第222話 緑の援軍
すみません、日を跨いでしまいましたm(_ _)m
ちょっと長めです。
ゴゴゴゴゴゴッ……!
地響きを上げながら邪神が横たわる窪地がさらに沈み、逆に外周がグネグネと隆起し始めた。
ヴァランティーヌ魔導士団長が発動した魔法、『蜘蛛を喰らう森』は、ある魔法が原案になっている。
プルーナさんが開発した蜘蛛の森だ。
多孔質で再起的に枝分かれした石筍を連鎖的に生成するこの魔法は、高効率に大規模な森林陣地を形成することが可能だ。
連邦が王国の領土を占領した際には、これは非常に厄介なものだった。
しかし、三国が連携しているこの作戦では、かつての敵同士によるコラボレーションも可能だ。
ヴァランティーヌ様と、プルーナさんも含む全ての土魔法使いによる重合魔法。
千人を超えるかつて無い規模で行使されたこの封殺型の土魔法は、邪神の八本の脚を絡め取りながら石筍の森を形成し、その動きを完全に固定してしまった。
「ギュィィッ……!?」
まだ状況が理解できないのか、困惑したような声を上げる邪神。しかし魔法はそこで止まず、邪神の頭部や腹部に目掛け、地面から鋭い石筍の群れが殺到した。
これが封殺型たる所以だ。相手の脚を地面に縫い留めた上で、石の槍で突き刺す。かなりエグい発想の魔法だ。
あわよくばこれで決着がついてくれればいいのだけれど--
ガゴンッ…… バギャッ……!
しかし、無情にも砕けたのは石の槍の方で、邪神には何の痛痒も与えられなかったようだ。
「だめかぁ…… でも眷属の甲殻であれだけ硬いんだから、親玉はもっと硬いのは当然ですね」
「そういうことだろう。さて、私はそろそろ行く。タツヒトも持ち場についてくれ」
「はい。 --ヴァイオレット様、ご武運を」
「ああ。君もな」
僕らは短い抱擁を交わした後、すぐに背を向けて走り始めた。拘束に成功したことで、作戦はまた次の段階に移行する。
「ギュィィィィッ!!」
持ち場へ走りながら横目で邪神を伺うと、やっと事態を理解したのか、邪神が大森林に響き渡るほどの絶叫を上げながら暴れていた。
ビシッ…… バギギッ……!
100mを超える紫宝級の化け物だ。その膂力は想像を絶し、奴を拘束する太さ数mの巨大な石筍が幾つもひび割れ、折られてしまった。
しかし、石筍は割れる側から再生し、折れた場所には次々と新たなものが生成されていく。
よかった。封殺の殺の方は機能しなかったけど、重要な封の部分は十全に機能している。
これなら、術者達の魔力が切れるまで邪神を拘束し続けることが可能ななずだ。
「あ…… タツヒトだにゃ!」
「こっちでしてよ! ヴァイオレットは無事ですの!?」
声に視線を邪神から引き剥がすと、狩場の外周の森の一角、『白の狩人』の持ち場でみんなが手を振ってくれていた。
いるのは、ゼルさん、キアニィさん、ロスニアさん、シャムだ。作戦上、ヴァイオレット様とプルーナさんは今回は別の持ち場にいる。
みんなの元へ走り寄った僕は、息を整えて応えた。
「無事です! すでに持ち場に向かわれました!」
「よかった…… タツヒトさんもお怪我は無いようですね」
「すごいであります! 今の所作戦通りであります!」
「うん。今の所順調だよ。多分すぐにでも--」
『--エーデルトラウト将軍より全軍へ、攻撃開始!!』
タイミングよく、装着した翻訳装具に攻撃開始の通信が入った。
装具の通信可能範囲はあまり広く無いので、将軍からの指示を全軍に伝達するには、通信を受けた者が次々と指示を復唱していく必要がある。
『エーデルトラウト将軍より全軍へ、攻撃開始!!』
僕が取り決め通り指示を復唱した瞬間、狩場の方から凄まじい殺気と圧力が溢れ出した。
僕らの持ち場は狩場外周南側の森で、ここからは邪神の左側面が見えている。
奴の左側の脚は、枝分かれした幾百もの石筍でギチギチに固定されていて、逆に頭部と膨らんだ腹部のあたりはフリーだ。
そして殺気の出どころは、邪神の頭部に向かって殺到する紫宝級の戦士達だった。
王国のベアトリス騎士団長と冒険者のエレインさん、聖国のアルフレーダ聖堂騎士団長、そして先頭は、連邦のエーデルトラウト将軍だ。
「おおぉぉぉっ!!」
将軍は紫色の放射光を強め、裂帛の気合いと共に邪神の頭部に向かって跳躍した。
その狙いは頭部の一文字の傷跡。以前の討伐作戦で散った、連邦の紫宝級冒険者が遺してくれたものだ。
ギャギャギャギャギャギャァン!!
