第214話 セイント性夜
ごめんなさい…… 寝落ちしてましたm(_ _)m
少し長めです。
ヴィンケルの里に来て数日。プルーナさんの案内のおかげで、里の中や蜘蛛人族の生活を大分知ることができた。
あと、グレース司祭の教会には毎日のように入り浸っていて、孤児院の子供達ともだいぶ仲良くなれたと思う。
そんな風に旅行先で観光を楽しむかのような日々を過ごしていたら、気が付けば今日は生誕祭の日だった。
この世界のほとんど唯一と言っていい世界宗教である聖教。その重要な聖人である聖イェシュアナの生誕を記念した祝日なので、当然連邦に祝う習慣がある。
生誕祭の日は、教会でお祈りをしてから、家族や友人と食事でもしながらゆっくり過ごすのが定番だ。
バージリア枢機卿達や、オルテンシア氏からの共に過ごさぬかというお誘いがあったけど、全て丁重にお断りした。
政治的には不正解の行動だろうけど、僕ら『白の狩人』プラス一名は、朝から宿舎を出てグレース司祭の教会に向かっている。
「しかし、積もりましたねぇ」
ここ数日で急に降った雪は、里の中を真っ白に染めてしまっていた。大体膝下くらいまで積もっている。
今僕らが歩いている大通りは、住民の皆さんが除雪してくれているおかげで歩きやすい。
「プ、プルーナ。このまま積雪が続く場合、里が落下する可能性もあるであります……」
シャムがちょっと怯えた様子で聞くと、プルーナさんは安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だよシャムちゃん。ほら、ああしてみんな真剣に除雪してるでしょ? もっと大雪の時には風魔法で吹き飛ばしたりもするから、落っこちたりしないよ。
あ。でも確か、大昔に除雪を怠って落下してしまった里があるって聞いたことがあるね」
「ひぇ……」
プルーナさんがそう言ってニヤリと笑い、シャムが怯えたように腕に捕まってくるので、頭を撫でてやる。
「ふふっ。プルーナさん、意地悪だねぇ」
「えへへへへ……」
「ふむ…… 実際、雪は商流に大きな影響を与える。できれば降ってほしくはない。単純に寒いしな」
側を歩くメームさんが少し体を震わせながら言う。各国の上層部との話が終わってからは、こうして僕らと行動を共にしていることが多い。
蜘蛛人族は珈琲という新たな娯楽に興味深々で、王国や聖国を通さずに直接取引しようと裏でメームさんに持ちかけて来たらしい。
しかし陛下の紹介で連邦の上層部に会った時点で、連邦との珈琲の取引に関しては、メームさんは王国のコントロール下に入る事が決まっている。
何かあったら王国の判断で連邦への供給を止められるということだ。メームさんは義理堅いので、良い条件を提示されても王国との契約を守るだろうな。さておき。
「そういえば、メームさんは暑いところの出身ですもんね。じゃあ、凍えない内に教会へ急ぎましょう」
いつも通り、グレース司祭は穏やかな笑みで、孤児院の子供達は騒がしく僕らを出迎えてくれた。
教会はここ数日の内にみんなで飾りつけたので、とても賑やかな雰囲気だ。
最初にみんなでグレース司祭の説法を聞いた後は、みんなで準備して一緒にお昼を食べた。
僕らの今日のお土産は、大森林で狩って来た大きな鳥型の魔物だ。それを説法が始まる前からじっくりと火魔法で炙り、馬鹿でかいローストチキンを提供した。
「***!」「アリガトー!」「美味しいですわぁ……!」「うむ、大きいことはいいことだ」
「うんうん。どういたしましてー」
満面の笑みでローストチキンを頬張る子供達と、それに混じってチキンを貪る『白の狩人』が誇るフードファイター、キアニィさんとヴァイオレット様。うんうん、みんな可愛いな。
グレース司祭が教えたのだろう、子供達の中には片言の王国後で一生懸命に感想を伝えてくれる子もいた。心が温かくなるような光景だ。
あと、教会に通う内に気付いたけど、プルーナさんはグレース司祭の前だとちょっと子供っぽくなるようだ。
今もニコニコとチキンを頬張りながら、慈母のような表情のグレース司祭から口元を拭われている。みててとてもほっこりする。
改めて食卓を見回してみると、只人と蜘蛛人族からなる子供達の数は、この孤児院のキャパに対して結構ギリギリに見える。
グレース司祭の話では、この子達の半分ほどは邪神やその眷属に両親を殺され、ここ半年ほどで孤児になったのだそうだ。
それでも彼女達はまだ運があった方で、前の里から今の里に避難する時に命を落とした子も大勢いるらしい。 ……やっぱり、邪神達にはご退場願う他ないな。
食事会の後は子供達と一緒にジャパニーズ雪だるまを作って遊び、僕らは昼過ぎに教会を後にした。
教会からの帰り道、生誕祭でいつもより豪勢な料理が並ぶお店や屋台でしこたま買い込み、僕らは宿舎へ戻った。
いつもの流れで一つの部屋にみんな集まり、それぞれ適当なところに腰をおろす。
ありがたいことに結構いい部屋を割り当ててもらったので、メームさんを含む八人全員が入ってもそれほど窮屈じゃない。
「ユキダルマって楽しいねシャムちゃん! あんなに単純な遊びなのに」
「プルーナに同意であります! 積雪状況に合わせて雪玉の進路を調整する必要があるところに、きっと競技性があるのであります!」
「ふふっ、たまには子供と一緒なって遊ぶのもいいな」
「メームさん、子供達にモテモテでしたもんね。ちょっとズルかったですけど」
「何を言う。お前だって賄賂を送ってただろう? 俺もそうしただけだ」
昼食会にクラヴァというお菓子を持参したメームさんは、子供達のハートをがっちり掴んだ。
何層ものパイ生地の間に砕いたナッツ類が挟んであるクリスピーなお菓子で、蜂蜜をたっぷりとかけて食べると最高だった。
僕が普段子供達に配っている堅果焼きは行動糧食なので、流石にガチのお菓子には勝てなかったよ……
それから僕らは、買ってきた料理やお酒を頂きながらまったりとおしゃべりをして過ごした。僕はお酒飲むと会話できなくなるのでお茶だけど。
王国、帝国、聖国、連邦と旅してきた僕らと、帝国の南端から聖国まで商売をして来たメームさんだ。話題には事欠かない。
途中、ゼルさんが僕の膝に乗って来たので顎下を撫でて差し上げると、彼女は嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしてた。
いつもの事なのでそのままおしゃべりを続けたのだけれど、メームさんは少しギョッとしたようにこちらを見た。
あ、そういえば彼女の前でゼルさんを撫でるのは初めてかも。まぁ、メームさんなら見られてもいいか。
あと、なぜかシャムとプルーナさんのお子様組からもチラチラと視線を感じる。二人は珈琲を飲みながらくっついて内緒話をしているようだ。
仲が良さそうで大変良いけど、何か悪だくみをしていないか心配。
おしゃべりする内に日が暮れ、夜になり、お子様達は二人揃ってソファの上で眠ってしまった。
いつもよりちょっと寝落ちが早い気がするけど、いっぱい遊んで疲れたんだろうか?
