第206話 聖都、再び(2)
大遅刻…… 誠にすみませんm(_ _)m
猊下の後ろについて地上階に上がった僕らは、そのまま応接室に通された。
彼女はそこに居た使用人の方にお茶と何事か申し付け、僕らに少し待つように言った。そして、使用人の方が入れてくれた珈琲をみんなで大人しく飲んでいると、ノックの音が響き二人の人物が部屋に入ってきた。
「猊下、お呼びと訊きましたけど-- おや皆さん! 急に居なくなったのでびっくりしましたよ。なんでも王国に行っていたとか。大変でしたねぇ。あれ、そちらの蜘蛛人族の方は初めましてですね、どうもバージリアです」
「ふむ、皆壮健のようだな。そしてこの短期間でまた少し腕を上げたようだ。大変結構」
応接室に入ってきたのは、教皇猊下の元で聖ペトリア大聖堂を取り仕切るバージリア枢機卿と、聖国の最高戦力である聖堂騎士団のアルフレーダ騎士団長だった。
「バージリア枢機卿閣下、アルフレーダ騎士団長閣下。お久しぶりにございます。こちらは最近仲間になりました、蜘蛛人族の魔法使い、プルーナです」
「プ、プルーナです。教皇猊下、枢機卿閣下、騎士団長閣下に拝謁の栄誉を賜り、こ、光栄に存じます」
僕らは全員で立ち上がり、ロスニアさんに合わせて頭を下げた。プルーナさんは、立て続けにビッグネームに相対したせいかガチガチになってしまっている。事前にこうなる可能性を伝えておけばよかったな…… 申し訳ないことをしてしまった。
「あぁ、そんなに畏まらず、かけてかけて。それで猊下、今日は何のお話ですか?」
「うむ…… ロスニアよ、まずは内乱の件について報告してくれぬか?」
「はい猊下。内乱の件と合わせて、ご報告申し上げたい事が多くございます」
ロスニアさんは、ここ一ヶ月の短期間で起こったとは思えない内容を簡潔に説明していった。
まず内乱について、猊下の書状を携えたロスニアさんが両陣営のトップに接触。和平会談を開くに至り、王都と諸侯連合は和解し、陛下は一年後に廃位することになった。
しかし王国内の内乱が不戦の内に終結した直後、猊下の忠告通り蜘蛛人族の連邦が攻めてきた。王国はすぐに反抗作戦を開始し、国内の全連邦勢力の排除または捕縛に成功。捕虜からの情報で、人の手に余る邪神の存在を知った。
そして邪神の存在は周辺国家全てを脅かすと判断した王国は、ロスニアさんの訴えにより連邦に共同討伐作戦を提案。これが受け入れられ、現在その作戦の準備中という状況だ。
こうしてみると、ロスニアさん大活躍である。
「ふむ…… 大儀であったな、ロスニア。其方の勇気、そして其方の輩達の行動により、多くの人命が救われた事だろう。我は其方らを誇りに思う」
「は、はい……! ありがとうございます、猊下」
猊下からの言葉に、ロスニアさんは目に涙を湛えて応えた。ロスニアさんほどじゃないだろうけど、僕も猊下のことは尊敬しているので、気持ちはすごくわかる。嬉しいよね。
「いやぁ、流石は神託の御子です。話からするにそちらのプルーナさんは、捕虜の身から皆さんの仲間になったということですか?」
バージリア枢機卿の質問に、プルーナさん本人はあうあうしてしまっている。なので僕が答えることにした。
「はい閣下。彼女はその、事情があって途中で連邦軍の任を解かれてしまったのです。その現場に僕らも居合わせていまして、彼女のおかげで邪神のや連邦の情報を得られたこともあり、仲間に誘った次第です」
「そうですか。うんうん、元々敵同士だった者達が手を取り合う。素晴らしいことです。しかし……」
「人の手に余る邪神、か。紫宝級の魔物の中には、確かにそのような化け物の中の化け物が存在する……
して、ロスニア。他にも用件があるのであろう? そのように緊迫した状況の中で、報告のためだけにわざわざここに来た訳では無かろう」
「はい。ここに、王国のマリアンヌ三世陛下よりお預かりした書状がございます」
ロスニアさんは席を立つと、陛下から預かった書状を教皇猊下に手渡した。
王国と連邦による、周辺諸国すべての脅威となりうる邪神の討伐作戦。それに聖国も物資及び戦力を供出してくれませんかとお願いする書状だ。
