第209話 聖者の街道(1)
聖都でのんびり過ごす日々は一瞬で過ぎ、猊下達に支援を依頼した日から三日後の朝、連邦へ向けて旅立つ日が来た。
正直この三日間はめちゃくちゃ楽しかった。聖都をだいぶ見て回れたし、なんとだいぶ前に帝国の魔窟都市宛に出した手紙の返答が返って来たのだ。
教皇猊下と同じシャムのそっくりさん、冒険者組合のカサンドラさんを始め、聖都へ向かう切っ掛けをくれたメルセデス司祭、高位冒険者のダフネさんとカウサルさん。みんなそれぞれの言葉でシャムが治ったことを祝ってくれた。
ただ、カサンドラさんだけは、せっかく治ったのだから命を大切にして欲しいと、やはりどこか僕らの行動を見透かしているかのような文言が添えられていた。
--その言葉に素直に従いたいところだけど、そうも行かない。
連邦への遠征部隊の面子は、アルフレーダ騎士団長を始めとした聖堂騎士団の精鋭100名とその支援部隊300名、バージリア枢機卿を始めとした聖職者50名、メームさんの商隊が数名、そして僕ら『白の狩人』だ。
道中、連邦への支援物資などを運搬する支援部隊の馬車を騎士団が、メームさんの商隊の馬車を『白の狩人』が護衛する形だ。
ちなみに、遠征に参加する騎士の人は全員が黄金級以上の手練で、青鏡級や緑鋼級も数名居る。
数こそ中隊規模だけど、紫宝級である騎士団長の存在も考えると、下手したら一個師団に相当する戦力かもしれない。
現在、その500名弱が聖ペトリア大聖堂前の広場に整然と整列して、広場にいる一般の市民や巡礼者の人達が何だ何だという感じで僕らを遠巻きにしている。
この遠征部隊の目的、連邦に遠征して邪神討伐に協力するということは、遠征部隊本人達と聖国の上層部しか知らない。
猊下や聖国の上層部の人達は
整列が終わって暫くすると、大聖堂のバルコニーに人影が現れ、遠征部隊の全員が跪いた。
『***、***。ペトリア***』
バルコニーの上に教皇猊下のバストアップが大きく空中投影され、遠く離れているはずなのにその声がこちらまではっきりと届いた。
遠巻きにしていた市民の人達にも猊下の声が届いたのか、みんな慌ててその場で跪いている。
「イクスパテット王国の王城で見た仕掛けと同じですね。マリアンヌ陛下の生誕祭の時の」
隣で一緒に跪いているヴァイオレット様に小声で尋ねると、同意の声が返ってきた。
「ああ。あれは便利だからな、どこの国の首脳部も使っているのだろう。しかし、市民に語りかけるためか、今のはおそらく聖国語だろう。猊下のお名前しか聞き取れないな」
「俺が訳そう。今のは、『親愛なる聖都の市民達よ。おはよう、ペトリア四世である』だな」
隣で一緒に跪いていたメームさんが、小声ですらすらと翻訳してくれた。
「え、もう聖国語を覚えたんですか……!? まだここに来て二ヶ月ちょっとのはずですけど……」
「すごいであります。シャムはみんなが帝国語を喋ってくれるので、学習を怠けていたであります」
聖都の妖精族の人達は、世界中から信徒が集まる環境とその長寿故、大体の言語を話せるのだ。
機械人形であるシャムはその気になれば超短期間で言語をマスターできるけど、今までその必要性がなかったと言うわけだ。
「ふふっ。商人としての嗜みだ。おっと、また話されるようだ」
それからメームさんは、殆ど同時通訳のように猊下の挨拶を翻訳してくれた。
『早朝に物々しい面々が集まっているが、不安に感じる必要は無い。
彼女達は、連邦との国境沿いに現れた強力な魔物の討伐に向かう者たちだ。どうか暖かく見送ってほしい。
そして討伐に向かう皆よ。生誕祭を前にこの街を離れさせてしまうこと、とても申し訳なく思う。
我は其方らの勇気と信仰を誇りに思う。其方らこそ神の愛を体現せし者たちだ。
