第218話 湖の守護者(2)
超遅くなりましたm(_ _)m
「あん? なんでぇ、歯応えのねぇ。次だ次ぃ!」
僕の渾身の一撃でも甲殻を貫けなかった青鏡級の大型眷属。そいつを軽々と真っ二つにしたエレインさんは、今度はゼルさんとキアニィさんが対応している大型眷属に肉薄した。
仲間が瞬殺されて脅威を感じ取ったのか、その眷属は後脚の四本で立ち上がり、威嚇するように前脚の四本を広げた。
彼女はそれに構わず突進を続け、突然の乱入者に驚愕しているキアニィさんとゼルさんの間をすり抜けた。
『湖の精!』
エレインさん体が紫色に発光し、その周囲に突如としていくつもの水の塊が生成された。
それらは、それぞれが意思を持つように大型眷属に殺到。突進してくる彼女を迎撃するように振り下ろされた前脚全ての軌道を、激しい水流により悉く逸らしてしまった。
結果、大剣を今まさに振り下ろそうとするエレインさんの前で、大型眷属は隙だらけで腹を晒す形となった。
「らぁっ!!」
ガシュゥンッ!
大上段からの切り下ろしの一撃は、またもや大型眷属を真っ二つに両断してしまった。
な、なんて戦い方…… 防御は全て水魔法に任せて、全身全霊の一撃を叩き込む。これが王国最強の冒険者か。
まるで敵が弱体化してしまったかのようにあっさり勝負がついているけど、そんなことはない。ただただエレインさんが強すぎるのだ。
「次ぃ! っと」
エレインさんが向き直ると、最後の大型眷属はすでに頭を割られて絶命していた。
そいつを仕留めたヴァイオレット様は、肩で息をして所々負傷してしまっている。けれど流石だ。僕はエレインさんが助けてくれなかったら死んでただろうし。
「はっ、はっ、はっ…… すまない、助力に感謝する!」
「おぅ、気にすんな! もうデケェのはいねぇか…… しゃあねぇ。お前ら、小せぇのを狩るぞ!」
そう言ってエレインさんは眷属の群れに突進していった。お前ら?
「--もう、はしゃいじゃって」
突然頭上から聞こえた声に慌てて顔を上げると、そこには空中に浮かぶ小柄な馬人族がいた。彼女の体も紫色に発光している。
ゆるくウェーブした緑色の髪をゆらめかせ、気だるげに佇むその様子は、人では無く妖精の類だと言われても信じてしまいそうな雰囲気があった。
そして彼女は僕には目もくれず、里に雪崩れ込む眷属の群れに手を伸ばした。
『虚な大気』
ポツリと呟くような詠唱の後、彼女の手の先にいた数百匹の眷属が突然動きを止め、その場でのたうち回り始めた。
おそらく、南部山脈で遭遇した青鏡級の風竜や、話に聞く邪神の攻撃と同じ原理の風魔法だろう。
『湖の守護者』のツートップのもう一人、紫宝級の風魔法使い、『風凪』のセシル。
万を越す大規模な食人鬼のコロニーを、物音一つ立てる事なく全滅させたという逸話の持ち主だ。
「流石は王国最強。桁違いだな……」
僕の隣に来たヴァイオレット様が、感嘆の声を上げる。
「ヴァイオレット様! お怪我は大丈夫ですか?」
「うむ、深いものは無い。しかし、あの二人が居るとなると--」
「誰ですのっ!?」
キアニィさんの声に振り返ると、僕らの後ろにいつの間にか三人の人影があった。
「あー、すいやせん。驚かせてしまって。しっかしあの人ら、なんでいつも斥候のあっしより前に出るんですかねぇ……」
「うふふっ、あとでお説教ですね」
「……」
小物っぽい言動とは裏腹に全く隙の無い蜥蜴人族の斥候、聖母のような笑みなのに何故か怖い雰囲気を放っている只人の女聖職者、そして巨大なタワーシールドに見合う巨躯を誇る犬人族の戦士。
誰もが只者ではない雰囲気を放っている。確か『湖の守護者』は五人組だったはずなので、彼女達が残りの面子だろう。
「それであんた方、もしかして、ヴィンケルから駆けつけてくれた王国の冒険者かい?」
「は、はい。『白の狩人』のタツヒトと言います。おかげで助かりました。皆さんは『湖の守護者』の方々ですよね? お会い出来て光栄です」
「お、あっしらの事知ってるのかい。嬉しいねぇ。そいじゃあ、まずは一緒にあの黒い連中を片付けましょうや」
「わかりました、ありがとうございます! 後衛組! 誤射に注意して!」
少し離れたところからこちらを窺っていたシャム達が、僕の声に手を挙げて応えた。
それから僕ら『白の狩人』と『湖の守護者』の面々は、残った邪神の眷属を協力した狩始めた。
『山脈断ち』と『風凪』の二人以外の面子の実力も凄まじく、全員が一騎当千の実力者だった。
結果、千を超えていた眷属達は、十分もせずに狩り尽くされてしまった。
「あんたが『傾国』のタツヒトかぁ! 会えて嬉しいぜ!」
