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亜人の王 〜異世界転移した僕が平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
12章 四八(しよう)戦争:急

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第221話 キルゾーン


『撤退!!』


 連邦軍の人が、翻訳装具越しに悲鳴のような声を上げた。

 この小隊の目的は邪神を狩場まで釣ってくること。今まさに釣り上げに成功した状況なので、誰も異存はなかった。

 全員が迫り来る邪神に背を向け、走り出そうとした瞬間--


 ビタッ!


 そんな効果音が聞こえてきそうな現象が起こった。走り出そうと地面を蹴ろうとしているのに、体が全く動かないし、呼吸も出来ない。

 僕の脳裏に、かつて遭遇した紫宝級の水竜、大渦竜(レヴィアタン)の魔法が想起される。

 あの巨大な竜は、見渡す限りの大海原を完全に支配下に置き、まるで時間を止めてしまったかのように固定してみせたのだ。

 邪神だ。奴は僕らの周囲の空気をその魔力の支配下に置き、完全に固定してしまったんだ……!

 まだ数百mは離れているのに、何て速度と射程、そして強度だ。最大解放の身体強化でも本当にびくともしない。


 唯一動かせる眼球で周囲を見渡してみると、全員が全く動けないでいる中、エレインさんだけがゆっくりと動いていた。

 まるで短距離走のスローモーション映像のようだけど、鬼の形相でちょっとずつ前に進んでいる。

 マジかよこの人、スゲーな。って違う! 一瞬感心してしまったけど、それどころじゃない。このままだと作戦が超初期段階で失敗してしまう……!


『これ、かなり不味いのでは!?』


『セシル!』


『今やってる!』


 一人で焦っていると、エレインさんの声にセシルさんが怒鳴り返した。

 後方から邪神の迫る轟音がする中、セシルさんが発する放射光が目に痛いほど強まり、辺りを紫色に照らす。


 ガクンッ!


 すると、突然に体が動くようになり、呼吸も可能になった。

 セシルさんが邪神の魔法に干渉し、僕らの周囲の空気をその支配下に置いたのだろう。さすが紫宝級の風魔法使いだ。


「エレイン!」


「わかってる!」


 エレインさんが小柄なセシルさんを小脇に抱えた。おそらく邪神の魔法に対抗するので精一杯で、風魔法による高速移動に割くリソースが無いのだ。

 そしてエレインさんは、走り出しながら僕らを振り返った。


『おめぇら、死ぬ気で着いて来い! セシルから離れるとまた固まんぞ!』


『『応!!』』


 全員がエレインに応え、彼女の側にピッタリくっ付いて走り始めた。


「ギュィィィィッ!!」


 獲物が逃げる。そんな苛立ちが混ざったような邪神の咆哮が響く。

 チラリと振り返ると、異様な勢いで近づいていた奴との距離が、ほんの少しづつ空いてきている。

 やはり、巨体が仇となって木を薙ぎ倒すか避けるかしないと進めないのだ。これなら……!


『信号弾上げます!』


『頼みます!』


爆炎弾エクスフラム・ブレット!』


 走りながら空に向かって打ち上げた火球は、数百mの高さまで上昇し、烈光と轟音を響かせて炸裂した。

 よし。これで狩場のみんなに邪神の釣り上げに成功したことが伝わったはずだ。

 あとは、とにかく走るのみ!


 

 



 それから僕らは、苛立ったような高周波の歯音を上げ、執拗に追跡してくる邪神からとにかく必死に逃げた。

 奴は時折、十数mの範囲の大木を粉微塵にして巻き上げてしまう超強力な風魔法を放ってきた。

 まるで台風の全エネルギーを高密度に圧縮したかのような凄まじい破壊力だけど、セシルさんがギリギリで予兆を捉えて回避を指示してくれるので、運よくまだ生き残っている。

 おそらくあれをもっと圧縮すると、前回の討伐作戦の時に連邦の紫宝級冒険者を一瞬で粉微塵にしたとという、不可視の即死魔法になるのだろう。


 もっと魔法を連打されればきっと僕らも避けきれないけど、多分邪神は魔法ではなく自分の手で僕らを始末することにこだわっている。

 これは冒険者が経験的に知っている事なのだけれど、魔法や弓で魔物を倒すより、武器で斬りつけたりして倒した方が位階が上がりやすいのだ。

 奴の目的が僕の推測通り自身の位階の上昇なら、なるべく魔法は足止めに使って、あの鋭い脚や顎で僕らを始末したいはずだ。

 逃げ続けておよそ1時間ちょっと。邪神のそんな勿体無い精神というか驕りが、多分僕らを生かしている。


『よし、もうすぐだ! タツヒトが信号弾を上げたら、加速して一旦巻くぞ!』


『『了解!』』

 

