第021話 義理の姉上達(2)
「えっと、リゼットさんと試合をしろってことですか? いやそんな…… いいですよ」
「え、やるのかい?」
僕の返答に目を丸くしているイネスさん。
喧嘩したくないなぁと思ったけど、ぶつかり合わないと分からない事もあるっていうしね。
僕には兄さんがいて凄く仲は良かったけど、小さいころはちょくちょく喧嘩してたし。
……みんな元気かなぁ。
「えぇ。それで納得していただけるなら。僕の経験にもなりますし」
「テ、テメェッ…… ちょっとこずいてやろうと思ったが、もう我慢ならねぇ! 肋骨へし折ってやらぁ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るリゼットさん。
え、激怒していらっしゃる。なぜ……
――いや、格下だと思っている相手に経験になるから相手してやるとか言われた、イラッとしちゃうか。
なんだろう、絡まれて僕もちょっと攻撃的になっているのかも。
「しょうがないねぇ。審判は私がしてやるから、さっさと準備しなさいな」
イネスさんの許可が出たので手早く準備をする。
もちろん真剣でやり合うわけにはいかない。
僕は急いで村長宅に取って返し、練習用の杖、僕の身長より少し短いくらいの木製の棒を引っ掴んだ。
酒場の前に戻ると、リゼットさんは木刀を二本持って振りを確認している。
「ルールはどうしましょう?」
「そうだね――。武器を落とすか、まいったを言わせるかしたら勝ちにしよう。もちろん、殺したり急所に当てたりするのは無しだよ。あと今から仕事しに行くんだ。危なそうなら私の判断で止めたり判定勝ちにするからね」
「だとよ。よかったなお坊ちゃん。お優しいルールだぞ」
む、ちょっとムカついてきた。
「そうですね。村長やクレールさんが悲しむので、怪我をさせないようにしますよ」
「――ぶっ殺す……!」
「殺すなって言ってるでしょ。もうこの子達は…… よし、じゃぁ構えて―― はじめ!」
合図とともにリゼットさんが真っ直ぐ突進して来た。
やはり馬人族の真骨頂はこの突進にある。
文字通り瞬く間に距離を詰めてくるヴァイオレット様ほどじゃないけど、黒豹のような体躯から想像したどおりに十分早い。
けどそれだけだ。間合いに入ったら一刀づつ木刀を弾き飛ばそう。
そう思って構えているとリゼットさんが目の前で急に進路を斜めに変更し、横手から僕に二刀を見舞う。
「くっ!?」
意表をつく横薙ぎの二撃を、なんとか杖を縦に構えて防ぐ。
ガガンッ!
細身の体に見合わない重い攻撃に体勢が少し崩れる。
でもそれは相手も同じだ。
二撃を見舞って走り抜けようとしている彼女は、僕に背中を見せている形だ。
急いで体勢を整えて追い縋る。
しかしその瞬間彼女は前足で制動をかけ、つんのめりながら後ろ足を撓めた。
瞬間、凄まじく嫌な予感に襲われた僕は上体を仰け反らした。
「死ねオラ!!」
ビュゴッ!!
寸前まで僕の顔があった空間を彼女の後ろ蹴りが貫いた。
「あぶなっ!?」
「こらリゼット! 急所を攻撃するな!」
イネスさんが怒号を飛ばす。
忘れてた。馬人族の人にはこれがあったんだった。
突進をいなし、隙だらけの背中を見せたと思ったら強力な後ろ蹴りが襲ってくるのだ。
硬い蹄と強靭な後ろ足によってもたらされる威力は、当たったら鼻が折れるくらいじゃ済まないだろう。
この間話した冒険者の人は、後ろ蹴りでオークの頭蓋骨を砕いたって言ってたっけ。
この人完全に殺しにきてるな。死ねって言ってたし。ちょっと頭に来たぞ。
蹴りを避けられて舌打ちをする彼女に構わず、距離を詰める。
そしてまだ戻りきっていない彼女の後ろ足に杖を絡め、思いっきり捻る。
彼女の後ろ足が、杖の回転によって強制的に前後に開かれた。
「うおっ!?」
体勢を崩した彼女はどすんと尻餅をついてしまった。
その隙をついて杖を引き戻し、彼女の前面に素早く回り込む。
そして僕は動けないでいる彼女の目を見据え、鎖骨辺に目掛けて杖を振り下ろした。
「ひっ!?」
ヒュボッ!
目を瞑り身を縮める彼女に触れる一センチ手前、杖はそこでビタリと止まった。
恐る恐る開けられた彼女にの目には、怯えのみで戦意は残っていなかった。
僕は残心ののち距離を取ると、審判のイネスさんに目線を送った。
彼女は頷くと声を上げた。
「そこまで!! 勝者、タツヒト! というかリゼットは途中で反則負けだ!」
「おー、やっぱりつえーじゃねぇか!」
「ヴァイオレット様が目をかけるのも納得ですねぇ」
イネスさんの宣言の後、周りから歓声が上がる。
よかった。後ろ蹴りにはヒヤッとしたけど、勝つことができた。
でもちょっと感情的になってしまった。反省。
みんなが騒ぐ中、クロエさんがリゼットさんに走り寄る。
「姉さん、しっかりして! 怪我はない? 立てる?」
「あっ…… あぁ、大丈夫だ、立てるよ」
クロエさんの手を借りながらよろよろと立ち上がるリゼットさん。
今僕に近づかれると嫌だろうなぁ。でも一応確認しておこう。
僕が二人に近づくとクロエさんがこちらを睨む。
「何ですか。勝負はもうつきましたよ」
「ええクロエさん、わかっています。 ――それでその、リゼットさん、僕は合格でしょうか?」
僕の言葉に、リゼットさんの表情が放心したようそれから怒りに満ちたもの変わった。
「う、うるせぇ! 勝手にしろ!」
叫んだ後は姉妹揃って僕を睨みつけている。
おかしいな。ぶつかり合う前より確実に嫌われてしまったぞ。
すみません村長。仲良くなるの無理かもです……
お読み頂きありがとうございました。
気に入って頂けましたら是非「ブックマーク」をお願い致します!
また、画面下の「☆☆☆☆☆」から評価を頂けますと大変励みになりますm(_ _)m
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