戦いを終え、邪神の眷属の死骸を片付けながらお互い自己紹介をしていると、エレインさんは嬉しそうに僕に握手を求めてきた。
反射的に握り返すと、硬くなった手のひらの感触が伝わってくる。歴戦の戦士の手だ。
「僕も有名な『山脈断ち』に会えて嬉しいです。あと、さっきは本当にありがとうございました。命拾いしました。
--ところで、聞き間違いと信じたいんですが、僕って『傾国』って二つ名がついてるんですか……?」
「あん? 間違っちゃいねぇよ。あんたは今王国で一番有名な男だ。なぁ?」
エレインさんが仲間の皆さんに振ると、只人の女僧侶、キトリーさんがちょと気まずげに応えた。
「あの、私もその二つ名は耳にしたことがあります。もう、結構広まってしまっているのかも知れません」
「そ、そんな……」
確かに一度は国を傾けてしまったし、それを遠因として人死まで出てるけど…… 内乱鎮めるために結構体張ったりもしたんだけどなぁ。
凹んでいると、ヴァイオレット様が深刻な表情で僕の肩に手を置いた。
「タツヒト、その、何と言ったらいいのか……」
「あぁ、いえ、ヴァイオレット様のせいじゃありませんから」
「へぇ、噂通り仲がいいんだねぇ。あ、セシル。こっから先、襲撃されてそうな里はありやすかい?」
「待って…… うん、だいじょぶそ。今回の同時襲撃は、これでおしまいっぽい」
斥候のゾエさんの問いに、風魔法使いのセシルさんが応えた。多分、何か遠くの音を拾う風魔法を使ったんだろう。
『湖の守護者』の皆さんは最初は連邦外郭の南西付近の里に居たそうだ。そこで眷属襲撃の報を受け、救援が必要な里を助けながら北上してここまで来たらしい。
ちなみに彼女達『湖の守護者』は、元は村の近くの湖に住み着いた魔物を追い払う自警団的な集まりだったらしい。
それがメキメキと実力をつけ、今では王国最強の冒険者パーティーだ。全員が同郷で付き合いも長く、チームの雰囲気も良い。
全員僕らよりも一回りくらい年上なので、何だか頼りになる先輩方って感じだ。
みんなで眷属の死骸を片付けている最中、僕はエレインさんが真っ二つにした大型眷属を少し調査した。
結果として、大型眷属の甲殻は、ほとんど金属のようになっていることがわかった。
こいつに雷撃が効かなかったのは、電流が体表面から地面に流れてしまい、体内の組織に通電しなかったせいだろう。何と厄介な……
試しに、体組織がのぞいている断面に雷撃を加えてみたら、内部がしっかり焼けこげた。むしろ外側が金属な分、雷撃が通りやすいようだ。
つまり、甲殻にヒビでも入った状態で、そのヒビ目掛けて雷撃を放てば、通常よりも大ダメージを与えられる可能性がある。
……いや、そもそも甲殻を破るのが大変だんだけどね。
片付けが粗方終わり、聖職者のキトリーさんとロスニアさんが怪我人の治療を終えたところで、僕らは軍が救援に来るまで休憩することにした。
せっかくなので、僕は先輩方を珈琲ブレイクにお誘いした。それで、道具が置きっぱなしになっているはずの広場に向かったのだけれど、僕らが座っていたあたりに数体の小柄な眷属が転がっていた。
珈琲が入っていたはずのカップは空になっていて、あたりに散乱している。
「おや、こんなところにまで。ドミニク、頼めますかい?」
大柄な犬人族のドミニクさんが頷いて眷属に近づくも、何故か途中で止まってしまった。
「……! ……生きてる」
「「!」」
彼女の言葉に、全員が瞬時に臨戦体制に入った。しかし、こちらに気づいたらしい眷属達が手足をばたつかせるけど、うまく立ち上がることすら出来ないようだ。
何だろう…… まるで酔っ払ってるみたいだけど。周囲を探ろうとあたりを見回した僕の目に、訝しがるプルーナさんと、散乱した珈琲カップが目に入った。
あ…… そ、そうか! プルーナさんに効いたんだ。こいつらにだって…… なんで誰も気づかなかったんだ?
だけどこれなら--
「プルーナさん、ロスニアさん…… 邪神討伐に有効な作戦を思いついたかも知れません」
「え…… 本当ですか!?」
「い、一体どんな作戦ですか……?」
「はい。その名も…… 八岐大蛇作戦です!」
「「ヤマタノ、オロチ……?」」
二人がきょとんとした表情で首を傾げる。あ…… そうか。異世界だから通じないのか。
いや、そもそも地球世界でも日本国内でしか通じないな。自信満々に披露した内輪ネタが滑ったみたいで、ちょっと恥ずかしくなってきた……
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