第220話 蠱毒
すみません、23時間ほど遅れましたm(_ _)m
だいぶ長めです。
2024/09/09 終盤の邪神の外見に関する表現に加筆
--ぽたり。
真冬の屋外にも関わらず頬を伝った汗が、地面に落ちてしみに変わった。
僕は今、地面から不自然に生えた二本の金属の棒をそれぞれ握り、魔法を行使し続けている。
ここ数日毎日続けているので、もはやルーティーンになって来ている。今日も朝から始めてお昼を挟み、今はもう夕方だ。
ちょっと前から疲労感が強くなり、魔力切れの症状が出始めているけど、全部絞り出すつもりで魔法を使い続ける。
すると視界が暗く成り始め、流石にまずいと思って棒から手を離した。けれど、数歩後ろに下がったとろでかくりと膝が折れ、体が後ろに傾いだ。
あ。やばい、倒れる。踏ん張ろうと思っても体が言うことを訊かず、そのままぶっ倒れそうなる。
しかしそこで、誰かが僕の体をしっかりと支えてくれた。
「タツヒト! 危ないであります!」
真後ろからした声に振り返ると、ちょっと怒った表情のシャムの顔が間近にあった。
「あぁ、シャムだったのか。ごめんよ、ありがとう」
「タツヒトさん、倒れるほど魔法を使うのはやめて下さい……」
シャムの後ろから、心配そうな様子のプルーナさんも駆けてきてくれた。
彼女は僕が触っていた棒に近づくと、近くに転がっていた保護カバーを棒に被せてくれた。
「ありがとう。プルーナさんも一緒だったんだね。本当にごめんよ。今日で最後だと思ったら気合が入っちゃってさ。待って、今立ち上がるから--」
シャムに背中を預けた状態からなんとか自力で立とうとするも、足にほとんど力が入らない。
「あー、仕方ないであります。このまま天幕まで肩を貸すであります」
「ぼ、僕も……!」
見かねたシャムとプルーナさんが両脇から僕の体を支え、そのまま歩き始めた。
二人ともちょっと顔が赤く、視線が定まらない。生誕祭の夜に色々見られてしまってから、こんな感じなんだよね……
そんな風に意識されてしまうとこっちも気恥ずかしくなってくる。なのでちょっとふざけてみる。
「いつもすまないねぇ、シャム、プルーナ」
「それは言わない約束であります、オトッツァン」
「オトッツァン……?」
「父親の意味らしいであります。今のはタツヒトの故郷に伝わる小芝居で、乗ってあげると喜ぶであります!」
「あの、シャム…… 乗ってくれるのは確かに嬉しいんだけど、そうやって説明されてしまうと恥ずかしいというか……
えーっと、二人とも、ここに来たっとことは予定通り終わったのかい?」
「はい。今日で狩場全体の準備が整いました。これで、いつでも邪神を呼び込めます」
「そっか、お疲れ様。いよいよだね……」
直径200mほどに森を切り拓いた窪地。僕らが今いるのはその外周部で、窪地で作業をしている多くの人達の様子が森の中から良く見えた。
窪地には直径6m程もある半円型の器が用意されていて、高さ十数mの台座の上に固定されている。
また窪地には、適度に木々を間引いた誘導路のようなもの接続されていて、その道は大森林の深淵の方向、西に向かって延びている。
ここは狩場。新連邦と旧連邦の中間地点に位置し、邪神を誘き寄せ、討伐するためのキルゾーンなのだ。
一週間前にほぼ徹夜で邪神討伐作戦を立案した後、三国の首脳部はすぐに様々な準備を始めた。この狩場はその最も重要なものの一つだ。
プルーナさんは、魔導士協会の人達と一緒に対邪神用の魔法陣設計を行うだけでなく、その運用の準備のためににも走り回ってくれていた。
僕がさっき魔力を込めていた装置の製造にも彼女の手を借りたので、かなりオーバーワーク気味のはずだ。
シャムもフル稼働してくれていて、僕の装置や魔法陣製造のためにその加工技術を発揮してくれた。
機械人形故の精密動作に裏打ちされた彼女の技術力は、魔導士協会の技師の人たちも目を見張るようなものらしい。
他の人員も狩場の準備や討伐作戦時の動きの訓練などを行っていて、『白の狩人』の他の面子も今は訓練に参加しているはずだ。
準備が整う前に邪神が襲撃してきたら不味かったけど、たまに弱い眷属の小集団がくるくらいで、なんとか準備や訓練を終えることができみたいだ。
それで、仕事を終えた僕らが今向かっているのは、狩場から少し離れた場所にある野営地だ。
討伐に参加する合計6万、軍と冒険者の精鋭が集まっている。
