第207話 お前、男だったのか……!?
大変遅くなりましたm(_ _)m
少し長めです。
無事猊下からの支援を取り付けられた僕らは、アルフレーダ騎士団長達の準備が整うまで、聖都で待機することになった。待ち時間が多くて歯痒いけど、人や物を沢山動かすことになるからしょうがない。
猊下達と別れて全員で大聖堂から出たところで、プルーナさんが大きなため息をついた。
「大変だったね、プルーナさん。あとごめんね。最初にあのお三方と対面する可能性があることを伝えておくべきだったよ」
「--いえ、大丈夫です。大丈夫ですけど、ちょっと疲れました……」
若干ふらつきながら疲れた表情で応えるプルーナさん。大丈夫じゃなさそう。
「タツヒトさん、まだ時間がありそうですから、今日の内にメームさんのところに行きませんか? プルーナちゃんも休めるでしょうし」
メームさんは、ブチハイエナっぽい鬣犬人族という種族の商人さんだ。彼女とは魔窟都市で出会って仲良くなり、今では僕らと一緒に聖都に移って店を構えている。
そして彼女は、僕と一緒に開発した珈琲が猊下を含めた妖精族に大ヒットし、いきなり大聖堂の御用商人になるというサクセスストーリーを経験済みだ。
さっき応接室で出してもらったのも、多分メームさんが卸した珈琲豆から淹れたやつだろう。そして今僕らには、彼女達の珈琲豆が大量に必要な事情があるのだ。
「あ、確かに、それいいですね。プルーナさん、ちょっと休憩兼用事を片しに行ってもいいかな?
聖都にカッファを広めたお店に行くから、プルーナさんも気に入ると思うんだけど」
「え…… それは是非行ってみたいです! さっきは緊張してカッファの味が分からなかったので……」
「わかるにゃ。お偉いさんの前って緊張するよにゃ……」
「うふふ。マリアンヌ陛下を殴り飛ばした人間の台詞とは思えませんわねぇ」
「キアニィ、それはもう忘れて欲しいにゃ…… ウチ、まだたまに夢に見るんだにゃ……」
おしゃべりしながら通りを歩くこと暫し、カフェと商店が併設されているメームさんのお店についた。
最後に寄った時はかなり繁盛していたけど、今は夕方の半端な時間なせいかそれほど混んでなさそうだ。
そして、ちょうど見覚えのある人物がカフェの席を片していた。
「おーい、ラへルさーん!」
「はい? あぁ! タ、タチアナ達じゃないっスか!? 一体どこ行ってたん--」
僕の声に顔を上げたのは、小柄な犬人族のラヘルさんだ。
人当たりの良い彼女は、メームさんの一団の接客担当として活躍している。のだが、今は僕の顔を凝視して固まっている。
「あれ……? ヴィーやシャムちゃんもいるし、タチアナ、っスよね? え、でも、なんだか前と印象が……」
「……あ、シャムは気づいたであります。ラヘル達は、タチアナがタツヒトだと知らないであります」
そ、そうだった。彼女達とは女装したタチアナ状態の時に出会って、まだカミングアウトしていなかったんだった。
「あっと、そうだよ、アタイはタチアナさ。 --でもちょっと事情があってさ、奥の部屋で話せるかな。できればメームさんも呼んで欲しいんだけど」
「わ、わかったっス。こちらへどうぞ」
通されたカフェの奥の個室。全員で珈琲やカフェオレを楽しみながら待つこと暫し。ラヘルさんがメームさんを連れてやってきた。
久しぶりに会ったメームさんはやはり中性的でかっこいい。僕は嬉しくなって立ち上がった。
「メームさん、久し--」
「タチアナ!」
……台詞の途中で熱烈にハグされてしまった。そういえばこの人、クールで物静かな印象とは裏腹に結構情熱的な人だった。
ほっそりとした体付きなのに、もふもふの毛並みのおかげで柔らかな感触が伝わってくる。そのままたっぷり十秒ほどして、メームさんはやっと抱擁を解いてくれた。
「急に居なくなって心配したんだぞ? ヴィーや他の面子も無事なようだな。ん? そっちは見ない顔だな。俺はメーム、商人だ。タチアナには色々と世話になっている」
「あ…… ど、どうも、プルーナです……」
プルーナさんは、顔を真っ赤にしながら消え入るような声で応えた。まずい、ちょっと教育に良くなかったかも。
「うむ、よろしく頼む。それでタチアナ、一体今まで--」
「あ、店長も気付いたっスか? なんか雰囲気が変わったっスよね、タチアナ」
この段階になってようやくメームさんも違和感に気づいたようで、僕の顔を凝視している。
でもどうしよう。熱烈にハグされた後にカミングアウトするのは、ちょっと気まずいぞ。
僕がモジモジしているのを悟ったのか、代わりにヴァイオレット様が口を開いた。
「すまぬなメーム、ラヘル。我々は少し用事があってこの国を出ていたのだ。少々込み入った事情を説明する必要があるのだが……
まず、私の本来の名前はヴァイオレットと言う。そして、タチアナと名乗っていたそこの男の本来の名は、タツヒトと言うのだ」
「タツヒト…… お、男? いや、ははは。何を馬鹿な。こんなに可憐な女が男のはず……」
「その、すみません騙していて。僕、男です。前よりちょっと声も低めでしょ?」
ガッツリ抱擁された後なので、少し顔が赤くなってしまっている気がする。
サバサバ系女冒険者のタチアナに成り切っていた時は、化粧もしていた上に声も高めにしていたのだ。
「えー!? や、やっぱり! びっくりっスね、店長!?」
100点満点のリアクションしてくれたラヘルさんが隣に立つメームさんを揺する。
しかし当のメームさんは、プルーナさんより顔を真っ赤にしたまま目を見開き、微動だにしない。え、大丈夫……?