……一つ我から其方らに厳命を下す。必ず生きて返ってくるのだ。
其方らの行先に祝福が在らんことを。真なる愛を』
「「真なる愛を!!」」
猊下の言葉が終わるのと同時に、聖堂騎士団の面々が大音声で祈りの言葉を叫んで立ち上がった。
そして、アルフレーダ騎士団長が全員を見渡して号令を掛けた。
「***!!」
「「**!!」」
聖堂騎士団が団長の号令に呼応し、整然と行進を始めた。
「出発するそうだ。道中、頼んだぞ」
「了解です。任せて下さい」
僕らやメームさんたちも慌てて立ち上がり、彼女達の後ろに着いた。こうして僕らは、驚く市民の皆さんに見守られながら聖都を後にした。
聖国は、王国と同じかそれ以上に街道が整備されている。主要な街道は土魔法により定期的に整備されていて、馬車が余裕ですれ違えるし、凹凸が少なく水捌けもまで良い。
しかしそれでも、聖都から連邦が存在する大森林の際までは、普通に徒歩で行くと二週間ほどかかってしまう程離れている。
今の状況ではそんなにゆっくり移動していられないので、僕ら遠征軍は最高速度の強行軍で街道を進むことにした。
どういう事かというと、身体強化可能な騎士の人は下馬して装備を軽くして自分で走り、魔法型の人は全員馬車に乗って馬を全力で走らせるのだ。
そうすると馬の方に先に限界が来るので、一時間おきくらいに小休止をとり、その間に馬に治癒魔法をかけて疲労回復を促す。
さらに、何人かの先行する騎士が進路上の旅人や馬車を街道脇に避け、馬車に馬車同士の距離は広く取ることで、全体が一定の速度で進めるように調整を図る。
今が年末も近い冬だということも功を奏したと思う。真夏にこの移動の仕方をしようと思うと、流石に全員熱中症になっちゃうだろうし。
このメチャクチャな行軍方式により、遠征軍は多分地球世界の原チャリくらいの速度で街道を爆走した。
そうすることで、聖都を出てたった二日後の夕方、僕らは聖国と大森林を隔てるアルプ山脈の麓に辿り着いた。
そこからさらに一日ほどかけ、比較的標高の低い谷のような道を通って山脈を超えると、目の前に大森林とそこを貫く聖者の街道が現れた。
「これが聖者の街道ですか…… 話には聞いていましたけど、すごいな……」
聖者の街道は、王国、連邦、聖国を繋ぐ唯一と言ってもいい街道で、聖職者かその関係者しか通ることが出来ないことになっている。
その入り口には関所のようなものが設けられていて、出入りする人をきちんとチェックしているようだ。
街道の幅は馬車が余裕ですれ違えるほどで、大森林をスッパリと両断するかのように遥か先まで道が伸びている。
聖者の街道という名前とは裏腹に、両脇に数十mの高い木々が生い茂っているせいでかなり薄暗い。
多分、大規模な土魔法なんかで森を切り拓いたんだろうけど、相当大変だったのでは…… 定期的に整備しないと森に侵食されるだろうから、維持にもかなり労力がかかりそうだ。
「そうだろう。三国の微妙な調整により、長い時間をかけてやっと開通した道だ。この街道がなければ、今回の連邦への支援はより困難な任務になっていた事だろう」
いつの間にか近くに来ていたのか、アルフレーダ騎士団長が僕の呟きを拾ってくれた。
「はい。少し圧倒されてしまいました。えっと、ここからは僕らが先行すればいいんですよね?」
「ああ。現在の連邦の場所は我々には分からないからな。君のところのプルーナ殿の案内が頼りだ」
「は、はい! お任せください」
馬車から顔を覗かせていたプルーナさんが、少し上擦った声で返答した。
「うむ。よろしく頼む。では大休憩の後、隊列を入れ替えて聖者の街道に入る。ここからは魔物も出る故、しっかり体を休めてくれ」
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