肩を貸してもらいながら野営地の側まで来た頃、ちょっと回復してきた僕は、二人にお礼を言って一人で歩き始めた。
すると、先ほどからチラチラと視線を交わし合っていたシャムとプルーナさんが、お互いに頷きあって歩を止めた。
「ん、どうしたの? 二人とも」
「--ここ数日、シャムとプルーナはあの夜のことを話していたであります」
「え…… あの夜ってあれのことだよね…… できれば忘れて欲しいというか……」
「そ、それは無理ですよぅ…… もう、目に焼きついちゃってます」
「そ、そうかい……」
それから暫し、僕らは言葉もなく向かい合った。
さっきのは多分前振りで、二人は僕に何か言いたいことあるのだろう。そう思って黙って待っていると、シャムが顔を上げて大きく息を吸い込んだ。
「--それで、その…… シャムとプルーナにも、ヴァイオレット達と同じことをして欲しいであります!」
……ついに来たかと、僕は天を仰ぐ。
この一週間は二人と過ごす時間が長かった。二人の好意に、親愛や友愛、家族愛以外の成分が増えてきていることに、流石の僕も気づいていた。
「えっと、確認だけど、あれがどういった行為かは、シャムには触りだけ教えていたし、多分プルーナさんも知ってるよね? その、どんな相手とするものなのかも」
僕の質問に、二人は顔を真っ赤に染めながらも、僕から目を逸らさずに頷いた。
あまりにも真っ直ぐに好意を伝えられてしまい、自分の心臓の鼓動が早くなっているのが分かる。
正直に言ってとても嬉しい。しかし、果たして手を出して良いのだろうかという思いもある。
シャムはその人格が赤ん坊だった頃から知っている相手で、体は大きいけどまだ人格は追いついていないように思える。
プルーナさんは、成人した言い張ってるけど多分嘘だし。いや、だからと言ってこの世界では何も僕を縛るものはないのだけれど……
「--ありがとう。二人の気持ちはすごく嬉しいよ。でも、ちょっとびっくりもしちゃってて、ほんの少しだけ待ってくれるかな。必ず、二人の気持ちに応えるから」
僕が打ったのは、時間稼ぎの一手。勇気を出して気持ちを伝えてくれた二人に対し、自分の情けなさに恥ずかしい思いでいっぱいだ。
僕の答えを聞いた二人の表情は、ちょっとの落胆とちょっとの安堵、それが混じったようなものだった。
「……し、仕方ないでありますね、タツヒトは。シャムは大人の女なので、余裕たっぷりで待っていてあげるであります!」
「シャムちゃん、ちょっとほっとしてるくせに」
「--それはこっちのセリフであります! この、この!」
「わっ、やめて。痛い、痛いよ!」
「--ふふっ。二人とも、本当にありがとね」
この情けない男を許してくれた上に、安心させるかのように戯れあって見せてくれる。そんな二人に、安堵の笑みが溢れ出す。
「--居た! タツヒト、シャム、プルーナ!」
そこに、野営地の方から僕らを呼ぶ声がが聞こえた。声の方に向き直ると、ヴァイオレット様達がこちらに走って来る。
声に含まれる緊張を感じ取り、僕ら三人は頷き合って彼女達に駆け寄った。
「どうしました!?」
そしてみんなと合流すると同時に問いかけると、ヴァイオレット様は真剣な表情で答えてくれた。
「--旧連邦のあたりを捜索していた部隊からの報告だ。邪神の現在の位置が判明したらしい」
翌日の朝、三国の精鋭十名程が野営地を出発し、報告にあった旧連邦の場所へ向かった。
メンバーは、まず邪神を見たことがある連邦軍の青鏡級戦士数名。『湖の守護者』からは『山脈断ち』のエレインさんと『風凪』のセシルさん、それから斥候のゾエさん。『白の狩人』からはヴァイオレット様と僕だ。
軍の精鋭は指揮も兼ねるので、冒険者を中心に機動力や対応力のあるメンツが選ばれた形だ。
僕は最初から強化魔法を使うことで青鏡級以上の皆さんに追従し、セシルさんは強力な風魔法によって高速移動する形だ。
この小隊の目的は、邪神を狩場まで釣ってくることなので、一応珈琲もいくらか持参している。
ぶっ叩いて逃げれば怒ってついてくると思うけど、あんまり激怒していると狩場に用意した大量の珈琲を無視される可能性もある。なるべく穏便に釣ってきたい。
野営地を出て1時間ほどは高速機動を行い、途中からは気配を消しながら進んでいく。
すると、急にぞわりとした気配が前方から立ち込め、これ以上は近寄ってはいけないと身体中の細胞が悲鳴を上げ始めた。