ともあれこのままでは寝苦しいだろうからと、ヴァイオレット様と一緒に二人を別室のベッドへ運んだ。
そして元の部屋に帰って座り直すと、ヴァイオレット様がクスリと笑った。
「そういえば、君と出会ってからもう一年以上が過ぎたのだな、タツヒト。出会った頃はこんなふうに一緒に過ごすことになるとは、想像もしていなかったよ」
「へ……? あ、そっか。そういえば今日は、僕にとってはこっちに来てから二度目の生誕祭でした。僕はその、こんなふうになれたらいいなって妄想してましたけど……」
「そ、そうか…… ふふっ」
「む、そうなのか? てっきり、お前達はもっと長い付き合いなのだと……」
二人でちょっとイチャイチャしていると、メームさんが少し驚いたように言った。
「うむ。時間は短くとも、その間に様々な事があったからな……」
少し遠い目で応えるヴァイオレット様。確かに、一年ちょっととは思えない程の濃密な時間だったと思う。
すると、メームさんが今度は意を決してという感じで切り出した。
「そ、その。気になっていたんだが、俺はタツヒトとヴァイオレットが付き合っているものと思っていた。タツヒトが男と知る前からだ。
だが、ゼルとは終始くっついているし、かといえば他の面子とも距離が近すぎるし、だ、誰と付き合っているんだ?」
「え……? それはその、えーと……」
答えに窮していると、ほろ酔い状態のゼルさんが助け舟(?)を出してくれた。
「にゃぁ? あー、それだったら、ここにいるおみゃー以外の全員と付き合ってる感じだにゃ。にゃ? よく考えたらモテモテだにゃあ、タツヒト。にゃはははっ!」
「なっ…… ぜ、全員!? し、しかし、キアニィ、ロスニア。お前達は、その、そう言う仲ではなかったのか……!?」
おぉ、さすが商人。よく見ていらしゃる。まぁ、この二人はちょっと嫉妬しちゃうくらい仲がいいからなぁ。
「えっと、タツヒト君とも付き合っていますし、ロスニアとも、その、仲良くしてますわぁ」
「ええ。人々の融和こそ神の教え。私たちは創造神様の教えを体現しているとも考えられます。ええ、きっとそうです」
手を繋ぎながら応える二人。ロスニアさんは、自分が詭弁を弄していることを自覚してか、少し視線を泳がせているけど。
「し、信じられん…… 俺は、お前達が不仲なところを一度も見たことが無いぞ。そんなことが……」
「うむ。皆、淑女協定に則り、衝突することもなく付き合えている。 --少したどる道が違えば、ここに陛下も入っていたかも知れぬな」
「マ、マリアンヌ陛下まで……!? --そ、その協定、新規の受付は、まだしているのか?」
「……!?」
なんだか居た堪れなくなってあんまり聞かないようにしていたら、メームさんが消え入るような声で爆弾を投下した。
そ、それって…… なんか顔が熱くなってきた。
「もちろん。協定に同意し、タツヒトと心を通わせたものであれば誰でも歓迎だとも。タツヒトも、メームのことは憎からず思っているのだろう?」
「へ……!? えっと、その、かっこいいし、義理堅いところは好きです。意外に可愛いところもありますし……」
「だ、そうだ。どうするメーム。この場で加入することも可能だぞ?」
「あ、あぅ…… も、持ち帰って検討させてもらう!」
無表情のまま顔を真っ赤にし、彼女は風のような速さで部屋を出ていってしまった。
「ふむ…… 少し早かったか」
「にゃははは! あいつ意外とへたれだにゃぁ。それじゃあお子ちゃま達も寝たことだし、始めるかにゃあ?」
ゼルさんがゆっくりと立ち上がると、他のみんなも上気した表情で僕の方ににじり寄ってきた。
肉食獣の群れに囲まれた草食動物のような心持ちになり、首筋がぞくりとする。
「お、お手柔らかに……」
計らずしも性夜になってしまった生誕祭の夜は、静かに更けていった。
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【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
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