第205話 聖都、再び(1)
反省会兼打ち上げの翌日。オルテンシア氏と共に大森林に向かった紫宝級冒険者パーティー、その斥候の人が、連邦からの書簡を持って領都エキュリーに帰投した。
そしてすぐに領都の滞在中の王国首脳部が招集され、書簡の内容が共有された。
まず書簡が返ってきたということは、連邦は今も存続しているということだ。そしてその内容には、王国が出した条件を受け入れ、二国による邪神の共同討伐作戦に賛同する旨が記されていた。
この条件というのは、戦勝国から敗戦国に課す一般的なものだ。
主なものを二つ挙げると、一つは王国が被った被害に対する巨額の賠償金と捕虜の身代金だ。これらは20年の分割払いを認めてあげている親切設計になっている。
もう一つは今後30年の停戦協定だ。うまく邪神を討伐できれば要らないのだろうけど、念の為というやつだろうな。
その他にも王国側に有利な事項が連ねてあったけど、全て合意するので早く食糧と物資の支援を頼む……! と、必死さの伝わる文体が書簡には記されていた。 --連邦はよほど切迫しているようだ。
これを受けた王国首脳陣は、本格的にに連邦への遠征の準備を始めることにした。王国も余裕があるわけでは無いけど、国内から食糧及び物資をかき集め、討伐軍の組織編成を行う必要があるのだ。
これらにはそれなりに時間を要する上、あまり手伝えることがないので、僕らは別の仕事にあたる。
全員でプレヴァン侯爵領の領都エキュリーを出た僕らは、そのまま北へ移動し、数日後にヴァロンソル侯爵領の領都クレンヴィレオに到着した。
そして領主の館でヴァイオレット様のお姉さん、ロクサーヌ子爵に現状を報告した。
彼女は、邪神の存在や、王国と連邦が協力してそれを討伐するという話よりも、僕が蜘蛛人族のプルーナさんに奴隷の首輪をつけて連れ回していることに興奮していた。いや、間違いでは無いんだけど、字面が酷すぎる……
その日は領主の館で一泊させてもらい、翌日の朝に領都を出て暫く歩いたところで、プルーナさんがおずおずと口を開いた。
「あの…… 何も訊かずに着いてきて欲しいと言われたので黙っていましたけど、僕らは聖都に向かうんですよね……?
聖都って、確かここから物凄く遠いし、行くんなら聖者の街道を通った方が早いと思うんですけど、その、なぜクレンヴィレオに?」
そう。僕らがあたる仕事とは、聖国への内乱終結の報告と、邪神討伐に関する交渉だ。
連邦でも食糧や物資の支援を依頼してたらしいけど、王国からも改めて依頼し、あわよくば邪神の共同討伐作戦への戦力的支援の約束も取り付ける腹づもりだ。
聖国は、大森林とは山脈で隔てられている。正直この作戦に絡んでくれるとは思えないけど、言うだけ言ってみるのだ。
これはヴァロンソル侯爵の発案で、どうやら彼女は、僕らが聖都からヴァロンソル領へ異様な速度で移動した事について何か勘付いたようだった。
「うむ、当然の疑問だろう。実は我々は、ある特殊な方法で聖都からここまで移動して来たのだ。
そしてその方法は秘匿性の高い借り物で、許可が無い状態ではたとえパーティーメンバーであっても教えることが憚られてしまうのだ」
「な、なるほど。そうだったんですね。あれ、でも…… ここまで連れてきてくれたということは、僕もその方法で移動するんですよね? その方法を知らずにその方法で移動するのって、結構難しい気がするんですけど……」
「それなんだけど、ちょっと苦肉の策というか…… 申し訳ないんだけどプルーナさん、これを付けてくれるかな?」
僕が彼女に差し出したのは、ただの細長い布切れだった。
「た、確かに苦肉の策ですね…… あの、今着ければいいんですか?」
「うん。ちょっと怖いだろうけど、嫌じゃなければ僕が手を引いていくから--」
プルーナさんは僕の台詞が終わる前に布切れを取り、視界を塞ぐようにそれを自分の頭に括り付けると、ばっ、と右手を差し出して来た。
「お、お願いします!」
「う、うん。話が早くて助かるよ。じゃあ、握るよ?」
「あ…… あったかいです……」
プルーナさんは僕の手を握り返してそう呟いた。冬の外気にさらされたせいか彼女の手はひんやりと冷たい。
そして、しっかりと握り返してくれる彼女の小さな手の感触に、とても可愛らしさを感じる。
いかんいかん、なんだか妙な気分になりそうだ。
「大丈夫? なるべく平坦なところをゆっくり歩いていくから、止まって欲しいときは声を掛けてね。多分二時間くらいは歩く事になるけど」