爆裂弾エクス・フラムブレッド!』


 エレインさんに全員が応えるのとほぼ同時、僕は二度目の信号弾を打ち上げた。これで、狩場にもうすぐ邪神が到着することが伝わったはずだ。

 その直後、僕らは身体強化を極大化させて加速、一時的に邪神から距離を空けることに成功した。そして、目の前に狩場へと続く誘導路が見えてきた。


『セシル! 行けるか!?』


『……! 邪神の魔力の影響範囲を脱したっぽい! 行けるよ!』


『よし! 誘導路に入ってセシルが煙幕を放ったら、各自森に入って気配を消せ!』


『『了解!』』


煙幕(フューモ)!』


 僕らが誘導路に入った所でセシルさんが魔法を行使し、邪神と僕らの間に大量の白煙を発生させた。

 それを合図に、邪神誘引の役目を終えた分隊は散会、各自誘導路脇の森に飛び込んで気配を消した。

 その数秒後、煙幕を吹き散らしながら、邪神が轟音を上げて誘導路に侵入した。誘導路脇の森に潜んだ僕とヴァイオレット様からは、木々の間からそれがよく見えた。

 ここからは一瞬たりとも目が離せない。珈琲が邪神にも有効か、試算した摂取量で足りるのか、そして、奴がどの程度僕らを舐めてくれているか。

 不確定な要素が多すぎるけど、今は全てが上手く行くことを祈るしかない……!


 まるで苛立ちつように脚を踏み鳴らしながら、邪神は数秒程あたりを見回していた。

 しかし、ぴたりと動きを止め、誘導路の奥に向き直った。そして、まるで誘われるかのようにゆっくりと進み始めた。同時に、僕の鼻にも珈琲の芳香が届き始めた。

 よし…… 眷属達と同じく、邪神も珈琲の芳香に引き寄せられている。

 誘導路の奥、大量の珈琲が設置されている場所の狩場の向こう側からは、風魔法使い達が微弱な風でその芳香を送り込んでいるのだ。


 僕はヴァイオレット様と頷きあうと、最大限慎重に森の中を進んで邪神の観察を続けた。

 邪神はそのまま誘導を進んで狩場の中に侵入し、遂に大量の珈琲を湛えた巨大な盃の前に立った。そして--


 ザバンッ!


 遂にその口を珈琲に突っ込み、音を立てて飲み始めた。よし…… よし!

 やっぱり、あのでかい蜘蛛は僕らのことをとことん舐めている。行動を見るに絶対頭がいいはずの邪神が、こんな罠に気づかないはずが無い。

 それでも珈琲への好奇心と欲求を優先するくらい、僕らをいつでも殺せる程度の獲物と認識しているのだ。

 しかし…… あぁ、めっちゃ溢してる……! この辺も想定して、酩酊する摂取量の2倍程の量を入れてあるけど、大丈夫だろうか……?


 おそらく狩場に潜んだ全員が固唾を飲んで見守っている中、永遠とも思える数分が過ぎた。そして、バシャバシャと豪快に珈琲を飲む音が止み、邪神が満足げに盃から顔を上げた。

 その様子に異常は見られず、奴はまた僕らを探すようにあたりを見まわし始めた。

 まさか…… 足りなかったのか……!? くそっ! 計算をミスったのか、元々邪神には効かなかったのか…… 原因はいくつも考えられるけど、奴が酩酊していないという事実は変わらない。これは--


『タツヒト……』


 そっと肩に手を置かれて振り返ると、ヴァイオレット様が鎮痛な表情でふるふると顔を横に振った。


『はい、わかっています…… 残念ですが、作戦は失敗です……』


 邪神を間近で見た今ならはっきり分かる。あれは、正面から戦って人類に勝てる相手じゃない。珈琲による酩酊が望めないのであれば、このまま戦っても前回の討伐作戦の二の舞だ。

 きっとすぐに、作戦の総指揮官であるエーデルトラウト将軍から撤退の合図が出るだろう。次の手を考えなければ。しかし、一体どうすれば……


 ドゴォォォンッ……!


 突然、背後から凄まじい衝撃音が響いた。慌てて狩場の方を振り返ったけど、濛々と土煙が舞っていて様子が窺い知れない。

 しばらくして視界が晴れたその先には、狩場の中心付近で、ぐったりと地面に腹をつけた邪神が横たわっていた。

 混乱するように頭を振り、脚をバタバタと動かしているけど、力が思うように入らなないでいる様子だ。

 

『ヴィオレット様、これって……!』


『ああ! あの図体だ。酔いが回るまで時間がかかったのだろう。大成功だぞ、タツヒト!』


 やった……! そしてよかった…… 作戦の立案者としてほっと胸を撫で下ろすけど、安心するのは早い。僕らの目的は邪神の討伐。ここからが本番なのだ。


『--蜘蛛を喰らう森アラニア・ヴォレイトル!』


 王国が誇る最強の土魔法魔導士、ヴァランティーヌ魔導士団長の声が朗々と響き、作戦が次の段階に移ったことを知らせた。


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【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】


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