第210話 聖者の街道(2)
大休憩の後、聖国の遠征部隊は、僕ら『白の狩人』とメームさんの商隊を先頭に聖者の街道を進み始めた。
騎士の人達は、街道に入ってからは騎乗しており、部隊全体は徒歩の二倍くらいの移動速度で移動している。聖国内を爆走していた時よりもかなり遅い速度だ。
黄金級以上の戦士型の人間にとって、正直戦闘において騎乗するメリットはあまりない。鎧の重量なんて誤差だし、馬より人の方が早く走れるし、持久力もあるからだ。
それでも騎乗するのは、視点が高くなり、移動を馬に任せられるので周囲の警戒がし易いからだそうだ。
整備されて視界の通る聖国内の街道はともかく、周囲を深い森に囲まれた大森林では索敵が非常に重要だ。あとは、多分見栄えの問題かな…… 騎乗してる騎士の方がかっこいいし。
案内役のプルーナさんはというと、メームさんと一緒に御者台に座り、辺りをキョロキョロと見回して時折一人で頷いている。
僕には同じ光景が続いてるようにしか見えないけど、彼女には自分達がどこにいるのかわかるらしい。
聖者の街道のどこかから連邦に続く横道があるらしいのだけれど、かなり分かりづらくしてあるのだそうだ。
きっと彼女が居なければ、僕らはそのまま街道を突き進んで王国まで行ってしまう事だろう。
あと、斥候役として、キアニィさんには十数mほど先行して進んでもらっている。隊列の頭を抑えられそうになったら、すぐに知らせてくれるはずだ。
そうして警戒しながら進み、昼休憩を挟み、夕方になって野営に入る頃、部隊全体が違和感を感じていた。
車座に座った遠征部隊の首脳陣、そして僕ら『白の狩人』とメームさんは、その違和感について話し始めた。
「やはりおかしい…… 大隊規模の部隊とはいえ、大森林を貫く聖者の街道で丸一日魔物の襲撃が無いなどあり得ない。それに静かすぎる。鳥の囀りや小動物の気配さえ感じられ無い……」
「そうですよねぇ。王国や、ごくたまに連邦にお邪魔した時は、少なくとも一日に数回は魔物に襲われました。これは大森林で何かが起こっていますね」
アルフレーダ騎士団長とバージリア枢機卿の視線が、プルーナさんに向かう。
「は、はい。邪神と、その眷属の影響だと思います。僕は直接見ていないんですが、眷属はとにかく数が多かったそうですし、どんどん増えていたとも言います。
元々いた魔物達が眷属達から逃げたせいで、一時的に魔物の空白地帯ができているのかも知れません」
「--空白地帯…… そこに眷属達が追いついたら、また魔物が外側へ逃げるか……? そしたら最終的に大森林から魔物が溢れて…… まるで大狂溢だ」
「「……」」
「あ…… す、すみません、変なことを言いました」
嫌な想像を口にしてしまった僕に、全員が口を噤んでしまった。
つい最近起きたばかりの大狂溢がもう一度起きたら、大森林の周辺国に大量の死者が出ることは明白だ。
それを防ぐためにも、僕らは邪神とその眷属達を始末する必要がある。
「--プルーナ、現在の連邦の位置まであとどれくらいだろうか?」
空気を変えてくれようとしたのだろう。ヴァイオレット様が発した問いに、プルーナさんは少し考え込んでから答えた。
「そうですね…… この進み具合だと街道をあと一日進んで、大森林に入ってからもう一日進めば、今の連邦の中核になっている大里に辿り着けると思います」
僕らのやりとりを聞いていたアルフレーダ騎士団長は、大きく頷くと顔を上げた。
「--うむ。やはりこの状況でも拙速に勝るものはあるまい。今この場が空白地帯だと言うのならば、空は好機でもある。各員、明日も警戒を厳にしつつ迅速に歩を進めよ」
「「は!」」
交代で見張りをして迎えた翌朝。やはり夜間も魔物の襲撃は無く、不気味なほど静かだった。
そしてなんとも言えない気持ち悪さを抱えたまま行軍し、そろそろ時間も昼に差し掛かる頃、変化が訪れた。
「あ…… み、右手から多数の足音……! 水晶蟻にそっくりな周波数であります!」
「ウチも聞こえたにゃ! まずいにゃ…… これ、めちゃくちゃいっぱいいるにゃ!」
僕らの中でも聴覚に優れたシャムとゼルさんが、走りながら右手の森を凝視した。
それと同時に、先行していたキアニィさんがその場で足を撓めた。
タンッ!
一気に10mほど跳躍して街道右手の木にへばりついた彼女は、そのままするすると上に登り、森の奥を睨んだ。
「右手から黒い蜘蛛のような魔物の群れ! 数は…… 数百! もうすぐそこに……! 隊列の前後を抑えられますわぁ!」
彼女が樹上からこちらに向かって跳んだ一瞬後、彼女が居た場所に黒い異形の影が現れた。
影は樹上から、地面から、ガサガサと音を立てて僕らの進路を塞ぐように街道へ溢れ出してきた。
遠近感覚が狂いそうになるほどに黒く、大小様々な大きさの蜘蛛の魔物。間違いない、話に聞いていた邪神の眷属だ……!