「はい、大丈夫です……」
「にゃんか絵面が犯罪的だにゃ」
「こらゼル! そういう感想は心の中に仕舞っておいて下さい!」
「あはははは…… そ、それじゃあ行きましょう」
ゼルさんに茶化されながら二時間ほど歩くと、岩肌にぽっかりと開いた古代遺跡への洞窟に辿り着いた。
ここは、聖都からここまで移動するのに使った転移魔法陣がある遺跡だ。一応プルーナさんに気を払い、僕らは全員が無言のまま洞窟を奥に進み、大きな鉄扉を開けて魔法陣に上に乗った。
「よし。ではタツヒト、頼む」
「はい、ヴァイオレット様。プルーナさん、今から-- あれ、大丈夫?」
一声かけてから魔法陣を作動させようと思ったら、彼女の様子がおかしかった。
息が少し乱れ、顔も赤い気がする。僕らの中で純粋な魔法型は彼女とロスニアさんだけだ。ロスニアさんが平気そうなので気づかなかったけど、まだ成長しきっていないプルーナさんには少し移動が早かったのかも。
「は、はい…… 大丈夫、です……」
「……プルーナ。あなたやっぱり才能がありましてよ?」
なんかキアニィさんが妙なことを言っている。
「なんの才能ですか…… えっと、今から少し変な感覚になると思うけど、危ないことは何も無いから安心してね」
プルーナさんが頷くのを確認し、僕は転移魔法陣に魔力を込めた。
すると魔法陣が光を放ち、段々と陣の外の音や光が感じられなくなり、地面が消えたような感覚と共に視界が暗転した。
消えた地面が再び現れ、ふらつくような感覚。魔法陣の発光が収まる頃には、僕らは見覚えのある小部屋、その中心にある魔法陣の上に立っていた。
石造りの殺風景な部屋。どうやら、無事に聖ぺトリア大聖堂の地下に転移できたようだ。
「な、何ですか今の感覚……!? まるで、自分は動いてないのに落下してるような…… それに、一瞬音も消えましたし……」
プルーナさんが目隠ししたまままキョロキョロと辺りを見回す。
「今のがさっき言ってた特殊な移動方法だよ。もう少し待ってね、もうすぐ目隠しは取れると思うから」
「え…… じゃあ、もう聖都に着いたんですか!? それってもしかして……」
「おっと、もし気づいたとしても、今は言葉にしないでいてくれるとありがたい」
「わ、わかりました」
「にゃー、早くここを出るにゃ。うち狭いところは苦手にゃ」
「おっと、そうですね、すぐに出ましょう。タイミングよくあの方がいらっしゃるといいんですけど……」
全員で魔法陣の部屋を出ると、そこはたくさんの扉が等間隔に並ぶ通路だった。そして通路の突き当たり、聖槽の部屋に続く隠し扉は、すでに開いていた。
「あれ、扉が開いてる……?」
転移したとして、隠し扉を開けられないとここから出られないので、そこだけちょっと心配だったんだよね。
少し警戒しながら通路を進み、扉を潜る。するとそこには、教皇猊下、ぺトリア四世が、僕らを出迎えるように静かに立っていた。
「ふむ…… そろそろだと思っていたのだ」
「ぺトリア! 久しぶりであります!」
シャムが跳ねるように走り出し、猊下に抱きついた。
「うむ。其方らが発ってからまだ一月程だが、会えて嬉しいぞ、シャム」
微笑みながらシャムの頭を撫でた後、猊下はこちらに向き直った。
「皆、よくぞ戻った。む…… その者は蜘蛛人族か?」
「ただいま戻りました、猊下。はい。こちらは、縁あってこの一ヶ月の間に仲間になった、プルーナと言います。
緊急だったので一緒にここを利用させて頂きました。申し訳ありません」
ロスニアさんに合わせ、プルーナさんを除く全員で頭を下げる。完全に事後承認だからね、これ。
「なるほどな…… 目隠しをとってやるが良い。其方らの仲間なら、転移魔法陣やここのことを教えても構わぬ」
「感謝いたします。プルーナさん、目隠しを取るよ?」
「は、はい」
話についていけない様子のプルーナさんから、目隠しを取ってやる。
彼女は恐る恐る目を開けた後、辺りをキョロキョロと見渡した。
「こ、ここは……? それにさっき転移魔法陣て……」
「聖都レーム、聖ペトリア大聖堂地下の秘密の場所さ。そしてこちらは、教皇ペトリア四世猊下だよ」
「え、シャムちゃんがもう一人……? そ、それに教皇猊下!?」
「うむ、ペトリア4世である。ついて参れ、応接室で話そうぞ」
目を白黒させてい固まっているプルーナさんの手を引き、僕らは踵を返した猊下の後ろに続いた。
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