両手と前脚全てに剣を携えた彼女の六連撃は、その衝撃を狩場全体に響かせ、邪神の傷跡をより深く抉った。
「ギャァァァァッ!!」
初めて上がった悲鳴らしき声を合図に、狩場の周囲に潜んでいた戦力が一斉に動き始めた。
「じゃ、ウチらは行くにゃ。始まったことを外側の連中に伝えてやんねーとにゃ」
「三人とも、無茶しちゃダメでしてよ?」
「ええ。キアニィさんとゼルさんも、ご武運を」
全員と軽く抱擁した後、ゼルさんとキアニィさんの二人は持ち場に向かって走っていった。この場には、僕とシャム、そしてロスニアさんが残った形だ。
作戦の段階が邪神への飽和攻撃に移行した今、討伐隊は近接部隊、包囲部隊、そして防衛部隊に別れて動くことになっていた。
近接部隊は文字通り邪神を直接ぶん殴る主力部隊で、紫宝級の戦士が邪神の頭部を、青鏡級の戦士が邪神の腹部後側を叩く。前者が先ほど将軍達で、ヴァイオレット様は後者の方に参加しているはずだ。
包囲部隊は、各所に散った聖職者と、緑鋼級以上の魔法使いと弓兵からで構成されていて、狩場外周の森に邪神を取り囲むように布陣している。
その役割は、怪我人の回復、邪神の拘束及び妨害、それから遠距離攻撃と多岐にわたる。
ヴァランティーヌ魔導士団長を筆頭とした土魔法使いが邪神の拘束に専念し、紫宝級冒険者のセシルさんを筆頭とした風魔法使いは、邪神の風魔法の妨害に徹する。
酔っているせいかまだ踠いているだけだけど、どこかのタイミングで必ず使ってくるはずなのだ。
残りの火と水の魔法使い、そして弓兵は、近接部隊を邪魔しないよう、邪神の胴体から腹部前側の辺りを攻撃する。
今ここにいる僕らも包囲部隊に属するのだけれど、僕だけちょっと役割が特殊で、ロスニアさんの護衛兼もしもの時の控えだ。なので、機会が訪れるまでは攻撃に参加せず待機する形になる。
最後は一番数の多い防衛部隊。緑鋼級以下の戦士と、黄金級以下の魔法使いで構成され、狩場外周よりもさらに外側の森に布陣している。
先ほどここを離れたゼルさんとキアニィさんも、今頃防衛部隊に合流しているはずだ。
彼女達の役割は、包囲部隊の背中を護り、眷属が狩場に侵入するのを阻止することだ。
この森にはまだ多くの眷属が残っていて、邪神のピンチに必ず駆けつけると予想されていた。
「……もしここまでやって討伐に失敗したら、もう珈琲には引っかからないでしょうし、討伐はより困難になるでしょうね」
「はい。だからこそ、この機に必ず邪神を討滅しないといけません。 --神よ、我らに力を」
「タツヒト、案ずるより産むが易し、でありますよ! さあ、始めるであります!」
そう言ってシャムが放った亜音速の矢を皮切りに、狩場の外周の全方位から魔法と矢が邪神に降り注ぐ。
さらに近接部隊も邪神の前後から攻撃を開始し、それらの音と衝撃、そして邪神の絶叫が辺りを満たした。
「ぉぉぉぉ……!」
背後、防衛部隊の居るあたりからも鬨の声と戦闘音が聞こえ始めた。やはり、邪神の絶叫に応えて眷属達が集まってきたらしい。
今の所全てが予定通り、順調に進んでいる。このまま倒し切れればいいのだけれど……
僕は固唾を飲んで狩場の様子を見守った。