「……」
「あれ。店長、店長? あちゃー、気絶しちゃってるっス。意外かもっスけど、店長、男にはウブなんスよねぇ……」
……このお店、リアクションの良い人達ばかりだな。
「--そうか。そんな事情で身分や名前を偽っていたのか。そして内乱と共にそれが解決したところで連邦が王国に攻め入り、それを退けたと思ったら今度は邪神を討伐することになった、と。
にわかには信じ難い話だが、お前達が言うんだ。本当なんだろう」
「いやー、びっくりっス…… その邪神て、聖国には来ないんスよね……?」
数分後に意識を取り戻したメームさんとラヘルさんに席に座ってもらい、僕らはざっくりとこれまでの事情を説明した。
普通に生きている人達からしたら荒唐無稽な話だろうに、二人の僕らの話を信じてくれたようだ。
ただ、メームさんは赤い顔で僕から顔を逸らしたままだ。その状態でクールに喋るので、違和感がすごい。
ボディタッチが多い人だからなんとなく平気だと思ってたけど、ラヘルさんの言う通り異性への接触は苦手らしい。ちょっと申し訳ない……
「はい。山脈に隔てられているので、聖国には来ないと思います。でも、正直魔物の考えは分かりません。なぜ邪神が大森林の深淵から這い出てきたのかも分かりませんんし、絶対来ないとは言い切れ無いんです。
だからこそ、王国、連邦、そして聖国が力を合わせて討伐するんです」
「そうか、よく話してくれた…… しかしどう考えても、その情報はただの商人である俺達には重すぎる。話してくれた理由があるんだろう?」
ほんのちょっと、ちらりと横目で僕に目を合わせながらメームさんが言う。
「え、ええ。実はこのカッファなんですけど、蜘蛛人族の人たちにはお酒のような効能があるみたいなんです。ね、プルーナさん?」
「はい! ここのカッファもとても美味しいです! 牛乳と混ぜるとさらに美味しいなんて……! 嬉しくて踊り出しちゃいそうです! もう一回お替わりしても良いですか!?」
プルーナさんは、椅子の上で横揺れし、さらに八本の足をワキワキと動かしながら上機嫌に言った。あれ、もうだいぶ来てる?
「プルーナ、もう今日はその一杯で止めておくのだ。すでにかなり酔いが回ってきているようだぞ?」
「えぇー…… そんなぁ……」
「ほう、そんな効果が……」
僕らのやり取りを見ていたメームさんの目つきが、スッと細められた。
「ふふっ、商人の目つきになりましたね。王国と連邦は一旦停戦しましたけど、仲がいいわけじゃありません。
どう使うかは決まっていませんけど、交渉の手札は多い方がいいだろうと言う事で、対連邦用にカッファを大量に買わせて貰いたいんです。
こちらが、王国のマリアンヌ陛下からの書状、というか注文書です。あと、実は王国の人達も結構気に入ったみたいなんですよね、カッファ」
「な…… あの名君と名高いマリアンヌ三世陛下からだと!?」
メームさんは僕らから書状を受け取ると、食い入るように読み出した。
ちなみに、珈琲がプルーナさん以外の蜘蛛人族にもお酒のような効果を発揮することは確認済みだ。
待遇の改善を条件に協力してくれた何十人かの連邦の捕虜の人達は、今では逆に労役を頑張るからカッファをくれと言ってきているらしい。
「--話はわかった。もちろん協力しよう。そして、カッファは俺が連邦に直接届けよう」
「え…… いや、ありがたいですけど、それはかなり危険です。連邦は、いつ邪神やその眷属から襲撃を受けるとも分からないんですから。
カッファは教会に届けてもらえれば、聖堂騎士団の支援部隊の人達が運んでくれる手筈になっています。わざわざメームさん本人がくる必要は--」
「いや、これは連邦と王国まで販路を広げるまたと無い機会だ。危険は承知だが、俺自身が行く事に価値があるのだ」
「いや、でも……」
「それに、だ。俺はお前達に大きな恩がある。その恩人達が、多くの人達のために命をかけて戦うんだ。
そんな時に、俺はカッファを売っただけと言うのでは格好がつかないだろう。だからタツヒト、止めてくれるな」
メームさんは、今度はまっすぐ僕の目を見据えながらそう言った。やっぱり、この人かっこいいよ。
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【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
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