第208話 聖都観光
ちょっと遅れましたm(_ _)m
メームさんが連邦行きを表明した翌日。僕らは聖ペトリア大聖堂にお邪魔し、応接室で聖堂騎士団の方にその旨を伝えた。アルフレーダ騎士団長は部隊編成で忙しいので、今日はその部下の方が応対してくれた。
元々商隊をしていたメームさんには長距離の荷運びのノウハウもあり、馬や馬車を自前で揃えて珈琲豆を運んでくれるらしい。
危ないので仲間は連れずに一人で行くと言っていた彼女だけれど、危ないなら尚のことついて行くという部下の人達に押し切られ、何人か連れて行くことになった。彼女の人望のなせる技だろう。
聖堂騎士団の遠征準備が整い次第、僕ら『白の狩人』は彼女達にくっつき、メームさん達を護衛しながら連邦に向かうことになる。
「--僕らは、かなり大変な仕事をお願いしてしまったみたいですね」
「うむ。猊下達はかなりの戦力を今回の遠征に充ててくれるようだからな。その分手間取るのは当然だろう」
応接室から大聖堂の出口に向かっていた僕らは、出口前の巨大な礼拝堂で足を止めて辺りを眺めた。
普段は長命な妖精族ならではのゆったりとした時間が流れる大聖堂だけど、昨日から聖職者や職員の人達が忙しそうに走り回っている。
みんな準備に奔走してくれているようだ。ありがたいやら申し訳ないやら。
そこでふとプルーナさんの方を見てみると、彼女は走り回る人々ではなく、礼拝堂の天井や壁などを眺めていた。なんだかソワソワしているようにも見える。
--そっか。元々彼女は教会に入り浸っていたと言うし、聖教の本拠地である大聖堂には興味があるのかも。
先日聞いた聖職者になれなかった話から、もしかしたら聖教に苦手意識があるのかもとも思ったけど、そう言うわけでもなさそうだ。
それに、彼女はその生い立ちにより連邦では差別され、攻めこんだ側の人間として王国でも居心地が悪かったはずだ。でも、この聖国では彼女に後ろ指を刺す人は少ないはず。ふむ……
「ねぇみんな。少なくとも今日は遠征準備は終わらないだろうし、僕らは特に手伝えることも無いよね。
教会やメームさん達にはちょっと申し訳ないけど、今日は聖都観光でもしない?」
「よろしいんじゃなくって? わたくしもまだ聖都の美食を味わい尽くしたとは言えませんもの」
「ウチもブラブラするのは好きだから賛成だにゃ」
「シャムも賛成であります! プルーナと一緒に遊びたいであります!」
よかった、みんな賛成みたいだ。特にシャムなんかは目を輝かせている。そういえば、僕らの中じゃプルーナさんが一番歳が近いんだよね。
「どうかな、プルーナさん。最初はこの大聖堂とかを見て回るのとか。ちょっと前まで大聖堂で修行してたロスニアさんには、もう見慣れた光景かもだけれど」
「いえいえ、案内なら任せてください! きっと、蜘蛛人族の始祖神様の壁画や像もありますよ、プルーナちゃん」
「は、はい……! ありがとうございます、是非お願いします!」
僕らの言葉に、プルーナさんは年相応の無邪気で嬉しそうな表情を見せてくれた。
そうして始まった大聖堂の観光。最初はプルーナさんが楽しめればと思っていたのだけれど、彼女とロスニアさんのおかげで僕も楽しむことができた。
縦横数百mはありそうな巨大で壮麗な大聖堂。そのそこら中に存在する天井画、壁画、装飾、彫像、ステンドグラスが、ロスニアさんとプルーナさんの解説により物語性を帯びる。
あまりこういったことに興味がなさそうなゼルさんやキアニィさんでさえ、二人が語る神話に断片に耳を傾けていた。
プルーナさんはかなり聖教に造形が深いようで、特に彼女達の始祖神に関してはロスニアさんを凌ぐ知識を持っていた。
太古の昔、十二本の脚を持つ蜘蛛人族の始祖神、時紡ぎの蜘蛛は、今の連邦の前身となる里を大森林に拓いたそうだ。
里の創世記では、数多の困難が蜘蛛人族達を襲うのだけれど、最大の障害はやはり、邪神死を紡ぐ蜘蛛だった。
里を襲う邪神に対して始祖神は三日三晩戦い抜き、その命と引き換えに邪神を大森林の深淵に封じた。
今回もそうして貰いたい所だけど、今はもうその始祖神は居ない。人の身である僕らが邪神を打ち倒さなければならない。
大聖堂の後はその周りの広場や他の宗教施設なんかを軽く見た後、小さなカフェやレストランが立ち並ぶ通りに足を運んだ。
結構お高めなお店が並んでいるけど、僕らはそこそこお金を持っているので気にせず突撃した。