猊下はそれを開封して目を通すと、バージリア枢機卿とアルフレーダ騎士団長にも回した。そして二人が書状に目を通したことを確認すると、静かに口を開いた。
「……すまぬ、我は協力できぬ」
猊下の言葉に、僕らは落胆しつつもどこか納得していた。大森林から山脈で隔てられた聖国には、殆ど関係ない話だからだ。
一方、聖教の重鎮達の反応は違った。二人とも驚いた表情で猊下を見ている。この世界の聖職者の人達は、みんな極めて善良なのだ。
「え…… 猊下、支援しないんですか……!? 話を聞くに、邪神を放置するとかなり不味そうですよ……?」
「猊下。我々聖堂騎士団にお任せ頂ければ、いかに邪神と言えども--」
「あれは人の手に余るのだ。決して、触れてはならぬ……」
悟りを開いたような静かな表情、そしてシャムと触れ合う時に見せるような穏やかな微笑。猊下の表情は変化が少なく、僕はこれまでその二つしか見たことがなかった。
でも今は、その超然とした瞳の中に、わずかに恐れや苛立ちのような感情が見える気がする。そのただならぬ様子が気になった。
「……猊下は、邪神と対峙したことがあるのですか?」
「……答えられぬ。だが、あれは厄災の具現。立ち向かわず、逃げることが最善なのだ」
「それは…… 難しいでしょう。王国と連邦、合計で1300万ほどの人々がいます。それらの人々がすべて逃げられる場所が、一体どこにあるのでしょうか。
もちろん無事に逃げ仰られる者もいるでしょう。しかし、その過程で一体何百万人が魔物や飢えで命を落とすか……」
「猊下。私は、自分の提案によって、王国の多く人々が亡くなることを覚悟しております。今らさらそれを翻し、邪神に打ち勝つ可能性を捨てて逃げることはできません」
「……」
猊下の言葉に、思わず、といった様子でヴァイオレット様とロスニアさんが反論した。
猊下も無茶を言っている自覚があるのか、少し俯いて黙り込んでしまった。そしてそのまま、暫く沈黙が続いた。
「--猊下、そして両閣下。今日はお時間を下さりありがとうございました。陛下には、僕らから書状への返答をお伝えさせて頂きます。みんな、行こう」
そう言って席を立とうとすると、猊下が僕らを手で制した。
「待つのだ。其方らの覚悟は分かった。我はここを動くことは出来ぬが、教会としては支援しよう」
「え…… で、では……!?」
「バージィ、アルフ。此度は流石に国軍を動かすことはできなかろう。教会の裁量の範囲で可能な限りの物資と戦力を供出するのだ。相手は世界をも滅ぼしうる強大なる存在。出し惜しみはできぬ。すまぬが、其方らも討伐に参加して欲しい」
「……! 分かりました、すぐに物資と人手、それから手隙の聖職者をかき集めますよ! 彼女達の指揮はお任せください」
「聖堂騎士団から遠征部隊を抽出します。無論、私も出ましょう」
「猊下、両閣下……! ありがとうございます!」
ロスニアさんに立ち上がって頭を下げ、僕らもそれに準った。
よかった。教会の方々には申し訳ないけど、これで邪神討伐の可能性が格段に上昇したはずだ。
「うむ。 --バージィ、アルフ。永く生きた我にとって、共に過ごした時を懐かしむことができる相手は少ない。必ず生きて帰ってくるのだ」
「ふふっ。分かっていますよ、猊下」
「私は猊下の騎士です。死すならば、御身をお守りしてと決めております」
お二人の言葉に、猊下は静かに頷いた。きっと、百年どころじゃない時間をこの三人で過ごしてきたのだろう。
膨大な時間と共に育まれた強い絆。彼女達の間には、それが存在するように見えた。
猊下は暫く両閣下と見つめあった後、僕らの方に向き直った。
「もちろん其方らもだ、ロスニア、シャム、そしてその輩達よ。立ち向かうだけが人生では無い。
生きるために逃げることを、神は決して怒りはせぬ。必ずまた顔を見せにくるのだ」
「分かったであります! ペトリアは寂しがり屋さんなのです!」
「ふふっ、そうだな。我は、ひどく寂しがり屋なのだ……」
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