『軍の旦那…… この先かい?』
『ええ、間違いありません。この悍ましい気配、間違いなく邪神です。ゆっくり近づきましょう』
エレインさんの問いかけに、先導してくれていた連邦軍の人が硬い表情で応えた。
全員が彼女に頷き、強まる気配に逃げ出したくなる本能を必死に抑え、より慎重に進むこと一時間ほど。
気配に近づくにつれて何か戦闘音のようなものも聞こえ始めた。
そして木々の間から大きな里が見え始めた頃、その真下あたりに鎮座する巨体、悪夢の具現の様な黒い影を視界に収めることができた。
息を殺してギリギリまで近づき、木の影からその姿を盗み見る。
大きい……! 聞いていた通り、おそらく、足を広げると幅100mはありそうな巨大な蜘蛛だ。
人間など一齧りにできそうな巨大で凶悪な形状の顎、太さ数mはあり随所に剣のような棘が生えた八本の脚、巨大な腹部。全てが禍々しい。
おそらくと言ったのは、眷属と同じで体色が真っ黒で、遠近感が掴みにくいためである。
ただ、よく目を凝らすとその甲殻は僅かな金属光沢を帯びていて、前回の討伐作戦で散々ぶっ叩かれたであろうはずなのに殆ど傷も無い。
唯一頭部にだけ、オルテンシア氏の話にあった、連邦の冒険者が付けたという一文字の傷跡がある。紫宝級の延撃でもないと、文字通り傷一つ付けられないということか……
見た目からも絶望的な戦力差が予想される上に、メディテラ海で遭遇した大渦竜よりも、さらに強大で強烈な気配を放っている。
思わず膝をついて許しを請いたくなってしまうほどの威容。あれが邪神か……!
邪神に気を取られていて今気づいたけど、聞いていた状況とはかなり違う様子だ。
大量に集結しているという話だった眷属は、邪神ほどではないもののかなり大型の二体だけで、周りには夥しい数の眷属の死骸が散乱している。
聞こえていた戦闘音の原因はこれなんだろうけど、一体どういう状況だ……!?
疑問に思って観察を続けていると、その二体の巨大眷属が僕らの前で殺し合いを始めた。
『なんだ、何が起こっている……!?』
『わかりません! 眷属同士の仲間割れなんて、これまで報告にありません!』
僕らの気持ちを代弁したヴァイオレット様に、連邦軍の人が焦った様子で応える。
「「ギギギギギィッ!!」」
困惑する僕らを他所に大型眷属同士の戦いは続き、十数分後。
「ギッ…… ギギィーーッ……!!」
相手に頭部を噛み砕かれた個体が断末魔を上げ、勝敗が決した。
その瞬間、勝利した方の大型眷属が放つ身体強化の光が、青色から紫色に変じた。位階が上がったのだ。
多くの眷属が同士討ちで倒れたのは喜ばしいけど、紫宝級の化け物が二体に増えたのはまずいぞ……!
僕らの間にも驚愕と緊張が走る。しかし、次の瞬間僕らはもっと大きな衝撃を受けた。
バギャッ!
「ギギュッ……!?」
これまで眷属同士の戦いを静観していた邪神が突如として動き、その長く鋭い前脚で紫宝級眷属の頭部を刺し貫いたのだ。
唖然とする僕らの前で、眷属は十数秒ほどで死の痙攣を終え、その死骸を邪神が貪り始めた。
その瞬間。僕は何となく理解できてしまった。
何故わざわざ邪神が深淵から這い出てきたのか。それは、餌の多い人里で子孫を増やすためじゃない。
それはただの手段で、増やした子孫同士を戦わせ、位階が上がり切った最後の一体を殺し、自分の位階を上げることが目的-- これじゃまるで蠱毒だ。
『あの女、自分のガキを……!』
『うへぇ……』
『なんと悍ましい……!』
あまりの光景に、他のみんなも怒りと嫌悪に表情を歪めている。全く持って同感だけど、僕は別のことを考えていた。
奴の目的が自身の位階の上昇だとしたら、強者、特に紫宝級の軍人や冒険者なんて垂涎の獲物のはずだ。そうすると次の狙いは--
僕が答えに辿り着きそうになった時、眷属を食べ終えた邪神の頭部が、突然こちらを向いた。
「ギュィィィィッ!!」
漆黒の巨体が、異様な速度で僕らに殺到した。
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【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
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