お店のメニューとしては、この辺ではパスタのような料理が一般的なようで、馴染み深くも本格的な味に出会えてとても嬉しかった。
あと、メームさん達が卸したであろう珈琲を出すお店もちらほらあった。甘味と合う事はすでに知れ渡っているのか、甘い焼き菓子やパイなんかと合わせて頼んでいるお客さんが多かった。
なんだか、一つの食文化の始まりを見ているようでちょっと感慨深い。
ちなみに、位階の上がった戦士型の人は内臓の働きも強化されるのか、一般的に大食いになるそうだ。
その例に漏れず、歩き回ってお腹を空かせたみんなは、お店で一人数人前を食べて次のお店に梯子して行くというフードファイター顔負けの行動に出た。
僕も位階が上がってから食べる量が増えたけど、その中でもキアニィさんとヴァイオレット様は群を抜いている。
二人とも、多分それぞれ十人前くらい食べるだろう。僕らってめちゃくちゃエンゲル係数が高いんだよね……
一方、相対的に少食なロスニアさんとプルーナさんは、みんなから料理を一口づつもらってお腹いっぱいになってしまったようだった。
二人とも、いろんな料理をつまめる事を楽しんでいたので良しとしよう。
時間をかけてゆっくりお腹を満たした後、街を散策していると広場でステンドグラス作りを体験できるお店を見かけた。
客層を見ると国内外からの巡礼者の人達が多いみたいで、みんな机に座って真剣な表情で作業している様子だった。
ちょっと面白そう。チラリとプルーナさんを見ると、やはりソワソワとお店の方を見ている。
「プルーナさん、やってみる?」
「や、やってみたいです!」
嬉しそうに答えるプルーナさん。最初は少し緊張していた彼女も、半日ほど一緒に遊んでほぐれて来た気がする。守りたい、この笑顔。
それからみんなでお店に入り、ちまちまとステンドグラスを作り始めた。
作業の流れとしては、色とりどりのガラスをカッターのような工具で切り、断面をやすって金属箔で覆い、焼きごてと半田っぽい柔らかい金属で繋いでいく感じだ。
時間もあまりないし荷物になってはいけないので、みんなペンダントサイズの小さなものを作ることにした。
そしてみんなが数個のガラス片でペンダントを完成させた中、異様な作品を完成させた二人がいた。
「シャム…… それはあなたの複合弓かしらぁ? よくそんなに細かい意匠に出来ましたわねぇ」
「ふふん。シャムにかかればこんなの簡単であります!」
シャムが作ったペンダントは百個以上にも及ぶ細かなガラス片で構成されていて、デフォルメされた複合弓が見事に表現されていた。
機械人形である彼女は、指先をミリ単位どころじゃない精度で動かすことができる。その性能をフル活用したのだろうけど、それにしても凄い。
そしてプルーナさんが作ったものも凄かった。
「プルーナのこれは、蜘蛛の巣か…… これまた繊細で綺麗な作品だ。法則的な美しさすら感じる」
「えへ、えへへへ…… ありがとうございます! 僕の土魔法、こういう細かいことにも使えるんですよ」
彼女も百個以上のガラス片を使っていたけど、ガラスの加工や金属で繋いでいく作業を土魔法で行っていた。その精度や速度にはシャムに迫るものがあった。
蜘蛛の巣の衣装のペンダントは、蜘蛛の糸部分がガラス同士を繋ぐ金属で表現されている。そして、ガラス片の色が中心から外側に向けてグラデーションのように変化していて、非常に美しい。
これ、金持ちに売ったらいい商売になるのでは?
「むぅ。プルーナ、魔法はちょっとズルいであります!」
「えへへ…… でも、こういう作業はシャムちゃんの得意分野じゃないですか。もうほとんどズルです。僕は生身で頑張ってるんですよ?」
「むむむ…… こうなったら勝負であります! みんな、どっちの作品がすごいか投票して欲しいであります!」
「ふふっ。二人とも、喧嘩しちゃダメだよ?」
お子様二人が仲良く戯れあっている。思わず微笑んでしまうような心安らぐ光景だ。
何となく周りを見渡してみると、街を行く人達の表情も明るく、間近に迫った生誕祭に胸を躍らせているように見える。閉鎖的な連邦の現状は、まだ聖国の一部の人しか知らないのだ。
この瞬間が、邪神討伐前の最後の穏やかな時間なのかも知れない。今の内にこの平和なひと時を噛み締めておこう。
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