共有された。
あと報告によると、エラフくんが引き連れてきた人型魔物の群れは万を超えるらしい。いやー、出世したねぇ。
「……よし。この場の人間に、エラフくん達が味方だって伝えたよ。これで人間から君の仲間が攻撃されることは無いと思う」
「ソウカ、アリガトウ」
「いやいや、お礼を言うのはこっちだよ。これは一つ借りだね」
「グッグッグッグッグッ…… キニスルナ」
「あの…… タツヒトさん。その緑鬼、さんと、お知り合い? なんですか……?」
呑気に会話する僕とエラフくんに、ロスニアさんがおずおずと尋ねてくる。
基本的に魔物は全人類の敵だけど、特に聖職者にとって魔物との戦いは聖戦に等しい。
なのに目の前の緑鬼は、僕と仲良さそうにおしゃべりしているのだ。人語を話す魔物なんて彼くらいしか見た事ないし、かなりの衝撃だろうな。
「えっと、紹介します。僕の命の恩人、緑鬼のエラフくんです。
エラフくん、こちらは僕の仲間で、蛇人族のロスニアさんと、えっと、ちょっと変わった只人のシャム」
「エラフダ。フタリトモ、タツヒトノツガイカ?」
「つがっ……!? えと、はい…… タツヒトさんの、番のロスニアです……」
「シャ、シャムも! シャムもほぼほぼ番であります!」
二人ともちょっと顔を赤ながら返答する。
あれ。もっと揉めるかと思ったけど、なんか二人ともすんなり受け入れてくれたな。
「グッグッグッグッグッ…… ソウカ。キット、ツヨイコガウマレルナ。
タツヒト。オレタチハ、コノママクロイクモタチヲ、オサエレバイイカ?」
「こ、子供って…… えっと。うん、そうして貰えると助かるよ。大いなる黒い蜘蛛、邪神は僕らが必ず倒すから」
「ワカッタ。オレハ、ムコウニモドル。デワナ」
そう言って彼は、元来た方向、防衛部隊の方に風のように駆けていった。
「無茶しないでねー!」
その頼りになる背中に声をかけて振り返ると、ロスニアさんとシャムはもう衝撃から立ち直っているようだった。
今この瞬間も、近接部隊と包囲部隊は攻撃を続けていて、絶え間なく邪神の悲鳴がこだましている。
「--よし。後ろはエラフくんに任せて、僕らは邪神に専念しよう!」
「ぬうぅぅぅんっ!!」
ギャリィン!!
音速を超える速さの突進に乗せ、ベアトリス騎士団長は長刀による精確無比な突きを放った。
その一撃は狩場全体に凄まじい衝撃を響かせ、邪神の傷口をさらに深く穿った。
エラフくん達のおかげで邪魔が入らず、近接部隊は邪神への攻撃に注力できている。
「いい調子でありますね! タツヒト!」
僕の隣で対物ライフルのような威力の矢を放ちながらシャムが言う。同感だ。
彼女の矢は邪神の腹部上面の甲殻に弾かれてしまったけど、攻撃しているのは彼女だけじゃない。
万を超える包囲部隊による攻撃は、雨粒が岩を穿つように、着実にダメージを与え続けている。
「うん! このまま--」
このまま封殺できるかもしれない。そう言おうとした瞬間、邪神が一際大きな悲鳴を上げた。
「ギュィィィィッ!!」
ギギッ…… バキキ…… バガァン!!
そして僕の目の前で邪神の左脚の一本が石筍の拘束を破り、背筋の寒くなる速度で振り抜かれた。
「二人とも伏せて!」
反射的に一歩前に出た僕は、魔導手甲を嵌めた左手を地面に付けて叫ぶ。
『岩壁!』
狩場から僕らの方向に向かって登りの傾斜がついた岩の防壁。僕がそれを生成して身体強化を最大化し、身構えた直後、作ったばかりの防壁が冗談のように吹き飛んだ。
ドガガガガァン!!
「……!」
邪神が脚を振り抜いた際に蹴り飛ばされてきた石筍の破片や土砂。それらが絨毯爆撃のように炸裂したのだ。
まるで隕石のような勢いで破片が衝突した結果、僕らの居る辺りの森が薙ぎ払われ、随分と視界が開けてしまった。
そんな様子に戦慄しながら、僕はガックリと膝をついた。
「タツヒトさん!? い、今治療します!」
「お願い、します……」
背後から駆け寄ったロスニアさんが、僕に治癒魔法をかけてくれる。
防壁が大きな破片で吹き飛ばされ、その後飛んできた小さな破片や土砂が僕の体に殺到した結果、身体強化も虚しく無数の打撲や裂傷を負ってしまったのだ。
体の前面が本当に満遍なく痛み、あちこちから出血しているので血まみれだ。
しかし、背後に庇ったロスニアさんとシャムは無事のようだ。よかった。
あと、持ち場にある奇妙なオブジェ。地面から不自然に生えた二本の金属の棒も破壊されずに済んだようなので、僕はほっと安堵の息を吐いた。
『--エーデルトラウト将軍より全軍へ、被害状況を報告せよ!!』
翻訳装具から聞こえてきた指示に、シャムが泣きそうになりながら返答する。
『こ、こちら南特別班! タツヒトが負傷、治療中であります! 装置は無事であります!』
『こちら南第四班! 弓兵一名を残して全滅! 南東の班も壊滅的な--』
狩場の東端から、将軍のいる西端に向かって、どんどん被害報告が上がっていく。
被害の全容はわからないけど、今の偶発的な攻撃で百名程度が死傷してしまったようだ。
歯噛みしながら邪神に視線を向けると、ヴァランティーヌ魔導士団長がすぐに対応してくれたのか、全ての脚が先ほど多くの石筍でより強固に拘束されていた。
悪いことは続き、邪神は風魔法まで使い始めた。奴が旧連邦からここまで走ってくる際に使っていた、局所台風のような強力な魔法だ。
まだ狙いも定まらず、威力も以前見たものよりも小さいけど、最初の一撃は狩場東の森の一部を吹き飛ばしてしまった。多分、また百名単位が死傷したはずだ。
しかし、魔力を温存していたセシルさんを筆頭とした風魔法使いたちが動き始めたことで、乱発される局所台風はそれ以降レジストされていた。
その事に僕は多少の安堵を覚えたけど、邪神の攻撃によって生じた被害は、討伐軍全体に暗い影を落としていた。
それからも厳しい戦いが続き、邪神に攻撃を始めて一時間程が経過した。
頭部担当の近接部隊は、時折邪神の風魔法で切り刻まれながらも、邪神の頭部の傷をさらに広げていた。細かいひび割れと出血らしきものも視認できるほどだ。
そして攻撃を継続していた包囲部隊と腹部担当の近接部隊によって、胴体や腹部へのダメージも確実に蓄積されている。
でも戦闘開始から時間が経ったことで、奴の体内からはかなりカフェインが代謝されてしまったようだ。
邪神の魔法の精度や威力が戻りつつあるようだし、風魔法使い達による防御やレジストが間に合わない事がどんどん増えてきた。
力も入るようになってきたのか、土魔法使い達による拘束が破壊される頻度も上がり続けている。
翻訳装具からは、包囲部隊と近接部隊の一割もの人員が死傷し、リタイアしてしまったという情報も入ってきた。
確か軍隊においては、一割の戦力減は全滅と判断されることもあるって聞いた事がある。
ダメージの蓄積があるとはいえ力を取り戻しつつある邪神と、戦力を大きく減らし、全力疾走するような戦闘でバテつつある討伐軍。
僕らは、本当にこの化け物を倒すことができるのか……?
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