「「ギギギギギッ!!」」
一瞬にして僕の進路を塞いだ眷属達が、勝ち誇るように歯を打ち鳴らす。
後ろを振り返ってみると、すでに退路までも眷属達に塞がれ、隊列の右横からも黒い影が溢れ出そうとしていた。これは……
「アルフレーダ様!」
「やむを得ん……! 全体停止! この場で応戦、殲滅せよ!」
「「応!」」
アルフレーダ騎士団長の声に、全軍が数秒で停止し、物資や非戦闘員を乗せた馬車を守るように構えた。
「プルーナさん! 防壁を!」
「了解です!」
馬車から飛び降りたプルーナさんが前脚の一本を振りかぶり、筒陣が仕込まれた脚甲で地面を踏み締めた。
『千連石筍!』
枝分かれする鋭い無数の石筍。それが一瞬にして隊列の前後と右横を覆い、眷属達に対する防壁を構築した。
防壁の高さは人の背丈程度。乗り越えられない程の高さじゃないけど、鋭い棘が引っかかり、眷属達は乗り越えるにかなりもたついている様子だ。
さらに防壁には多くの間隙があり、そこから防壁を乗り越えようとしている眷属達の柔らかそうな下腹が見える。つまり隙だらけだ。
「助かる! 各員、遠距離攻撃開始!」
『『螺旋岩!』』
集団訓練を積んだ100名に及ぶ万能型の精鋭集団。彼女達が放った回転する岩塊が、うなりをあげて眷属達に殺到した。
「ギギッ……!?」
その初撃で、多くの眷属達が頭や土手っ腹を貫かれて絶命した。しかし、その後も黒い影は次々と押し寄せ続けた。
僕らも魔法や弓で応戦し、運よく防壁を乗り越えてきた眷属は切り伏せ、また遠距離攻撃を行う。
眷属の槍を突き込んだ感触から、この黒い甲殻がかなりの強度を持っていることがわかった。
幸い動きはそこまで早く無いけど、橙銀級くらいの位階だと数に圧殺されてしまいそうだ。
たまに木の上からダイヴしてくる個体もいて、騎士団の人が不意を突かれたりもしていたけど、集団戦に習熟した彼女達はすぐに味方のフォローに入っていた。
そんな全力戦闘を続けること数分。騎士団に多くの怪我人を出しつつも、なんとか邪神の眷属を殲滅することができた。
「はぁ、はぁ、はぁ…… なんとか、乗り切りましたね……」
「ふぅ、ふぅ…… えぇ。でも、黄金級以上の精鋭で構成される遠征部隊。その彼女達に怪我人が出るなんて…… 眷属だけでも相当な脅威ですわぁ」
隣で息を乱しているキアニィさんには怪我は無いようだった。他のみんなの様子をみると、とりあえず『白の狩人』にもメームさん達にも怪我人は居なさそうだ。
「これが邪神の眷属…… なんて禍々しい……」
馬車から降りて負傷者の治療をしながら、ロスニアさんが呟く。
辺りには数百にも及ぶ黒い蜘蛛の死骸が散らばり、酷い有様だ。体に模様も無く、目や口までもが黒い。何か普通の魔物にはない不気味さが感じられた。
「助祭殿達は騎士の治療を頼む! 毒を受けた者も居るようだ! 各隊は点呼の上、欠員の有無を確認せよ!
--プルーナ殿。此奴ら、明らかに我々の進路と退路を塞ぎ、隊列の弱点である横腹を突いてきた。邪神の眷属とは、このように知能が高いものなのだろうか?」
全体に指揮を出しながら、アルフレーダ騎士団長がプルーナさんに質問する。どことなく、こんなに頭がいいとは聞いていないぞという非難を感じる。
「わ、分かりません。僕が聞いた中に、こんな戦術めいた動きをするという話はありませんでした」
「……閣下、御覧を。前後と隊列の真ん中を襲った分隊。それぞれ、大きい個体がいるように見えませんか?
もし此奴らが年長の個体で、年少の個体群を率いていたのだとしたら……」
ヴァイオレット様に言われて僕も視線を巡らせると、確かに他よりも明らかに大きな個体が三体、前後と横に離れて死んでいた。
確かに偶然というより、それぞれの分隊を率いていたと言う方がしっくりくるような配置だ。
「む…… 邪神が現れたのは半年ほど前だったな。つまりこの大きな個体達は、おそらくはその短期間で稚拙ながら作戦を立て、指揮を行うほどの知恵を付けたと……?
堅固な甲殻と毒、旺盛な繁殖能力だけでも手強いというのに…… これは、邪神の眷属だけでも相当に厄介だぞ……!」
騎士団長は、眉間に皺を寄せながら搾り出すように言った。
僕らは連邦への到着を前にして、この討伐作戦が想定よりさらに困難であることを知る事になった。
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