「ギギッ…… ギャァァァァッ!!」」
頭部、胴体、腹部。幾度も打ち付けられる斬撃や魔法の雨は、少しづつ、しかし確実にその効果を発揮し始めていた。
紫宝級の戦士達の山をも砕くような攻撃に、邪神の頭部の傷はより深く、広範囲に広がっていて、その他の場所にも細かな傷がつき始めている。
効いている……! 無敵に思えた奴の甲殻も、これだけの飽和攻撃に晒されては無事ではいられないようだ。
『タ…… ヒト君……! タツヒト君! 聞こえますか!?』
しかしそこで、防衛部隊のキアニィさんから通信が入った。
おかしい。縦深を確保するため、防衛部隊は翻訳装具の通信可能距離よりも僕らから離れているはず……
『キアニィさん、聞こえてます!』
『眷属の数が想定より遥かに多いですわぁ! まるで津波みたいに……!
部隊がどんどん内側に押し込まれていて、このままで防衛線を維持できませんわぁ!』
「そんな……!?」
「せっかく上手く行っているのに…… であります!」
同じ通信を耳にしたロスニアさんとシャムが悔しげに顔を歪める。
このままでは、狩場への侵入を防ぐため、防衛線を抜けた眷属には包囲部隊が対処する必要がある。
でもそうすると邪神への攻撃が緩み、討伐により多くの時間を要することになる。
邪神がいつ珈琲の酔いから醒めるとも分からないので、それは避けたい。
どうするべきか…… いや、まずはエーデルトラウト将軍に報告を上げて--
『……! 待って、何か…… え……!? な、なぜ……』
『今度はどうしました!?』
再びキアニィさんから入った通信は、とても困惑に満ちたものだった。
『ゴ……小緑鬼ですわ! それに、食人鬼、犬鬼……
人型の魔物の群れが邪神の眷属を背後から攻撃していますわ!』
『へ……?』
小緑鬼が邪神の眷属を……? 魔物同士で争うことはよくある事だけど、このタイミング、それも組織立って?
『にゃっ!? すまんにゃ! 一匹、でかい緑鬼がそっちに行くにゃ! かなり強そうだにゃ!』
『……! 対処します!』
ゼルさんからの通信に、僕はすぐに狩場に背を向けて槍を構えた。後ろに庇ったシャムとロスニアさんの緊張した息遣いが聞こえる。
ガサッ…… ガササ!
何者かが森の奥から猛スピードで接近してくる音が聞こえ始め、ほんの数秒後、木間から緑色の影が飛び出した。
すぐに仕留めようと足を撓めたところで、慌てて踏みとどまる。
ゼルさんの言う通り、随分と立派な体格の緑鬼だった。
槍を持って静かに立つ佇まいからは、知性と武術の気配が感じられる。
そしてその左頬には、刀傷のような傷跡があった。あれ、もしかして……
攻撃をやめた僕を見て、その緑鬼はニヤリと笑った。
「--ヒサシブリダナ。カセイスルゾ、タツヒト」
「やっぱり…… 傷跡くんじゃないか! なんでここに!?」
この世界に来て僕が最初に殺し合った魔物。そして、大狂溢の終わりに命を救ってくれた恩人。
現れたのは、ちょっと変わった僕の知り合い。知的な緑鬼のエラフくんだった。
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